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事故(1)





                     

                      

 

                  

『ねえねえ諒ちゃん、Time after time ってどういう意味?』

                 

『なんだよ急に』

                 

『今日借りたCDに入ってた曲の歌詞に出てくるの。輸入盤だから歌詞カードに日本語訳がなくって・・・』

                        

『Time after time は、”何度でも”って意味だよ。カード見せてみろよ』

                       

『さっすが諒ちゃん。外国でお仕事したいって言うだけあるよね』

                     

『ばーか。こんなの受験英語だろう?』

                     

『だって私分かんなかったもん』

                       

『中学生にもなって”もん”とか言うな。・・・・・・・・たとえ何度生まれ変わっても、僕は君に恋をするよ』

                       

『・・・・・・・・・え?』

                    

『この歌の歌詞だよ。生まれ変わっても必ず君を見つける、だから寂しくなんかない、僕を信じて、二人は時を超えても結ばれる運命なんだ・・・ちょっとクサ過ぎないか?』

                   

『あ、歌詞ね・・・。クサイってなによ。これはクサイんじゃなくて、ロマンチックって言うの。素敵じゃない。女子の憧れなんだから。こんな風に言われたら誰だって落ちちゃうわね』

                  

『ふうん・・・女子って単純なんだな』

                    

『単純ってなによ!もう知らないっ!来週の諒ちゃんのお誕生日のケーキ、今年は作ってあげないんだから!』

                   

『え、ちょっと待てよ。あれ毎年楽しみにしてんだからな!』

                     

『知らないよーだ』

                      

『あ、おい、水かけるなよ!制服が濡れるだろ!』

                       

『そんなのすぐ乾くわよ』

                        

『ばか!真水じゃないんだから乾いてもべとつくだろ!海の町に育ってて今さら何言ってんだよ』

                        

『はいはい、どうせ私はばかですよーだ』

                           

『おい、どこ行くんだよ?』

                     

『頭のいい諒ちゃんにはついていけないので、ばかな私はお家に帰りますー』

                         

『おい、先帰るなよ。待てって』

                         

『ばいばーい』

                        

『待てよっ!おい、待てってば!・・・・・・・・・・・行くなっ!』

                          

                      

                

               

                

走り出した後ろ姿をオレが追いかけようとした、その瞬間、

                

               

                

                   

まぶしい光が目に差し込むように入ってきて、同時に、大きなクラクションの音が世界いっぱいに響き渡った。

                

                

                

パパパパパパパパ―――――――――――――――ンッ!!!!!


               

                 

                 

                 

                 

          

         

             

            

              

               

 


「バカヤロー!信号が見えねえのかよ!」

               

トラックの運転席から飛んできた怒号に、オレはビクリとした。

              

どうやら、考え事をしながら歩いてるうちに信号無視をしかけていたらしい。

                

申し訳ないという思いから、オレは頭を下げて後ろに下がった。

               

トラックはブロロロ・・と、怒ったような音をたてて走り去っていった。



「こらっ!急に飛び出したりしたらダメでしょっ!」

               

少し離れたところから聞こえてきた声に、オレは自分のことを言われたのかと、一瞬身を硬くして辺りを見まわした。

すると反対側の横断歩道で信号待ちをしている親子に目がとまった。



「やっちゃん!分かった?もう飛び出しちゃダメだからね?」

              

母親の大きな声に負けじと大声で泣き出す男の子。

                

その騒々しさに周囲の注目も集まるが、オレは、あの子も ”やっちゃん” というのか・・・と、まったく別のポイントに注目していた。

               

               

それは、今からオレが待ち合わせをしている幼馴染の、昔のあだ名だったから。

                

               

しばらくして信号は青に変わり、横断歩道の途中であの親子とすれ違う。

男の子の泣き声はクスン、クスン、という鼻すすりになっていて、母親も、怒り顔というよりは、事故にならなくてよかった・・といった安堵の表情だった。

             

              

オレはその二人の姿になんとなくホッとして、待ち合わせの駅に急いだのだった。

               

              

                 

                 

                 

               

                 

                 

                  


始まったばかりの夏はまだ本気を出していないのかもしれないが、その日射しは容赦ない。

               

オレは、そこそこ交通量のある道路沿いの、そこそこに補修された歩道を早歩きしながら、首の後ろを伝う汗を手のひらで拭った。

               

肌の上にうっすらと乗る汗だけでなく、頬を撫でていく風もしっとりとしているのは、この町特有のことで、ここで生まれ育ったオレにはもう慣れっこだった。

               

               

              

ここ海青町は、文字通り海沿いの町である。

海沿いといっても、よくテレビで紹介されるようなお洒落なビーチや海岸を抱える町ではなく、三方向を海に囲まれた、小さな町だ。

かといって、ど田舎というわけでもなく、電車で四十分も行けば日本有数の大都会だし、もちろん、町の中にはコンビニもコーヒーショップもある。

最近できたショッピングモールは隣の隣の町だが、ほとんどの住民が車を運転するので、隣の隣町だなんて、そんなたいした距離でもない。

海沿いの町にしては漁業が盛んということもなく、大抵は電車に揺られて都会の会社に通勤していて、そんな立地から、別邸や別荘としてこの町に家を持つ者も少なくはなかった。

