ドラゴンですが生肉は苦手です
冬の気配に雪化粧を始めている山道を一人の老人が荷車を引きながら登っていた。
荷車には大量の生肉。
鮮やかな赤身にまるで霜が降ったように脂肪が入り、まるで芸術作品であるかのような美しさを持ったそれは老人の村で育て上げられたA5ランクの最高級の牛肉である。
それが荷車一杯にこれでもかと山盛りに積まれているのだ。
「ううむ」
老人は白い息を吐き出しながらうめき声を漏らす。
牛一頭分はゆうに超える重さの荷車である。本来ならば老人一人で引けるものではないが老人は勇者であった。
そのレベルは八十を超える。
しかし同時にその齢も八十を超えようとしていた。
歳の為か年々体の無理が効かなくなっているのを実感していた老人は一先ず体を休めなければならないと判断し休憩を取る事を決める。
「まったく歳は取りたくないもんじゃのう」
一人愚痴ると老人は脇道に牛肉の積まれた荷車を留めると、懐から水筒を出すと熱々のほうじ茶を口に含み一息つく。
この程度でへばってしまうとは情けない。昔は冒険者として数多のモンスターを倒したものだが。と昔を思い出し口元を緩ませてまたほうじ茶を一口。
老人はかつて名の知れた勇者だったのだ。
数多のモンスターを狩り様々な場所を冒険した。
今となっては懐かしい思い出だが今でも鮮明に思い出す事が出来る。
ふいに老人は山頂へと目をやった。
ゴゥゴゥと低い音が聞こえてくる。
風の音のようにも聞こえるがそうではない。
「ふむ、お怒りか……」
老人は目を細めると厳し目な口調で呟いた。
山頂から聞こえる音。それはドラゴンのうなり声である。
この山の山頂にはドラゴンが住んでいるのだ。
勇者として数多のモンスターを狩りつくした老人がただ一種狩ることが出来なかったモンスターの中の頂点。
それがドラゴン。
あまりにも強すぎるその存在は畏怖の対象とされモンスターの中でも特別な存在として扱われる。
老人も若かりし頃、レベル六十七のオリハルコン装備で当時一番初心者向けといわれるドラゴンに挑んでみたが全く歯が立たず返り討ちにあってしまった。
とにかくドラゴンというのはドラゴンというだけでそれだけ強いのである。
そして老人が住む村の近くにあるこのアカネ山の山頂にもドラゴンが住み着いているのだ。
「全く難儀なものよ」
それだけ聞くと危なそうではあるが、幸いにしてドラゴンは非常に知能の高いモンスターでもある。かつて村とアカネ山のドラゴンとの間で交わされたとされる盟約によれば、半年に一度供物を届ければドラゴンは人を襲わず逆に村を守護してくれる。
そういう約束になっている。
それが今の村の竜信仰に繋がっているのだが、ありていに言えば生贄を捧げる代わりに見逃してもらっているだけだろうと老人は苦笑を禁じえなかった。
「さ、早く運んでしまわねばな」
老人が引いている荷車に乗っている大量の牛肉はそのドラゴンに捧げる供物である。
このような盟約をドラゴンと結んでいる村は多く、旅をした中で聞いた話によれば昔は生娘などを生贄とした事もあったようだが老人の村では最高級和牛を供物として届けている。
自分達は見逃してもらっているのだ。その事を忘れてはならない。
故に最高級和牛を届けるのだ。
先代からこのお役目を引き継いだ時にも、その供物のあまりのお粗末さに愕然とし彼は慌てて予算を増やした。
ドラゴンという種の恐ろしさを身を持って知っているが故の施策である。
特別文句を言ってくる事もないのでドラゴンもそれで満足しているのだろう。
「我ながらビビリよの」
老人は自嘲めいた笑みを浮かべると、気合を入れなおし再び荷車を引き山道を登った。
そして山頂にある竜の巣穴の前に来ると、
「ドラゴン様、供物はここに置きますぞ」
寝床になっている洞窟の前で荷車の荷を降ろす。
ゴォォォと唸り声のようなものが穴の奥から聞こえてくる。
聞いているだけで底冷えしそうな声に老人は息を呑むと続ける。
「ドラゴン様、村を守って頂き感謝いたします。また半年よろしくお願い申し上げます」
ゴォォォという唸り声が大きくなる。
しかし、それ以外に何か反応が返ってくるわけではない。
老人が供物を届ける役を担うようになってからは常にこうだった。
供物を届けたからといってドラゴンが姿を現すという事もない。
ただ低い唸り声を返すのみだ。
いつもと変わらぬ儀式の終わりを目にして老人は満足気に頷くと山を下っていった。
「長老、どうでしたドラゴンの様子は?」
老人は村に戻ると村の若い集がすぐさま取り囲み老人を質問攻めにする。
老人はゆっくりと頷くと、
「ふむ、大丈夫じゃ。問題なかったよ」
「そうですか」
