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見知らぬ男





翌日の早朝、オレは弥生の身じろぐ気配で目が覚めた。



昨日はオレが印鑑や入院に必要な物を取りに戻ってる間に、弥生は検査を終え眠ってしまったのだ。


弥生のことは心配だったが、記憶をなくしている弥生にとってはオレは他人の男でしかないのだからと、オレは荷物を看護師に渡した後、一旦家に帰るつもりでいた。

けれど医師も看護師も口を揃えて、何かあった時のために院内に留まるよう求めてきたのだ。


少ない症例の中に、寝て起きたら記憶が戻っていた・・というのもあるらしく、医師はそれを期待しているように感じた。


それで仕方なく、オレは弥生の病室内の簡易ベッドで夜を明かすことにしたのだ。



医師達に頼まれたかたちではあるが、内心ではオレも弥生に付き添いたかったので、オレは徹夜して弥生を見守るつもりだった。

だがこれまでも久しぶりの再会を思うと眠れない夜が続いていたため、深夜のてっぺんを超えたあたりで意識が落ちてしまったようだ。



「ん・・・・」



弥生が体を横に向かせる。


目が覚めたのかと様子を追ったが、また寝息が聞こえてきた。



オレは体を起こしてベッドに座ると、弥生の寝顔を眺めた。



個室といっても豪華なものではなく、四畳ほどの広さで、テレビが設置された棚や洗面台もあるので、簡易ベッドは弥生が寝ているベッドにぴたりとくっついているのだ。



寝ている顔は、オレのよく知っている弥生そのまんまだった。



昨日の怯えたような色も見えないし、オレを ”高安さん” なんて呼ぶこともない。




こうやってじっくり寝顔を見たのはいつ以来だろう。



中高生になっても互いの部屋にしょっちゅう入っていたし、ごろ寝してるうちに本気で寝てしまい、泊まってしまうことだってあった。



・・・・そうだ、今年の正月だ。


弥生の家でオレの家族が年越しし、十二時をまわってからみんなで近所の神社に参拝して、それからオレ達は弥生の部屋で一緒に受験勉強したんだ。


でも弥生が途中で眠ってしまって、オレが毛布を掛けてやって・・・・・




たった数ヶ月前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じる。



あれから、オレ達を取り巻くものが大きく変わってしまったから・・・・・・




オレは不意に落ち込みを拾ってしまいそうになり、別のことで思考を埋めることにした。



弥生がまだ眠っているのを確認してから、起こさないように息をつめ、廊下に出た。


そしてすぐ傍の待合スペースに行くとスマホで親達が利用しているはずの旅行代理店の緊急連絡先に電話をかける。


昨日、弥生の荷物を取りに帰った際、オレの家に寄って、親から預かっていた旅行日程表に記載されている連絡先に電話してみたのだが、つながらなかったのだ。


それから何度かかけてみたものの、コールはされるのに、誰も出ることはなかった。



緊急というだけあって、二十四時間応答だと書かれているのにもかかわらず、である。



不審に思ったオレは病院に戻ってから看護師に相談してみたが、ごく稀に、小さな代理店の場合つながりにくいこともあるらしい。



病院側としては、家族ではないにしても身元確認ができたオレがいることで、そこまで慌てる様子もなかった。


検査の結果はどこも異常なく、このままでは今日の午後にも退院になりそうだという安堵感もそうさせているのかもしれない。




コールを二十回ほど鳴らしてみるが、やはり、つながらない。



オレは音をたててため息を吐きだすと、通話を切った。




そして自動販売機でストレートティーのペットボトルを買った。

弥生が高校生の時お気に入りで毎日のように飲んでいたものだ。

こんな物で記憶が蘇るとは思えないが、何か刺激になるかもしれない、そんな思いを込めながら、病室に戻った。





だが、病室の前に、スーツを着た背の高い男が一人、立っていた。




「あの、この部屋に何か?」


オレが尋ねると、男は殊更ゆっくりしたスピードで振り向いた。



男はオレ達よりやや歳上だろうか。180㎝あるオレと同じかちょっと高いくらいの身長で、ネクタイもスモールノットできちんと身に着け、黒い髪は今風のセットで、大きくも細くもない目は理知的で、通った鼻筋も薄い唇も品がある、

