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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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…知っちゃったか。

「…ふう」


 病院に赴いた翌日、初夏の暑さに汗を拭いながら登校し、ホームルームを待つ身の九龍。そんな彼に、教室の入り口に来訪者が現れ、手招きをする。


「…何の用だ、加々尾?」


 廊下に呼び出された九龍は眉が自然とつり上がる。敵対心はないものの、警戒と怪訝さを隠さないその面持ちに身動ぎ気味の加々尾鈴は、頬をかいてやや申し訳ない様子で口を開く。


「…その、この間はごめんね。ノート、君に持っていかせて」

「そんなことか。気にするな、ただのお使いだ」


 ならよかった、とまた頬を掻く。無意識に溜め息が混じり、どこか歯切れの悪い言動を捉えた九龍は首を傾げる。しばらくすると、意を決した加々尾は彼に向き直る。


「…その、あの子、クルミさ。変なこと言ってなかった? その、様子が気になって…」

「変なこと?」


 訝しい様子で首を傾げる九龍に、付け加えるように話し始める加々尾。


「事故の怪我が、よっぽどショックだったのかな。怪我は大したことなくて、元気ですって振る舞ってた。けど、すごく空元気っぽくて。もしかしたら、心配させないようにって……」


 心底物憂げに俯くその姿に、九龍は顎に指を添えて考える。病院における仏味胡桃の、比較的新しい記憶はすぐに引き出せ、すらすらと述べていく。


「…いや。普通に見舞いの品食ってたぞ。平気、とまではいかなくとも、塞ぎ込んでるほどじゃない」


 九龍は頭を振り、自らの記憶する通りの報告すると、よかったと胸を撫で下ろす加々尾。それを見届けると、今度は彼の方が問う。


「しかし、様子がおかしかったってのは? 病院に向かったのは結構遅めだったが、そんなに取り乱したって風じゃなかったが」

「…私、あの日は4時くらいまでは付きっきりだったの。でも、みんなが事故の話を少しでも振ると、妙に固くなるっていうの? まだ、混乱してるだけだと思ってたけど」


 ふと、先ほどとはまた別の、九龍にとって唾棄すべき記憶が呼び起こされる。胸糞悪い、と思いつつも顔には出さないよう抑えつつ、話を続行する。


 一方の加々尾は、腕を組み目の前の相手とは別のものに苛立ちを募らせていた。表面上にも分かりやすく機嫌が斜めになる様から、溜め息をどっと吐く。


「…まったく、リンゴはなにしてんだか…!」


 眉間に皺が寄り、個人の名前を出して不満を漏らす姿に九龍は気が付くと、どうしたのか訪ねる。


「? 本出が何か?」

「どうもこうもないわよ…! あの子、事故があった日、見舞いに来なかったのよ? カレシとデートとかで。ちょっと薄情な気がしない!?」


 感情的になり、半ば愚痴のように詰め寄る加々尾に、一瞬圧されながらも落ち着くようジェスチャーを送る。


「…あ、ごめん。貴方に言ってもだよね」

「気にするな。この間も愚痴をぶつけられたばかりだ」

「ふーん、意外と聞き上手なのね。ポロポロ漏らしちゃう」

「誉め言葉として受け取っておく」


 と、脱線気味の話を元に戻そうと、九龍はわざとらしく咳払いをする。


「で、どういうことだ? 本出は事故のあった日病院にいた筈だ。見舞いに行ったとき、彼女は帰り際らしくて話もした」

「そんなはずない。貴方とは行き違いになったみたいだけど、それより先にリンゴが来ていたら、病院で鉢合わせるわかる筈よ」


 九龍は腕を組み、首を傾げる。交わされる噛み合わない話に、引っ掛かりのような違和感を覚えたからだ。加々尾はその様を前に訝しみ、また質問を切り出す。


「…一応、訊いても? その話、本当? 誰かと間違えた、とかじゃない?」

「本出とは初対面の、後輩と一緒に居た。実際に自己紹介したし、少し話し込んだから、確実だ」


 なんならその後輩に今から確認するか、と九龍が言い掛けるが、首を横に振り制止する。と、今度は彼の方から携帯電話を取り出しながら尋ねる。


「…なら今、仏味と連絡できないか?」

「あ、うん。いいけれど。電話…は厳しいか。メッセージを送っとくわ」


 素早く携帯電話を取り出し、チャットにメッセージを入力し終えると、それに既読が付くことを今か今かと見つめる。


「……わからない。君の言うことが本当なら、何で嘘を…?」

「ああ言ったが、実は恥ずかしかったから、ってオチは?」

「ないわ。断言できる。プレゼントとか、贈り慣れてるタチだもの。今更お見舞いくらいで気まずくなることなんてない筈よ」

「…じゃあ、二人の間でケンカしていて、とかで前まで来たけど、結局帰った…とかは?」

「それもない。私が知る限り、あの二人でケンカはしない、というか、クルミのほうがからかわれて不機嫌になることはあっても、その逆はない」


 断言に次ぐ断言に、九龍は頷く他なかった。自分以上に互いの関係性を知っている相手にこう返されれば、他人でしかない自身には反論の余地はないと結論付けていた。


「だいたい、そうだったら嘘を吐く理由はないわ」

「そう、か。すまない、詮索するような物言いで」

「気にしなくていいわ」


 ふと、時計の針の動きが視界に入った九龍は、そろそろ話は終わりか、と終いの心持ちになったところで、加々尾の方もふいに思い浮かんだ疑問が口を突いて出る。


「…気になってたんだけど、なんでクルミにそんな構ってるの?」

「え?」

「貴方、飛級生のトモダチでしょ? 仲悪い相手に構ってたら、色々とマズイんじゃないの?」

「…あー、そいつは…な」


 痛いところを突かれた、とばつが悪そうな顔を覗かせた九龍に対して眉をひそめる加々尾。頬をかいて、頭の中で回答の練り上げをしてから、返事をする。


「…嫌いじゃあるが、見捨てるのもなんか寝覚めが悪い、か?」

「なんで疑問形? まあ、いいけれど」


 そこで、会話を打ち切るようにチャイムが鳴る。時間切れに安堵とも心残りともとれる吐息が互いに漏れる。


「…じゃあ、これで。返事来たら、伝えてあげる」

「上からなのが気になるが、まあいい。それじゃあ、たのんます」


 それを最後に男子は教室へ戻り、女子は踵を返してその場を後にする。その始終を、物陰から窺う姿があったことを二人は知らずに。


「…知っちゃったかぁ」


 残念そうに、或いは面倒臭さそうに、ため息と共に零した。

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