欲望、希望、絶望、
そして、私がこの時代に来てから約三年の月日が流れた。この三年間で私の会社は大きくなった。今では大会社からの下請け企業にならないかという話も出てきている。下請けは大変だということは分かっているが、大企業の下請けになれば仕事も増えて、自社にも利益があるので、下請けも悪くはないと考えている。私はこれからどうするかを本格的に考えていた。そんなある日、友人である佐々倉正蔵から一本の電話が入った。
「もしもし、末広ですが」
「あ、雄二。実はお前に話があるんだ。さっそくだけど、今日の夜会えるか?」
「話?何の話だ」
「実は、お前の会社を俺の勤めてる長谷株式会社の社長が気に入ってさ。お前の会社を下請けに是非とのことなんだよ」
長谷株式会社…そこは正蔵が勤めている国内でも有数の大企業である。この会社は主に家具の製造を行っている。因みに正蔵はあれから出世して部長にまでなったそうだ。しかし、私には不思議に思っていることがひとつある。
―それは、正蔵がまだ生きているということだ。
彼は本来だったら、私がこの時代に来てから二年後に心臓発作で亡くなるはずなのである。私にとって正蔵がまだ生きていてくれるのは大変嬉しいことなのだが、私がこの二年間で正蔵の運命を左右するようなことをしたとすれば、借金の保証人にならなかったということくらいしかないのだ。という事は、正蔵の死因は借金の返済が困難になったことに対する何か…その…自殺とか…などと考えてしまうのだ。まあ、そんな私のくだらない予想は置いといて、私は頭の中を整理した。それにしても、あの長谷株式会社がうちの会社を下請けにしようとしていることは驚いた。こんな良いチャンス滅多にない。
「あの長谷株式会社が…」
「ああ、そうなんだ。だからうちの社長が今日お前と直接話をしたいそうだ」
「分かった。で、時と場所はどうする」
「七時に、いつものレストランでどうだ」
いつものレストランというのは三年前、私が初めにこの時代に来た時に居た、あのレストランである。
「分かった。じゃあ、あのレストランで」
電話を終えると、は椅子に腰掛けて深呼吸をした。まさかあの大会社の下請けの話が来るなんて…もし下請けになれば、自社で開発した製品を製造しつつ、長谷株式会社から注文された製品も製造することができるようになるのだ。間違いなく利益が出ることだろう…それに仕事が二倍以上になるだろうから雇用人数も増やす必要があるな。それに、工場への設備投資も増やさなくては…
私の頭の中はこれからの計画が次々と浮かんできて、そのことでいっぱいになった。
「えっ?まじっすか」
昼休みに私からこのことを聞いた岩瀬が思いっきり叫んだ。
「まだ決まったわけではないが、今夜、長谷株式会社の社長と打ち合わせをするんだ」
「社長、頑張って下さい」
「ああ、頑張ってくるよ」
私はそう言うと、きつねうどんを思いっきり啜った。
そして、とうとう約束の七時に近づき、会社を後にした私は、あのレストランに向かった。
レストランに着くと、三年前に私が座っていた席と同じ席に正蔵が座っていた。
「お、来たか雄二。久しぶりだな」
約一年ぶりの再会であった。いつもは電話などで話すくらいで、実際にこうして会うのはお互い忙しくてなかなか無いのだ。
「やあ、久しぶりだな。お前、ちょっと太ったか?」
正蔵の体型は私と同じくらいで、やや細身であったが今の彼は少々太めである。
「ははは、ばれたか、実は七キロ増えちゃったんだ」
「七キロ!」
驚く私を見て正蔵は頬を若干赤くして、頭を掻いた。
「そう驚くなよ、部長に昇進してから食生活が豊かになったというか…」
「お前、本当にあの時、借金してまで自分の会社立てなくて良かったな」
「本当、そうだな。今は自分の仕事に満足してるよ」
「それは良かった、良かった…ところで例の社長は…」
「ああ、長谷社長は三十分後に来るそうだ」
その後、お互いの仕事話で盛り上がり、あっという間に三十分経ち、長谷社長が店に入ってきた。社長はベージュ色のおしゃれなスーツに赤色のネクタイを締めていた。サングラスをしているせいか、ちょっと強面に感じた。
「よくいらっしゃいました。私、長谷株式会社の長谷行造です。この度は、私どもの為に、このような話し合いの場へのお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、我社のご贔屓ありがとうございました」
こんな感じで、私たちの話し合いは始まった。実際に話していて分かったのだが、長谷社長はサングラスを外すと想像とは違って、案外優しそうな瞳をしていた。年齢は六十代前後で言葉遣いは驚く程丁寧である。私はこの人なら信頼できると思った。
「では、これから末広株式会社を宜しくお願い致します」
「こちらこそよろしく願い致します」
こうして、私は無事に長谷株式会社の下請け会社になった。その後は料理を注文し、三人で談話をした。最後に私が頼んだグラタンと白ワインが運ばれて来て、私たちは食事を始めた。どうやらここのレストランのグラタンには依存性があるらしく、いつも私はグラタンを頼んでしまうのだ。そのせいで他のメニューの味は全く分からない。
グラタンをスプーンで掬って、口元に運ぼうとした次の瞬間、キーンという耳鳴りに襲われた私は目をぐっと瞑り、その場にうつ伏せになってしまった。いきなり蹲った私に驚いた二人は私の肩を叩いたりしていたようだが、私はそれに反応することも出来なくなってしまった。もう私は、このまま死を迎えるのだろうかと思った。まだこれからという時に…
さて、私はどうなってしまうのでしょうか?