総じて、仕事のできるビジネスマン、といった格好だった。


日本人離れした肌の色から、もしかしたらハーフかクォーターなのかもしれない。



「こちら、青山弥生さんの病室ですよね?」



男前は声もいいらしい。高身長にありがちな少し低い声で、男は訊いてきた。



「あの、どちら様ですか?」



いくら身なりがしっかりしているといっても初対面の人間に易々と教えられるわけがない。


オレは失礼にならない程度の身構えをした。



すると男は気を悪くした様子もなく、穏やかに微笑むと、


「これは大変失礼いたしました。

 申し遅れましたが、私、コンサルタントをしておりまして、新庄と申します。

 青山弥生さんとは仕事の関係で知り合いました。

 実は昨日、青山さんが帰省されると伺って、ちょうど私もこの近くで仕事があったものですから、それならお昼でも一緒にと、そうお約束していたのですが、お約束の時間になっても青山さんがお見えにならないものですから、携帯に連絡してみたところ、事故に遭われたと知り、お見舞いに伺った次第です」


男は言いながら名刺を差し出してきた。


そこには日本語と英語で総合コンサルティングの会社名と新庄 晃 という名前が印刷されていた。

 

流暢な説明はコンサルタントよりも営業の方が向いてるんじゃないかと思ったが、滑らかな言い訳ほど怪しい。


「こんなに朝早くに見舞い、ですか?」


当然、オレはそう突っ込んでやった。



「もちろん非常識な時間帯だとは存じております。ですが仕事の都合上、どうしてもこの時間帯しか伺えそうにありませんでしたので、失礼を承知で参りました」



”仕事の都合” と聞いてしまえば、学生の身では何とも反論のしようがない。



オレは「そうですか・・・」と返事するしかなかった。




「青山さんのお加減はいかがですか?」


丁寧に尋ねてくる男に、オレは何と答えたらいいのか迷ってしまう。


この男と弥生の関係が把握しきれない今は、弥生の状況をどこまで教えていいかも判断できない。


「それは・・・」


だが言い淀んだオレに、男は安心してくださいとでも言う風ににっこり笑いかけた。


「記憶の件は伺ってます。昨日電話した時に警察の方に教えていただきましたので。その後、変化なしということでしょうか?」



オレはこの男が弥生の症状を知っていることに驚いたけれど、警察が話したのならば仕方ない。


警察の方でも、何か手がかりがないかと探していたのだろうから。



「・・・・・そうですね」



躊躇いながらも肯定したオレに、男は「そうですか」と呟くように言った。



「あの、新庄さん、と、弥生はどういう関係なんですか?」



昨日弥生が帰ってくると聞いていたが、その弥生がこの男と約束していただなんて知らなかった。


弥生の性格上、もし何か予定があるならあらかじめ教えておくはずだと思った。

だがそれをしていなかったということは、弥生は、この男と会うことを周囲に黙っておきたかったのだろうか。





オレは、得も言われぬ不快感に眩暈を感じた。





「先ほどもお話しました通り、仕事の関係で知り合いました。

 それ以外のことは、青山さんから直接お聞きになった方がよろしいかと存じます」



馬鹿丁寧な物言いが、妙に鼻につく。



オレは不快感そのままに、「そうですか、分かりました」と短く言うと、

男の脇を過ぎて病室の扉に手を掛けた。


「弥生、まだ寝てるんですけど、会っていきますか?」



その言い方に、”オレの方が弥生の近くにいるんだ” という優越感が混ざってないとは言えない。


東京で二人がどんな間柄だったのかは知らないが、ここではオレの方が優位なんだと、牽制したがる気持ちを止められなかったのだ。



だが男は特に何か反応することもなく、相変わらず穏やかな微笑みで


「いいえ、遠慮しておきます。私の顔を見ても青山さんに何か変化があるとは思えませんし、この後仕事もありますので。

 仕事をこなしながらになりますが、二、三日、私もこの町に滞在することにしましたから、また改めてお見舞いに伺います」



と告げた。



そしてそれに、オレは少なくない動揺が走った。


仕事を持っているというのにわざわざこの町に滞在するほど、この男は弥生と関係が深いというのだろうか。



オレは、動揺が大きくならないように、男に悟られないように、ペットボトルを持つ手に力を込めた。



「滞在・・・・この時季に宿がとれたんですか?」



この海青町は有名な海沿いの町とは違い、夏になると極端に混雑するというわけではなかったが、それでも一応 ”海” という文字が名前に付く以上、そこそこの賑わいは見せるのだ。


最近では穴場スポットとして雑誌やインターネットで取り上げられたこともあり、徐々にその人数は増えているようにも思う。


従って、ホテル、旅館、民宿ともに、数少ない宿泊施設は常に満室状態だと聞いている。



にもかかわらず、この男は簡単に滞在すると言うから驚いてしまったのだ。



「一人だとどうとでもなりますよ。お気になさらずに」



男は余裕ある風情でそう言うと、病室に入ることなく帰っていった。




その後ろ姿が大人の男、という印象を強烈に与えてきて、動揺は、正体不明の劣等感に変わっていく気がした。



オレは渡された名刺をデニムパンツの後ろポケットに突っ込み、その存在を忘れることにしたのだった。















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