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終幕

 事件から二週間。

 それは俺のあだ名であるエロリストが浸透するには、十分な時間だった。

 あれから前田ケイは同じクラスメイトである俺の顔をみると、無言で視線をそらしさけるようになっていた。


 しかたがないと言えばしかたがないのだが、やはり納得はいかない。

 そんな切ない日々が続いた俺は、放課後に学校の屋上でたそがれるのが日課になっていた。


「……死にたい」屋上のフェンス越しにつぶやいた。


 まるで胸にぽっかりと穴があいたような気持ちだった。何もする気が起こらない。無気力な日々。ただ惰性で続ける毎日。

 俺がこうなってしまったのも、前田ケイに振られただけが原因じゃない。あいつらのことを思うと、胸が苦しくなり、さみしくなる。


 ……ミヨ、ユウスケ。


 あの日以来、あいつらは学校に姿を現さない。当たり前と言えば当たり前なのだが、やはり精神的に堪える。先生に欠席理由を聞いても、里帰りだとか、もしかすると転校するかもな、とかそういった返答しかなく、あげくのはてには連絡がつかないだとさ。


 それはそうだ。今の地球の文明で遠い銀河に通信する技術なんてないのだから。


 俺は学校の屋上から空を見上げる。夕日で赤く染まった空には、数える程度にしか星が確認出来ない。この中にあいつらの星があるのだろうか?


「世界を救った英雄だというのに、このありさまだ」


 俺は空に輝く数少ない星々に向かって手を伸ばす。そしてその星をつかみ取ろうとするが、あたりまえながら失敗に終わる。

 あの出来事がまるで夢だったかのように思えてしまう。もしかすると、事件のせいで頭がおかしくなった俺がみた幻だったのだろうか?


