03章:暗躍
03章:01*疑心
「お帰りさない。大変だったってね」
連合の施設に戻ってきたクガ。迎えてくれたノノアは他人事のようだ。とは言え、人質の立場だったにも関わらず平穏無事だったのは素直に嬉しかった。が、ウラカンや殃禍級の害獣での件や、連合に対する不信感、ブルトンらしきものを渡され、それを自身のマテリアル・イーターが吸収してしまった事などは告白出来そうになかった。
クガが騒動に巻き込まれている一方、ノノアは自らの体を補完するマテリアル・イーターの断片……白銀の双眸と言う二つ名を付けられたらしいその能力を高める為の訓練もしていたようだ。対象の解析と分析に長け、術式のようなマニュアルさえ理解出来れば運用可能な技術のコピーには取り分け向いており、今はかなりの数の術式が使えるようになったようだ。が、一般人でしかないノノアには術式を自由に使えるほどの体力も精神力もない為、宝の持ち腐れ感も強かった。
ウラカンや害獣の件で評価されたクガは潔白を証明する事は出来ないまでも、信用を得られた故か、少しばかり自由な行動も許されるようになった。勿論、連合の面子を何人か連れて行かなければいけないと言う条件付きだったが、それは致し方ない事だった。最初に村へとやって来た、カーギル、カロル、クジャタ、ゼレノフ、マリア、ユージン。任務で同行したギレット、レイブンズの他、連合の同研究施設でノノアの訓練も手伝っていたらしいエミーリヤ、ユリアから同行者を選ぶ必要があった。多少の自由が許されたクガは、この機を利用して元来も目的でもあるディーノの行方不明の件について調べると、どうやらサクラメントの神隠しの折、帝国が巡礼騎士団なる組織を作っていた事を知った。いや、思い出して見れば、そのときに騎士団らしき団体が町を訪れていたような気がする。
そんな中、また任務を依頼されるクガ。先のブルトンの量産体制を整える為の資材集めと、実戦での戦闘データが欲しいとお願いされる。断る理由もなかったクガは、クジャタ、レイブンズ、マリア、エミーリヤ、ノノアと共にとある場所へと向かう事となった。
連合の地域の西、草原と山脈地帯が続く一帯だ。町から遠く離れれば害獣とも区別の付かない野生動物も多く目撃される。遺跡などもあり、ある一線からは国立公園として運営されている。北部の独裁国とは三峰を国境としている所為か、過激派や兵器の実験も噂も絶えないものの、実際の目撃情報はないような、広大が故に色々と情報と噂の多い場所である。
町ではとある噂が聞こえてきた。帝国の日子と日女が逃げ延び、生きているとか。そんな噂だ。第四日子のシュルヴェステル・リリェストレーム、と第三日女のマリステラ・リリェストレームの二人だ。小規模ながら近衛騎士団らしき集団も見たとの噂や、その道程などを聞くに微妙な真実もある話である。
先ずは荒地と草原を抜け、鉱山だろうと目星を付けた場所とを繋ぐ行路の開拓だ。既に何本か道はあるものの、鉱山から十分な資源を運ぶには街道は狭い。飽くまでも付近の住人が歩く程度だ。安全、且つ最短で、工事にも十分耐えうるような利便性の高い道を探し、町を拠点に暫し小さな依頼もこなしつつ、少しずつ荒地と草原を調査していった。
「遺跡の調査ですか」
鉱山とを繋ぐ行路の調査もひと段落付いた頃、町のギルドから遺跡の合同調査が申し込まれる。どうやら北の独裁国から逃げてきた脱北者や、戦争から逃げ延びた傭兵やら居座っているようだ。何処かで聞いたことのあるような依頼だったが、やはり断る理由もなかった為、一行は遺跡の調査に赴く事となった。
遺跡は古い。が、意外にも形がのこっている。根城にするには適当な選択だろう。が、根城にするには些か佇まいが神聖に見える。宗教的な建造物と言った所だ。宗教とは無関係に、墓へ足を踏み入れるのが遠慮されるような、根源的な畏怖を讃えている。何れにしろ、このような場所に一時的とは言え住み着くような不届き者がいる事には驚きだ。
致傷級の害獣を退け、遺跡の奥へと進む。隠れ家にするとしても、こんな奥では都合が良くても、あまりにも利便性を欠いているのではないだろうか。凡そ人の気配や、生活の名残さえない遺跡の奥へと進んだ一行は、閉ざされた扉の前に到着する。扉の前には崩れているものの、複数の彫像が並んでいた。獣と人を合わせたような姿をした、神らしき像のようだ。全部で十二柱ある。
