第五幕 第一場
俺がメチャワル星人に取り憑かれたジョン・スミスを連れて校舎の裏庭につく頃、月が雲に隠れてしまい、あたりは暗くて見通しが悪くなっていた。
そんな闇のなか、大きな木の横にある用具入れの前でうごめく人影の姿があった。
「誰だ!」俺は叫ぶと目を凝らす。
その声に反応したのか、人影は動きをぴたりと止めた。
俺の声が聞こえている。つまりはそういうことなんだな……。
月が雲間から顔を覗かせ、あたりを照らし出す。そして俺はとんでもない光景を目撃してしまう。
それは制服姿の二人の男女が、一人の女子生徒を間に挟むような形で脇に抱えている姿だった。抱えられた女子生徒は両手を後ろで縛られ目隠しをされており、気を失っているのだろうかぐったりとしている。
「……ミヨ、ユウスケ」
俺は我が目を疑った。
「これはどういうことだ。彼女に、前田ケイに何をした!」
目の前の光景を信じたくはなかった。ミヨやユウスケが本当に俺をだましているなんて、疑いたくなかった。ここに来る途中まで、二人が前田ケイを拘束しているなんて、何かの間違いであって欲しいと願っていたのに。それなのに、なのに……どうして。
「おい聞いているのか二人とも」
俺は二人をにらみつける。
「前田ケイに何をした」
ミヨとユウスケの二人は、無言できびしいまなざしをこちらに向けている。
「おい聞こえてんだろ」
俺は拳を握りしめた。
「俺の姿が見えているんだろ二人とも。それも最初っから」
二人とも何の反応も見せない。
「これでわかっただろ地球人」
傍らに立つジョン・スミスが言った。
「俺達ではなく、ヤツらがそこにいる彼女を拘束した。これはもう疑う余地もない」
ミヨが硬く引き結んだ唇を解く。
「どうしてシンゴ君、その男と一緒にいるの?」
そう言うと目付きを鋭くさせる。
「そいつにはメチャワル星人が取り憑いているのよ」
「ミヨ、やっぱり聞こえていたんだね」
一呼吸間があった。「ええ、もちろん聞こえているわよ」
「それも最初っから。そうだろ?」
「ええ、そうよ」
俺は唇を噛むとユウスケに顔を向ける。
「お前もそうなんだろユウスケ。最初っから俺の姿も見えていたし、声も聞こえていた」
ユウスケはゆっくりとうなずいた。
「ああ、そうだよシンゴ」
いま二人は俺をだましていたことを認めた。胸が引き裂かれるような思いだ。怒りと悲しみが渾然となって俺の心の中でうずまいている。怒鳴り散らしたいのか、泣き出したいのか、いったいどうすればいいのかわからない。
「どうしてそんなことを」
俺はわずかに声を震わせた。
「なぜ俺をだました?」
「確かに私達は、透明人間化にともない記憶があやふやになったあなたをだました」
ミヨが冷静な口調で言う。
「でもそれはね、あなたに自分が透明人間だという事を自覚してもらい、できるだけ早く究極の透明人間に成長してもらいたかったからなの」
「そんなまどろっこしいことせずに、自分らで透明人間になればよかったじゃないか。そうしなかったのは、俺を捨て駒として利用するためなんだろ」
「違うわシンゴ君。私たちでは透明人間になれなかった。あなたじゃなきゃ、ダメだったのよ」
「どうしてだ?」
「それは……」ミヨは俺から視線をそらした。
「やっぱりそうだ。危険な役は全部俺に押し付けたんだな、ミヨ。そうさせるために俺にベファルト星だの、宇宙生命体連合だの、ホラを吹き込んで俺をやる気にさせた。そうなんだろ?」
「ごめんなさい。やむをえなかったの」
「やむをえなかっただと?」
俺は苦笑しながら前田ケイを指差す。
「だったら彼女を拘束しているのも、やむをえなかったというのか」
「ええ、そうよ。やむをえなく彼女を拘束したの。あなたのためにね」
「俺のためだと?」
「そう、あなたのためよ」
「どうしてそんなことする必要があったんだ?」
ミヨは沈黙する。その表情には苦悶の色が現れており、苦し紛れの言い訳を考えているようにしか見えない。