老人の返答に安堵の空気が漂う中、アカネ山の山頂からまるで雷鳴が轟くかのようなゴォォォというドラゴンの咆哮が轟いた。
ビリビリと空気が振るえざわざわと木々と揺らす。
若い集の弛緩していた空気が一気に張り詰める中、老人は口ひげに手をあてアカネ山を見やると、
「ふぉっふぉっふぉっ、ドラゴン様も喜んで下さっておる。これでまたこの村も半年安泰じゃわい」
そう言って満足気に頷いた。
◇◆◇
「はぁ……」
ため息をついてぼんやりとパーティ会場を眺める。
今日は年に一度行われるドラゴンの会合、天竜祭。
大晦日の夜に始祖竜が降り立ったと言われるドラゴンズヒルに集まって一年の成果を報告する集まりなんだけど、簡単に言ってしまえば飲み会である。
「どうしたの? グランドマスタードラゴンちゃん。浮かない顔して」
「あ、エンシェントカオスドラゴンちゃん」
わたしがため息をついていると、エンシェントカオスドラゴンちゃんが心配そうな顔をしてわたしを覗き込んでいた。
エンシェントカオスドラゴンちゃんは黒い鱗がとても綺麗なドラゴンで、引っ込み思案な性格のわたしにいつも相談に乗ってくれるわたしの親友である。
「うん、実はね――」
隣に座ったエンシェントカオスドラゴンちゃんにわたしはおずおずと悩んでいる事を打ち明けた。
「ほぅほぅ村の人達が貢ぎものをしてくれるんだけど、生肉ばかりで困ってると」
「うん、そうなの」
わたしはこっくりと頷くと、エンシェントカオスドラゴンちゃんは「なんだ、そんなこと」と呆れたような顔をすると、
「どうせやっすい肉なんでしょ。そりゃやっすい肉貰ってもねぇ」
「いやあの、霜降り肉なんだけど……」
「はっ?」
わたしが補足するように言うと、エンシェントカオスドラゴンちゃんが眉間に皺を寄せてわたしを睨んだ。ちょっと怖いので睨まないで欲しい。
そのまま怪訝な表情に移行すると、
「な、何? 何が不満なのグランドマスタードラゴンちゃん。A5ランク和牛を貰って何が不満だっていうの? 最高級、最高級だよ」
「最高級なのはわかってるんだけど、村の人達が届けてくれるのって生肉なの。わたし生肉って苦手で。食中毒になったら怖いし」
「ドラゴンが生肉くらいで食中毒になるかいっ」
ペチッとエンシェントカオスドラゴンちゃんの羽で突っ込まれた。
「うぅ~、でも苦手なんだもん」
わたしは家の近くにある村と一つの約束を結んでいて、それはわたしが村を守る代わりに半年に一度わたしが彼らから供物を貰うという約束。
供物を持ってくる人が今の人になる前は、わたしに届けられる供物はおにぎりだったのだけど今の人に代わってからは生肉に変わってしまったのだ。
もう、かれこれ十年以上。
ずっと我慢して食べてきたけど本当はわたし生肉って苦手で。
でも貰ったら食べないわけにもいかないし。
昔はあんなに楽しみだった供物だったのに、最近は貰うとなんだか欝になってしまう。
「贅沢な悩みだな」
「深刻な悩みなの」
わたしが頬を膨らませて上目遣いで見ると、エンシェントカオスドラゴンちゃんはやれやれと首を振った。
「今時、そんな信仰心の厚い村なかなかないよ。私の所なんてさぁ。油揚げだよ、油揚げ。あいつら私の事キツネか何かと勘違いしてんじゃないの」
「いいなぁ。油揚げ」
「くっ、最高級A5ランク和牛貰ってる奴に言われるとなんかムカつくんだけど」
「いやいやほんとに」
油揚げの方がA5ランク和牛よりマシ。そう思ってしまうくらいに生肉が苦手なのだ。
「じゃあ、焼けばいいじゃん」
わたしが取り繕うように言うとエンシェントカオスドラゴンちゃんがあっけらかんとした口調で返す。
わたしはいやいやと首を振った。
「供物はそのまま受け取るのがしきたりでしょ」
供物を焼くのは供物を届けてくれた人たちの気持ちを焼き払うのと一緒。
供物は貰ったまま頂く。それが守護竜の古くからのしきたりなのだ。
「そんなん律儀に守らなくても……まったくグランドマスタードラゴンちゃんって変な所で不器用なんだから」
エンシェントカオスドラゴンちゃんはため息をついた。
「村の人にも焼いて持って来て下さいって何度も言ってるんだけど、全然聞いてくれなくて……」
「グランドマスタードラゴンちゃんは声が小さすぎるんだよ。ドラゴンの声ってかなり大きく話さないと人間の耳には唸ってるようにしか聞こえないらしいよ」
「そんな事言われても……」
声の大きさは元々だし、大声出すのって苦手だし……。
「あら、エンシェントカオスドラゴンさん。それにグランドマスタードラゴンさんも、こんな隅っこの方で何をしてらっしゃいますの?」
「げっ、エレメンタルホワイトドラゴンっ」
「エンシェントカオスドラゴンさん、何かおっしゃいまして?」
