やり直し
「そうか…だよな、借金なんて良くないよな」
「そうだ、そうだ、やめとけ」
「分かった、もう一度よく考え直しとくよ」
彼は、私が保証人になる気が無いと知ると、素直に借金をすることを諦めた。所詮その程度の決意だったということか、私は、あの日、軽い調子で承諾してしまった自分を後悔した。
「そうだ。事業というものは、ある程度金が溜まってから始めるものだ」
「そうだよな、事業に失敗したら終わりだもんな」
そう、事業に失敗したら終わり…けれど、それ以前の問題として彼には時間がない。二年後には亡くなる予定の彼のことを思うと私は胸が痛かった。
「正蔵…体には気を付けろよ」
「どうしたんだよ、畏まっちゃって、何だか今日のお前、おかしいぞ」
「そんなことはないさ、さあ料理が冷めてしまうから食べよう」
私は先程から、目の前にあるグラタンが気になって仕方がないのだ。
「そうだな」
スプーンを手にとってグラタンを掬って口に運ぶ…香ばしい香りがして口の中に広がるクリーミーな味わい、もう私の口の中はパレードになっていた。こんな美味しい食べ物を食べたのはいったい何年ぶりだろうか、世の中にこんな食べ物があるなんて…私は無我夢中でグラタンを口へ次々と運んでいった。
「うまい…うまい、こんなにうまいのは久々だ…」
ガツガツ食べる私を制するように正蔵は小声で言った。
「お前…行儀が悪いぞ、ここは一流レストランなんだから、そんな恥ずかしい食べ方するなよ、まるで貧乏人みたいじゃないか、お前は社長だろ」
私は、つい自分が一企業の社長であるということを忘れていた。この時代の私はホームレス暮しの落ちこぼれでなく、リッチマンである。
「あ…いや、実は今朝から何も食べていなくて…」
ははん、と正蔵からの哀れみの視線―
「まぁ、どうでもいいけどよ、お前も大変なんだな、毎日忙しくて飯もろくに食べてないのか」
「そ、そうなんだよ。もう忙しくて、忙しくて…」
私はその後、赤ワインに手を出した。赤ワインなんて五年ぶりだ。確か最後に飲んだのは、なけなしの金で買ったスーパーの398円ワインだったような…
一口飲むと、口いっぱいにワイン独特の香りが広がった。味は良く分からないが、高級そうな味がした。きっとスーパーのものとは比べ物にならないのだろう…多分。
ついに妻に。。。