「開くぞ、多分」
町から出向してきた研究者が言った。扉には開ける為の仕掛けはない。だが、その言葉通りに扉が内側へと、奥へと扉が引っ張られるように開放されていった。まさかこんな最奥とも言える場所に隠れているのか。と疑ったクガの前に何十匹もの害獣が現れる。扉の奥に隠れていたのか、閉じ込められていたのか、住んでいたのかは分からない。だが、何れも強く、損失級はありそうだった。
何とか害獣を退けた一行は、扉の奥へと入る。結局、遺跡を根城にしていた者とは誰だったのか分からず仕舞いだ。扉の奥は遺跡の最深部らしい。そこには巨大な何かの骸があった。既に骨だけと化しているものの、僅かな肉片?鱗?などの部位がこびり付いているのが見える。出向してきた者や、クジャタ、レイブンズが嬉々として?化石へと近付いて行った。クガの横を通る際、口走った言葉が耳に残る。
「これでロジオーンやメイナード博士の話に辻褄が付くな」
「やはりMEのオリジナル……始祖の一匹か――?」
クガは困惑した。ノノアも同じようだ。だが、状況から推測するに依頼内容とは別に、どうやらこの遺跡の奥が目的地であり、そこに奉られていた化石の回収が目的だった事は、想像に難しくなかった。
03章:02*疑念
再び連合の施設へと戻ってきた一行。目的こそ果たしたものの、クガは不信感を募らせるばかりだった。戻ってきたクガに新たな任務が言い渡された。どうやら先の任務の際に耳にした、第四日子と第三日女の真実を確かめようと、或いは拿捕、暗殺を目的に帝国の隊が連合国内に侵入したらしい。その排除を命令されたクガ。自分のような素人に何を求めているのか、分からない。いや、前々の件から帝国との繋がりをいまだ疑われている都合、色々と勘繰られているのだろう。有りもしない疑惑の証拠か、潔白の有無を見定めようとしているのだ。
幾つかのチームかに別れ、疑わしき場所へと赴く連合の各小隊。クガはクジャタ、ギレット、ゼレノフ、エミーリヤ、ノノアと共に任務に当たる。日子にしろ、日女にしろ。帝国の部隊であろうと、噂しか聞こえてこない話だ。そう簡単に出会える訳もなかった。再び、各地の町を訪れつつ、情報収集も兼ねたギルドや市政の依頼をこなしていたとき、とある一報が一行の耳に聞こえてきた。
帝国が連合から求められていた交渉の席に着くと。俄かには信じ難いものの、戦争が終わるひとつのきっかけになる可能性が見えてきた。しかしながらクガが手伝えるような事はなく、別班と合流した一行はチームを編成し直し、クジャタ、ゼレノフ、ギレット、マリアと共に継続して日子と日女の調査を行い、ノノアはユリアと共に施設へ戻る事となった。
調査は難航を極めた。そもそも生存さえ疑わしい日子や日女だ。況してや真偽のほども怪しい噂が根拠でしかない。そうこうしている間に帝国と連合の会談の日程が決まった。席には帝国の第一日子のアルトゥール・リリェストレーム、その実弟でもあるフェルヒテゴット・リリェストレーム、第一日女のヴェルトレーデ・リリェストレーム、帝国軍の最高顧問であるラニエロ・ストラーニ、外交部の最高顧問でもあるテレサ・ノルデンらが参加するそうだ。連合からは連合会議において否決権を持つ啓蒙的先進国家群の七ヶ国から代表らが出席する運びとなっていた。
調査、探索は続いていた。が、成果はない。ただ、先の依頼の件で最奥まで道の開けた遺跡の調査が本格化したり、ブルトンの生産工場の試作的な設立及び小規模の実験的運営も始まった。ロジオーンも来ており、調査が進んでいないのなら遺跡の発掘作業、或いは警護を手伝えと頼まれ、一行は再び遺跡へと向かった。
予想以上に保存状態が良い遺跡に饒舌となったロジオーンがいた。彼の熱弁を聞くのが遺跡発掘素人のクガが出来る最大の貢献だった。要はうるさいロジオーンの相手をして欲しいという事のようだ。だが、無知なクガにとっては興味深い話でもある。