「いえいえ、何でもないですわ。おほほ」
エンシェントカオスドラゴンちゃんが柄にもなくお嬢様言葉を使っている。それ逆に怪しまれるんじゃ。
「こんばんは。エレメンタルホワイトドラゴンさん」
「ええ、こんばんは。相変わらずシケた面ですわねぇ」
「す、すみません」
わたしはプラチナのように白く輝く鱗のドラゴンにぺこりとお辞儀をする。
彼女はエレメンタルホワイトドラゴンさん。
天竜祭に集まるドラゴンの中でも最古参のドラゴンの一体である。
エレメンタルホワイトドラゴンさんの出現にエンシェントカオスドラゴンちゃんが引きつり笑いを浮かべている。
エンシェントカオスドラゴンちゃんはこのエレメンタルホワイトドラゴンさんがあまり得意ではないのだ。かく言うわたしもあまり得意ではないけど。
「お二人ともこんな所にいないで料理をお食べになったらよろしいのに。今夜の天竜祭には私〈わたくし〉も素材提供してますの。これなんておススメですわよ」
そう言うと、エレメンタルホワイトドラゴンさんはわたし達二人の前にボトリと手に持っていた人間の死体を置いた。
「きゃっ」
思わず隣のエンシェントカオスドラゴンちゃんに抱きつく。
「新鮮な人肉が沢山取れましたのよ。ご一緒にいかがですか?」
「いかがですかって言われても……」
抱きついたままエンシェントカオスドラゴンちゃんの顔を伺うと、エンシェントカオスドラゴンちゃんが頷いた。
わたしはおずおずとエレメンタルホワイトドラゴンさんの顔を見ると、
「あのわたし達、人肉はちょっと……」
「私のお肉が食べられないって言うんですの?」
「そういうわけじゃないんですけど」
わたしがどうしていいか困ってると、エンシェントカオスドラゴンちゃんが毅然とした声で、
「人肉は食べないという守護竜の間での取り決め。エレメンタルホワイトドラゴンさんも知らないわけじゃないですよね」
「ええ、知ってますわ」
「破ってるのエレメンタルホワイトドラゴンさんだけですよ」
「ひとの食生活に文句言われたくないですわね」
「別に文句言ってないですよ。ただ私達は人肉は食べません。持って帰ってください」
「……」
エンシェントカオスドラゴンちゃんがそう言うと、エレメンタルホワイトドラゴンさんが露骨に険しい顔をした。怒っているのだろうか。
「あの、エレメンタルホワイトドラゴンさん。すみません」
わたしが申し訳なさそうに言うと、エレメンタルホワイトドラゴンさんはじっとわたしを見下ろしてから眉間に寄せた皺を解いた。
「仕方ないですわね。一緒に楽しもうと思ったのに。これで袖にされたのはあなたで十体目ですわ。全く最近の若い竜と来たら軟弱ですわね。人肉の一つも食べられないようでは強くなれませんわよ」
「はぁ……」
わたしが生返事を返していると、
「全く仮にもドラゴンの最高位である〈三つ文字〉に席を置いているのですからグランドマスタードラゴンさんにはもっと自覚を持ってもらわないと。いつまでも、うじうじうじうじしてばかりではドラゴンの格が落ちるというものです」
「すみません」
わたしが謝るとエレメンタルホワイトドラゴンさんが「まったく」とため息交じりに肩を竦める。
ドラゴンの最高位〈三つ文字〉。
三つ文字とはすなわち三つの単語で呼ばれているドラゴンの事である。
わたしだったら〈グランド〉〈マスター〉〈ドラゴン〉の三つ。
ドラゴンは〈一つ文字〉と呼ばれる名前のないドラゴンから始まる。この頃は知能も他のモンスターと変わらずあんまりドラゴンっぽくないので人間達からはドラゴンとは思われてないかも知れないが、個性もなく特に呼び分けられる事もなく一くくりに〈ドラゴン〉とわたし達は呼んでいる。
多くは成長する前に死んでしまうが、その中から〈二つ文字〉になり体つきがしっかりとして個性を持った個体に成長する。ここからは〈サンダー〉〈ドラゴン〉や〈アイス〉〈ドラゴン〉など二つの単語で呼ばれるようになる。人間達がわたし達をドラゴンと認識するようになるのは主にここから。数としても二つ文字のドラゴンが一番多い。
その二つ文字の中から更に限られたドラゴンだけが最高位である三つ文字のドラゴンになる事が出来るのだ。
わたしは何を間違ったのか、その限られた者だけがなれる三つ文字のドラゴンになってしまったのである。
わたしが恐縮していると、エレメンタルホワイトドラゴンさんの矛先が今度はエンシェントカオスドラゴンちゃんに向いた。
「エンシェントカオスドラゴンさん。あなたもあなたです。あなたが甘やかすから若い竜が調子に乗るんですわ。わかってるんですの?」
「はいはい」
「はいは一回でいいんですっ」
「はい……」
エンシェントカオスドラゴンが神妙に頷く。