               

              

オレは、この町しか知らない。

                

この町にしか住んだことがないのだ。

                

                

ここでは小中高と町の学校に進むのが一般的だったが、大学や専門学校、就職は、ほぼ全員と言っていいほど、みんな町を出て行きたがった。

                

極端な田舎ではないからこその、”飽き”みたいなものがあるのかもしれない。

                

町内には規模は小さいながらも三つの高校があったが、オレの学年も、例に漏れず、ほとんどが町外に進学、または就職していった。

               

               

そしてその中にはオレの幼馴染の青山あおやま 弥生やよいも含まれていたのだ。

               

              

              

               

               

 

オレと弥生は、親同士が仲が良くて家が近所にあったことから、物心ついた時にはもう一緒にいるのが当たり前になっていた。

同い歳で、一人っ子同士というのがさらに二人の関係性を強めていったのだろう。

             

             

中学生くらいになると表面化してくる男女ギャップもさらりとかわし、オレ達が一緒にいるのなんて当たり前過ぎて、学校のヤツらもいちいちからかうことなんてしなかった。

                

              

ただ、オレの見てくれが女子ウケしたのか、たまに告白してくる子もいたりして、そんな時だけは、オレと弥生の関係を疑ってくるヤツもいた。

             

でも、それくらいだ。

             

             

オレと弥生はそれくらい近くて、一緒にいるのが自然で、ほとんど家族みたいなもので、

             

             

             

             

だからこそ、オレは好きだとは言えなかった。

             

             

             

ずっと。     

             

             

              

              

そして、        

              

たぶん、これからも何だかんだ言いながら一緒にいるんだろうな。

             

そう疑わなかった。   

              

              

だから、オレの志望大学を弥生も受験すると言い出した時だって、そうするのが普通だろうと思っていたのだ。

             

             

            

海外で仕事がしたかったオレは、留学システムやカリキュラムの整った東京の有名大学を志望していて、そのことは高校に入った頃から弥生にも話していた。

             

一方、弥生は国語教師になりたいという夢があり、ちょうどオレが志望している大学でもその為のカリキュラムがあると知ると、喜んだ。

            

だが、そこには大きな問題があったのだ。

             

それは弥生の学力だ。   

オレが偏差値的に余裕で合格した高校に、弥生はスレスレで受かったようなものだった。

             

             

『このままじゃ諒ちゃんと同じ大学に行けない・・・』

             

悲壮感たっぷりに言う弥生に、オレは家庭教師を買って出た。

              

               

すると、元来素直で真面目な弥生は、みるみる成績が上がっていった。

              

オレはオレでいつもの成績をキープしていて、オレ達二人が揃ってこの町を出て一緒に東京で大学生活を送るのは、もう確定事項のようなものだった。

本人達も家族も、そのつもりで色々な準備もしていた。

            

             

             

だが、結果は、弥生ひとりが、この町から出ることになったのだった。

               

             

               

               

               

               

              

               

              

             

  

確かに、オレが受験した学部と弥生が合格した学部では、合格目安の偏差値が十ほど離れていた。

               

けど結果的には、オレは落ちて、弥生は受かった。

               

そのことが、オレのプライドをズタズタに切り裂いたのだ。

               

それだけじゃない。

                

今までいい気になって弥生に家庭教師なんてしてたけど、実際はオレの方がアタマ悪かったんじゃないかとか、そんな情けなさとか羞恥とかが襲ってきて、オレは、弥生の顔を見ることができなくなった。

               

本当なら、大学生活は弥生と東京で、そして幼馴染ではなく恋人として過ごすはずだった。

               

この町を出るのを機に、オレは弥生に告白するつもりでいたのだ。

               

自分の進学先が変わるなんて夢にも思わずに、ただ、希望いっぱいの大学生活を心に描いていた。

               

               

だがその道を閉ざされて、オレは、弥生に”おめでとう”と言ってやったかどうかさえ覚えていないほど、狼狽えて、動揺して、

               

そして、それを裏に隠して弥生に穏やかに向き合えるほど、大人ではなかった。

               

               

              

ぎこちないまま高校卒業を迎え、そして、それから約四カ月、弥生とは連絡すらしないままだった。

               

               

               

               




               

               

              

               

  

志望大学に進む気満々でいたオレは他に滑り止めを受けておらず、結局、三月ギリギリに、実家から一時間半で通えるそこそこの総合大学に進学することにした。

数少ない選択肢の中では一番外国語のカリキュラムが豊富だったのだ。

               

              

一浪して予備校に通うという事も考えたのだが、弥生が大学生活をスタートさせるのにオレが出遅れるなんてと、そこでもまたおかしな男心が邪魔をしたのだった。

               

               

