第三幕 第一場
「シンゴ」
眼鏡を掛けた山中ユウスケが言った。
「君が協力してくれないと言うのなら、彼女は死ぬ事になるよ。それでもいいのかい?」
「なん……だと!」
俺はあまりにも非道なこの仕打ちに、それを何の抵抗もなく言ってのける友人に対して、激しい憎悪の念を抱かずにはいられなかった。
「どういうことだそれは」
「言葉通りの意味だよシンゴ。君が協力しないというのなら前田ケイは死ぬ。ただそれだけのことだよ。簡単だろ」
「ふぜけるなよ……ユウスケ」
怒りの炎が燃え上がり、俺は握った拳を硬くさせる。
「ふざけてなんかいないさ。本当の事を言ったまでだ。彼女の命がおしく——」
「ユウスケ!」
いつのまにか俺は自分でも気がつかないうちに立ち上がり、そして握りしめた右拳をユウスケの顔面へと向かって放つ。
「くそったれ!」
放たれた拳の先端がユウスケの顔面に触れ、そしてすり抜ける事なくその顔にめり込んでいく。ユウスケは殴られた勢いで、そのままのけぞるようにして床へと叩き付けられた。
「ユウスケ君!」
半裸の委員長が倒れたユウスケのもとへと膝立ちでかがみ込む。
「彼女を人質にとって脅すのかよお前らは!」
俺は憤怒の表情で二人を見下ろした。
「それが人間のやることかよ! くそったれ!」
ユウスケがくすくすと笑い出す。
「面白いことを言うねシンゴは」
「何だとコラ!」
「僕が人間であるはずがないだろ」
ユウスケはそう言うとゆっくりと上体を起こし、鼻から流れ出た血を……血らしき紫色の液体を拭った。
「こんなにも感情的になるとは、やっぱり人間っておもしろいね」
そう言いながら、ずれた眼鏡を掛け直す。
「ユ……ユウスケ。お、お前、それは?」
俺はユウスケから流れ出る紫色の鼻血を見て、一瞬で血の気が引いてしまった。怒りの炎はすぐさま消え去り、新たに現れたものは未知なるものに対しての恐怖だった。
「残念だけどシンゴ、僕は人間じゃない。この通り血だって赤くない」
ユウスケはそこで長々と間を置いた。まるで俺の心の準備を待つかのように。
「僕は宇宙人なんだよ」
「ウ、ウチュウジン?」
理解が追いつかなかった。目の前にいる友人だと思っていたクラスメイトは宇宙人。そんな馬鹿げた事、普通なら信じない。だが透明人間となってしまったいまなら信じられる。現代科学では到底あり得ない透明人間なんてオーバーテクノロジー技術、それが宇宙人によるものだとすればすんなりと納得出来てしまう。
俺は宇宙人によって透明人間にされ、このおかしな部屋にいるんだ!
「わかってくれたかいシンゴ」
ユウスケが眼鏡越しに黒い瞳で見つめてくる。
射すくめられた俺は小さな悲鳴を漏らし、もたつく足で二歩三歩後ろに下がり、そして尻餅をつくようにして倒れてしまった。
「おいおい大丈夫かい」
先ほどとは逆にユウスケが倒れた俺を見下ろす。その表情はにっこりと笑っており、それがとても不気味に思えてしょうがない。
「わ、悪かったユウスケ!」
俺は必死に命乞いをする。
「何でも言う事を聞くから殺さないでくれ!」
「シンゴ、マイクから遠いよ。しゃべるならもっとマイクに近寄ってくれないとね」
俺はすぐさまマイクの前で土下座する。
「俺が悪かったです。殴ってすみませんでした。なんでもしますので許してください。どうか命だけはお助けを!」
目の前にいる人物が人間ではなく宇宙人だとわかったいま、ヤツは俺のことなんてモルモット同然に考えているに違いない。だとしたら機嫌を損ねてしまえば、簡単に殺されてしまうかもしれない。死ぬのは嫌だ!
「なんでもするって本当かい?」
ユウスケが問いかけてくる。
「はい。何でもします」
俺は頭を下げたままそう言った。恐れ多くて顔をあげるなんて、そんな大それた事が出来るはずもなかった。
「だったらシンゴ、まず顔をあげてよ」
「顔をあげてもよろしいのですか?」
「もちろんだよ。ちゃんとお互い顔を見ながら話をしようじゃないか」
俺がおそるおそる顔をあげると、そこには先ほどと変わらずに、にっこり笑い続けるユウスケの姿があった。その表情から何を考えているのかわからない。そもそも宇宙人が何を考えているかなんて、地球人の俺にわかるはずもない。
「シンゴ」
「はっ、はい!」俺は声を裏返して返事をする。
「まず勘違いをやめてくれないかな」
「か、勘違いですか?」
「うん、そうだよ」
「それはいったい……何の事でしょうか?」
「君は僕の事を悪いヤツだと思っているでだろ?」
「め、滅相もございません。わたくしめはそのようなこと毛ほども思っておりません」
俺の言葉を聞いて委員長が笑い声を漏らす。
俺は委員長に顔を向ける。
「委員長様も宇宙人様なのでしょうか?」
「ええそうよ、シンゴ君」
委員長は怪しげに微笑む。
「だとしたら私もあなたにとって悪いヤツなのかしら」
「いえいえとんでもございません。わたくしにとってお二人は——」
「ストップ!」ユウスケが大声で俺を制止する。「シンゴ、いつものように普通にしゃべってくれよ」
俺は逡巡する。「……いいのですか?」
「当たり前だろ。友達なんだからさ」
「とも……だち」
俺はその言葉に驚きを隠せなかった。宇宙人は俺のことを友達と言ってくれている。どうしてだ?
「あと勘違いしているみたいだから言っておくけど」
ユウスケは縛られた前田ケイの写真を俺に見せる。
「彼女を拉致監禁したのは僕らじゃないからね」
「へっ?」
「シンゴ君」委員長が言った。「私達がクラスメイトに対して、そんなひどい事をすると思ってたの?」
俺はゆっくりとうなずく。
「……だって俺の事を人体実験してるじゃないか」
「それはあなたの同意があってのことでしょ。まだきちんと思い出してくれてなかったのね」
「何がどうなっている?」
混乱する俺は二人を交互に見る。
「お前達の目的はなんだ?」
「それはもう話しただろ」ユウスケが言った。「シンゴには究極の透明人間になってもらって世界を救って欲しいんだ」
「ヤツらの魔の手から、この地球を守ってシンゴ君」委員長が言った。「ヤツらはいまこの学校を占拠しているの。そこにはケイちゃんも捕まっているわ」
俺の頭の中はもはや飽和状態で、これ以上の疑問は処理しきれない。
「……すまん。いろいろありすぎて、もう何がなんだかわからん」
「それもそうね。混乱するのもしかたがないわ。こうなってしまった以上、あなたには一から全部説明してあげる。ただし、このことは秘密にしておいてね」
委員長はそう言うとユウスケに顔を向ける。
「ユウスケ君お願い」
「わかったよミヨ」
ユウスケは置いてあったリュックサックからノートパソコンらしき物を取り出りだすと、それを百八十度開いて床に置いた。すると驚くべき事に開いたノートパソコンらしき物の両端から光が空中へと照射され、それがあたかもホログラムのように映像を作り出す。まるでSF映画のワンシーンのようだ。だがこれは映画などの虚構ではなく、いま実際に目の前で起きている現実だという事実が俺を高揚させる。
「す、すごい」あまりのすごさに俺は口を大きく開ける。




