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第二幕 第五場

「二人とも、どういうことだよこれは?」

 俺は委員長である松本ミヨと山中ユウスケをにらみつける。


「な、なんでもないよシンゴ」

 ユウスケが強張った笑みを作っている。

「それよりもさ、彼女のどこらへんにひかれたのか教えてよ」


「ふざけるな。質問に答えろよ」


「し、質問って?」


「どうして俺が、前田ケイのことを好きだって知っている? 答えろ!」


「ええっと、それは、その……」ユウスケは言葉を濁した。


「今すぐ答えろ!」


「あっ、そうだシンゴ君」

 委員長がわざとらしく明るい口調で割って入る。

「そんなにケイちゃんの事が好きだったら、これ欲しいんじゃない」

 そう言うと、ブレザーの内ポケットから、なにやらハガキのようなものを数枚取り出した。


「なんだよそれは?」


「写真よ」委員長は写真をまじまじと見つめる。「ポラロイド」


 委員長が手にしている写真は、俺からは裏側しか見えない。

「何の写真だ?」


「もちろん決まっているじゃない」委員長は写真から目を上げる。「ケイちゃんの写真よ」


 こいつらやっぱり……。

「委員長。そんなもん用意しているってことは、俺が前田ケイの事が好きだって事前に知っていた証拠だよな」


「やだわシンゴ君。誤解よ、たまたまブレザーの内ポケットに、ケイちゃんのあられもない写真が入っていただけなんだからね」


「そんな偶然あってたまるか。都合良く前田ケイのあられもない写真が……え?」俺は自分の口にした言葉でようやく気づく。「あられもない写真……だと?」


「あーら食いついちゃった。やっぱり男の子だね。そうよ、この写真にはケイちゃんのあられもない姿が映っちゃってるんだからね」

 委員長はそこで写真を一瞥する。

「特別に見せてあげようか」


 一瞬で卑猥な妄想が広がるも、すぐさま打ち消した。

「どうせ偽物だろう。そんな写真があるはずがない。お前達はさっきから俺をだましてばっかだ。もうだまされないぞ」


「だますつもりなんてないわよ」


「ふん、どうだか」


「先月、私達二年生は修学旅行だったじゃない」


「急になんの話だ?」


「私とケイちゃん同じ班だったんだよね」


「それがどうした。いったい何が言いたいんだ委員長は?」


「私ね、ポラロイドカメラを持っていったんだよね」


「ずいぶんとレトロな品物を使うんだな」


「だってその場ですぐに写真になるっておもしろいでしょう。だから私はりきって、いっぱい写真を撮ったの」


 委員長が言わんとする事が、なんとなくわかってきた。

「その写真は修学旅行の時に撮ったものだといいたいのか」


「ご名答」委員長は写真を横に振る。「私とケイちゃんは仲良しで、修学旅行中はずっと一緒に行動していたの。いろんな観光名所で写真を撮ったわ。もちろん海で泳いだ時の水着の写真もバッチリ写したわ」


「何だって!」思わず大声になる。


「それだけじゃないわ。ケイちゃんてね、眠る時の格好がネグリジェなのよ。しかも結構スケスケのやつ。修学旅行っていったら普通ジャージでしょ。それなのにだいたんよね、あの子。ケイちゃんって、そういう天然なところもおもしろいわよね。もちろんそのセクシーな下着姿も、ケイちゃんが寝ている間に撮らせてもらったわ」


「な、な、な、何だって!」

 俺の脳裏にあられもない妄想が広がる。


「他にもいろんな写真を撮ったわ。あっでも、さすがにお風呂場にポラロイドカメラを持ち込んだときは、真っ先にケイちゃんに怒られちゃったな。そのせいでその時は、ケイちゃんの写真はたった一枚しか写せなかったわ」


「なに!」

 俺の右手が汚れた欲望に従い、委員長が手にしている写真へと向かって一直線に動き出す。

「待て! 落ち着くんだ!」理性という名の左手がそれを制止する。


「シンゴ君」委員長が勝ち誇った笑みを浮かべる。「この写真欲しい?」


 しばし逡巡してしまう。「……いらない」


「あら、本当にいらないの?」


「どうせ俺をだますための偽物だろ」


「どうして人の善意を悪意として受け取るのかしら?」

 委員長は肩をすくめた。

「シンゴ君がいらないって言うんだったらしかたがない。だったらこの写真捨てちゃお」


 委員長は被写体が見えないよう、写真を裏返しにした状態で床に置いた。

 俺の視線は床に置かれた写真に釘付けとなった。どんなに凝視しても写真は透けて見える事はない。透明人間には透視能力はないらしい。


「拾ってもいいのよ」委員長が眼鏡をくいっと持ち上げる。「その写真は捨てたものだから。むしろ拾ってくれるとうれしいわ」


「どういう意味だ?」俺は委員長に目を向けた。


「訓練の続きよ」


「訓練?」


「あなたが私の胸にさわってくれないというから、しかたがないからそれが代用品」そう言うと委員長は写真を指差す。「人体よりも質量の軽い物質だし、それに私の胸よりも強く欲望を抱いているでしょ。それなら簡単に拾い上げれると思うの」


