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第一幕 第五場

「ユウスケ、そいつはカオリか? それともユウカ?」

 俺は自分を透明人間にしたであろうクラスメイトの女子の名を、手当り次第に口にする。

「チエ? エリカ? あっ、もしかしてノゾミ?」


 俺の問いつめに、山中ユウスケは眉根を寄せる。

「ちょっとちょっとシンゴ、その質問はずるいよ。それじゃ、いつか当たるじゃないか」


「もうここまでしぼられてるんだから、教えてくれてもいいだろ」


 ユウスケは首を横に振った。「それはできないよ」


「強情なヤツだな。教えろよ」俺は食い下がる。


「ダメだって」


「どうしてもダメなのか?」


「自分で思い出さなきゃダメなんだよ」


「そこをなんとか」


「しつこいよシンゴ」ユウスケの声に苛立ちが混じる。


「そう言わずに教えてくれよユウスケ」


「絶対にダメ!」


 あまりの頑固さにだんだんと俺の口調も荒くなる。

「なんだよケチ。教えろよな」


「嫌だ!」

「教えろ!」

「嫌!」

「教え——」


「ダメだって言っているじゃないか!」

 ユウスケが声を張り上げた。その表情は怒りを装っていたが、どことなく悲しげに見える。

「僕だって意地悪で教えないんじゃないんだよ! どうしてそれをわかってくれないのさ。教えられるものなら今すぐにでも教えたいよ。こっちだって時間がないんだし。早くしないと……」そこで言葉を詰まらせた。


「ご、ごめん……なさい」俺はユウスケの剣幕にたじたじとなってしまう。


 悪い事をしてしまったのだろうか? ユウスケの口ぶりからするに、俺の記憶はどうしても自分で思い出さなければならないらしい。そのことにユウスケが執拗にこだわるのは、俺のことを思ってのようだ。だとしたら俺は、やはり悪い事をしてしまったんだろう。


「あ、あのさユウスケ」俺は気づかうような口調で言った。「そ、その……俺が悪かったよ」


「別にシンゴがあやまることじゃないよ」ユウスケは声を落とす。「僕も言い過ぎた。僕がシンゴの立場なら今ごろ泣いて慌てふためくはずなのに、シンゴはそんなふうに取り乱す事もなく落ち着いている。本当にすごいよお前は」


「お、おう」ほめられているのか? 


「いかなる状況にも動じない不屈の精神。それはシンゴの才能だよ」


「動じないって……」結構焦っていたんだけどな。


「だからこそシンゴには透明人間になる資格があるんだ」


「そうなのか?」


 ユウスケはうなずく。「ああ、そうだよ。だからこそ選ばれたんだ」


「選ばれた?」


「おっといけない。しゃべりすぎたよ」ユウスケは自分のあたまを軽く小突いた。


 なるほど。どうやら俺は透明人間になるべくして選ばれたらしい。こいつと謎のクラスメイトの女子に。自分は昨日学校に登校し、そこで何かがあって、実験によって透明人間になってここにいる。でもなぜ裸のままなんだ?


