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第五幕 第四場

「こんなの……こんなこと……ひどすぎる」


 全身の力がどっと抜けてしまい俺は膝をついた。次いで両手を地面につけ、どけ座するような体勢になる。


「ごめんよミヨ。俺は、俺は何も出来なかった」


「よし、今度はベファルトの男を殺せ」

 ジョン・スミスが言った。

「それが終わったら、お前が取り憑いている地球人の女を殺しな」


 その言葉を聞いた俺は、怒りでどうにかなってしまいそうだった。

「このクソ野郎! 約束なんて最初から守るつもりなんかなかったな!」


「当然だろ。お前らとの約束なんかクソくらえだ」

 

 俺は立ち上がり、ジョン・スミスをにらみつけた。

「この卑怯者!」

 

「だまされる方が悪いんだよ」


 不意にユウスケが大きな笑い声をあげた。


「何がおかしい?」

 前田ケイがいぶかしむような表情を浮かべている。

「死を前にして頭がおかしくなったのか」


「シンゴ、そいつの言う通りだ」

 ユウスケは言った。

「だまされる方がマヌケなのさ」


 俺はユウスケに顔を向ける。

「ユウスケいったい何を——」


 その時だった、死んだはずのミヨの体に異変が起こったのは。まるで脱皮のごとく、背中からにゅるっと一糸まとわぬ裸の女が飛び出した。


 俺はその女を見て驚愕する。

「ミ、ミヨ?」


「なんだと!」

 ジョン・スミスも俺と同じように驚いている。


 裸のミヨはユウスケを組み伏せている前田ケイに向かって走り出すと、その顔面に蹴りをいれた。その瞬間ミヨの足は前田ケイの顔面をすり抜けたかと思うと、メチャワル星人を彼女の肉体から引きはがし、そして消滅させた。


 拘束を解かれたユウスケがすぐさま前田ケイを払いのけると、地面におちていた麻酔銃を拾い上げる。


「貴様らだましやがったな!」

 ジョン・スミスが俺に向かってナイフを振り下ろした。


 あまりにも突然の出来事がおこったせいで、ナイフに対して俺は反応が遅れてしまう。身構える間もなくその刃が俺に襲いかかる。だがしかしすんでのところで、ジョン・スミスの手からナイフが滑り落ちる。


 ジョン・スミスは頭を抱えてふらついていた。


 なんだ? 何がおこった!


「シンゴ!」ユウスケが叫んだ。


 俺が振り返ると、ユウスケは麻酔銃片手に得意げな表情を浮かべていた。


「今がチャンスだ。そいつをやっつけろ」


 俺は瞬時に理解した、ユウスケが麻酔銃を撃ったのだと言う事を。

「生身の体に取り憑いたのがあだとなったな、メチャワルさんよ」


 雄叫びをあげながらジョン・スミスの胸ぐらに向かって勢い良く手を伸ばし、その体からメチャワル星人をつかみ出す。俺がメチャワル星人の首を強く握りしめて空高く掲げると、ジョン・スミスの肉体が地面へと倒れ込んだ。


 メチャワル星人は首を絞める手をほどこうともがいている。

「き、貴様ら、き……汚いぞ。だ、だますなんて」


「だまされる方が悪いんだろ」

 俺はメチャワル星人に別れの言葉を告げる。

「このマヌケが」


 掴んだメチャワル星人を地面へと向かって叩き付けた。メチャワル星人の幽体は霧散し、十二人の怒れる狩人の最後の一人は消え去った。


「終わった……」

 緊張の糸が切れた俺はほっと息を吐いた。ものすごい疲労感が襲ってくる。思えば目覚めてからこの瞬間まで、普通の日常では考えられない事の連続だった。いったい誰が信じるだろうか、俺が世界を救ったなんて。


 背後からミヨとユウスケが俺の名前を呼んだ。


 俺が振り返ると、二人がこちらに向かって歩いてくる姿があった。俺はその姿を見て感極まり、自分も二人の元へと歩き出す。


「ありがとう、シンゴ」

 ユウスケがまるで英雄を見るかのようなまなざしで、俺を見つめる。

「本当によくやってくれたよ君は」


「私からもお礼を言わせて」

 ミヨがうっとりとした顔つきで俺を見つめる。

「ありがとうシンゴ君。私達の事を信じてくれて。本当に、本当にありがとう」


「おおげさだな二人とも。俺は——」

 そこで俺はミヨが裸である事に改めて気づき、顔をそむけた。

「ミ、ミヨ。裸、お前裸だから」


「えっ?」

 ミヨは自分の姿を確認すると悲鳴を漏らし、胸を手で隠すようにしてしゃがみこんだ。

「……見た?」

 顔を真っ赤にして訊いてくる。


「だ、大丈夫だよミヨ」

 俺は少しばかり声をうわずらせる。

「ほらいろいろあって、精神的にいっぱいいっぱいだったから、例え見ていたとしても覚えていないから。だから大丈夫だよ」


「本当に?」


「もちろん本当だよ」


 ユウスケがブレザーを脱ぎ、それをミヨにかける。ミヨはありがとうと言うと、ブレザーの袖に腕を通しボタンを閉めて立ち上がった。男物の大きめなブレザーだったため、裸ワイシャツのように絶妙な位置で彼女の裸体を隠している。