遺跡と言う呼び名から古い物と想像し、得体の知れない古代文明のものと思ったが、どうやら大いなる世界からやって来た、外ノ国の者が開拓した者達が何百年か前に作った代物らしい。外ノ国の者がその時に何を信仰していたのか分からないものの、彫像から獣を擬人化し、神格化していた事が想像されるようだ。扉の奥にあった化石は、恐らくその信仰を支えたであろう唯物的な、だが既に絶滅したであろう動物と考えられる。
「君もブルトンを取り込んだらどうだ。曲がりなりにも連合に所属する兵士だろ?」
ブルトン生産の試験的な運用も始まり、様々なデータが欲しい様子のロジオーン。帝国の新型でいまだ全てが明らかになっていないクガのマテリアル・イーターの変化を観察したい様である。ウラカンの際には却下された案ではあるが、クガ本人は強くなる可能性を得られる事について積極的だった。
ギレットやクジャタは消極的だったが、工場へと場所を変えた一行は、クガのマテリアル・イーターへのブルトンの移植が行われた。メイナード博士から渡されたものではない、連合産の初期ロットのブルトンを吸収したクガは、ひとり、ウラカンの事件後に手渡されたアレと同じような感覚を左手に覚えていた。その後は訓練も兼ね、周辺の街々の依頼をこなしつつ、遺跡発掘の調査などを手伝い、世界の転換期ともなるだろう連合と帝国の首脳会談まで状況を静観し続けた。
そんなある日、意外な情報が舞い込み、クガ達は連合の北部へと向かった。そこにはかつて対敵した帝国の兵士らしいトルデリーゼとオホトらを中心にした中退規模の駐留軍がいた。とは言え、そこは連合と帝国が交渉を控えてる手前、衝突と云う事態は避けられた。
「また遭ったな。まぁ、大方の目的は察しが付くがな」
喧嘩腰のオホトの矛先はクガに向けられていた。この際、先の発言の意図を問い質したかったクガ。それはゼレノフをはじめ、クジャタやギレットも同じだった。
「あぁ、あれ。意味深だった?」
トルデリーゼが告げる。それに意味はない。だが、帝国産の新型マテリアル・イーターには共通の臭いがする。それを感じ取っただけに過ぎない。自分にも同じ系統の試作型のマテリアル・イーターを持っているとの事だった。
ギレットやクジャタがその詳細を聞き出そうとする。オホトが何かについて口を滑らすも、教養の足りない彼も理解していないようだ。トルデリーゼも一応敵同士の間でそんな話までする訳がないと笑ってみせる。
「それで? 日女様と日子様は見付かった?」と臆面もなく、いや、鎌をかけようとしているのか、それが互いの目的だろうと確認するようにトルデリーゼが質問した。
「いや、そっちは?」
ギレットも敢えて正直に、だが、意味深に、探るように応じた。本音かどうかは分からない。少なくとも連合側の事情を知るクガは本当である事を知っている。帝国側はどうだろうか。先代の王を暗殺したかもしれない今の暫定的な政権代表の手先である彼らも真実を言っているかどかは分からない。若しかしたら既に日子日女を殺している可能性もあった。
「日女は知らない。でも、日子は見付けた」
過去形で答えるトルデリーゼ。クガは最悪の事態を想像し、少しだけ背筋を振るわせた。
「だから、困っている。こっちが想定した最悪の事態になっている」
「どう云う意味だ?」
虚実が入り混じっているのか、真意が知れない……だが、本音と思われる言葉が聞かれる。
「条件がある。その権限も上から私に与えられている」
トルデリーゼが言うと、先ほどまで大人しかった帝国兵らが身構えた。
「先ずは帝国の所有物を返して貰おう――――かしら」
直後、クガの左腕に耐え難い苦痛が迸った。見れば巨大な鉈のような刀が振り下ろされ、クガの腕を切断していた。
03章:03*疑惑
突然の激痛に床を転げまわるクガ。その切断面を探してか、切られた左腕が先にもあったマテリアル・イーターの暴走よろしくその体積を増やし、奇妙な形状となってクガの本体の方へと近付いていく。傍から見れば、その動きや足に利用しているだろう物体の形状は、ウラカンの肉塊に通じるものがあった。程なくクガの本体と合流した左腕はその切断面を修復。どうやら痛みは残るものの、ただの左腕に戻ったようである。暫くして痛みの引いたクガが憎々しくトルデリーゼら帝国兵を睨み付ける。