「なあユウスケ、とりあえず上着貸してくれないか」


「それはできないよ」


「どうしてだ?」


「物理的に不可能だし、それに透明人間が服を着たらおかしいじゃないか」


「おかしい?」


「そうだよ。想像してみてよ、透明人間が服を着ている様子を」


「あったかそうだし、恥ずかしくないな」


「そうじゃないよシンゴ。透明人間が服をきたら、まわりの人間からは服が浮いているように見えてしまうだろ」


「……たしかにそうだな。でもこのまま裸って言うのはちょっと恥ずかしいぞ」


「僕からは見えないんだし気にしないでよ。それに男同士だろ。恥ずかしがる事もないよ」


「そんなこと言われてもな、気持ちの問題だよ。たとえ相手から見られてなくても、こっちは恥ずかしいんだよ」


「大丈夫だよ。そのうち慣れるさ」


「簡単に言いやがって、このままだと裸の透明人間ままじゃないか」


「なんかそのフレーズかっこいいね。裸の透明人間」


「どこがだよ」


「なんとなくかっこいいよ」


 俺はため息をつく。「……裸の透明人間か」そこでやりと口元を歪める。「その気になればいろいろと楽しそうだな」


「楽しい?」


「だって映画館に無料で入れるし、バスだって電車だって乗り放題だ」


「そこは普通、女子更衣室や女湯をのぞくっていう発想が健全な男子じゃないのかな」


「おいおいよしてくれよ。そんな人のプライバシーを侵害するような、モラルのない事は俺には出来ん。人として最低じゃないか」


「シンゴらしいや。だからこそ僕たちは君を選んだ。シンゴならたとえ透明人間になったとしても、その力を悪用したりなんかしないって信じていたからね」


「よほど信用されているらしいな俺は」


「だって僕たち親友じゃないか」そう言ってユウスケは満面の笑みを浮かべた。


 恥ずかしいセリフをなんのためらいもなく言ってのけるヤツだな、と俺は思った。

「そうかい。ありがとよ」俺は照れくささを隠すようにして言った。


「もしかして照れてるのかい?」


「別にそんなんじゃねえよ」俺はすかさず話題を切り替える。「それよりもしゃべり疲れた。とりあえずここからだしてくれ。お茶にでもしないか」


「ごめんシンゴ。それはできないよ」


「何度目のそれはできないよだ。その言葉聞き飽きた。ここから出してくれたっていいだろ、ユウスケ。それともなにかお前、俺がこのまま外へ出たら透明人間であることをいいことに、悪さをするとでも思っているのか」俺はそこで言葉を切ると、わざとらしく落胆のため息をついた。「俺の事信用しているって言っていたくせに、ショックだな」


「ち、ちがうよシンゴ」ユウスケは少しばかりあせる。「そういう意味じゃないんだ」


「じゃあどういう意味だよ?」


「……怒らないで聞いてくれるかな?」ユウスケの顔つきがみるみる曇っていく。


「話の内容による」


「ええ、そんな……」その言葉を最後に口を閉じてしまう。


「黙ってないでしゃべったらどうだ」


 ユウスケはうつむき口を固く結んだままだ。


 俺はマイクに顔を近づけて大声で言う。「おいユウスケ聞こえているんだろ!」大音量の俺の声が部屋中に響き渡る。


 ユウスケはびくっとし両手で耳を押さえた。「聞こえているよシンゴ」


「だったら返事くらいしたらどうだ」


「はい」


「それでシンゴ、どうして俺はここからだしてもらえないんだ」


「……怒らない?」


 俺は舌打ちする。またかよ。「わかったよ。怒らないからしゃべってくれ」


「本当に怒らない?」


「怒らない」話の内容によるがな。


「……わかった。話すよ」


「おう」


「僕、この部屋の天井から降りてきたじゃない」そう言うとユウスケは天井を指差す。


 俺は天井に目を向ける。そこにあるのは十六の正方形だ。「ああ、そうだが」


「じつはさ僕、この天井から降りる時に間違って開閉スイッチを押しちゃったんだよね。だから天井の出口は……閉まっちゃったんだ」


「だったらもう一度、その開閉スイッチを押して開ければいいじゃないか」


「……その言いにくいんだけど、そのスイッチはこの部屋の外側についているんだ」


 その言葉の意味を俺は理解したくなかった。

「……まさか」


「そのまさかなんだ。僕たち二人とも閉じ込められちゃった。出たくても出れないんだよ」


「はあ!」俺は目を剥いた。「ふざけんじゃねえよ! 信じらんねえ! どうしてそんな単純なミスをするんだ馬鹿!」


「怒鳴るなんてひどいよシンゴ!」ユウスケも負けじと怒鳴り返す。「絶対に怒らないって約束を忘れたのかい!」


「誰だって怒るだろうが! この密室に閉じ込められたんだぞ。このまま出られなかったどうするんだよ。水や食料は?」


 俺はそこであることに気がつき部屋を見回す。


「っていうか酸素はどうなっている。この部屋の空気は循環しているのか? このままだと俺達死んじまうぞ」


 その言葉を聞いたユウスケが笑い出した。

「それなら大丈夫だよ。だってシンゴは透明人間なんだからさ」


 俺は額に青筋を立てる。「何をわけのわからないことを言っているんだお前は。これは死活問題だぞ。ここから脱出する方法を今すぐ考えろ」


「落ち着けってシンゴ。こういう場合は発想を逆転させるんだ。外は危険で僕たちは今ここにいるおかげで安全なんだって。なんてラッキーなんだ僕たちは」


「意味わかんねえよ」


「ごめんそうだね。いまはそんなこと関係なしに外は危険だったんだよ」またしてもユウスケは口を滑らせた。「日本語の使い方が少しおかしかったね」


「外は……危険?」俺は眉をひそめる。「そういえば、この部屋はどこにあるんだ?」何度も見回したであろうこの部屋をいま一度見回す。「どこかの建物の中にあるんだろ。その建物の外が危険ってことなのかユウスケ」


 ユウスケはあたふたし始める。

「や、やめて。それ以上は訊かないで。命に関わるから」


「もう命に関わっているだろうが」


 俺はその言葉を最後に立ち上がると、脱出する方法を探すべく部屋のあちらこちらの壁を叩いて調べ回った。その間ユウスケは俺の名前を呼びながら、うろうろするだけだった。姿の見えない俺を捜すのは苦労するらしい。

 呼びかけるユウスケの言葉を無視し、部屋の探索を続けた。

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