「そこまでして俺を究極の透明人間にしたいらしいな。いったいどうしてだ?」


「あら、これはあなたのためなのよ? 一刻も早く完璧な透明人間になって、この部屋から出たいでしょ」


 だんだんと腹が立ってきた。どうして俺はこんなヤツらの、馬鹿げた実験に付き合わなければならないんだ。だいたい俺は透明人間になるつもりははなっからない。それなのにこいつらは無理矢理俺をこんなところに連れてきて、半端な透明人間にしやがったんだ。あげくの果ては記憶まで曖昧になる始末。もう付き合ってられん!


「ああ、このわけのわからん部屋からすぐにもで出たいさ。だがそのために究極やら完璧やらといった透明人間になるつもりはない。お前達のくだらんお遊びに付き合うのも疲れた。とっとと元の体に戻せ」


「それはできないわ」委員長はきっぱりと言い切った。


「できないじゃない!」

 俺の怒りが爆発し、握った拳で床を叩き付けた。

「やれと言っているんだ!」


「シンゴ落ち着きなよ」ユウスケが俺をなだめる。


「落ち着いていられるか。こんなわけのわからん実験はもううんざりだ。だいたい俺はこんな実験に付き合うと言った覚えはないぞ」


「それはシンゴが覚えてないだけだよ」


「それも嘘だなユウスケ」


「えっ?」


「俺の記憶が曖昧な事をいい事に、自分達に都合のいい情報を吹き込んで、俺を利用しようって魂胆だろ。お前達は俺を無理矢理連れさらって、透明人間にしたに違いない」


「シンゴ君、私達はそんな非人道的なことはしてないわ。この実験はあなたが望んだ事なのよ」

 委員長の目が涙ぐんでいる。泣き落としのつもりか。


「騙されてたまるか! 透過率が百パーセントで物質を通り抜けてしまう? 地面に立つ事も出来ず地球の核まで落ちてしまう? よくよく考えてみれば、俺がそんな危険な実験体になるはずがないだろうが! あいにくだが俺はそんな自殺願望持ち合わせていない」


「だってあなた、ケイちゃんにふられて死にたいって言っていたじゃない」

 委員長が衝撃の真実を告げた。


「……えっ?」俺は驚きのあまり目を見開いてしまう。


「ちょっとエミ」ユウスケが言った。「それはまずいよ」


「ユウスケ君あなたは黙ってて。もうこうなってしまった以上、これしか方法はないの」


「でも無理矢理記憶を——」


「いいから黙ってて!」委員長は俺に視線を戻した。「これでわかったでしょシンゴ君。あなたは死にたがってたからこの実験に参加した」そこで声の調子をやや落とす。「でもまあ、自暴自棄だったあなたを都合良く利用した事は認めるわ。死ぬくらいなら実験に協力してって言ったのも私だし。だけどね、最終的に透明人間になるって決めたのはあなたの意思なのよ」


「俺が……ふられた?」

 理解が追いつかない。いや、理解したくなかった。

「……いったい誰に?」


「ケイちゃんにふられたのよ」


「ケイ……チャン?」


「前田ケイよ」


 その言葉を俺の胸を穿つ。「……嘘だ」


「本当よ。放課後あなたは手紙で呼び出したケイちゃんに告白してふられたの。そのあと学校の屋上で夕日にたそがれながら、死にたいってつぶやいていたから——」


「嘘だ!」俺は頭を抱えてうなだれる。「俺がふられた! そんなまさか。そんなことがあってたまるか!」


「本当の事よシンゴ君。思い出してごらんなさいよ。あなたの記憶が曖昧なのは、あなたがその記憶を思い出したくないだけよ」


 俺は昨日朝早く下駄箱にラブレターを入れてその後……どうなった? 

「……思い出せない」


「つらいのはわかるけど思い出してシンゴ君」


 シンゴ君。その言葉を聞いた瞬間、脳裏にノイズが走る。

 俺は下駄箱にラブレターを入れた……その後、そわそわしながら放課後まで授業を受けた。そして校舎の裏庭で……。

 さらにノイズが走る。


「シンゴ君」それは前田ケイの声だった。


 そこは学校の校舎の裏庭で、大きな木の下の横には古びた用具入れがあった。放課後という事もあり、こんなところにいるのは俺と彼女だけだ。

 俺は彼女に胸の想いを告げ、そして彼女はこう返事を返した。

「ごめんね——」



 俺は咆哮にも似た叫び声をあげた。その声はマイクを通じて、爪を立てて黒板を引っ掻くような甲高い音となり部屋中に響き渡った。

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