「そうかもしれない」

 俺は自嘲気味に笑った。

「あんな夢物語なんてあってたまるもんか」


 風が屋上に吹き付ける。


「あれは夢じゃないよ」

 その声はありえない声だった。

「それは私が保証するわ、シンゴ君」


「まったくシンゴ」

 それは聞き覚えのある男の声だった。

「すぐにネガティブになる。もう少しポジティブでもいいんじゃないか」


 驚愕した俺が振り向くと、そこにいたのはあり得ない人物だった。

「ミヨ! ユウスケ!」


「よお、シンゴ」

 ユウスケがけろっとした表情で言った。

「ひさしぶり元気してた?」


「お、お前」

 俺はがくりと顎を落とした。

「……どうしてここに?」


「えっ?」

 ユウスケは首を傾げる。

「何を言っているんだシンゴ?」


「おまえら……」

 俺はどうにか言葉を紡ぐ。

「故郷に帰ったんじゃないのか?」


「ああ、帰ったよ。まあたったの一週間ちょいだったけどね」


「やっぱり年末年始になると」ミヨが言った。「里帰りしなきゃならないから面倒よね」


 俺の頭上に疑問符が浮かぶ。

「えっ……何を言っているの?」


「えっ? シンゴこそ何を言っているの?」


「だってお前ら……帰るって言っていただろ?」


「そりゃ帰るさ、年末年始だし」


「……まだ年末年始じゃないぞ」


「それは地球の暦だろ。こっちとはずれてるんだよ」


「……ってことは、お前らが今まで学校に来なかったのは——」


「もちろん」ミヨが言った。「里帰りのためよ。地球で言うところのクリスマスや正月に価するイベントのためにね」


「馬鹿やろう!」

 俺は苦笑するも、うれしさのあまり涙を浮かべる。

「それならそうと言いやがれ。永遠の別れみたいな演出しやがって。こっちが勘違いするじゃないか」


「そんなこと言われても」

 ユウスケが困った顔で肩をすくめる。

「ちゃんと言ったじゃないか。最後の別れだなんて勝手に決めつけるなよって。忘れたのかい」


「あんな言い方したら、だれだって勘違いするぞ!」


「そうなのか?」


「やっぱり日本語って難しいわね」

 ミヨが眼鏡をくいっと持ち上げる。


「……まあ、そんなことはもうどうでもいいや。それよりもふたりとも」

 俺はそこで涙を懸命にこらえると、笑顔を作る。

「おかえり」


 ミヨとユウスケの二人は声をそろえる。

「ただいま」


 その言葉は俺の心に癒しをもたらしてくれた。この二週間、エロリストとして罵倒された日々。本当にひどかった。特にクラスの女子は俺を見ようともしない。男子すら、俺に話しかけるのを躊躇してしまう。


「ひさびさに人と会話したような気分だ。まったくお前らときたら、人を勘違いさせる天才だな」


「そこはしかたがないわよ」

 ミヨがくすっと笑う。

「だって地球の言語の中で、日本語が一番難しいもの」


「今年もよろしくなシンゴ」

 ユウスケが手を差し出してきた。


「地球じゃまだ年越してないけどなユウスケ」

 そう言うと俺は握手を交わした。


「私もよろしくねシンゴ君」

 ミヨも手を差し出す。


 俺はその手を握った。

「ああ、よろしくミヨ」

 手を離そうとしたが、ミヨがそれをゆるさない。

「おいミヨ?」


「シンゴ君」

 ミヨは小悪魔的な笑みを浮かべている。

「私の今年の目標はケイちゃんから、あなたを奪い取る事だからね。私はあきらめの悪い女だから覚悟しといてよ」

 そう言って手を離した。


「奪い取るって……」

 俺は苦笑いする。この様子だと俺がふられたことを知らないようだ。


「今は二位でもいつか一位になってやるんだから」

 ミヨは捨て台詞をはくと、小走りで屋上から走り去ってしまった。


「まったくシンゴはもてもてだね。僕も好きになろうかな」


「やめろふざけるな」


 ユウスケはため息をつくと、まじめぶった顔つきになる。

「シンゴ、ちょっと大事な話してもいいかな?」


「なんだ。言ってみろよ」


「さっきはあんなこと言っていたけど、僕らは本当に故郷に帰って、二度と地球へは戻らないつもりだったんだ」


 意外な事実が告げられた。

「どういうことだよそれ?」


「ミヨのやつ帰りの宇宙船の中でずっと泣いていたんだぜ。でも、絶対にあきらめたくないからって地球に戻ってきたんだよ」


「その話本当なのか?」


 ユウスケはうなずいた。

「本当さ。ミヨのやつ、心底お前に惚れているらしい」

 そう言うと苦しげな表情で唇を噛んだ。

「くやしいよ。僕だって好きなのに」


 俺はユウスケの言葉の意味を理解した。こいつミヨの事が好きなんだ。

「お前まさか……好きなのか?」


 ユウスケがさみしげな笑みを浮かべる。

「シンゴにしては、恋心がわかるようになったじゃないか」


「すこしは成長するもんさ。すまなかったな。今まで気づけなくて」


「いいんだ」ユウスケが首を横に振った。「気にしないでよ」


「わかった。ならここからは競争だ」

 俺は場を和ませようと明るい口調で言う。

「どっちが先に相手の心を射止めるかの勝負だぜ。だからがんばれよユウスケ」


「ありがとうシンゴ」

 ユウスケが照れくさそうに笑った。

「僕もがんばるよ」


 俺は親指を立ててエールを送る。


「今は三位でも、いつかミヨや前田ケイをぬいて絶対一位になってやるからね」

 ユウスケは衝撃の事実を告げると、屋上から逃げ去るように行ってしまった。


「……へ? ええ!」

 俺はユウスケの言葉を理解したくなかった。

「……まじで?」

 ……どうやら俺は宇宙人にモテモテのようだ。



 こうして俺と宇宙人達との、奇妙な学園生活が幕を上げたのである。

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