第五幕 第五場
俺はユウスケのあとに続き、ミヨのもとへ向かう。
ミヨはゆっくりと立ち上がると、制服についた汚れを払いのける。そして自分のもとにやってきた俺ににっこりと笑いかけた。
「ねえ、簡単でしょ」
「簡単は簡単なんだけど……」
俺は自分のするべき事を思い描き、胸の高鳴りを感じた。
ユウスケが倒れていた前田ケイを肩に担ぐと、木の側に腰掛けさせる。
「さあ、準備は出来たよシンゴ」
「準備はできたって言われても」
俺は躊躇する。
「気を失っている相手に無理矢理キスするなんて」
「でもそれじゃ、ずっとそのまんまだよ。それでもいいのかい?」
「いや、それはよくないけど」
「だったら早くやりなよ。もうそろそろ麻酔の効果も切れる事だし」
「相手の気持ちを確かめもせずに、寝ている隙にキスするなんて卑怯じゃないか」
「目覚めてからじゃ、理由を話してもややこしいだけだよ。それに誰が宇宙人やら透明人間なんて信じると思う? 普通の地球人なら頭がおかしいと思うに決まってるよ」
「でもだからといって——」
「安心してシンゴ君」
ミヨが俺の言葉を遮る。
「ケイちゃんはあなたの事が好きだから」
「へ?」
「修学旅行の夜にね、誰が好きかって話になったの。ケイちゃんが好きだって言った相手があなただったの」
俺は動揺してしまう。
「そ、それは本当なのか?」
ミヨはさみしげな笑みをうかべてうなづく。
「そうじゃなかったら、すぐさま麻酔銃を撃つなんてことしていなかったわ」
「ミヨ……」
気まずい沈黙が訪れる。
「シンゴ」
ユウスケが沈黙を破り、用具入れを指差した。
「君の肉体はこの中だから」
俺は用具入れを見る。わずかに開いた戸の隙間からは、自分の肉体を確認出来ない。
「どうしてこんなところに俺の肉体が?」
「万が一、メチャワル星人にアジトの場所がバレた場合、そこに君の肉体があったら何されるかわかったもんじゃなかったからね。だからこうしてこの用具入れに隠しておいた、前田ケイと一緒にね」
ユウスケはそこで親指を立てる。
「盲点だろ。まさかアジトの入り口横の用具入れに無造作に放置してあるなんて考えもしないだろ」
「まあ、確かに」
「さあシンゴ、元の肉体に戻る時だよ」
俺は前田ケイの顔を見つめる。その寝顔は安らかで、先ほどまでの騒動が嘘のようだ。これからその唇にキスをするのかと思うと、緊張で体が強張ってしまう。
「なんだか緊張するな」
「安心してシンゴ君」
ミヨがそう言って、俺に背を向け歩き出す。
「邪魔者は消えるから」
「シンゴ、彼女の事を頼んだよ」
ユウスケも俺に背を向け歩き出した。
「おいどこへ行くんだよ二人とも」
ユウスケが足を止める事なく言う。
「こんな大騒ぎになってしまったんだ。宇宙人がいた証拠は消さなければならない」
「後始末は私達がつけるから。シンゴ君は何も心配しないで」
「おいちょっと待てよ!」
俺は思わず声を大にする。
「それってどういう意味だよ。まさかお前ら、変な事考えてないだろうな」
ユウスケが倒れているジョン・スミスを肩で担ぎ始める。
「先生を警察に保護してもらったあと、証拠隠滅して、家に帰るだけ。ただそれだけのことさ」
ミヨが足を止めて振り返る。
「私ね、この星に来てあなたにあえて本当によかった。あなたの事を好きになって本当によかった。最後にキスまで出来て、私幸せだったよ」
「行くなミヨ! 俺はまだお前に答えを聞かせてないぞ。約束しただろ、この戦いが終わったら答えを聞かせるって」
「私とキスした時、シンゴ君は元の肉体には戻らなかった」
ミヨは眼鏡を持ち上げ、込み上げていたのであろう涙を拭った。
「それってつまりそういうことでしょ」
そこで明るく笑顔を繕う。
「ケイちゃんとお幸せにね」
「ミヨ……」
俺はまたしてもかける言葉が見つからず、口ごもってしまう。これでいいのか。何か言ってやれないのか俺は。そんななさけない男なのか俺は。俺は、俺は!
