サイレン
山内さんへ
昨日は楽しかったよ。ありがとう。
手紙の最初の文章に、飛び跳ねるほど嬉しくなってしまった。
昨日は本当に楽しかった。手紙よりも多くの事を伝えることが出来た。確かに神崎は突拍子もないことを言う時もあり、会話が苦手なんだなと思った時もあった。けれど、そんな事が気にならない位、昨日は楽しかった。
人って嬉しい事があった時、その出来事が何度も脳内で再生される。今の私がそうで、神崎と話した時の風景。声を鮮明に思い出してしまう。
なんだろう。
この感情は、何なのだろう――
最近、本当に変だ。神崎とすれ違うだけで、神崎がいる、と思ってしまう。授業で神崎が音読している声を聴くだけで、なぜか身構えてしまう。そんなこと、今まで意識なんてしたことがなかったのに。
「山内さん」
図書室の本棚の前で意識が飛んでいたようで、気が付けば後ろに神崎がいた。耳元に聞こえる声に、思わず目を見開いた。
「な、何?」
「本探してるみたいだったから……オススメの本、紹介しようかと思って」
「あ、ああ……」
何やってるんだ、私。神崎の声だけで、驚いてしまうだなんて。
「ちなみに、どんな本読みたい?」
「え? うーん、感動的なやつとか?」
咄嗟に思いついたことを述べてみる。別に何でも良いのだが、自分には考える余裕がなかったように感じた。
「あー、それなら、これとかどうかな? ただ、本の場所が移動して、目の前の本棚の一番上にあるものなんだけど……ちょっと待ってて」
そう言い残し、神崎はどこか移動したかと思ったら、どこからか梯子を持ってきた。
「僕が、取ってあげるよ」
カシャン、と、梯子を設置し、登ってゆく。
最初は、神崎が笑顔だったのに、その顔が次第に強張ってゆくのが分かった。しかも、足が微かに震えている。
……もしかしたら、高所恐怖症なのか?
「い、いいよ、降りなよ」
「大丈夫。もうすぐで取れるから」
上の方の本棚は、本がぎゅうぎゅうに詰められていて、力を入れないと本を取り出すのは困難なようだった。
見ているこっちが、だんだんとハラハラしてくる。
「だから、い」
「取れたよー!」
いつもの優しい笑顔とは違い、まるで勝利品でも取ったかのような笑顔で、私の方を見てきた。その顔を見ると、何だか幸せが込み上げてきて、私も笑顔を向けた……その時だった。
バキッ
古ぼけた家が軋んだような鈍い音が、梯子から鳴った……気がした。
「え?」
唖然とした顔をした神崎が、高いところから本と共に落ちてくるような……一瞬の出来事だった。
「危ない!!」
そう叫んだときには遅かった。
意識が遠のいている中、耳にサイレンの音だけがやけに大きく聞こえた。
読んでくださりありがとうございます。次回、13日20時、21時投稿予定です。