「MEの物理的除去不能は一般に流通、生産されるMEにはない特別な仕様だと知ってる?」
トルデリーゼは言った。自分にも同系のマテリアル・イーターが備わっているからこそ断言出来る事実。ME技術の漏洩を防ぐ為、術式も応用した複合技術による宿主への拘束、及び不可視化の技術らしい。劣化版や廉価版にはないそれらを含む特有の技術は、固有、且つオリジナリティのあるマテリアル・イーターの開発には不可欠のアイディアとの事だった。
既に連合のスパイが奪ったものだと聞かされていたものの、帝国の関係者から言われると、やはり重みが違った。連合を完全に信用し、信頼している訳ではないとは言え、仕方なく今の立場に収まり、境遇に流されているだけのクガにとっては、連合への不信感を確信へと変える言質を聞いたようなものである。
「連合は一枚岩じゃないからこそ、様々な思惑もあるんじゃないの?」
クガの脳裏に、体験しただけの事実とは言え様々な出来事が思い返される。
「ま――帝国もそれは同じだけど、今は所有権の有無や国際法の違法の是非には目を瞑って、取り合えず彼にそのMEの処遇は任せましょうか。でも、ひとつだけ忠告と助言を。少なくとも連合に協力する以外に選択肢もある事は彼に知らせて置くべきだったのでは?」
トルデリーゼは小声で先の行為を詫びると、連合は多国間の連携と会議政に託けているが故に表立って見えない魑魅魍魎も潜むものだ、とクガに忠告した。
「条件は帝国のME返還……のつもりだったが、今は帝国と連合の和平交渉を前にしている都合、争うつもりはない。寧ろ、協力するのもそっちにとって都合が良いと思う」
トルデリーゼは第四日子のシュルヴェステルがテロを企てている事を告げた。巡礼騎士団なる過去の徽章にすがる、一部の軍国主義の騎士中隊と共にこの界隈に潜んでいるらしい。交渉の場への強襲、奇襲が目的との事だった。
確かに。と頷いたのはゼレノフだった。第四日子のシュルヴェステルは良くも悪くも帝国の発展を望む者だが、帝王学を唯一の規範にするような独裁的な思考に偏った者として名が知られていたらしい。クジャタギレット、マリアもあまり詳しくは知らなかったようだ。
トルデリーゼの部下達が集めた情報によれば、シュルヴェステルは鉄の森から北北東の独裁国との国境に近い氷雪地帯にある遺跡に身を潜めているとの事だった。ノノアはふと妙な違和感を覚える。また、遺跡だ。今まで生きてきた中で遺跡と言う単語さえあまり聞かなかった。にも関わらず、ここ数日で何回も耳にしている。ロジオーンのような知り合いができた所為もあるが、如何せん運命的なものを感じずにはいられなかった。
俄かには信じられないものの、連合の上層部と取り急ぎ連絡を取ったギレットやクジャタは正式に共同戦線を張る事に決めた。トルデリーゼらが乗る帝国の車両を間借りし、一行は目的地の北北東を目指す。交渉が始まる一週間前だ。まだ居るかは疑わしいが、新たな情報もない。先を急ぐしかない一行は、何箇所かある候補地へ戦力を分散させる形とはなったものの、一気呵成に複数の遺跡へと攻め入った。
クガらはトルデリーゼの班に組み込まれた。半ば強引な編成だったが、帝国産のマテリアル・イーターの所有権が技術的に証明する事も容易い中、一行はトルデリーゼらの提案を無碍にも出来なかった事情がある。小隊規模とは言え、トルデリーゼをはじめとした帝国兵らは全てがマテリアル・イーターを装備しており、且つ、術式も使えた。
兵力的な数で言えば、連合全体の方が上回っているとは言え、目の前の現実のように、全ての兵士がマテリアル・イーターを持ち、術式も使えるとなれば一己当たりの戦力差は大きいだろう。ブルトンの技術を拝借出来た今でも大量生産は間に合っていない。本格的な武力衝突があれば、連合が負けていたかもしれない。と思うギレットやクジャタらは、一方で仕方ない事とは言え、帝国との共同戦線を張る事にまだ違和感を覚えていた。
遺跡には損失級だろう害獣ばかりだった。が、そこは熟練の兵士も多い編成をした小隊だ。そうとうな数に囲まれない限り、行方が阻まれる事なかった。多少の余裕があったのか、ノノアは周囲に意識を向ける事が出来た。体内にある白銀の双眸を使いこなす訓練を受けていた都合か、視線だけでも情報収集を努めるような癖が付いていた。様式は違うが、先に訪れた遺跡に雰囲気が似ている。
