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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
デイブレーカー
44/93

少し、ね。昔のことを思い出しただけ。

夕焼け雲をぼんやりと眺めながら、青柳九龍は呟く。


「よく生きてるよな、俺ら。」


差し込む橙色の光が白い髪に融け鮮やかに輝く。傍らで共に歩く、彼より一回り小さい浅葱色の髪の少女、ミシェルは頷く。


「………そうだね、ホント。ところで───」


感慨深く息を吐き同意の言葉を口にしたところで、彼女は目を細くし睨む。不満たらたらと言いたげな表情をし、今度は溜め息を深々とする。


「なぜにボクは今、クロウの買い物袋を一部持たなきゃならないのかな?」

「そんなもの決まってる。お前がたまたま手を開けているからだ。」


向けられた不満をにべもなく一蹴すると、ミシェルは肩を上下へ動かし懲り具合をアピールし、大きな欠伸も加え自身の現状を端的に伝える。


「ね? ボクはこれでもクッタクタなんですが? 今すぐベッドへダイブしたいんですケド?」

「そりゃ俺もおなじだ。しかし、残念だが今日は特売だ。是非もない。」

「いやあるよ? ざっけんなよ?」

「この間の机運ぶの手伝ったろ。それのお返しだ。構わんだろう?」

「──むむ、ソコを突かれると痛いけど……」


僅かに引き下がる様子を見せつつ、ミシェルは隣のもう一人の女生徒へ目を配る。日陰側を歩く紫恩色の髪の彼女は、手に抱える買い物袋を心配そうに見つめていた。


「あの、重いならわたし持ちますよ? ぴんぴんしてますし。」

「いいって、後輩に荷物持たすのもな。それに琥珀さん家、次の分かれ道でしょ? 悪いよ。」

「……ボクはいいのかよ。このキャベツ、地味に重いんだけど?」

「お前は同級生、ならびに家の近くだろ? 付き合っても文句はないだろ。後でお前の好きなお菓子やるから。」

「その理由には文句大有りだよ。ボクそんなのには釣られないぞ。」


チッ、と露骨に舌打ちする九龍。冗談混じりと承知しつつも納得がいかなかった様子のミシェルは、悪戯な面持ちで「ほう~?」とわざと下衆らしい声で、ぬるりとまとわりつくような問いを投げ掛ける。


「はっはーん、さては後輩にいいカオしたいとか?」

「違うっつの。そんな下心はねーよ。」

「嘘おっしゃい、ボク知ってるよ。クロウはこう、でかいのいいんだよね? 琥珀さん、わりとタイプじゃない?」


あからさま過ぎるほどの下世話な声と顔でからかうミシェル。ふざけたつもりで放った言葉の返しを待ち望む彼女への答えは───


「…………そ、そんなんじゃねーよ。」


一瞬言葉を詰まらせ、反射的に、無意識のうちに目を逸らした九龍。意外だった反応に驚き、思わず素面で問い詰めるミシェル。


「え、なに今の間。ウッソ、そんなに大きいのがいいか? ペタンコは罪か!?」

「……あんまり変なこと言うと、朝起こしに行ってやらんぞ?」


笑顔で応答する九龍。穏やかな表情とは裏腹に、瞬間的に青筋を立て厚い怒気を帯びた声に思わず「うひぃ」と悲鳴をあげミシェルの肩が跳ねる。やり取りを見ていただけの琥珀も心臓が跳ねる、そんな威圧感を放っていた。


「は、反省してまーす。すんませんした。」

「よーし、反省が足りないので、次やったらその可愛らしいお口に大の苦手なブラックコーヒー、アッツアツのを流し込んでやる。」

「せめて角砂糖ひとつは入れさせて! キミは鬼か! 或いはボクのお母さん的な何かか!?」

「失敬な! お前みたいな子を産んだ覚えはありません!」


軽快なトークを繰り広げながら、帰路は一歩ずつ確かに進み、カラスの鳴く時刻は少しずつ経っていく。何気なく茜色に色づいた空を見上げると、ふとミシェルは感慨気に息を吐く。


「どうした、やけにアンニュイな溜め息なんて?」

「少し、ね。昔のことを思い出しただけだ。」

「昔って、ああ。そういうこと。」


そこへふと、二人のやり取りを見て疑問を覚えた琥珀が訪ねる。


「そういえば、お二人はどこでお知り合いに? クラス、一緒じゃないでしょう?」

「あー、それ? 話すとなかなか長くなるし、あんまりいい話って訳でもないからな……。」

「ボクは構わないケド。別に言うに憚るコトなんてないから。」


一瞬、何処か遠い場所を見つめるような目に変わったミシェルを見逃さなかった琥珀は、どうしたのかと首を傾げる。先程まで他愛ない会話を展開していた時とそう変わらない雰囲気で九龍は口を開く。


「────ま、昔の話さ。他愛ないもんだ。はぐれモン同士、なんとなく気が合って、そのままズルズルとつるんでるってだけだ。」


まるで年寄りが孫に聞かせる自分語りのように、あっけらかんとした調子で述べていく。他愛ないと語るその話を興味深く耳を傾ける琥珀と対照的に、夕陽の輝きに目を細めながらそれを横巻きに見るミシェルは、彼に当てられたように昔の記憶に思いを馳せていく。


「……そういえば、あのときも夕陽が綺麗だったなぁ。」


そんな言葉が、彼女の口を突いて出た。

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