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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
デイブレーカー
36/93

いいや、彼女はフツーの女の子だよ

「どういう、ことだ?」


勝利宣言ともとれる言動に、思わず首をかしげる九龍。その疑問を傍らに佇む自らの使役するモノに問う。


「<ケルベロス>よ、さっきミシェルが罠張ってたって言ってたな。アレはなんなんだ?」

「アレ? んまぁ、見ていればわかる」


そう口にした<ケルベロス>の表情は、九龍の目にはまるで何かそら恐ろしいモノでも見たような、或いは何かに対する憐憫に映った。


「さあ、下拵えは十分だ。頼むよみんな!」


紫色の結界が揺らめくなか、ミシェルが指を鳴らすと、それに連動して<ベルシラック>が出現させた鏡が、急激に眩き光が増していく。


直後、輝く鏡から鋭い何かが出現し<土蜘蛛>の体を貫く。飛び散る紫色の血とともに耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。


「なっ……」


九龍が目にしたものは、他でもない<土蜘蛛>自身の凶刃が<土蜘蛛>の胴を貫いている光景であった。


同時に、つい先刻<ベオウルフ>を襲った棍棒の投擲も、全く同じ形状の棍棒が鏡から出現し、凄まじい勢いのままあたかも誘導装置が付随しているかのように<オニ>のわき腹目掛け正確にめり込み、悶絶させる。


「まだ説明してなかったね。さっき<ベルシラック>が使った<リフレクション>は3ターンの間、みんなの受けたダメージの何割かをターン終了ごとにキャッシュバックしてやるスキル。そっちの<ケルベロス>と違って速攻性に欠けて大きな量を返せないけど、継続的にダメージは確約できる」

「成程、こいつは確かに厄介な罠だ」

「はっ、まだまだ。おかわりはまだあるよ!」


彼女がそう言うと、最初に<アザゼル>が展開した、ふたりを周囲を覆う結界から漂う紫色の瘴気が、幽霊のような姿を象り二体の敵へ物理的なダメージとして襲いかかる。


「こいつが、さっき言っていた呪いってヤツか!」

「ああ。だが、まだなんか仕込んでいるだろご学友?」

「キミの<ケルベロス>は察しがいい。もうひとつ、エグいのが仕込んであるよ」


そう言うミシェルが指差す方を見た九龍は、またしても先程<デムナ>が放り投げた指輪と、敵の攻撃で砕けたスキルの鏡の破片を見つける。


破片から薄い靄のようなモノが漂い出し、それはやがて二人の女性の姿を象り、鏡を砕いた相手へ襲いかかる。


靄を浴びた二体の禍津神はみるみる内に膝を折り、肉体が萎む。内から沸き出る苦痛への悲鳴も目に見えて掠れてゆくのだった。


「なんだ? アレは、すごい勢いで、老化している?」

「──そこにもうひとつの呪いのスキル<銀髪の呪詛>を仕込んだ。対象となった相手を立ち上がれないほど老化させて、能力に大きなペナルティを背負わせるのさ。ひとつひとつは致命打ではなくとも、重ね合わせればこの通り、ということさ」


さてと、とひと言呟きターンの終了を見届けたミシェルは、身動きの取れなくなった敵を冷たく見下ろす。


「なぶり殺しは趣味じゃないけど、ボクはまだ死にたくないんだ。悪いけど死んでくれよ」


びくり、と九龍は眉を動かす。敵対者へ向けたその瞳は、彼が久しく見ていなかった、まるで氷の刃のように鋭利で冷たいものだった。


「──おい御主人(マスター)。あのガキンチョ、本当にナニモンだ? 中に物の怪でも飼ってやがるのか?」


痺れた身体に冷や水でも掛けられたように、ひやりと背筋から熱が抜けていく感覚に見舞われた<ケルベロス>は、主の友への疑問を口にし是非を問う。


九龍はそんな自分の<カミサマ>に対して、一瞬だけ浅葱色の少女に目を向けると、やや可笑しげに<ケルベロス>への返答をする。


「いいや、彼女はフツーの女の子だよ。ちょっと頭の出来が良いだけの、な」


「本当か?」と訝しむ様子の<ケルベロス>の厚い体毛を愛でながら、九龍は肯定の態度を崩さない。


「っわぁつ、くすぐったっ! ええーい、馴れ馴れしい! モフモフするなぁ!!」


<ケルベロス>は不意に触られたことに驚き、不自由さの残る身体で抵抗し手を振り払う。当の九龍は全く反省した様子なく返す。


「はは、悪い悪い。それより、身体の痺れは如何程かな?」

「──ふん、大丈夫だ。次はキッチリ獲物の首を持ってきてやる」

「俺のことも忘れないでくれよ?」


先の一撃でのダメージが残るわき腹を擦りながら<ベオウルフ>は主に声を掛ける。当然、と言いたげに親指を立て口元を緩めて九龍は言う。


「ああ、とっとと終わらしてしまおう」


そう言う彼の胸中には、ふと去来する光景が存在した。つい先程見せた冷たさの残る目と口ぶりに、思わずクスリと笑む九龍に怪訝そうな顔を浮かべるミシェル。


「おいクロウ。ボク何かオカシイことでも言ったか?」

「いや、別に何も」

「嘘つけ。そういう顔は嘘ついてる顔だ」


酷い言い掛かりだ、と思いつつも九龍は日常の、いつも通りの気軽い態度で返す。


「後で教えてやるよ。とっととぶっ潰すんだろう?」

「………そうだね。ついでにジョニーもあの世行きにしてやるから」

「へいへい、それに関しては全力で逃走の準備をしますかね」


他愛のないやり取りをするふたりは、既に敵への恐怖心はやや薄らぎは眼中にない、と言いたげな顔持ちで行動を決定すべく思案を開始し、三巡目の幕開けを秒読みで告げるのだった。

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