「ミヨ何とか言えよ!」
ジョン・スミスが軽快な笑い声をあげる。
「ベファルトのヤツら、言い訳ができなくてだんまりを決め込んでるぜ地球人」
ミヨの鋭いまなざしがジョン・スミスに向けられた。
「あなたの前でおしゃべりになる必要があるのかしら」
「おいおい俺を理由にするなよな。お前達にはこいつに話す義務があるだろ」
ジョン・スミスはそう言って俺を手で指し示す。
「さんざんお前達の嘘にだまされて利用された、このあわれな地球人によ」
「ミヨ、頼むよ何か言ってくれよ!」
俺は悲痛な叫び声をあげた。
「俺はこんな状況になってしまった今でも、お前を、お前達を信じたいと思っているんだ。だから俺を信用させてくれ。そのためにも何とか——」
「信じたいと思っているなら」ミヨが俺の言葉を遮った。「四の五の言わずに信用してちょうだいシンゴ君。私達は友達だと、仲間だと思っているあなたを決して裏切りはしない。だからお願い」
「ミヨ、そんなんで信用できると思っているのかよ」
「冷静になればわかるはずよ。私達とそこにいる海賊の悪党、どっちを信用するべきか」
「ベファルトのくせによく言うぜ」
ジョン・スミスがつばを吐き捨てる。
「たしかに俺は悪党だったが、お前らも同じじゃねえかよ。さんざん俺達をだましたあげく、裏切って船を木っ端みじん。いったい何人の仲間を失ったと思ってんだ」
「自業自得よ」
ミヨは負けじと言い返す。
「あなたたち宇宙海賊のせいで、いったいどれほどの命が失われたかわかっているの。私達はそんな悪党をカモにする詐欺師ベファルト。悪党をだまし裏切っても、仲間は決して裏切らないわ」
「そいつの言葉を信じるなよ地球人。詐欺師の言う言葉には気をつけないとな。平気で人をだまし、平然と裏切る。それがこいつらベファルト。お前はこいつらにだまされて死んだんだぞ。二度と生き返られない幽体になっちまったんだぜ」
ジョン・スミスの言葉は俺の胸をきつくしめつける。
「ミヨ……。今こいつが言った事は本当なのか? 俺はもう死んでいて、二度と生き返る事はできない。それは絶対嘘だよな。そうだと言ってくれよ」
「安心してシンゴ君。私達はあなたの魂を抜き出しただけ。ちゃんと戻す事だってできるわ。二度と生き返られないなんてそいつの嘘よ。だまされないで」
「本当だなミヨ」
俺はわらにもすがる気持ちで言った。
「本当にその言葉信じていいんだな」
「地球人そんなに簡単にだまされるな」
ジョン・スミスがあきれ顔になる。
「こいつらはお前の大切な人を監禁してたヤツらだぞ。そんなヤツらの言葉にほいほいと信用すんじゃねえよ」
「あんただって学校のみんなを監禁したじゃないか」
ジョン・スミスは肩をすくめた。
「俺はちゃんと人質は解放しただろ。だけどヤツらはいまだに大事そうに抱えている。それはなぜか。お前を意のままに操り、脅すための大切な人質だからさ」
俺は前田ケイに視線を向ける。
「二人とも彼女を放してくれ」
ミヨとユウスケが無言で視線を交わす。
「たのむよ二人とも。前田ケイを解放してくれ。俺を信用させてくれよ」
しばし無言の間が続いた。
「わかったわシンゴ君」
ミヨが前田ケイを離し、ユウスケにその体をあずけた。
「ユウスケ君、ケイちゃんを木の側に座らせてちょうだい」
「わかったよミヨ」
ユウスケは前田ケイを羽交い締めするような形で引きづり、木の側へ連れて行くと、木にもたれかけさせるようにして座らせた。そして前田ケイの両手を縛っていた縄をほどく。
「これでいいかしらシンゴ君」
ミヨが眼鏡をくいっと持ち上げる。
「これで私達の事を信用してくれる?」
「ミヨ、ありがとう」
俺は感謝の念に突き動かされ、二人のもとへ歩き出す。
「止まれ地球人!」
そう言ってジョン・スミスが、トレンチコートの中から銃を取り出して構えた。




