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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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貴様、彼女とどういう関係なんだ!?

もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ。とリビングの椅子に座りサンドイッチを力強く咀嚼する浅葱色の少女と、彼女の後ろに立ちぼさぼさの寝癖に櫛を入れ、慣れた手つきで髪を鋤いていくアルビノの少年。そして、その一連の様子をぼんやりと眺める八木沼会長。


「……でふぁ、きゅりょー?」

「食い終わってから喋れ、はしたない。」

「……ごくん。でさぁ、クロウ? 何でウチの生徒会長がここにいるの?」


寝起きの少女は目を細め、獲物を見つめる猫を思わせる眼光で睨みながら言う。聞かれた方の青柳九龍はというと、二秒ほど考えたのち、首を傾げて問う。


「そういえば、何でいるんです?」

「こっちの台詞だ! 彼女、飛び級生で有名なミシェル・M・雨傘だろう! 貴様、彼女とどういう関係なんだ!? いきなり人様の家に上がり込んで!」

「どういう関係なんだって、たまにこうやってボクに飯作ってやってるくらいの関係だけど、何か?」

「そーそー。見てみなよ、この生活感のない部屋! 自生してるように見える?」

「おう、なんでそんなに威張ってるんだ髪型変なのにするぞ生意気小娘?」


互いに互いの言葉に茶々を入れつつ説明する九龍とミシェル。ふたりの言うとおり、部屋は一見綺麗に纏まっているが、隅に目を配れば、平積みにされ縛られている漫画雑誌類やごみ袋が幾らか散見される。


「むう、確かにこれは───はっ、いやそうではない! 俺は不純異性交遊かと聞いているのだ!?」


八木沼は部屋の辺りを見回して、その風景に納得しかけたところで、肝心の内容を聞いていなかった事を思い出し問い直す。問い詰める本人も熱が入ったのかなかなか止まる気配がなく、それを見て何かおもしろがるように腕を組み、椅子に座り直してふんぞり返る。


「あー、そういうこと。完璧にわかっちゃったわ。」

「嘘つけ。お前絶対なんか変なこと考えてるだろ。」


不敵な笑みを浮かべるミシェルを見、その心境を九龍は察知する。彼女のこの笑みは大抵の場合ろくなことを考えていないのだ。


「心配しないでいいよ、会長サン。クロウは案外誰にでも優しいから。」

「───なんだよ、いつになく世辞がうまいじゃないか?」

「だから安心してホモルートに行くといい。」

「ってコラァ! 風評被害は控えろぉ!」


頬を引っ張る九龍に、抵抗するミシェル。彼らにとっては別段珍しくもない、日常的な風景であった。


「いててて、ったく。相変わらずクロウはちょろい上に……んだからぁ。」

「おい今なんつった。いい加減にしないとぶっ飛ばすぞお前。」


そんな風にじゃれている様を見ていると、どこかほっこりとした様子でぬるいため息を吐きつつ、襟元をいじりながらリビングを見回して言う。


「しかし、雨傘。であれば何故彼がここに? 君のご両親は、早くに仕事へ?」

「───いないよ。」


一瞬、先程までとはうって変わって沈んだような声で告げるミシェルに、それを聞いて八木沼会長はしまった、という表情を浮かべ始末が悪そうに頭を下げる。


「……すまない。触れるべきでなかったか。」

「いや、大丈夫だ。慣れてる。」


安心した、という手合いで咳払いをし、暗くなりがちだった雰囲気を払拭する。


「しかし、本当にお前らは不純な関係でないのだな?」

「そうだよ。俺が余程トチ狂ってない限りな。」

「酷い物言いだな……。まぁ、貴様がウソを吐く矮小な輩でないことは知っている。それに、俺とて堅物ではない。」

「そいつは何よりで。」

「とはいえ、心配だったのは本当だ。最近なんかは特にな。」


そっと、視線を落とす八木沼。先程とはまた異なる、懸念していることがあると言いたげなニュアンスが混じる言葉に、何か引っ掛かるものを感じる九龍とミシェル。


「何か、あったッスか?」

「……今日の全校朝会でも言うことだが、ここ数日、一部の生徒が立て続けに不可解な体調不良を起こしてな。貴様たちふたりはなんともないようで安心したが。」

「体調不良?」

「………ここだけの話、件の一部の生徒、帰宅した途端死んだように眠ってしまってな。今日になっても目が覚めないそうだ。」


昏睡状態。ふいに、十日前のコトがふたりの脳裏を過る。冷たい汗が頬をつたう。


「………気持ち悪い、ですね。」


ミシェルが放つ、絞り出すように放つ言葉。うむ、と八木沼は頷きながらやや申し訳なさげに忠告をする。


「ああ。その、気を付けろよ? 病気か何か相手では、俺の忠告程度でどうこうするものではないが。」

「心配してくれるだけありがたいですよ。」

「……俺とて伊達や酔狂で生徒会長やってはいない。生徒の身を案じるのは当然の義務だ。」


俯き気味に、自らの力の及ばない事象に悔しげに言う八木沼。そんな彼に、ちょうど今しがた朝食のサンドイッチをすべて平らげたミシェルが口元を拭きつつ、諭すように言う。


「悔やんでも仕方がないさ。それよりは、今の事を考えたほうがいいと思うよ?」

「……? と言うと、なんだ雨傘?」

「会長サン。時間、見てみなよ」


そう言って、彼女は部屋の掛け時計を指差す。


「ふむ………7時半だと!? 不味い、副会長にどやされる!」


時計を見や否や、みるみる内に顔を青ざめていく八木沼。ばっと立ち上がると慌てた様子でその場を後にしようとする彼を九龍が制止する。


「ストップ、会長。俺らも行きますんで。ここのマンションの構造、よく知らんでしょう?」

「えー、ボクもっとゆっくりしたいんだけど。具体的に十五分くらい。」

「悪いがお前にもちょっと用がある。誰もいないところでな。」

「あ、ボク悪いけど髪が白くて家事とボクシングが特技のヤツはタイプじゃないんだ。ごめんね。」


がっくり、と機械的に言い放たれた言葉に思わずずっこける九龍。


「違うわ! つーかなんだそのピンポイントなストライクゾーン外は! ただの相談事だ!」

「わーってるよ。ジョーダンよジョーダン。あ、朝は頭が働かないから昼休みで良い?」

「なんでも良いからとっとと支度しろ。朝礼だから早いぞ。また裏門なんか使いたくねえからな!」

「へいへい。さくっと四十秒で着替えるから、覗かないでね?」

「誰が覗くか、幼児体型め。とっとと行け。」


最後の言葉が琴線に触れたのか、席を立つと座布団を九龍の顔面目掛けて投げつけてから、いそいそとミシェルは自室に戻る。あわただしく舞う人々をよそに、時計の針は無情に進んでいく。

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