「いたぞ!」
先行する帝国兵が叫んだ。……しかしながら男はシュルヴェステルではなかった。巡礼騎士団らしき、変わった徽章を付けた男だ。
「残念だったな。王はここにはいない!」
正式な継承も受けてない、剰え四番目の候補を王と言い切るその言動から巡礼騎士団であろう男の忠誠心が窺えた。
「さぁ、戦争の始まりだ!!」
そう叫んだ瞬間、男の体が膨れ上がり、マテリアル・イーターに覆われた災害級にも及ぶ異形な害獣?へと変身した。クガも経験した事のあるマテリアル・イーターの暴走や増殖ではない、況してや四肢に異なるマテリアル・イーターを装備し、展開するトルデリーゼやオホトらとも違う――。そう、殃禍級の害獣……ウム・ダブルチュを見守る男のそれに近かった。
03章:04*疑似
害獣の被害や強さの評価に絶対的な基準はない。時と場所で変わってくる。だが、圧倒的と評するのに問題がない一線もある。災害級や殃禍級は勿論の事、伝説級や神話級がそれに含まれる。それらは総じて魔獣と呼ばれ、人が戦ってはいけないものと考えられていた。
「巡礼騎士団十八番隊所属のリオネラが参る!」
見るからに化け物にも関わらず、それは流暢に名乗りを上げた。と同時に帝国兵らの中へと突っ込んで行く。腕をただ回すだけの一撃が旋風も起こし、帝国兵らを薙ぎ払う。続け炎の壁が津波のように襲い掛かる。術式と、単純だが強力な打撃の連携。完全に防御しても鎧は拉げ、次にはもともな動きも出来ない。マテリアル・イーターの爪も通らない。幸いにも術式を使え、且つ何人もいる小隊編成だった為、攻撃の箇所を一点に集中出来れば破壊級は優に超える威力が放てた。辛うじて術式の攻撃が届くくらいだ。
「弱いっ! 弱いッ!!」
累々と重なっていく兵士の死傷体。三十人以上も居た筈の小隊は今や数人しか残っていない。中でもまともな戦力に数えられるのはトルデリーゼだけだ。他に立っているのは、後方支援を中心とする者達か、足手まといのクガやノノアの二人くらいである。
だが、ノノアは徐々に見えてきていた。巡礼騎士団を名乗る魔獣リオネラが見せる行動の癖や、予備動作やその機微、硬過ぎる身体に覗く僅かな隙間……。そこへの攻撃を進めるノノア。的確な指示と判断したトルデリーゼがそれに従う。少しだが、確実に魔獣にダメージを重ねていった。
「逃げろッ!」
リオネラもノノアの目が厄介だと気付き、彼女へ突進して行く。それをクガが庇ったものの、脇腹に角が突き刺さった。
「クガ?!」
血反吐を吐き、地面に転がるクガ。容赦ないリオネラの追撃がクガの腹部を踏み潰す。呻き声さえ上がらない。空かさずトルデリーゼが魔獣に攻撃し、牽制する。見るからに重症……とは言え、特別なマテリアル・イーターの効能か、回復は早い。瀕死でなければ死ぬ事はないだろう。苦痛は耐え難い都合、死ねない事は不幸ではあるが、今は気に病む必要がない分ありがたかった。
動揺するノノアを責っ付き、トルデリーゼは指示を仰いだ。少しずつ、少しずつ、ダメージを蓄積させていく。一方でチラリとクガを見ると、負傷した腹部をマテリアル・イーターが覆っており、回復を強化していた。
「最後の一人が強いな」
負傷していても、重症とは言えないリオネラの状態。恐らく別働隊も同じように魔獣が相手だろう。増援は直ぐには期待出来ない。自分がいる都合、数的な戦力は6:4でややこちらを少なくしている。今は膠着状態でも、術式を使う後方の支援者が力尽きれば一気に形成は不利となる。早くに決着を付けなければならないが、トルデリーゼでは決め手に欠けた。
「トルデリーゼさんッ!!」
ノノアは提案した。連合の研究施設で術式の観測と認識、把握と理解に努めた数日――今の自分に出来る最高威力の術式がある。極めて局所的な範囲ながら鏖殺級が使えると。が、精々、その範囲は拳ほどの大きさだ。自身を標準とした絶対的な座標に位置する為、罠を仕掛けるように置く必要がある。加えて不慣れな為、詠唱の時間も掛かる。けれど、心臓のような核を潰せれば必殺の一発になるだろう。人間から変態したのだから、心臓や脳のような急所は残っていると思われた。