「それにしてもミヨ」

 俺は目のやり場に困りながら言った。

「あの真っ白い部屋では自分から裸になろうとしていたくせに、いざ裸になると恥ずかしがるんだな」


「あれはあれ、これはこれよ」

 ミヨが少しむっとした表情になる。

「あの時は気が張りつめていて、そんなこと気にする余裕なんてなかったもの」


「そう言うシンゴはどうなんだい?」

 ユウスケが質問してきた。

「最初は裸である事を恥ずかしがっていたはずなのに、今じゃどうどうとしているじゃないか」


「いろんなことがありすぎて、この程度じゃ動じなくなったよ」


 ユウスケが含み笑いをする。

「なんだよそれ。露出狂になったのか」


「そんなんじゃねえよ」

 俺はそういうとミヨに顔を向ける。

「それよりもミヨ、その姿はもしかして」


「ええ、ご察しとの通り透明人間よ。メチャワル星人は勘違いしていたけど、あの銃は小型透明人間装置なの」


「……いや、透明人間じゃなくて、幽体だろ」


「そうとも言うわね」


「そうとも言うわね、じゃないだろ! 透明人間と幽体では全然別ものじゃねえかよ!」


「ごめんなさい。地球の日本語は難解で、そのせいであなたに誤解を生じさせるような表現をしてしまった事は謝罪するわ。それにあなたに奮起してもらうため、しかたなく虚言や演技をしてしまったことも。でもそれはすべて必要な事だったの」


 俺はいぶかしげな視線をミヨに投げる。本当にこいつは日本語難しいと思っているのだろうか?


「まあなんにせよ、よかったよ。てっきり俺はミヨが死んでしまったんだと——」

 そこで俺はあることに気がつく。

「ってそれよりも、本当に元の体に戻れるんだろうな?」


 少し間があった。

「ええ、もちろん。そうじゃなきゃ、私は透明人間になったりはしないわよ」


「そいつはよかった。それで、どうすれば戻れるんだ?」


 ミヨはうつむき、もじもじしだした。

「そ、そのね……、えっと……」


「なんだよミヨ、どうしたんだ?」


「ミヨ」

 ユウスケが言った。

「もう内緒にする必要はないだろ。教えてあげなよ」


「……うん、わかった」

 ミヨは深呼吸すると顔を上げる。なぜかその表情には恥じらいの色が現れていた。

「一番好きな人と……キスをすること」


「……え?」

 俺は惚けた声をあげた。そしてその言葉の意味が頭にしみ込み、理解するのと同時に大声をあげてしまう。

「ええ!」


「だからシンゴ君が透明人間として適任だったの。メチャワル星人達がこの学校にやってくることを事前に察知した私達は、アジトの入り口があるこの校舎の裏庭へとやってきた。そしたらそこにいたのは、あなたとケイちゃんだったの」


「……ってことは、そこでお前らは俺がふられるのを見ていたってわけだ」


 ミヨは首を横に振った。

「シンゴ君はふられてなんかいない」


「えっ?」


「告白する前に私が二人を麻酔銃で撃ったの」


「どうしてそんなことを?」


「……だってくやしかったから」


「くやしかったから?」

 俺は言葉の意味がわからず復唱してしまう。


「鈍感すぎるわよ、シンゴ君」

 ミヨはそう言うと俺に抱きついた。

「言ったじゃない。私はあなのことが好きだって。世界で一番、いえ、宇宙で一番大好きなんだからね」


「ミヨ……」

 俺はかける言葉を思いつかず、口をつぐんでしまう。


「ごめんなさい。あなたの記憶が曖昧な事を利用して、ふられたと思い込ませようとしてた。それってとても卑怯な事だってわかってる。でもそうまでしても、あなたに私のことを好きになってもらいたかったの。本当にごめんなさい」


 俺はミヨをやさしく抱きしめ、頭をなでてやった。

「終わった事だ。もう気にするな」


「ありがとうシンゴ君」

 ミヨは顔を上げると俺を見つめて微笑んだ。

「大好きだよ」

 そう言うと自分の唇を俺の唇へと重ねる。


 その瞬間、世界が制止したかのように静まり返った。


 ミヨを抱きしめていた感触が消え、ブレザーが地面へと落ちていった。目の前にいたはずのミヨは消えていた。


 ユウスケがブレザーを拾い上げると、それを着直し始める。

「シンゴはさ、もうちょっと賢くなってもいいんじゃないかな。恋心にあんまりにも鈍感すぎると、相手を傷つける事になるよ」


「別に鈍感なつもりはないよ」


「今のやりとりを見ているとそうは思えないけどね」


「悪かったな。以後気をつけるよ」


 ユウスケがおどけるようにしてウインクする。

「頼むよ」


 俺達がそんなやりとりをしていると、倒れていたミヨの肉体が動き始めた。


「さあ、行こう」

 ユウスケがミヨの元へと歩き出す。

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