第四幕 第四場
俺が警戒しながら舞台へと上がると、大柄な男はかぶっていたフードを外した。
「あ、あなたは!」
大柄な男の正体を見て度肝を抜かれた。金髪の短い髪に青い瞳。それは見間違える事などないアメリカ人で、この学校の英語教師だ。
「ジョン・スミス先生」
「イエス。そうですよ」
ジョン・スミスは俺に微笑む。
「俺のことをそう呼ぶとは、お前はこの学校の生徒のようだな。ベファルトのヤツらめこそくなマネを」
その言葉を聞いて俺はようやく我に帰る。
「……いや、違う。あなたはジョン・スミス先生じゃない。先生に取り憑いたメチャワル星人だ」
「正解で〜す」
ジョン・スミスはいたずらっぽくウインクする。
「それにしてもメチャワル星人とは、ベファルトのヤツらのネーミングセンスは相変わらずひどいな」
「そんなことはどうでもいい」
俺はジョン・スミスをにらみつける。
「先生の体からとっとと出て行け。そして二度と地球に来るんじゃないメチャワル星人!」
「そいつは出来ない相談だな。俺は、俺達はベファルトを追っかけてこのへんぴな星までやってきたんだ。ここまできて今さらのこのこと帰れるかよ」
予想はしていたが、やっぱり引き下がってはくれない。どうする? ここはもう、戦うしかないのか?
「あと俺達の事をメチャワル星人だなんて、ダサイ名前で呼ぶのは止めてくれ。呼ぶんなら十二人の怒れる狩人と呼んでくれ」
「……十二人の怒れる狩人?」
「そうさ。十二人の怒れる狩人なんだよ俺達は」
「どういう意味だそれは?」
「なあに、簡単なことさ。同じ目的を持つ十二人が集い復讐を誓ったのさ」
ジョン・スミスはそこで言葉を切ると、フロアで倒れている抜け殻となった仲間達に視線を向ける。消えてしまった仲間達を思っているのか、その表情は少しばかり悲しげに見えた。
「けれど今ではこのざまだよ、まったく」
ジョン・スミスはそう言って、視線を俺に戻すと怒りの形相になった。
「貴様のせいでな!」
ぞっとする悪寒に襲われ、俺は身構えた。
「今さらあやまっても許さないぜ」ジョン・スミスが俺を鋭くにらみつける。
射すくめられた俺は思わず後ずさる。
それを見てジョン・スミスが苦笑した。
「おいおいビビってんじゃねえよ」
俺は逃げ出したい気持ちを押しとどめ足を止める。
「ビ、ビビってねえよ」精一杯の虚勢だった。
「そいつはよかった」
「……よかった?」俺は眉をひそめる。「どういう意味だ?」
「聞きたいか。だったら教えてやるよ」
ジョン・スミスはトレンチコートの内側に手を突っ込む。
「いいもの見せてやるよ」
にやりと笑いながら手を取り出すと、その手にはプラスチックで出来たようなオモチャのナイフが握られていた。
「こいつでビビらせたかったんだよ地球人」
言い終えると、ナイフの刃を自分の舌でなめだす。
俺はジョン・スミスが握っているナイフを凝視する。それには見覚えがあった。ミヨがスカートの中に隠し持っていたナイフにそっくりだ。
……という事は、まさかあのナイフはトテモスケナイ!
トテモスケールという物質になった、何でもすり抜けてしまう俺の体さえ切り裂く事の出来る恐ろしい武器だ。
「……ま、まじかよ」俺はうろたえてしまう。
ジョン・スミスは笑い声をあげた。
「どうやらその反応から察するに、このナイフがどういうものか知っているようだな」
「……どうりで余裕があるわけだ」
事態は最悪だ。どうする逃げるか?
俺は人質達を一瞥する。
いや、それはできない。ここで俺が逃げ出したらみんなが、前田ケイが犠牲になってしまう。それに俺はミヨと約束したんだ。ここで逃げ出したら男がすたる。
「……やってやる」
俺はそこで一呼吸いれると叫ぶ。
「やってやるさ!」
「ほう、おもしろい」
ジョン・スミスはナイフを構えた。
「かかってこいよ」
俺はボクサーのように腕を構えると、ジョン・スミスを見据える。ジョン・スミスは右手に握ったナイフをフェンシングをするかのように前に突き出して、油断なくこちらの様子を観察している。
隙がない。さてどうするかな。このまま、まともにいけばあのナイフで殺られてしまう。運が良くても重傷だ。あのナイフさえなければ、イチコロなのに。どうにかして隙を作り、あのナイフを取り上げなければ。
「よおメチャワルさんよ」
俺は相手の気をそらすべく話しかける。
「お前は悪党の宇宙海賊だってな」
ジョン・スミスは鼻を鳴らした。
「ふん、元宇宙海賊だ。こんちくしょー」
元宇宙海賊だと?
