ほほう? んで、ヒミツの御用とは?
この学園には、普段が生徒たちが勉学を学ぶ教室が集中する校舎とは別に、美術室などをはじめとした移動教室などに使用される施設が集中した別棟が存在する。
別棟と校舎の間には中庭が存在し、そこは生徒らの憩いの場になっている。ふたつの施設ををつなぐ連絡通路は二階にあり、ミシェルが先程までいたを三階から降りて移動する。
さらに校舎と同じく五階建ての別棟の二階の端に辿り着けば、時間にして実に五・六分は経過していた。
「おお、やっと来たか。」
「お疲れ様です、ミシェルさん。」
肩を鳴らしながらも指定された場所へ着いたミシェルを出迎えたのは、言い出しっぺの青柳九龍と、その彼と自身にとっては歳上であるが学年は後輩にあたる、守凪琥珀のふたりであった。
「ったく、こんな回り道させて。何の用?」
少々うんざりとした様子で訪ねる。九龍が立つ扉の部屋は『生徒会室』と書かれた札が掛けてあり、そこから堅苦しいイメージをミシェルに抱かせると同時に、何かしらの懸念が浮かび上がる様を感じていた。
「何? ボクとうとう学校側に目ぇ付けられたの?」
「勘違いするな。別にしょっぴかれるようなことじゃねぇよ。」
すっぱりと返され、悪い考えが杞憂に終わったことに安堵すると共に、今の時間帯はあまり人気のないこの別棟の一角に何の用かと、本当に思い当たらないと首を傾げてしまう。
そんな彼女の疑問を代弁するように、琥珀は少々うきうきとした素振りの九龍に訪ねる。
「でも、本当にいいんですか? 生徒会室間借りして?」
「え、ちょっと待って。生徒会室を? いったいどういう流れでそんなことに?」
くるくるとペンのように生徒会室の鍵を回す九龍に訊くと、「よく聞いてくれました」と言いたげな雰囲気を醸し出しつつ、質問への回答を始める。
「ああ。お前にはまだ言ってなかったな。生徒会長との交渉の末、今日の昼休みはここを貸し切りにできるようになった。」
「えっ、なんで? 会長をゆするネタなんて持ってたの?」
「人聞きの悪いことを言うな。……今日の朝、覚えてるだろ? 会長の遅刻を回避できたのは裏門の通り方を実践して見せたおかげ、ってな。それのギブアンドテイクという形で、ここの使用権を勝ち取った、というワケだ。」
「わお、クロウったら抜け目ない。まさに悪党。」
「悪党は余計だ」と付け加えつつ、生徒会室の鍵を開け入室する。中は長い机がふたつくっつけて置かれ、その端にパイプ椅子がさながら会社の会議室を思わせる配置に並べられていた。
三人とも部屋に入ったことを確認してから、わずかに外へ身を乗り出して、右へ左へと目線の移動を二度行ってから、扉を閉めて鍵を内側から掛け、手近なパイプ椅子に腰掛ける。
「見ろ、緑茶も飲み放題だ。ドリンク代浮くぜ?」
「セコい、この男セコい!」
「へっ、誉めるな誉めるな。」
はっはっは、と得意気に語る九龍。彼にとって「セコい」や「がめつい」は誉め言葉であることを知っているミシェルは適当に相槌を打ちつつ、九龍と同じように近場のパイプ椅子に腰掛ける。
「あっ、良ければお茶淹れますね?」
「サンクス、琥珀ちゃん。そこの貧乏性のも頼むよ。」
ふたりの許しを得ると、琥珀は生徒会の備品である電気ポットのお湯の調子を確め、それがぬるくまた残りが少ないと実感すれば、手馴れた動作ですぐに水を増やし、沸かし直す。
湯が沸くまでのモラトリアムを過ごすという時に、琥珀もパイプ椅子に腰を下ろすと、外の喧騒とはやや距離を置いたこの生徒会で、最初に彼女がここに来るまでに抱いていた疑問で口火を切る。
「ところで、気になったんですけど。先輩はどうしてわざわざ、こんなところに呼び寄せたんです? お昼ご飯だけじゃなくて、何か、秘密のお話でも?」
鋭い指摘だ、と内心驚く九龍。ここまで特に自分のこれから話すべきことを漏らしていなかっただけに、いきなり核心を突かれてた衝撃で思わず肩が跳ねる。
「……琥珀さんの言う通り。そんだけじゃないんだよな。」
「ほう? というと?」
「ここ、放課後なら文科系の部活がわちゃわちゃしてるけど、今は昼休み。この時間帯は、基本生徒はここを立ち寄らない。人の目を気にせず、秘密の話もできる。」
「ほほう? んで、ヒミツの御用とは? ボク個人としては、キミの、性癖暴露か何かと踏んでいるが?」
「……誤解を招く発言はよせ。冗談でもやめろ。」
「はは、マジトーンで言わなくてもわかってるよ。琥珀ちゃんも、って時点で察しは付いてる。あのアップデートの内容、だよね?」
ゆっくりと、しかし確実に首を縦に振る。昨日からの出来事を唯一共有していなかった琥珀は、少々深刻そうに考え込みながら訊く。
「アップデート……? もしかして<ヤオヨロズ>のことですか? アレが、また何か?」
「……ああ。昨日いろいろあってな。それに────」
そこから先の言葉は、電気ポットの沸騰した音で相殺された。出鼻をくじかれたようでばつの悪い表情を浮かべる九龍に、フォローの言葉を掛けるミシェル。
「……とりあえず腹へったからさ。飯の後にしようよ?」
「そう、だな。それがいい。琥珀さんも、それで大丈夫?」
「……はい。腹が減ってはなんとやら、ですから。あっ、お茶淹れますね。」
そう言って琥珀は席を立ち、電気ポットから沸いた湯を急須に注ぎ茶葉を蒸らしていく。そしてほんのわずかに時が経った後に、三人ぶんの湯飲み茶碗に茶を注いでいく。
全員に茶が行き渡ったところで、三人とも昼食の風呂敷を広げていく。三者三様の「いただきます」の食前の挨拶を終え、九龍は湯気が沸き立つ茶を飲む。
「……旨いな。」
素直に感心したという、掛け値なしの純粋な評価が、彼の口から零れ落ちた。




