第二幕 第三場
「それはいい考えだわ」委員長は思案気な顔で間を置いた。「シンゴ君、私の胸をさわって」
「へ?」
「いいから私の胸をさわりなさい」
「えっ! ええ!」俺はその誘いにどぎまぎしてしまう。「な、な、なにを言っているんだ委員長」
「ちょっとミヨ、どういう事だよ?」山中ユウスケが困惑した顔を委員長に向ける。「どうしてシンゴにそんなことをさせるんだ」
「あなたならわかるでしょ」委員長がユウスケに向かって言った。「もう時間がないのよ」
「でもだからって、シンゴに胸をさわらせるなんて」
「他に手っ取り早いいい方法があるの?」
「……いや、ないけど」ユウスケはくやしそうに下を向く。「わかったよ。やりなよ」
「さあシンゴ君。触ってちょうだい」
委員長はブレザーのボタンを外すと、前裾を両手で大きく開き、胸を強調するかのように背をそらせる。
「委員長……」
俺は生唾を飲んだ。ブレザーの下に隠れていた胸が俺に差し出されている。背をそらしているため、白シャツにぴったりと胸の形が浮き上がっていた。意外にも委員長の胸は大きくて形もいい。着やせするタイプなんだろう。こんなふうにまじまじと見つめる機会がなければ気づかなかった。……さわってみたい。
「どうしたの、さわらないの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ委員長!」俺はなんとか理性を働かせる。「どうしてこんなことをするんだ?」
「あなたを一人前にするためよ」
俺は動揺する。
「ど、ど、どういう意味だよ」
「言葉通りの意味よ。あなたには立派な透明人間になってほしいの。そのために私の胸をさわって欲しいのよ」
「ますます意味わかんねえよ!」
「ミヨ」ユウスケが言った。「ウブな男子をからかうのはよしなよ。ちゃんと説明してあげなよ」
委員長はくすくすと笑い始める。
「だってあまりにも反応がおもしろくて」
「え、ええ?」
俺の混乱はいや増すばかりだ。思えば目覚めてから混乱ばかりしているな。
委員長は居住まいを正す。
「説明するわねシンゴ君」
「お、おう……よろしくたのむ」なんとか言葉を紡いだ。
「あなたの透過率をコントロールするには、感情の力が必要不可欠なのよ」
「そ、そう……なのか」
「感情の力、何かに触れたいと強く思う事で、あなたは物体にさわる事が出来る。だからこそあなたには、思春期の男の子が強く興味を抱くであろう、女性の体に触れたいという思いを利用して、私の胸にさわってほしかったわけなの」
「なるほど」俺は努めて冷静さを装う。ドスケベだと思われたくないからな。「なんとなく理屈はわかったが、だからといって自分の胸を俺にさわらせるのはどうかと思うぞ、委員長。もっとほかにやり方はないのか?」
「あるわよ」
「だったらその方法でいいだろ」
「でもその方法だと時間がかかりすぎるのよ。比較的質量の小さな物体を動かす事から初めて、だんだんと大きな物体へとシフトする。あなたがこの部屋を出られるのは最短でも三日はかかるわ」
「長いよ!」
「シンゴ君もそう思うでしょ。時間もあまりないことだし、だからあなたには手っ取り早く私の胸に触れて欲しいの」
委員長は自分の胸を包み込むようにして両手を添える。
「いきなり質量の大きな物体にさわるなんて、とても難しいわ。でもね、一度でもさわる事さえ出来ればコツを掴んだも同然。その成功ためには強い感情の力が必要不可欠。原始的な本能である三大欲望の性欲に、喜怒哀楽の強い感情が加われば、その成功率も高まるわ」
「だからといって委員長の胸にさわるなんて……」俺の視線は自然と、委員長の胸元へといってしまう。「そんなの悪いよ」
「大丈夫、私は気にしてないから」
委員長は両手を使い、胸を下からすくいあげるようにして持ち上げ、その存在を強調させた。
「さあ早くさわってちょうだい」
俺は思わず胸から視線をそらす。
「ちょっと待ってくれよ委員長」
「まだ何かあるの?」
「こんなのまずいよ」
「どうしてシンゴ君?」委員長は不思議そうに首を傾げた。「女性の胸にさわるのが嫌なの?」
「べ、べつに嫌じゃないけど」
「だったら何の問題もないわ。さわってちょうだい」
「問題あるよ」
「何の問題があるというのよ? 当事者同士で合意しているのよ。あなたが私の胸にさわったところで、セクハラでも犯罪でもない。それともあなたは、このまま何日もこの部屋にこもって、めんどくさい訓練からスタートしたいの? そんな面倒な事嫌でしょ」
「たしかに面倒はごめんだけど——」
「だったらさわりなさい」
「でも——」
「さわりなさい」
「いいかげん、いい子ちゃんぶるなよなシンゴ」それまで黙って見守っていたユウスケが割って入った。「さっさとさわれよ、このラッキースケベ」
「な、な、何を言いだすんだお前は!」情けない事に俺は声を裏返してしまった。動揺しているのがバレバレだ。
「さわりたくてたまらないくせに、カッコつけてんじゃないよ」
「うるさい黙ってろよユウスケ!」
これ以上俺を動揺させるのは止めてくれ。もう頭がパニック寸前なんだよ!
ユウスケは大仰に肩をすくめた。
「だってこうでもして後押ししないと、シンゴはミヨの胸にさわらないんだろ。むっつりスケベ」
「お、お前な。お、俺はそんなんじゃねえよ」
「さあシンゴ君、早くして」委員長が俺に催促する。「女をあまり待たせるものじゃないわよ。私に恥をかかせないで」
「そうだそうだ。早くしろよなシンゴ」
俺のあたまの中は絶賛大混乱中だ。胸をさわるのか、さわらないのか? どうすればいいなんてわからない。ただ一刻も早くこの状況を切り抜けなければ!
「わ、わかった。さ、さわる!」
そして俺は混乱するあまり、とんでもない事を言い出してしまう。
「ただし、俺がさわるのはユウスケの胸だ」そう言ってユウスケを指差してしまった。男であるユウスケを。
「えっ?」ユウスケと委員長が同時に惚けた声をあげた。
二人が困惑顔で俺を見つめ、部屋の中がしんと静まり返る。
しまった! 取り返しのつかない事を口走ってしまった! 俺は何を言ったんだ、何を言いだしているんだ! 馬鹿か俺は! 死ね! 今すぐ死ね! ああ、死んでしまいたい……。