―夢―
気が付くと、オレは、真っ白な世界にいた。
前も、後ろも、上も、下も。
白い、霧のようなものがオレを取り囲んでいて、せいぜい2、3メートル先くらいしか見えない。
・・・・ああ、また夢の中にいるのか。
そう納得するのに時間はかからなかった。
暑いか寒いかで言えば、真ん中よりやや寒い寄りかもしれない。
オレはさっきまでと同じ服装だったけど、むき出しの腕が少し冷えてくる感覚がしていたから。
ここは、どこだ・・・・?
いや、夢の中というのは分かっているのだけど、こんなに無機質な場所ははじめてなのだ。
確かオレは、弥生を探しに駆け出して、途中で車に・・・・・?
だったら、オレはそのまま死んだのか?
いや、その前に新庄が言ってたじゃないか。
ここは、自分が作り出した夢の世界だと――――――――
だったら、夢の中で事故に遭ったって、それでオレが死ぬなんておかしな話じゃないか。
そもそも、夢の世界にいたはずのオレが、また夢の中にいるなんて、いったいどういう意味だ・・・・?
オレは突っ立ったまま、わけ分からぬ事態に困惑していた。
まさか、ここは夢の中ではなくあの世なのか?
そんな考えに怯んでしまったり、
いや、オレは生き返っていいって、新庄がそう言ってたじゃないか。
怪しい男の説明に可能性を預けたり。
気持ちが、忙しなく動きまわる。
オレはその場で右、左に向き、ぐるりと一周してみたけれど、霧は一瞬引くだけで、すぐにもとに戻ってしまうのだ。
両手で払っても、きりがない。
いくら腕を振ってももがいても変わらない現実に、オレの中には焦りが芽生えてきた。
そうしてる間にも、徐々に冷えが増してくる気がした。
やがて、足先、手先から伝わってきて、体の芯にまで寒気が入り込みそうになったとき―――――――――
『諒ちゃん?』
弥生の、声がした。
『弥生っ?!』
急いで後ろを振り返ったけれど、そこには誰もいない。
気のせいか・・・?
そう思い落胆するも、また、
『諒ちゃんなの?』
オレを呼ぶ声がするのだ。
『弥生?弥生、どこにいるんだ?!』
まわりを見ながら叫んだオレは、霧を両腕で切って割いた。
『弥生っ!どこだ?!返事しろ!』
霧の中、かき分けるようにして数歩を進んでみるも、どこにも弥生はいない。
なのに、声だけは届いてくるのだ。
『諒ちゃん、無事なのね?』
『ああ、ここにいる!弥生は?!弥生は無事なのか?!』
弥生の声かけに応じるも、その姿を見るまでは安心できない。
オレは腹の底から声をあげた。
『諒ちゃんが無事なら、よかった・・・・・』
弥生の安堵する声に、オレはもう一度叫んでみる。
『どこにいるんだ、弥生っ!お前は大丈夫なのか?!』
けれど弥生はそれには答えてくれない。
『諒ちゃん、私ね、諒ちゃんのことが大好きだよ』
“大好き”
その言葉が、胸にささる。
『・・・・なに、言ってんだよ。そんなの、今じゃなくても・・・』
『だめだよ。私、ちゃんと言ってなかったもん』
『だから、“もん”なんて子供みたいな言い方するなよ』
姿のない弥生と会話していても、焦燥は募るばかりで、
オレの額には、じわりと汗が滲み出てきた。
『諒ちゃん、私、諒ちゃんとずっと一緒にいるつもりだったんだよ?』
・・・・弥生はなにを言い出すんだ?
オレは上下、360度、首がねじ曲がるんじゃないかというくらいに全力で弥生を探した。
姿が見つからなくても、気配だけでも手に入れたくて、必死に探したけれど、欠片も見当たらない。
なのに、声だけはするのだ。
まるで、
どこか高いところからオレを見ているかのように―――――――――――
『わたし、諒ちゃんとずっと一緒にいたかった。だから、外国で仕事をしたいって言ってた諒ちゃんについて行けるように、英会話スクールにも通いだしたんだよ?東京の大学に行ってからも、ずっと、諒ちゃんのことを考えてた。距離ができても、私はずっと諒ちゃんのそばにいたんだよ?』
そんなの、今弥生がここにいない状態で聞かされても、素直に受け入れられない。
『もういい!それはお前の顔を見てから聞くから!だからはやくここに来てくれ!弥生っ!』
まだ何か言いたそうな弥生に、オレは絶叫した。
そうでもしないと、自分の言いたいことを言い終えた弥生が、そのまま消えてしまいそうな気がしたから。
『諒ちゃん・・・・』
弥生が、どこか悲しそうにオレの名を呟いた。
『ごめんね、諒ちゃん。それはできないんだ』
『――――――っ!なんでたよ?!なんでできないんだよ?!』
『諒ちゃん・・・・』
弥生はもう一度オレの名前を呼ぶと、
『諒ちゃん、これだけは覚えていてね。私は、どんなに遠く離れたところにいても、顔が見えなくても、諒ちゃんのことを思ってるから。心は、いつも諒ちゃんのそばにあるからね』
語りかけるように言ったのだった。
『なんだよそれ!そんな、別れの文句みたいなこと言うんじゃねーよっ!ふざけんなっ!はやくここまで来いよ!』
オレはどうしようもない焦りを苛立ちに混ぜて声の限りに叫んだ。
けれど、
もう、弥生がそれに応えてくれることはなかった。
『・・・・弥生?』
静かになった辺りに、オレの声だけが響く。
『弥生?どこだ・・・?弥生?』
自分の声なのに、情けないほど、頼りない。
『弥生・・・・・弥生っ!』
最後に渾身の強さで弥生を呼んだとき、
パパパパパパ―――――――――――――ッ!!
けたたましい音と、閃光に包まれ、
オレは咄嗟に、両目を閉じたのだった――――――――――――――――