「この事はゴールデンマザードラゴンに報告しておきますからね」
「はい……」
更に深くエンシェントカオスドラゴンちゃんが頷く。
すると、エレメンタルホワイトドラゴンさんは人肉を抱えるとスタスタと大またで去っていった。
その去っていく後ろ姿に、
「ちっ、エレメンタルホワイトドラゴン、マジお局過ぎる。早く死なねーかな」
「駄目だって~エンシェントカオスドラゴンちゃん。聞こえちゃう、聞こえちゃうからっ」
わたしが慌てていると「大丈夫だって」とエンシェントカオスドラゴンちゃんは笑う。
それから別のドラゴンにわたし達と同じ事をしているエレメンタルホワイトドラゴンさんの姿を見ながら吐き捨てるように言った。
「今時人肉なんて誰も食べねーよ。戦時中かっての」
「エレメンタルホワイトドラゴンさんって今も人里を襲ってるだっけ?」
「らしいね。最近もそのせいで一国総出で討伐されかかったって話だよ。もっともその国の方が滅んじゃったみたいだけど」
「ほぇぇ、エレメンタルホワイトドラゴンさんって強いんだ」
直接戦う事もないし、他のドラゴンの強さってわたしあんまり知らないんだよね。その事もあってわたしが感心していると、
「そりゃあいつ人竜戦争の英雄だもん。戦前に生まれたドラゴンで生き残ってるのあいつとゴールデンマザードラゴン様の二体だけだけどちょっと強さが桁違いだよ。戦争末期の太平洋で人間が乗ってたっていうあの鳥、おとぎ話に出てくるやつ……」
「戦闘機?」
「そう、それそれ」
わたしが訊ねるとエンシェントカオスドラゴンちゃんがつっかえが取れたかのように爽やかな表情をすると、
「それを五百万匹殺したんだって」
「へぇ」
「一説には戦闘機ってガーゴイルくらい強かったんだって」
「え、ほんとに。それを五百万匹も倒すなんてもう強いってレベルじゃないけど」
「だから強いってレベルじゃないんだって」
そこまで言うとエンシェントカオスドラゴンちゃんはため息をついた。
「はぁ、めっちゃ強い勇者が現れてあいつを殺してくれたらいいのに」
「そんな人が現れたら、わたし達まで討伐されちゃうから」
愚痴っぽくエンシェントカオスドラゴンちゃんが話すのに、わたしは苦笑を返す。
ちなみにこれはいつもの冗談。
エンシェントカオスドラゴンちゃんはこんな事を言いながらもいつもエレメンタルホワイトドラゴンさんに毎年お歳暮を贈っているのをわたしは知っているのだ。
なんだかんだ言いつつもドラゴン同士の繋がりを大切にしてるのがエンシェントカオスドラゴンちゃんのいい所で、本当に仲間の死を望んでいるわけではない。その事をわたしも知っているので彼女の死ねばいいのにを真に受ける事も最近はなくなっていた。
「まあ、それはいいとして」
エレメンタルホワイトドラゴンさんの登場で脱線しかけていた話を本線に戻す。
「そんなに生肉が駄目なら火竜になって口の中で焼いたらいいんじゃない?」
「でも、わたしファイアードラゴンじゃないし」
「別にファイアードラゴンじゃなくても、進化すれば火くらい噴けるようになるって」
「確かにそうだけど……」
ドラゴンというと火を噴くイメージを持っている人間は多い。それはそれだけ火を噴くドラゴンが多いという事であり、実はどのドラゴンでも最終的にはファイアードラゴンのような先天的な個性でなくとも進化の過程において火を噴く能力を獲得する可能性があると言われている。
ドラゴンイコール火を噴くという人間達が作り上げたイメージこそがそれだけドラゴンが火を噴く能力を獲得している事を証明しているのだ。
普通三つ文字になるくらいのドラゴンなら当然獲得していて当然の能力。
エンシェントカオスドラゴンちゃんも先ほどのエレメンタルホワイトドラゴンさんも当然のように火を噴く事が出来る。
でも、わたしはうまく進化できなくてズルズルとここまで来てしまっているのだ。当然火を噴く事なんて出来ない。
「グランドマスタードラゴンちゃんなら練習すればすぐに火くらい噴けるようになるって」
「無理だよ。練習してみたけど全然進化できる気配なかったもん」
きっと、わたしは火竜になれない竜なんだ。そうに違いないんだ。
がっくり落ち込む。
「そんな事ないと思うけどなぁ」
エンシェントカオスドラゴンちゃんは首を捻ると、
「そうだ。なら進化おじさんに相談してみようよ」
「進化おじさん?」
「うん、今日この会合にゲストとして進化の権威がやってきてるんだよ。ちょっと相談してみようよ」
「あ、ちょっとエンシェントカオスドラゴンちゃん」
エンシェントカオスドラゴンちゃんに連れられて会場の一角へ、そこには人間達のパーティスペースがある。