「なんだ海賊やめちまったのか?」
「うるせえ! いまいましいベファルトの犬が!」
「おいおい、そんなに怒るなよメチャワルさんよ」俺は挑発を続ける。
「今思い出しただけでも、はらわたが煮えくり返るぜ。あいつらだけは絶対に八つ裂きにしてやる。そのために俺達はわざわざ地球に来たんだからな」
なにかがおかしい、と俺は思った。ミヨ達から聞いていた話とは食い違うぞ。
「特別視されチヤホヤされている俺達地球人が憎くて、あんたらはこの星にやってきたんじゃないのか?」
「地球人がチヤホヤされているだと?」
ジョン・スミスが怪訝な表情を見せた。
「何を言っているんだ貴様は。こんなへんぴな星の人間どもに誰も興味はねえよ」
「えっ? だったらなんでお前達はこの地球にやってきた?」
「ベファルトのヤツらに復讐するためだ。二度も言わすなボケ」
「……復讐のために?」
「ああ、そうだ。だからヤツらが潜伏しているこの学校を乗っ取り、ヤツらをあぶり出そうとしたら、現れたのが地球人の貴様だ」
ジョン・スミスはそこで意味ありげに口元を歪ませた。
「でもまあ、卑怯者のベファルトの考えそうな事だ」
「卑怯者だと?」
「そうさ。ヤツらベファルトは卑怯者のくそったれだ」
ミヨやユウスケを卑怯者呼ばわりされ、俺は怒りを覚えた。
「どうしてベファルト星人が卑怯者になるんだよ!」
「ベファルト……星人?」
ジョン・スミスは困惑顔で間を置く。
「ベファルト星人? ベファルト星人?」
そこで首を傾げる。
「何を言っているんだお前は?」
「どうしてミヨ達ベファルト星人が、卑怯者呼ばわりされなきゃならないんだ」
ジョン・スミスはナイフの構えを解くと、左手で顎をなでさすりながら思案気な表情を見せた。
「おい地球人、お前さっきから話があわねえぞ。何を言っているんだ?」
「それはこっちのセリフだ。さっきからあんたの話はおかしなことばっかだ」
「おかしいのはお前の方だ。ベファルト星人だとかぬかしやがって」
「ベファルト星人のどこがおかしい?」
「ベファルト星人なんて存在しない」
「へっ?」
俺は惚けた声をあげた。
「いやいや、あんただってさっきからベファルト星人って言っていたじゃないか」
「俺はベファルトととは言ったが、ベファルト星人とは一言も言ってねえぞ」
俺は眉根にシワを寄せた。いま思い返してみれば、メチャワル星人たちはみなベファルトととしか言ってなかった。誰もベファルト星人とは言っていない。これはどういうことだ?
「なあ地球人。ベファルトっていうのは宇宙共通語で詐欺師って意味だぞ」
「そんなばかな!」俺は声を荒らげる。「嘘に決まってる。だってミヨ達は自分達のことをベファルト星人だと——」
ジョン・スミスの笑い声が俺の言葉を遮る。
「そうか、そういうことか。お前はだまされたんだよヤツらに」
「だまされた?」
「そうさ。ヤツらベファルトは人をだますことにたけている。お前はヤツらに嘘を吹き込まれて利用されているんだよ」
俺の脳裏にミヨとユウスケの顔が過る。
「嘘だ。そんなことあるはずない。そんなことあってたまるか」
ジョン・スミスは含み笑いをしている。
「地球人、わかるぜその気持ち。俺もあいつらにだまされてひどい目にあったからよ」
俺は疑惑の目でジョン・スミスを見据える。ミヨやユウスケが俺をだましているはずがない。こいつは俺を混乱させるために嘘をついているに違いない。俺が話しかけて油断させようとしたように、こいつも俺と同じ事をしている。
「なあ聞いてくれ、俺達はみな元々結構名の知れた宇宙海賊連合だったんだよ」
ジョン・スミスは話を続けた。
「ある日ヤツらがうまいもうけ話があると言って、俺達に接触しきた。そしてまんまとだまされて海賊同士で仲間割れをさせられたあげく、ヤツらは隙をついてお宝を盗んで次々と船を爆発させた。おかげで何千といた海賊連合の仲間達の生き残りは、俺を含めてたったの十二人。だから俺達は海賊をやめて復讐者となった。ベファルトを狩るもの、十二人の怒れる狩人としてな」
「そいつはとんだ災難だったな。もしそれが本当の話だったらな」
「おいおい地球人」
ジョン・スミスは嘆かわしいといった様子で首を横に振った。
「俺の話を信じてくれよ。同じだまされたもの同士じゃないか」
「一緒にするんじゃねえ! 俺はだまされてなんかいないし、たとえだまされていたとしても、俺達の学校を占拠し、みんなを人質に取るようなヤツは敵だ。俺はお前を倒してみんなを、前田ケイを助け出す。それがミヨとの約束だからな」
「……前田ケイ?」
ジョン・スミスがわざとらしく肩をすくめる。
「誰だよそれ?」
「とぼけるんじゃねえぞメチャワル星人」
俺は人質達を指差す。
「お前達が捕まえた人間の中に彼女がいるんだよ。俺の大切な人、前田ケイがな」
「そいつはおかしいぜ。この中に前田ケイなんて人間はいねえぞ」
「嘘だな」
「嘘じゃねえって。俺達は人質を捕まえたとき、ひとりひとり名前を吐かせた。その情報をもとに脅しをかけたからな。もし嘘だと思うんだったら、確かめてきな」
ジョン・スミスはそう言うと顎で人質たちを指し示す。
俺は人質を一瞥する。この中に前田ケイがいないだと。絶対これは罠だ。
「確かめさせるフリして、後ろから刺すに決まっている」
「安心しろ地球人」
ジョン・スミスはナイフをトレンチコートの中にしまう。
「油断させといて後ろから刺すなんて卑怯なマネ、ベファルトじゃあるまいし、そんなこと俺はしない。さあ確かめてこいよ」




