第四幕 第五場
俺は警戒しつつ舞台を下りると、人質のところへと向かった。
「ケイ! 前田ケイはいるか!」
人質達に何の反応もない。
「そうかしまった。こっちの声は聞こえないんだった」
俺が舞台に目を向けると、ジョン・スミスが早くしろと言わんばかりに手で催促する。
「あいつには俺の声が聞こえている。眼鏡みたいな特殊なものを使っているのか」
俺は視線を人質へと戻す。
「いまはそんな疑問よりも、彼女の確認が第一だ」
人質の中に前田ケイの姿を求めてひとりひとり確認するも、その姿はどこにも見当たらない。あの特徴的な腰の辺りまで伸びた長い髪をもつ女子はいない。せいぜい肩甲骨あたりがいいところだった。
俺は急いで舞台へと戻ると怒鳴った。
「彼女をどこへ隠した!」
「隠しちゃいねえし、だいたい最初っから知らねえって言ってるじゃねえか」
「だまされねえぞ。彼女を返せ」
「おそらくお前を利用するために、ベファルトのヤツらがさらったってオチだろうよ」
「あいつらがそんなことするはずない」
「いい加減ヤツらにだまされている事に気づこうぜ、お人好しの地球人」
「俺は絶対にだまされてなんかいない」
俺はそう言うと、あらん限りの力を持って声を張り上げる。
「俺は死んでもあいつらを信じる!」
その言葉を聞いた瞬間、ジョン・スミスは吹き出して笑い始めた。
その笑い声に俺は不快感を覚えた。
「何がおかしい!」
「だってお前、死んでいるじゃないか」
「……えっ?」
俺の頭は一瞬で真っ白になる。
「死んでいる?」
「だってそうだろ俺も」
ジョン・スミスは自分を指差すと、次いで俺を指差した。
「お前も同じ幽体となっているじゃないか」
にわかに恐怖が込み上げてきた。
「そ、そんなはずはない。俺は透明人間なんだ」
「どこの世界に物体をすり抜ける透明人間がいるんだ」
俺は親指で自分を指差す。「ここにいるじゃないか」
「だからお前は透明人間じゃなくて、幽体なんだよ。おわかりかい地球人」
己のうちにうずまく恐怖がどんどんと進行し、息苦しさを感じる。のどが締め付けられているかのようだ。俺が透明人間ではない。しかも死んでいる? 幽体?
「……だ、だまされないぞ」
俺は弱々しい声で言った。
「嘘に決まってる」
「冷静に考えろ地球人」
ジョン・スミスは諭すような口調だ。
「お前が透けて見えないだけなら、確かに透明人間だ。だがお前の体は物体をすり抜けるし、その声は生身の人間には届かない。これは幽体、つまり幽霊の特徴だろうがよ」
俺は言葉を失った。反論出来ない。
「俺達幽体同士なら、見る事もしゃべる事も触れる事もできる。だが人間に取り憑いている間は生身と一緒だ」
そう言うと眼鏡を指差す。
「こうして特殊な眼鏡を掛け」
そこで耳の穴から補聴器のようなものを取り出す。
「このような特殊な機器がないとコミュニケーションはとれない」
言い終えると再び耳の中に補聴器を入れ、微笑む。
「これでわかっただろ地球人」
俺は頭を抱えてうなだれる。
「こんなことって……」
「つらいよな地球人。だまされたって気づいた時が特にな」
「……まだ、だまされたと決まったわけじゃない」
「おいおい、この期に及んでまだそんなことを言うのか。お前は自分の肉体から魂を取り出されて殺されたんだぞ。自分の体には二度と戻れないんだぜ」
その言葉は俺の胸をするどく貫いた。
「戻れない?」
「だってそうだろ。死んだヤツが生き返るわけないだろ」
俺は顔を青ざめさせる。
「……生き返れない。そんな馬鹿な」
「でも悲嘆する事ないぜ地球人。俺達は永遠に生きながらえる存在になったんだ。生身の体が恋しくなったら、誰かに取り憑けばいい。しかもその体が朽ち果てようが、魂は不滅。だから俺はベファルトどもの非道な爆破から無事だった」
「そんな……そんなの嫌だ」
俺はがたがたと体を震えさせた。
「そんなの嘘に決まってる。あんたが俺をだますためについた嘘だ」
「頼むからいい加減にしてくれよ地球人」
ジョン・スミスはうんざりといった様子でため息をついた。
「嘘をついているのは俺じゃなく、ベファルトの連中だ。あいつらはお前をだまし裏切った。この事実を受け入れようぜ」
「あいつらが俺を……裏切るはずない」
俺は二人との別れの時を思い出していた。白一色のルービックキューブのような部屋の扉の前に俺が立ち、二人が激励の言葉を投げる。あの時の二人の言葉が嘘だったとは信じられない。信じたくもない。
「……あれ?」
俺はその時の場面に違和感を感じた。
「何かがおかしい」
二人との別れの場面に何かおかしな事がある。それはいったい何だ?
