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「初登校はどうだった?」
気を使ってくれてるのか、セフィリアさんは俺にそう言ってきた。
「特に問題なく終えられました」
「いえ、クラス女子のパンツをチラ見してました」
俺の発した言葉とメイさんとの言葉が被った。
「はっ?!何で知ってる──」
俺の視界が一瞬にして真っ暗になったと思えば、体が後ろに倒れていく──
セフィリアさんの顔面ラリアットが炸裂したのである。
俺のパンツチラ見を見破るとは、メイさん恐るべし……。
俺はその場に仰向けのまま、倒れているとセフィリアさんの長いブーツがみぞおちにヒットした。
「ぐふぉ?!……ちょ、セフィリアさん……ぱ……ぱ……」
「何?弁解でもあるの?」
俺を見下す様に俺を踏みつけるセフィリアさん……だ、だけど……。
「ぱ、……ぱ、パステルピンク」
俺がそう言うと、セフィリアさんは気付いたのか顔を真っ赤にしてはスカートを抑えて俺から二三歩後退した。
俺は腹を押さえてゆっくり立ち上がる。
「あ、あぶねえところだった……内蔵が飛び出るかと思ったぜ……」
セフィリアさんはプルプルしながら、こちらを睨んでいる。
俺はどうしようもなく、隣にいたメイさんに視線を送る。
メイさんはニコッと笑っては、何事も無かったかのように、歩きだした。
元の原因は君だから。
いや、でもパンツを見たのは俺だし俺が悪いのか?
ってか、俺って本当にセフィリアさんから結婚を申し込まれたんだっけ?
昨日の事なのに遥か昔の様に感じる。
だって、セフィリアさん絶対俺のこと好きじゃないでしょ(笑)
いや、(笑)じゃねーよ。笑えないから。
メイさんとセフィリアさんは隣になって楽しく会話をしている姿を後ろから見ている俺。
二人の後を着いていくと、決して裕福そうな建物には見えない、俺が前いた世界でもよく有りがちなアパートがあった。
ここまで来るのに、二人からの『え?何着いてきてるの?』的な視線は痛かった。
途中泣きそうになっちゃった……。
心は既に泣いております。
アパートは二階建ての三世帯が住めるものだった。
俺達は2号室の部屋に住むらしい。
1号室には既に住民がおり、3号室はまだ空いているらしい。
鍵を持っていた、メイさんは部屋の鍵を開けると、既に中に段ボールの山が出来ていた。
業者さんが荷物を運んでくれていた。
まあ、俺の荷物はほとんどないけど。
「では、お二人とも頑張って下さい!私は1度城に戻ってお仕事がありますので」
「えっ?!ちょっと!?」
セフィリアさんは驚き、彼女を止めようとしたのだろうが、メイさんは既にその場を去っていた。
何て逃げ足が速い。
俺たちはポケッとしたまま玄関に立ち尽くしては、積まれた段ボールを眺めていた。
この量はヤバ過ぎじゃない?
「と、とりあえず整理しますか?」
「そ、そうね……でないと暮らすも何も始まらないわ……」
※ ※ ※
俺は玄関にある山積みになっている段ボールをリビングに運び、それをリビングにいるセフィリアさんが段ボールの中のものを外に出して、整理していた。
「こう言うとこに使える魔法とかないんすか?」
俺はふと、そんなことを呟いた。
「あったら、使ってるわよ……。ってか、片づけに使える魔法なんて私には無いわよ」
「ってかさ、俺って何でセフィリアさんのパートナーに召喚されちゃんだんだろうね。俺、魔法何て使えないのに」
俺がそう言うと、彼女はハッとため息をついた。
貴方何も知らないのねとジトッとした視線を送られる。
だって知らないんだもん。
「別に魔法が使える人同士か結ばれれば、いい子供が生まれるって訳じゃないのよ。まあ、魔法が使える者同士が結ばれれば、間違いは無いでしょうけど、むしろ魔法には種類かあるわけだし、相性もあるから、魔法が使えないものが相手でも魔法能力者が生まれない訳じゃないのよ。
実際、私の父親は魔法は使えないしね」
なるほど、だからセフィリアの親父さんには親近感を感じたのか。
「そうなのか、ってことは、……セフィリアさんとはいつか夜の営みをしちゃうって訳?」
俺は先程決められたラリアットを覚悟で彼女にそう聞くと、意外にも彼女は顔を赤らめるだけだった。
「そ、そうね……でも、今のままじゃダメだわ。もっと立派な男になってもらわなくては」
「は、はい……頑張ります」
俺は頭をポリポリとかきながら、再び作業に戻った。
無言が続く。
しかし、俺は気まずいとは思わなかった。
むしろ、新婚さんの初々しさみたいなものがむしろ恥ずかしくって、嬉しかった。
と言うか、彼女は別に下ネタがダメって訳じゃないのか……。
何を基準にラリアットするかしないか判断しているのか、今度聞いてみよう。
片付けをすること三時間ほど、粗方の荷物は片付いて、俺とセフィリアさんは宮殿から持ち運んだものではなく、どこにでもありそうな一般的なソファーに腰を掛けて休憩していた。
「セフィリアさん、何か飲みます?」
「あら、気が利くのね。お願いするわ」
メイドのメイさんが居ない今、俺がセフィリアさんのお世話をしなければならない。
彼女は、これまで何不自由なくあの大きな宮殿で暮らしてきたに違いない。
