幕間 其の一
何の明かりもない真っ暗闇の中、眼鏡をかけた少女が悠然と歩を進めていた。暗闇に臆する事もなく突き進むその歩みに、いささかの迷いも感じられない。
「いったい何をしているのかしら、もう」焦燥をにじませた声でそう言うと、眼鏡のふちをくいっと持ち上げる。「一刻の猶予もないというのに」
少女が闇の中を進み続けるなか、脳裏に浮かぶのは同じクラスメイトの渚シンゴの事だった。運良く彼を実験体にすることができたが、その後の事を仲間にまかせたのが間違いだった。これほど時間が経っているというのになんの連絡もないとは。
「まさか感づかれた」そう言いかけて少女は訂正する。「まさかね」
彼がそこまで賢そうに見えないし、感もそこまでよさそうには思えない。だからこその理想の実験体。こちらの思惑通りに動いてくれるに違いない。
「でも少し、彼にはかわいそうな事をしてしまったからしら……」少女は胸に一抹の哀れみを覚えた。「けどしかたがないわよね。あのままでは何もかもおしまいだった。彼も私達も、みんなも。そして私の……」
少女はその事を考え戦慄する。どうしてこんな危機的状況に陥ってしまったのだろう。今さら悩んでもしかたがない。こうなってしまう危険性は以前から想定していたし、覚悟もあったはずだった。なのに、この生活に慣れ親しんだせいで心が緩んでしまった。その結果、みんなを危険にさらす事になるとは、なんて馬鹿なの私は。
少女は拳を握り、歩く速度を速める。
「私達に残された希望はただ一つ。渚シンゴ」
彼は私達の救世主になってくれるかしら、と少女は思った。たとえ彼にその気がなくても、なってもらわなくてはいけない。どうにかうまく説得ができればいいのだけど。万が一の場合に備えて用意したアレは使いたくない。あまりにも非人道的すぎる。
「非人道的か」少女は思わず苦笑してしまう。「今更の言葉ね」
私達はもう取り返しのつかないところまできてしまった。だったらやりきるしかない。それしか方法がないのなら!
少女の足がひたと止まる。そして前方に広がる暗闇の宙へと手を伸ばすと、そこには壁があった。少女が感触を確かめるように壁をなぞると、いくつものボタンらしきデコボコの感触を感じ取った。
少女はボタンを操作し始める。この危機的状況を打破するために、そのための切り札である渚シンゴに会うために。
ポタンを操作し終えると、暗闇を縦に切り裂くようにして一筋の光が現れた。