「あっ!」
違和感の正体に気づき、俺は大声を上げた。
「あいつらマイクを通さずに俺の声を聞いているじゃねえか! ……あいつら、俺を、だましていた」
ジョン・スミスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
体の力がどっとぬけて、俺は膝を床につけた。
「……どうしてだよ。どうしてだましたんだよ」
あいつらは俺をだましていた。最初っから俺の声が聞こえていた。おそらくこの男が耳につけていた補聴器みたいものを使用していたんだ。
もしかするとユウスケは、最初っからこちらの姿が見えていた可能せいもある。思い出してみろ、別れの時を。眼鏡をかけていないあいつは俺と笑みを交わして、拳を叩き合わせた。こちらが見えてなければ不可能な事だ。
だんだんと頭が冴えてきた。よくよく考えてみると、姿が見えない幽体がいる部屋に、視認出来ない状態でのこのことやってくるか普通?
いや、ありえない!
眼鏡はないにしろ、それにかわるなにか。そう、コンタクトレンズみたいなものを使用していたに違いない。
「ちくしょう!」
俺は拳を床に叩き付けた。
「あいつらよくも俺を裏切ったな!」
「ようやく理解したようだな」
ジョン・スミスが俺の元に歩み寄る。
「これでわかっただろ。あいつらベファルトが詐欺師だってことを。そしてお前を巧みに利用して、俺達を消し去ろうとした。自分の手は汚さずにな。とんだ大悪党だぜ」
虚ろな瞳で俺はジョン・スミスを見上げる。
「……俺はどうすればいいんだ?」
「俺をベファルトのところへ案内しな。一緒に復讐しようじゃないか地球人。お前は十三人目の怒れる狩人だ」
俺は躊躇する。
「でも、だまされたとはいえ俺は友達を売るようなマネは——」
「わかっていないようだな地球人。本当に友達だったら殺さないだろ。それに今、お前が一番しなければならないことはなんだ?」
「……みんなを助ける?」
「違うだろ」
ジョン・スミスは鼻先で人差し指を振った。
「お前がしなければならないのは、あいつらにさらわれた前田ケイとかいう人間を助け出す事だろ」
その言葉で俺は我に返った。
「そうだ。彼女を助けなくちゃ」
「そうこなくっちゃ」
「悪いがあんたとはいかない」
「それはないぜ」
ジョン・スミスはさも悲しそうに言った。
「俺達仲間じゃないか」
「みんなを人質に取るようなヤツを信用出来るか」
「わかったよ地球人。誠意を見せようじゃないか」
ジョン・スミスはトレンチコートの中からナイフを取り出した。
それを見た俺はすぐさま後ろに飛び退く。
「安心しな。捨てるだけだ」そう言ってナイフを後ろへと放り投げた。
「なぜだ?」突飛な行動に俺は戸惑う。
「これで俺はお前に危害を加える事は出来ない。そしてお前は俺をいとも簡単にこの肉体からはぎ取り、消し去る事ができる」
「どうしてそんなことを?」
「信用してもらうためさ」
そう言うと舞台を下りて入り口へと歩いて行く。
「人質も解放しようじゃないか」
「おい、ちょっと待てよ」
俺はジョン・スミスのあとを追った。
ジョン・スミスは体育館の入り口のドアを開けて外へと出た。それと同時に上空からヘリコプターのライトが降り注ぐ。
「撃タナイデクダサイ!」
ジョン・スミスは両手を上げ、たどたどしい日本語で叫んだ。あたかも取り憑かれる前の英語教師ジョン・スミスかのように。
「私ハテロリストデハ、アリマセン。コノ学校ノ教師デス。テロリスト達ハ、ナゼカキュウニ、皆倒レテシマイマシタ。今ノウチニ、人質ノミナサンヲ、助ケテアゲテクダサイ」
ジョン・スミスは同じ内容を英語で繰り返した。すると物陰から特殊部隊が姿を現し、急いでジョン・スミスの脇を通り抜けて、体育館へと突入する。
ジョン・スミスはスポットライトから闇へ身を隠すと、俺に振り返る。
「これで人質は解放された。さあ、俺を連れて行ってくれ」
「で、でも……」
「前田ケイとかいう人間を助けるんだろ。それも二人の宇宙人相手に。お前一人で何が出来るって言うんだ地球人」
俺は歯ぎしりする。くやしいがたしかにそうだ。俺は何も知らない地球人。そして相手は言葉巧みに俺をだました宇宙人二人。太刀打ち出来るはずがない。
「いまは余計な事を考えるな」
ジョン・スミスの説得が続く。
「一番重要なのは前田ケイを助け出す事。そのためには俺の力が必要だという事だ。わかるな地球人」
俺は沈黙を続けた。
「ぐずぐずしている暇はないぞ。もうじき警官隊も駆けつけてここは混乱する。そうなれば異変に気づいたヤツらが逃げ出すかもしれない。いや、お前を送り込んですぐに逃げ出している可能性すらある。だから急ごう。追うなら早い方がいい」
俺は目をつむり黙考する。俺がすべきことは前田ケイを助け出す事。いまはそれだけに集中すればいい。
「わかった」
俺は腹を決めて目を開けた。
「案内する」
「そうこなくっちゃ地球人。よろしくな」
俺はジョン・スミスを引き連れて歩き出す。校舎の裏庭を目指して。