「待ってくれミヨ! 俺は——」
「ダメだよシンゴ!」
ユウスケが遮る。
「言ったはずだよ。ふった相手に慰めの言葉はダメだって」
「でも、こんな最後の別れなんて悲しすぎる」
「馬鹿だなシンゴ」
ユウスケが明るくおどけて言った。
「最後の別れだなんて勝手に決めつけるなよ。いつかまたあえるさ。だってそうだろ、人生は長いんだからね」
「ユウスケ……」
俺は思わず涙ぐんでしまう。自分だってつらいはずなのに、ユウスケのやつカッコつけやがって。ユウスケのくせに。
「ユウスケありがとう。お前は最高の親友だ」
「そういってもらえてうれしいよシンゴ」
ミヨとユウスケの二人が俺に手を振った。
俺も笑顔を作り、手を振る。必死に涙をこらえて。
夜空の月に雲がかかり、あたりが暗くなる。ミヨとユウスケの二人は闇へと消えてしまった。
もう二度とあえないだろう二人の事を思うと胸がうずいた。
「……さよなら」
俺は振り返り、前田ケイの元に歩み寄るとかがみ込んだ。暗くなったせいでその表情はよく見えなかったが、小さな吐息が聞こえてくる。まだ眠っているようだ。
「知らないあいだにキスするなんてごめんよ」
俺は前田ケイの顔に手を伸ばし、頬をなでるようにしてその唇の場所を探った。
「俺が元に戻り、君が目を覚ましたなら、告白の続きをするから。そしたらその時は……」
俺はゆっくりと自分の唇を近づけた。彼女の唇の感触を感じた時、一瞬まわりが明るく輝いたかと思うとすぐさま暗くなり、やがてめまいを覚えた。そしてだんだんと意識が遠のいていく……
気がつくとそこは闇だった。俺は闇の中に横たわっている。
「……元に戻ったのか」
俺はうめきながらあたりを探るようにして立ち上がると、手のひらに冷たい感触を覚えた。おそらくそれは用具入れの戸だろう。
戸の取っ手を探り当てると、ゆっくりと引いた。開かれた空間から新鮮な空気がなだれ込み、俺の肺を満たしていく。ひさしぶりに息をしたような気分だ。
外へ出てみると依然として月は雲に隠れたままで、そのせいで当たりはまだ暗い。
俺は闇に目を凝らしながら、前田ケイが眠っている木へと近づく。彼女は先ほどと同様、眠ったままだった。
俺は彼女の肩をつかむと、ゆっくりとゆさぶった。
「前田さん、前田さん起きて」
前田ケイが小さなうめき声を漏らす。
「……誰?」
そういうと目をこすり始めた。
「同じクラスの渚シンゴです」
「渚君なの」
前田ケイはゆっくりと立ち上がった。
「ここはどこ?」
「校舎の裏庭にある木の下です」
「校舎の……裏庭!」
前田ケイははっとしたように大声をあげると捲し立てる。
「そうだ私、ここに呼び出されて、それが渚君で、そしたら急に気を失って、気づいたら誰かに縛られてて、何がどうなっているのかまったくわからなくて——」
「もう大丈夫だよ前田さん。怖い事は全部終わったから」
「本当に?」涙ぐむ声で言った。
「本当だよ。もう安心して——」
前田ケイが俺に飛びつくようにして抱きついた。
「私怖かった。本当に怖かったの」
俺は前田ケイを安心させようと、彼女の頭を撫でてやる。そのとき、まったく同じような事をしてやったミヨの顔が脳裏によぎった。罪悪感なのか未練なのかわからない感情を覚えるも、俺はそれを締め出した。
「前田さん、俺がこんなところに呼び出したせいで、怖い思いをさせて本当に悪かったと思っている」
前田ケイは何も言わず、俺の胸に顔をうずめてすすり泣いている。
「今日はいろんな事がありすぎて、大切な人も失ってしまった。それでも君を守る事が出来て本当によかったと思っている」
「守ってくれたの」
前田ケイが顔をあげた。
「私を?」
「ああ、守ったさ。それも命がけでね。それも君だけじゃない、学校のみんなも、世界の人々もね」
「何を言っているの渚君?」
「いつかその時がきたら、君にも話してあげたい。遠い空の向こうの友人達の話をさ」
前田ケイがくすっと笑う。
「渚君って、ときどきおかしなこと言うよね」
「そうかな」
「そういうユニークなところ、私はおもしろい人だなって思っているよ」
「ありがとう」俺は微笑んだ。
雲の切れ目から、月がゆっくりとその顔を現し始めた。
俺は前田ケイの両肩に手を置くと、まじめぶった口調になる。
「こんな時にだけど、君に伝えないといけないことがあるんだ」
「へっ、なに?」
俺の真剣さを感じ取ったのか、前田ケイの声には緊張がまじっていた。
「今日の放課後、君をここへ呼び出したのもそのためだったんだ」
「それって大事な話なの?」
「うん」俺はうなずいた。「聞いてくれるかな?」
少し間があった。「ええ、いいわよ」
「単刀直入に言うよ。この俺、渚シンゴは君の事が、前田ケイのことが好きです。一番大好きです」
「……渚君!」
涙を浮かべた前田ケイの言葉には喜びが混じっていた。
「私も、私もね」
そこで言葉を切ると鼻をすする。
「ごめんね、ちょっとまって。私ったらこんな大事な時に」
俺は告白の成功を確信した。
「大丈夫待つよ。いつまでも」
月のスポットライトが祝福するかのように、俺達のもとへと差し込んでくる。あたりは明るく輝きだした。
「渚君、私もあなたのことが——」
そこで彼女の言葉は止まり、その顔に浮かんでいた喜びの色は消え、落胆としたものへと変わっていく。それはまるで俺に失望しているかのようだった。
俺は困惑する。
「どうしたの前田さん……はっ!」
そこでようやく俺は気がつく。今の自分が裸である事に。
「生身の体も裸かよ!」
前田ケイが大きな悲鳴をあげた。
「助けて! 裸の変態よ!」
「ち、違うんだ前田さん。これは誤解なんだ」
「どうした!」
遠くから人の声が聞こえた。
「テロリストの残存か!」
前田ケイの悲鳴を聞きつけた大勢の警官隊が押し寄せて来る。
「おまわりさん、この人、裸です。変態です!」
前田ケイが泣き叫んだ。
「違うんです!」
俺は必死に弁明する。
「おまわりさん、俺は変態なんかじゃない!」
警官隊はこちらの言葉など聞く耳持たず、俺は取り押さえられた。
……その後、俺はたっぷりと警察署でお灸をすえられたことは言うまでもあるまい。
そしてその日から、不名誉な事に俺の学校でのあだ名はエロリストと命名された。それは世界を救った俺には堪え難い屈辱であった。