天竜祭にはドラゴンだけではなく親交のある人間達もゲストとして招いたりするのだ。どうやらエンシェントカオスドラゴンちゃんがいう進化おじさんとはそのゲストとして呼ばれた人間達の中にいるらしかった。
そうして一人の人間の男性の前でエンシェントカオスドラゴンちゃんは足を止める。
「おじさん久しぶり~」
そして超気軽に声を掛けた。その男性はわたし達の姿を確認すると、ほぅと優しそうに目を細めると、
「おお、君はカオスドラゴンちゃんかい? ちょっとみない間にずいぶん大きくなったねぇ。むかしはこんなに小さかったのに」
「ちょっとおじさん何百年前の話してるの~。それに今はエンシェントカオスドラゴンだよ」
「ははは、そうだな。すまなかったねエンシェントカオスドラゴンちゃん」
そう言うと男性は顔を綻ばせた。
「あのエンシェントカオスドラゴンちゃんこの人は?」
「この人はダーウィンだよ。グランドマスタードラゴンちゃんもダーウィン知ってるでしょ」
「ダーウィンってあのダーウィン?」
「そうそう進化おじさん」
エンシェントカオスドラゴンちゃんが軽い調子で言うと、
「やあ、僕は進化おじさんのダーウィンだよ」
ダーウィンという名前らしい男性がこれまた軽い調子で答える。意外と気さく。
「あの本当にダーウィンさんですか?」
「ああそうだが? 君は?」
ダーウィンさんが首を傾げてわたしを見る。
「は、はい、わたしはグランドマスタードラゴンといいます」
「私の友達なんだ」
わたしが声を上擦らせながら自己紹介するのに、エンシェントカオスドラゴンちゃんが言葉を継いで補足してくれる。
「ほぅ、これはまた立派なドラゴンだねぇ」
ダーウィンさんが感心したように顎に手を当ててわたしの事を見上げるが、わたしはそれ所ではない。
「あ、あの、わたし『種の起源』読みました」
「え、僕の本読んでくれたの?」
「はい、とても面白かったです。ファンです」
「いやぁ、嬉しいなぁ。あんな何千年前の本をこんな若い子が読んでくれてるなんて」
「サイン貰ってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。なぜなら僕はダーウィンだからね」
「わぁ、ありがとうございます!」
許可を貰うと、わたしは上機嫌に翼の中から『種の起源』の文庫本を取り出すとダーウィンさんに手渡す。
「あっ、ちゃんとグランドマスタードラゴンさんへって書いてくださいね」
「ははは、任せたまえ。僕を誰だと思ってるんだい? ダーウィンだよ」
ダーウィンさんは手渡された文庫本の表紙にスラスラと筆を走らせると「これでいいかな?」とわたしに『種の起源』の文庫本を返した。
そこにはダーウィンの名前と共にちゃんとグランドマスタードラゴンさんへと書き添えられている。
「きゃぁ、ありがとうございます。わたし一生の宝物にします!」
「ははは、大げさな子だなぁ」
「グランドマスタードラゴンちゃんってほんと本好きだよねぇ」
エンシェントカオスドラゴンちゃんがわたし達のやり取りを見つつ言うのにわたしは顔を赤くすると、
「うぅ、ごめん」
「いや、いいけどね」
エンシェントカオスドラゴンちゃんが可笑しそう笑うのにわたしは文庫本を抱いて縮こまる。有名人に会ったからってちょっとはしゃぎ過ぎてしまった。
わたしは改めて居住まいを正すとダーウィンさんに向き直る。まだまともに挨拶もしていない事に気が付いたからだ。
「この度はようこそいらっしゃいました。知の抑止力たる守護賢人の方に来ていただけるなんて本当に光栄です」
「僕の方こそ、武の抑止力たる守護竜にお招き頂いてこれ以上に光栄な事はないよ」
思い出したかのように礼儀正しく挨拶をしあう。
「ま、堅苦しい挨拶はいいとしてさ。ね、おじさん。グランドマスタードラゴンちゃんが進化の事で相談があるんだって」
「ほぅ、そうなのかい? 進化の事なら何でも僕に訊いてくれ。なんと言っても僕はダーウィンだからね。大切な事だからもう一回言うが、僕はダーウィンだからね。さあ何が訊きたいんだい? 君の疑問に答えようじゃないか。なぜなら僕はダーウィンだからね」
「はい実は――」
わたしはダーウィンさんに生肉が苦手な事、届けられる供物が生肉ばかりで困っている事を訥々と説明した。
「ほぅ、なら焼けばいいんじゃないのかね」
「ああ、だめだめ。守護竜には貰った供物はそのまま食べなきゃいけないってルールがあるんだよ」
「そうなのか。それはまた難儀な話だね」
エンシェントカオスドラゴンちゃんが指を立てて言うのに、ダーウィンさんがううむと唸った。
「そこで私達が考えたのがグランドマスタードラゴンちゃんを火竜にして口の中でお肉を焼いちゃおうって事。調理が無理なら口内調理をすればいいじゃない。えへへ、頭いいでしょ」
