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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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見りゃわかんだろ

 ごろり、と真っ白なベッドに身を預ける。お日様の香りはせず、代わりに扉の奥から微かに漂う消毒液の臭いのきつさに眉をつり上げていた。


 額に手をやり、しっかりと巻かれた包帯のさわり心地を確かめる。負傷した直後ならばいざ知らず、こうして医師の治療を終えたあとは、痛みはややチクリとしたふうにしか感じられない。


 懸念することと言えば、この額に残る傷にならなければいいのに、ということや頭打ったせいで余計にバカになっていないか、或いは自分のことは明日の朝刊に載るのだろうか、という益体のないものとは別に、もうひとつあった。


「……やっぱ信じてもらえないわよね。」


 意識を取り戻した直後は大慌てであった。医師や看護士だけならず、いきなり同級生が売店で買ってきたであろうお菓子類を抱えて押し掛けたり、メモ帳片手に此方へ根掘り葉掘り訊ねてくる大人など、兎に角人の出入りが激しく、彼女自身もその応対でひどく疲れていた。


 それらに共通することは、事故に巻き込まれ唯一怪我をした自分のことを心配してくれていることと、それに加えてもうひとつ存在した。


「……運転手が消えた、なんて。フツーはオカルトよね。」


──彼女の最後に見たものを、皆揃って信じてはいないことだった。ほとんど親友といって差し支えない加々尾鈴にすら、それは見間違いではないのか、或いは疲れているのではないか、とずれた心配を受ける結果に終わった。


 そういった返しを一日に何度もループするように耳にしてしまえば、自然と肩を落としたくなる気持ちも湧く。


 メモ帳に自身の一挙一動を細かく書き込んでいた記者らしき人物もまた、例外なく怪訝そうな顔を浮かべていた。大方、事故のショックでまだ混乱している、と記事に取り上げられるのだろうと容易に思い浮かべることができた。


 若干のふらつきを覚え、その要因を怪我をした頭の血の通いが悪いせいなのだろう、と雑に結論付けると、枕に後頭部を埋めて、天井の染みを何気なく眺める。


「…病院の世話になるなんて、おめでたの時位だと思ってたのに。」


 横向きに寝返りを打つ。個室のベッドからの景色は、彼女の想像していたものより寂しいものだった。脇には見舞いの品がどっさりと積まれ、この部屋を訪れた人間の数を物語っていた。


 それも、日が暮れるとぱったりと途絶えてしまう。看護士に聞いた面会の時間がぎりぎりなのだとわかってはいたものの、外の足音だけが響けば物思いに耽ってしまう。


 病院のご飯は不味いのだろうか、すぐに退院できるらしいがいつになるだろうか、最後に病室訪れた友達の加々尾鈴の心配そうな顔など、さまざまな事を思い浮かべながら目を伏せ、眠りに着こうとする。


「失礼するぞ。」

「…わっひゃあっ!」


───眠りに着こうとした時に三回のノックが鳴ると、扉を引き現れた突然の来訪者に、思い切り肩を跳ねて驚愕する。寝返りを打ち扉側に向き直ると、そこには見覚えのあるアルビノの少年が小さな篭を片手に立っていた。


「ふん。随分元気そうだな、仏味胡桃」


 相も変わらず、といったふうにベッド脇の椅子に腰かける少年。普段と違っている点は、彼一人ではなく同年代とおぼしき少女を伴い入室していることだった。


「な、何よ。いったいなんのつもりよ、青柳九龍?」


 一方で胡桃は、唐突に来訪した相手の意図がまるで掴めずあたふたするのみで、取り敢えず寝巻き姿を隠すために掛け布団で身体を覆う。


「なんのつもりとはゴアイサツだな。見りゃわかんだろ」


 そう言って篭から取り出したのは手には僅かに収まらない程の大きさの梨だった。続いてカバンの中から果物ナイフを取り出すと、それを慣れた手付きで剥いていく。


 思考が視界から得る情報に追い付かない、といった様子を見かねたもう一人の来訪者である紫苑色のショートカットの少女が椅子に腰かけると、目線を同じくして柔和に語りかける。


「えっと、前にお会いしたかもですけれど、はじめまして。私は守凪琥珀。お二方とは一年後輩に当たります。よろしくお願いいたします。」

「あ、あー。うん。よろしく、ね。守凪さん。」


 ぶっきらぼうな九龍とは対照的な、人当たりのよい態度の琥珀に胡桃のほうも肩の力を抜き対応を軟化させる。が、直後に隣から溜め息混じりに茶々が飛ぶ。


「琥珀さん。別に畏まらなくていいぞ。ナメられるからな」

「なっ、失礼ね! アンタ喧嘩売りに来たの!?」

「悪いがそちらは品切れだ。代わりにこれでも食ってろ」


 そう言いながら切り分けられ、いつの間にか皿に盛られ爪楊枝が刺さった梨が差し出される。ウサギのように二つ耳できれいにカットされ、見映えも文句のない見事な腕前に、思わず面食らう胡桃。


「普通こういう時はリンゴなんだが、生憎と旬じゃなくてな。我慢してくれ」


 愛想のない振る舞いは普段通りであるのにも関わらず、こうした親切な振る舞いを見せる九龍に対し、胡桃はどうしても身構えてしまう。


 まさか、何か妙なものでも混入しているのでは、邪推しつつ恐る恐る手を伸ばし、旬の果物を口に頬張る。表情は険しさの抜けないものの、瑞々しい味わいがそれに綻びを生じさせる。


「…悔しいけど美味しい」

「そりゃようござんした」


 一切れ、また一切れと。どんどん口に放って力強く咀嚼する。しゃりしゃりと噛み締めながら味わい、三分も経たずに皿の上をきれいに平らげると、少々の満足感を息に込めて吐くのだった。

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