乗り気なく入学したのは社会学部で、オレはなんとなく興味を持っていた都市開発を専攻することにした。

その中に ”国際的にみる地方活性化” という選択授業があって、オレは ”国際的” というタイトルで単純に選んだのだが、内容が思っていた以上に面白く、オレは、この大学に入ったことを少しだけ肯定的に受け取れるようになっていった。

               

               

以前のオレなら、そんな心情の変化があった時などは真っ先に弥生に話していたものだが、やっぱり、弥生にはこんな話できなかった。

              

変な負け惜しみに聞こえたら嫌だなとか、そんな不安が過ったからだ。

               

               

               

そうこうしているうちに、季節は梅雨を抜け、この町が元気つく季節が訪れた。

              

               

               

夏休みになったら帰ってくるのだろうか。

               

               

               

そんなことが何度も頭に浮かぶようになった頃、オレは夕食の席で両親に告げられたのだ。

               

『そうそう、七月末に青山さんと旅行に行ってくるから、お留守番お願いね。どうせバイトもしないんでしょ?あ、晩ご飯なら弥生ちゃんにお願いしてあるから。いーい?二人っきりだからって、変な気起こすんじゃないわよ?』

               

              

うちの親と弥生の親はよく合同で旅行に行くのだが、今年は全員の長い休みがとれたとかで、海外のリゾートに行くことになったらしい。

これまでにもオレと弥生、子供だけ残されたことはあり、その際は食事などの面倒を弥生がみてくれていたのだが、今回は今までとはちょっと事情が違う。

               

オレは、大いに戸惑った。

               

けれど親たちの予定は覆るはずもなく、昨日テンション高めに旅立って行った彼らを空港まで見送り、そして今、オレは弥生を駅まで迎えに行っているのだった。

               

             

              

               

               

               

             

              

             

  

それにしても、今日は格段に暑い。

海青町は海に囲まれてることもあって、比較的風の通りはいいはずなのに、今日は気持ち悪いほどに無風だった。

じりじりじりと、アスファルトの熱を足裏に感じると、こんななら車で来たらよかったと思った。

徒歩十分の距離もこの暑さでは果てしない長さに感じる。

            

車のエアコンを効かせるのに時間がかかりそうで、歩いて行った方が早そうだと判断した数分前のオレを殴ってやりたくなった。   

               

まあ、どっちにしろこの暑さじゃ帰ってすぐにシャワー決定だったろうし、いい運動になったと思えばいいか。

車じゃなくても弥生の荷物くらいならオレが運んでやれるし。

               

               

それに、久しぶりに顔を合わせる今日は、車内で二人っきりになんかなったら、どんな空気になるか読めない。

               

              

オレはやっぱり歩いて迎えに来た方が良かったんだと、自分の選択を認めることにした。

            

               

               

最後に弥生と言葉を交わしたのは、弥生が東京に行く前日だった。

それ以降、直接会うことはもちろん、電話もメールもしていない。

たまに親から東京での様子を聞くくらいだ。

               

             

オレは、物心ついてからというもの、こんなに長い間弥生と離れたことがなくて、これから再会する幼馴染にどんな態度で接したらいいのか掴みきれていなかった。

ただでさえ気まずい別れ方をしているというのに、物理的な距離と、無駄に流れてしまった時間は、オレをさらにナーバスにさせていた。

               

             

               

               

               

               

               

  

最初になんて声かけよう。最初が肝心だよな。

               

               

頭の中でシミュレーションしつつ、幼馴染の待つ駅舎が見えてくると、オレは異変に気が付いた。

               

               

いつもは電車の到着に合わせてしか込み合わないロータリーが、人で溢れかえってるのだ。

普段は歩行者しか入れない場所に緊急車両が停めてあったりして、その異様な光景は、すぐに交通事故を連想させた。

               

               

「あの子大丈夫かね」

「血は出てなかったけど、打ち所が悪かったのかもねえ・・・」

「大きな荷物持ってたけど、旅行者かしら?」

「でも一人だったんでしょ?救急車の付き添いは駅員さんだったって・・・」

               

               

人だかりから聞こえ漏れてくる内容に、思わずオレは足を止めた。

               

               

・・・・・いや、弥生との待ち合わせ時刻まではもう少しある。そんなはずはない。

               

             

でも、なぜだか嫌な予感がしてくる。

             

               

オレは念の為弥生に連絡を入れてみようとデニムパンツのポケットからスマホを取り出して、けれど少し、躊躇ってしまった。

四カ月のインターバルが、そうさせたのだ。

              

               

・・・・・大丈夫、だろう。きっと。・・・たぶん。

              

            

             

そう思い込もうとしたが、それを阻止するかのように握っていたスマホがけたたましく鳴り出した。

表示された見知らぬ番号に、オレの額には嫌な汗が流れる。

             

              

             

              

「・・・・・・はい。・・・・・はい、高安 諒はオレですけど・・・・・。

             

 —―――――――え?警察?――――――――――――事故?」

             

             

             

             

             

            

             

              

              

              

             

     

                

             


                        

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