はい、乾杯です
「──きのう午後5時頃、──県──市に住む…」
ラジオから流れるニュースをイヤホン越しに聞きながら、アルビノに眼鏡をかけたジャージ姿の少年が午前5時半の街のなかをランニングしていた。
「朝ごはんは何にするか…。トーストは…って食パンは弁当に使うぶんしかないからパス。無難にご飯かな。日本人はやっぱ米に行き着くか」
アルビノの少年はそんなことを呟きながら、息を一定のリズムのまま乱すことなくランニングを続ける。
ふいに、彼は足を止め、街角の一点を見つめる。その視線の先には、横一列に並べられた二台の自動販売機の隙間に思いきり手を伸ばし突っ込んでいる、紫苑色の髪をショートカットにした、外見年齢はおおよそ高校生程の少女がいた。
放っておく、という選択肢はアルビノの少年には思いつかず、軽い咳払いを入れた後その少女に声をかける。
「あの、大丈夫ですか?何か、落としたんですか?」
少年が訊くと、ショートカットの少女は自動販売機の間から手を引っ込めて、彼の方へと向き直り自分の翡翠色の瞳で見つめ言う。
「あ、すみません。不躾ながら、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
丁寧な口調で話すショートカットの少女。彼女は外見的には少年より年上であるものの、その言葉使いから少年よりも同年代以下の印象を与えた。
「えっと、なんでしょう?」
「そこ、並んだ自販機同士の隙間があるでしょう?そこに、お恥ずかしながら五百円玉を落っことしてしまいまして…」
そう少女が指差した隙間をアルビノの少年が覗き込むと、奥に光るものを見つける。少年は利き手を伸ばしてそれを取ろうと試みる。
「ン…ぐぐぐ」
少年は目一杯手を伸ばす。すると彼の指先に円形のものが引っ掛かる。その円形を指を器用に使い掌へ手繰り寄せる。
「…これ、かな?」
少々塵がついて汚れているそれを指で軽くはたいてから、ショートカットの少女に見せる。
「あ、はい。これです。ありがとうございます」
「や、大したことじゃないですよ」
「いえいえ。大したことですよ…あっ、いいこと考えました」
そう言い、少女はその五百円玉を自販機に入れる。そしてその自販機で販売されている飲料の場所にあるランプが点灯するのを確認してからアルビノの少年に向けて訊く。
「あ、どれがいいですか?奢ります」
「え、結構ですよわざわざ。そんなことの為に拾った訳じゃないし…」
「いえいえ、遠慮なさらず。貴方が拾ってくれなければずっとこの自販機の隙間に埋もれていたのですから。お気になさらず」
ニコニコとした表情で話す少女に、少年は頬を掻きながら自動販売機の商品欄を見る。
「…じゃ、お言葉に甘えて。──そうだな、スポーツドリンクでお願いします」
「はい。では、ポチっと」
彼女はそう言いながらボタンを押し、スポーツドリンクを購入し、それを取り出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。──あ、そうだ」
ぽん、と相づちを打つと、少女は先程出てきたお釣りの一部をまた自動販売機に入れペットボトルの緑茶を購入する。それを手にし彼女はペットボトルをグラスのようにかざす。
「どうぞ、乾杯しましょう」
そう言われ、少年は少しばかりきょとんとした表情をしたあと、同じようにペットボトルをかざす。
「えー、乾杯」
「はい、乾杯です」
朝方のまだ静かな街の片隅で、二人は小さな乾杯を交わした。