どのくらい掛かるのか。トルデリーゼが耐えられるのか。が、選択の余地はなかった。今は共闘関係にあるも、また敵になるかもしれない連合の兵士の前で奥の手を出すのは気が引けた。いや、そんな悠長な事も言ってられなかった。
必ず当てろ、と約束させたトルデリーゼは最低限必要な時間を稼ぐ為、四肢に装備した三つのマテリアル・イーターを同時に完全展開させた。腰から下半身と脚部を強化するひとつ。左右の腕を肩から補い、一方は防御、他方は攻撃に特化したマテリアル・イーターを展開させるトルデリーゼは、ひとり魔獣リオネラへと向かって行った。
詠唱に入るノノア。他のサポートに回っていた残りの兵士らはノノアの護衛と、遊撃的な援護に入る。が、実際は防御と回復に専念していた。初期のメンバーだけでは完全な鏖殺級には至らなかった。勿論、如何にもな素人なノノアの言葉を全面的に信じる訳ではない。先までの的確な指示があっての信用だ。
閃光さえ迸る数秒の攻防。トルデリーゼが全力を出してもリオネラの装甲は簡単に敗れない。このまま続ければ勝てる可能性はあるだろう。が、この不完全な、複数のマテリアル・イーターの同時展開に身体はもたない。本当にノノアが鏖殺級の術式を成功させ、急所を潰せるかは賭けにも等しかった。期待した謎の帝国産のマテリアル・イーターを持つクガは戦力にならなかった。限られた選択肢の中で、今はノノアの言葉を信じるしかないのだ。
「準備出来ましたッ!」
「誘導する!!」
まるで歴戦の兵がするように視線で術式の展開場所を確認した二人は魔獣リオネラを誘導する。が敵もそう簡単には誘導されない。控えめに言っても目に見えた展開をしているのだ。こちらが何らかの反撃の手立てを講じているのは分かるのだろう。押すしかない。圧すしかなかったのだ。
「来ましたッ!」
が、そこはノノアも考えていた。意図して術式の発動場所をずらす。敵にも味方にも気付かれないように。そう――無理をすれば、もっと広く術式が展開出来る。そう、無理すれば。リオネラが展開出来る鏖殺級術式の効果範囲は、掌握級から鉄槌級にまで広げられた。
誘導場所のほんの手前に術式が展開され、リオネラの首周りに鏖殺級の術式が発動する。空間が歪み、青白い稲妻が迸った。光が罅ぜ、赤熱が燃え上がる。竜巻のような光の歪曲が蜃気楼宜しく見えたときには、リオネラの首がギュルリと締め上げられていた。
縊られ、切り落とされた首が転がり、動かなくなったリオネラの死体が地面に崩れ落ちた。息も絶え絶えなトルデリーゼが座り込み、漸く人心地つく。決着が付いた。だが、負傷者は多い。幸いにも全員がマテリアル・イーターを装備していた為、死者は出ていない。マテリアル・イーターを装備していなかった連合の者は後方に展開させていたので無事なようだ。ひとりだけ重傷者はいるが、命に別状はないだろう。とは言え、巡礼騎士団が見せた変身は、帝国のひとりでもあり、マテリアル・イーターの上位互換のシリーズを持つトルデリーゼも見た事も聞いた事がなかった。
オホトらなどの別働隊は無事だろうか。この様子では他の候補地にも同じ巡礼騎士団が待ち構えている事と推測された。恐らく主犯であるシュルヴェステルは次の行動に移っている筈だ。リオネラの口振りや事前の情報や噂などを鑑みるに、連合と帝国の交渉を機に、両成敗……いや、双方を排除しようとしているのだろうと思われた。
「おい、何時まで寝てる?」
蹲るクガを蹴り上げたトルデリーゼは溜息を吐く。ポテンシャルは高い筈だ。が、役には立たなかった。期待していただけに落胆した。兎に角、他の部隊と合流しよう。としたトルデリーゼは疲れ果てた仲間達を連れ、遺跡から抜け出した。
他の部隊と合流したところ、どうやら巡礼騎士団を名乗る輩の待ち伏せにあったようだ。同じように魔獣らしき姿へ変身したらしい。もし、シュルヴェステルに付いた巡礼騎士団の全員が――推測では中隊規模ほどらしい数が皆一様に同じような変身が出来るとすれば、戦力的には会談場所を警護する今の数では足らないだろう。早急に連絡を繋ぎ、速やかな部隊編成を上申すべき案件だった。