我が社
私は今我社、末広デザイン株式会社の正門の前にいる。私の会社は三階建てのコンクリートでできた建物である。会社の小さな看板を見て、様々な思いが込み上げて来た。
しばらく外で立っていたら、後ろから声を掛けられた。
「末広社長。おはようございます」
後ろを振り向くと、そこには二十代前半といったところのさっぱりとした青年がいた。ここで、ひとつ問題が生じた。名前が…思い出せないのだ。さすがに、数十年前の従業員一人一人の名前を覚えていられるほど私の脳は天才的ではない。
「おはよう、今日も一日頑張れよ」
「はい、社長」
彼は素直にそう言うと先に会社へ入っていた。
「はぁ…」
私は、安堵の溜息を吐き、彼の後に続いて会社に入っていった。
階段を上って、第一研究室へ入った。既に数十名の従業員が仕事の準備を行っていた。
だがしかし…その中にいる二、三人の従業員の名前しか私には分からなかった。
このままでは確実に危ないので、私は真っ先にあるものを探しに人事務室へ行った。
あるものとは当然『社員の履歴書』である。
約三十分後、私は社員全員分の履歴書を探し出すことに成功した。
案の定、履歴書には社員一人一人の顔写真が貼り付けてあった。しかし、その履歴書は全部で百枚以上ある。これ程の数を全部覚えるのに一体どれくらいの時間がかかるのだろうか…
私は社長室に引きこもり、ひたすら社員の顔と名前を暗記し始めた。
「山口彰二、望月直哉、高根喜久子、岡山三郎…」
両耳を手で塞いで、名前を声に出して反芻させる。こうすると暗記しやすいのだ。