頭いいのかな。ちょっとそんな事を思ってしまったけど、さすがに口に出しては突っ込めない。
「なるほど、それで進化の話になってくるわけだね」
「そういう事。おじさんなら強制的に進化させる道具の一つくらい持ってるでしょ?」
エンシェントカオスドラゴンちゃんが軽い調子で言うのと、対照的にダーウィンさんは重苦しい顔をしていた。
「あの、無理ですか?」
わたしがおずおずと訊ねると、ダーウィンさんがまるで重たい扉を開くかのようにゆっくりと口を開いた。
「確かに強制的にドラゴンを進化させる方法は存在する。進化の石を使えば君は火竜に進化する事が出来るだろう」
「何か問題があるんですか?」
含みのある言い方にわたしが先を促すと、
「強制的な進化には大きな苦痛が伴う。保険も適用外で全額負担だ。進化をして火竜になればとりあえず君は生肉に悩まされる事はなくなるだろう。しかし、本当にそれでいいのかね。本当にそれで問題は解決されたといえるのかな?」
「どういう……ことですか?」
「僕から君に言える事は一つだよ。君を進化させる事は出来ない。君は安易な進化に頼るのではなくもっと村人と交流を深めるべきではないかな。君も本当は何がこの問題を引き起こしているのか気が付いているはずだろう?」
「それは……」
わたしは何も言い返す事が出来なかった。
天竜祭から帰って自分の家に戻ってきた後、あの時のダーウィンさんの言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。エンシェントカオスドラゴンちゃんは気にしない方がいいよと気を使ってくれたけど、頭の中の霧は晴れない。
だってその通りだと思ってしまったから。
わたしは元来引っ込み思案な性格で、まだ一度も村里に下りる事がなかった。
竜の言葉というは人間には聞き取りづらくて大きい声を出さないといけないけど、わたしは大きい声を出すのが苦手だし、もし話しても唸ってるようにしか聞こえなかったら? 怖がられたら? 拒絶されたら?
そう考えると怖くて村里に下りる事は出来なかった。
『君は安易な進化に頼るのではなくもっと村人と交流を深めるべきではないかな。君も本当は何がこの問題を引き起こしているのか気が付いているはずだろう?』
ダーウィンさんの言葉が頭の中でリフレインする。
話せば解決する事だって、そんなのずっとわかって事なのに。実際に指摘されるまでそんな事考える事もなかった。
いや、考えてはいたはずだ。ただ、その事から逃げていただけ――。
一晩中悶々と考えていたら気が付くと夜が明けていた。家の前には大量に置かれた生肉が手付かずのまま雪に埋もれている。
「このままじゃ……駄目だよね」
わたしは決心をすると、翼を大きく広げて朝もやのかかる空へ飛び立つ。
いつかやらなきゃいけない事なら、今やってもいいはず。
せっかく芽吹いた勇気の芽だもん、もう潰したくはない。
だから、わたしは勇気を振り絞って村里に下りてみる事にした。
「うわあああああ!」
「ドラゴンだぁ! ドラゴンが山から下りてきたぞぉおおおおお!」
「殺されるぞぉおおおおお!
わたしが村に降り立つと農作業の準備をしていた村人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
わたしは再び羽ばたくと逃げ遅れた二人を見つけてその前を塞ぐように前に立った。
「ま、待ってください。わたしはあなた達とお話がしたいだけで」
「追ってきただと」
「ぐぅっ、なんて恐ろしい唸り声なんだぁ。こいつぁやべぇ。やべぇ臭いがプンプンするぜぇ。見ろよこの奥歯をガタガタだぜぇ」
「それは歯周病だ馬鹿め」
「いいや違うねぇ。このガタガタは歯医者でもなおせねぇ。これが本当の恐怖って奴だぁ。俺は今恐怖って奴を味わってるぜぇ」
「この殺気、これがドラゴンなのか。とにかくお前は長老様に連絡してくるんだ。ここは俺が食い止める」
「そんな事できねぇ、できねぇよぉおおお……」
「妻によろしく言っておいてくれ。あんたの夫は勇敢に戦って散っていったとな」
村人たちが何やら内緒話をしている。いや、内緒話をするんじゃなくてわたしの方を見て欲しいんだけど
「あのー! わたしの話を聞いてくださいってばー!」
「ぐっ」
男の一人がばたりと倒れる。
「お、おい。しっかりしろ。くぅ、一鳴きで失神させちまうなんてありえねぇ。御天道様も核爆発でビックバンだぜぇ。ひぃぃぃ、れ、レベルが違いすぎるぅぅ! うわぁぁああああああ!」
そして倒れた男の人を抱きかかえると、そのまま逃げて行ってしまった。
