ファーストキス
ゆっくりと開いたオレの目に最初に飛び込んできたのは、眩しい光だった。
大きな音とともにオレを囲い込んだ光がまだ続いているのかと、
オレは一度、深い瞬きをした。
けれど、それは、オレが夢の中で感じた光でも、その前に目に映った晴れた空の眩しさでもなく、
ただの、室内灯の光だった。
ゆっくり目を見開き、音を聞く。
そこは、静寂に守られていた。
オレはすぐにはここがどこだか分からなくて、まずは視線だけを動かしてみた。
・・・・・オレの知らない部屋であることは間違いない。
窓にはカーテンが掛かっているが、その向こう、外が明るいことは読み取れる。
次に手の指を動かそうとしたが、金縛りにでもなっているかのように、重く、動かしにくい。
それでも、一本ずつ、懸命に指に意識を注いだ。
どうにか、握って開いてができるようになると、今度は肩から力を入れて、腕全体を持ち上げてみた。
視界に入った手のひらも腕も、きれいなものだ。
点滴がつながれているけれど、それ以外はかすり傷すらない。
・・・・・オレは、事故に遭ったはずだけど・・・?
訝しむ思いがうごめき出すと、思考も徐々にクリアになってくる。
だが、腕を持ち上げたことで着ているものの袖が肩方向に滑り落ち、それに見覚えがあったオレは、
――――――――――飛び起きた。
そしてあたりを見まわすと、ここが病室であることを知った。
オレが今着ているのは、弥生が入院中に着ていた病衣だったのだ。
そうと分かるや否や、オレは新庄の話した内容を思い出した。
「・・・・・・・・・弥生?」
考えたくはないことが、頭を過る。
「・・・・・・弥生、弥生はっ?!」
オレは発狂してしまいそうになり、点滴を思い切り引き抜いた。
そして、無我夢中で、部屋を飛び出していた。
「弥生っ!」
叫びながら廊下に出ると、そこが、あの、弥生が事故で運ばれた病院と同じであることに気が付いた。
「じゃあ、弥生はあの部屋に・・・・?」
オレは夢の中で弥生がいた病室に急いだ。
幸い廊下には誰もおらず、走ったところで咎められたりはしなかった。
その間、オレは一心に願っていた。
生きていてくれ。
生きていてくれ。
生きていてくれ!!
生きていてくれるなら、記憶なんてなくても構わない。
オレのことなんて覚えてなくて構わないから――――――――――――――――
オレのことなんてキレイさっぱり忘れてくれててもいいから、だから、
だからだからだから!
だから、生きていてくれ―――――――――――――――――
必死で、ありとあらゆるものにそう祈りながら、オレは、弥生のもとへ急いだ。
そして目当ての部屋の前、オレは息を整えてから、引き戸の取っ手に手を掛けた。
ス――――――ッと、静かに扉が開いた、その先に、
弥生が、ベッドの上にいた。
「・・・・・・・・・・・弥生?」
恐る恐る近付く。
弥生は、綺麗で、穏やかな顔をしていた。
ケガをしているような様子もなく、まるで眠っているようだった。
点滴とか、治療のための管や器具はなにも装着されていなくて、
オレにはそれが、絶望のサインのように見えてしまった・・・・・・
爪が食い込むほどに強く拳を握り、血が出そうなほどにきつく下唇を噛んだ。
「弥生・・・・・・・・・・」
何も言わずただ横たわる弥生の顔に、そっと触れた。
オレが気に入っていたくせ毛も、
可愛いと思っていた低い鼻も、
違わずにそこにある。
なのに、弥生は起きないのだ。
指先から伝わる体温は、とても、冷たかった。
「・・・・・・・弥生っ」
たまらず、オレは弥生に身を屈めて・・・・・・・・・
キスを、落としていた。
オレは弥生に、ありったけの心を込めて、キスをした。
はじめて触れる唇は、愛おしくて、でも、世界の終わりのように冷え切っていて、
比類なきほど、はかなくも感じた。
弥生・・・・・・・
大切な幼馴染で、
オレの、大切な人。
本当はずっと好きだった。
ずっと一緒にいたいと思っていた。
ずっと守りたいと思っていた。
ずっと、ずっとだ・・・・・・・・・・
ただ重ねるだけの口づけでは、そんな想いの十分の一も伝えられないかもしれないけれど、
叶うなら、オレの心を抜き取って、全部開いて、隅から隅まで見てほしい。
そうすれば、どれほどオレが弥生のことを想っているかが分かるはずだから。
弥生、弥生・・・・・・・・・・・
オレはそこに気持ちを残したまま、ゆっくり、ゆっくりと、唇を離した。
すると・・・・・・・
ゆっくり、ゆっくりと、
弥生の目が開いた――――――――――――――――――――――