それが、俺を召喚しては、セフィリアさんの母親にここで暮らすように命じられた。
一応、この国の国王はセフィリアさんの父親だが、王族の血を引いてる尚且つ、実際強いのはセフィリアさんの母親。
その母親からの命令はいくら娘とはいえ逆らうことは出来ない。
きっと、セフィリアさんは苦しい思いをしているに違いない。
だから俺が、死ぬ気でセフィリアさんのサポートをしよう。
……と言うよりは、セフィリアさんをちゃんと守らないと、セフィリアママンに殺される気がするのが本音。
そんな思いを込めて、俺は冷蔵庫の中から、あらかじめ下校中に自動販売機で買っておいたペットボトルのお茶をコップに注いでセフィリアさんに渡した。
「どーぞ、粗茶ですが」
ズズッとお茶を飲む彼女に見惚れてしまう俺。
どこぞのお姫様は何をしてしも可愛いんだな。
お茶で濡れた唇に俺の煩悩が少し騒ぐ。
「これ、美味しいのね。どこの葉を使ってるのかしら?」
「葉?」
「何、その反抗的な態度は?身分をわきまえているのかしら?」
「え?あ、いや、今のは、どこの葉の葉の部分に疑問を抱いただけで、セフィリアさんに対して反抗的な態度を示した訳じゃないんです」
ってか、ペットボトルのお茶に対してどこの葉を使ってるのかを気にしてる人なんて初めてみたよ。
「あ、そう。そういえば、ちゃんと聞けてなかったけど、今日の初登校はどうだったの?」
「別に何も無かったですよ。普通に自己紹介して、普通にテスト受けて、普通に帰りました」
「パンツ見たんでしょ?」
「いえ、見てません」
セフィリアさんが死んだ魚ような目でこちらを見ていた。
その、刺さるような視線に俺は負けてしまった。
「見たというよりは……見えたと言うか……、自己紹介の時にスカートの中がチラッと」
「変態」
「年頃なんです」
すると、家のインターホンが鳴る。
片付けが終わったタイミングを見計らっていたのか、メイさんが帰ってきた。
「ただ今戻りました」
すると、どうやらメイさんはただサボっていたのではなく、今夜の晩御飯の買い物をしていたらしい。
「今晩は、庶民的王道料理カレーです」
※ ※ ※
時間は七時前となっていた。
台所には、メイさんと俺が立っていた。
「旦那様は待っていただいて、大丈夫ですよ?」
「俺はこう見えても、小さいときから一人暮らしなんだ。料理はお手のものだぜ」
「これは、また意外な一面ですね。人には何かしら長所はあるんですね」
「おい、遠回しに貶されていることに俺は気付いているぞ」
そんなやり取りをしながら、お互いカレーを作る作業を行っていた。
何やら後ろから突き刺さる視線を感じるのは俺だけ?
メイさんはルーをおたまでかき混ぜていた。
俺は具材を切っていたが、視線が気になり後ろを振り向く。
セフィリアさんがソファーに凛々しく座っておられました。
「せ、セフィリアさん……何かあったの?」
「別に?」
セフィリアさんなぜかご機嫌斜めだった。
カレー嫌いなのかな?
ダメだ、ここは力を入れてセフィリアさんに是非カレーを好きになって貰わねば!
その意を伝えるべく、俺はメイさんに耳打ちをした。
「ちょ、セフィリアさんカレー嫌いっぽいんだけど」
すると、メイさんはキョトンとした顔をしてこちらを見た。
「お嬢様は、カレーは好みでありますよ」
「え?しょうなの~?なら、何であんなにこちらを睨んでるの?」
「それは、私たちが二人で仲良く料理作ってるからじゃないですか?こうして、旦那様が耳打ちをするのも逆効果かと」
「何で仲良く料理したら、セフィリアさん不機嫌になるの?」
メイさんははーっとため息を吐いては、俺を無視して、炊けたご飯をお皿に盛り始めた。
「旦那様は、鈍感主人公でも目指してらっしゃるのですか?」
「鈍感主人公?…………はっ?!そう言うことか!」
メイさんはやっとわかりましたかと呟いて、カレーのルーをご飯の上にかけてリビングの机まで運んだ。
「なんだよ、セフィリアさん。お腹が減ってたのなら言ってくださいよ。安物ですけど、お肉炒めましたのに──ぐはっ?!」
背中に何か鉛のようなものがぶつかってきた。
振り替えると、セフィリアさんから見えないようにメイさんが俺の背中に右ストレートを決めていた。
「バカ……」
「バカですね……」
二人は呆れたように、俺を放っておいたままカレーを食べ始めた。
※ ※ ※
このアパートは二階建てで、一階にリビングが一部屋、二階に二つの部屋がある。
時刻は11時を目前にしていて、話は寝る場所をどうするかになった。
「まあ、二階にセフィリアさんとメイさんが一部屋ずつで寝ればいんじゃねーの?」
「それだと、旦那様が……」
「あ、もういいから。メイさんは変なところで律儀だよな。俺、さすがに女の子を差し置いて部屋で寝れないよ。ここは俺にかっこつけさせるために引いてくれ、な?」
「旦那様がそう言うのであれば」
メイさんは立場的に俺に譲らなければならないと思ったのだろう。
そして、セフィリアさんも立場的に部屋をすんなりと受け入れないと話をややこしくしてしまうと思ったのだろう。
二人は、困った顔をしながら、おやすみなさいと俺に言って階段を上っていった。
それにしても、二人のパジャマ姿を拝めるとは異世界に来て良かったと思うよ。