「ああ、行っちゃった……」
わたしが制止する暇もなく去っていってしまった。
周りに人一人いなくなってしまう。
「そんな……」
怖がられるかなって思ってたけど、実際にそういう扱いを受けるとショックだった。これじゃあ話を聞いてももらえない。
どうしようと途方に暮れていると、今度は逆にわたしを取り囲むように村の男達が武器を手にして集まってきた。
「うぅ、戦いに来たわけじゃないのに……」
ジリジリとした距離を保ちつつ一人の老人が前に出てきた。
あ、あれは。いつもわたしの家に供物を持ってきてくれる人。
「ドラゴン様、このような村里まで降りてこられるとはどうしたというのです。何か供物に気に入らない所があったのですかな?」
「え、えとね。そうなんだけど、あ、でもそうじゃなくて。完全に駄目って事じゃないんだけど、そのね、あのね」
うぅ、なんだかうまく言葉が纏まらない。
「おぉ……」
「なんという恐ろしい唸り声だ」
「間違いなく怒り狂っているな」
ああヒソヒソ喋ってる声が聞こえてくる。
「ドラゴン様、どうかお怒りを鎮めてくだされ。不手際があったというのならば謝ります。我らに出来る事ならば何でも致します。それでも怒りが収まらないというのなら、どうかこのしがない老人を食ってくだされ。おいしくはないかもしれませんがこう見えても私はレベル八十を超えております。ドラゴン様には取るに足らない数字でしょうが、それでも経験値の足しくらいにはなりましょう。それでどうか村は、村だけは見逃してくだされ。どうか、どうか――」
そう言うと老人は地面に膝をつき、何度も何度も頭を地面にこすり付けた。
「そ、そんな事しないでください」
わたしおじいさんなんて食べないし。っていうかわたしどっちかというとお肉よりお野菜の方が好きだし。一番好きな食べ物はメロンだし。
後わたしレベルカンストしてるから経験値とかいらないし。
「長老!」
「長老駄目だ!」
「くっ、あの野郎の顔を見ろ。今にも喰いたくてたまらないって顔だ」
「やっぱりドラゴンは肉が好きなんだな。高級和牛じゃ値段の割に量が少なすぎたんだっ」
「ああ、長老」
「長老」
長老の名を呼ぶ悲痛な声が広場に波紋のように広がったその時だった。
一人の小さな女の子がわたしを取り囲む村の男達の輪から抜け出してわたしの前のちょこちょこと歩いてきた。
「おい、女と子供は逃がしたんじゃないのか!?」
「逃げ遅れた子がいたのか」
「駄目だ、行くなぁ」
女の子はわたしの鼻先まで来ると、キョトンと首を傾げた。
「あ、あの……」
「こんにちわ、ドラゴンさん」
「は、はい。こんにちわ」
ぺこりと挨拶をするのに、わたしもつられてぺこりと頭を下げる。
「ねーねー、なんかドラゴンさんが言いたそうにしてるよ」
女の子は振り返ると、地に頭をこすり付けていた長老と呼ばれている老人に声を掛けた。
「なんと、ドラゴン様の言葉がわかるのか?」
「うん、声ちっさいけど」
老人が半信半疑な様子で言うのに、女の子がこっくりと頷く。
「巫女だ」
「竜の巫女だ」
「巫女さまだー」
巫女だ巫女だと辺りが騒がしくなり始める。
いや巫女とかじゃなくて、わたしの声が小さいだけで。ちゃん聞いてくれようとしてくれればみんなにも聞こえるはずなんだけど。まあちゃんと話せないわたしも悪いんだけど。
「ドラゴン様の要求を聞いてこれるか?」
「ちょっと待ってて」
女の子は再びわたしの前に来ると口元に耳を寄せる。「おお」という恐怖と歓声の入り混じった独特の声が辺りを包む。
「あ、あのね――」
わたしは女の子につっかえつっかえ自分の言いたい事を女の子に伝えた。
それからまた老人の元へと戻って、
「聞いてきたよ」
「それで、ドラゴン様はなんと?」
この場にいる全員が固唾を飲んで女の子の次に発する言葉を見守る。
「あのね、ドラゴンさん生肉は苦手だから今度から焼いてきてくださいって」
女の子が言い終わると、全体的にハテナな空気が広がる。
うぅ、なんか微妙な空気になってる。
わたしがなんだか肩身が狭くて体を縮こまらせていると、老人がわたしの前にやってきた。
「まことですかな? ドラゴン様」
「はい、そうなんです」
「ん? 今、『はい』と言いましたかな」
「はい」
わたしがコクンと頷くと、老人は目を見張った。
「なんと、わしにもドラゴン様の声が聞こえた」
老人は周囲の男衆を見回すと、驚愕と共にポツリと漏らす。
「長老も巫女だ」
「竜の巫女がもう一人いたぞ」
「じじいの巫女だー」
なんだかよくわからない方向で周囲が沸いていた。
「それで先ほど言っていた事は?」
「はい、わたし生肉ってどうも苦手で。せっかく頂いているのにこんな事言うのは申し訳ないんですけど。やっぱり生肉って食中毒とかあるじゃないですか」
「なるほど食中毒。ドラゴンにも食中毒があるのですかな?」
「いえ、あの。普通のドラゴンなら生肉では食中毒になる事はないはずなんですけど。一回わたしユッケで当たっちゃった事があって……」
「ああ、なるほど。一度当たると苦手になるその気持ち、わかりますぞ。わしも一度アニサキスに胃を食われてからというもの生魚がどうも苦手で、食べれないという事はないのですが」
「わかってくれますか?」
「ええ、わかりました。今度からお肉は焼くことにしましょう。さぞ辛い思いをしたのではないですかな。もっと早く知る事が出来ればよかったのじゃがなぁ……」
「すみません。わたし嫌われちゃうんじゃないかと思って、どうしても皆さんとお話できなくて」
「いや、謝らないでくだされ。それはこちらも同じ事、わし等にも恐れがありました。コミュニケーション不足はお互いに原因があるのですじゃ」
「はい」
わたしが控えめに頷くと、老人は周囲の男達に向き直り声を張った。
「皆の者聞け。ドラゴン様はわし等を襲う気はないようじゃ。それどころか楽しくお話したいと申しておる。よくよく耳を傾けよ。さすれば誰にでもドラゴン様の声が聞こえるじゃろう。我こそはと思うものは話しかけてみるがよい」
「あ、あの長老さん?」
「これでいいですかな?」
そう言うと、長老さんはくしゃくしゃの顔をもっとくしゃくしゃにしてにっこりと微笑んだ。
「は、はい。ありがとうございますっ」
最初は怖がっていた村人たちも、長老さんの言葉を受けて恐る恐るといった様子で話しかけてくれるようになった。
「ドラゴンさんおてー」
「はい、どうぞ」
「そっちおかわりだって」
「あれそうだった?」
子供たちが言うのに、ぽりぽりと頬を掻く。
わたしが村里に通うようになって数日、その頃にはわたしの周りには常に人だかりが出来るようになっていた。
◇◆◇
今日は村で半年に一回行われるバーベキューの大会が行われる日。
村のあちこちには網が置かれ、村人達が思い思いに肉を焼いていた。
程なくすると肉を焼くいい匂いに誘われて、一体の鮮やかな赤色の鱗をしたドラゴンが山から下りてくる。
「ドラゴンさん、こっちこっちー」
アカネ山の山頂に住むドラゴンである。
子供たちの声に惹かれるように降り立つと、彼女を中心としてわいわいきゃあきゃあと楽しげな声が花を開かせるように広がるのだ。
少し前まではこのような光景が村で見られるなど想像する事も出来なかっただろう。
「ドラゴンさん火つけて~」
お願い口調で子供の一人がお願いすると、ドラゴンは口から火を噴き竈に火をつけた。
わぁと歓声が起こり、まるで炎のように更に賑やかさを増していく。
それを楽しげに見守る老人に村の若い衆の一人が話しかけた。
「あのドラゴンって炎を噴けないって話じゃなかったでしたっけ?」
「ふむ、そのようじゃったがなぁ。子供たちに火付けを頼まれている内に噴けるようになってしまったそうじゃ」
「ドラゴンってそんなんで火を噴けるようになるんですかね」
「まあ、彼女は断れない性格じゃからのぅ。頼まれたら火でも噴けるようになってしまうのじゃろう」
「はぁ……」
若い男は「そんなものですか」と釈然としない様子で老人に言う。
「でもこれであのドラゴンもまた一つ進化したって事ですかね」
「ふむ、全く進化のきっかけとはわからんものじゃのう」
そういう割には老人はさして不思議そうにする事もなく、子供たちと戯れるドラゴンを見つめていた。
「でも、これでますます手に負えないドラゴンになりましたけど」
「なんじゃお主、狩るつもりか? やめておけ。お主じゃ天地がひっくり返っても勝てん。せいぜい仲良くやる事じゃ」
そう言うと、老人は楽しげに笑い声を上げた。
一人の子供が焼いたお肉をフォークに刺して差し出すと、ドラゴンが大きく口を開けてばくんと食べる。それを見て、子供たちの笑い声はより一層の大きさを増していく。
今となってはドラゴンは子供たちの人気者だ。
「さすがドラゴン様。いい食べっぷりじゃわい」
老人は穏やか目をドラゴンに向けると、
「ふぉっふぉっふぉっ、ドラゴン様も喜んで下さっておる。これでまたこの村も半年安泰じゃわい」
そう言って満足気に頷いた。
※人竜戦争
西暦二〇一九年に起こったとされる人と竜による戦争。
竜側が勝利したと人側の記録にのみ残っている。
※守護賢人
星に選定された守護者。
主に知的方面における文明の発展に対する抑止を担う。
またの名を知の抑止力。
※守護竜
星に選定された守護者
主に武力方面における文明の発展に対する抑止を担う。
またの名を武の抑止力。