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スキルアーツ【乱れ切り】を発動させて無属性の魔力が流れ込む【十晶石の幻柱】へと連撃を繰り出す。
「こんのっ」
隠れスキル【AMチェンジ】の効果により連撃系のスキルアーツの最後の攻撃は威力が五倍になるので、壊すのには有用な手段だろう。だが最後の一撃が当たるのと同時に、俺の包丁が音を立てて砕け散る。耐久度が0になり、これで俺の武器は全て壊れてしまった。
フライパンの方が耐久度が高かったのだが、当たる面積が包丁よりも大きい分耐久度の損耗が激しかったので先に壊れてしまった。幻柱はそこらのモンスターよりも耐久がある為、持久戦ではこちらが不利だ。
「……ふぅ」
軽く息を吐いて、メニューを開いて料理アイテムを選ぶ。体力が三割切っているのでハニートレンキクッキーを二つ消費して五割付近まで回復させて今度は【蹴舞】を発動させる。
俺の攻撃手段はもう蹴りしか残されていないので、このまま続けていく。何か、この頃武器の大破する確率が高いのでそろそろ【初級殴術】を習得してもいいかもしれない。あるのとないのとでは攻撃手段に違いが出るしな。まぁ、スキルを持っていなくてもダメージに期待しなければ牽制くらいの攻撃は出来るが。
「おらっ」
そんな先の事を考えながら【蹴舞】を放ち終わった俺は地面に着地し【十晶石の幻塊】に目を向ける。
最初の時よりも傷がつき、ひびも割れてきたな。俺以外にも無属性の幻人と戦ったらしく、ダメージを与える速度が上がった事が救いだな。
ただ、どうしてだか【無魔法・攻撃】を使えるプレイヤーがいないそうで、現状俺を含めてこの場にいる五人でどうにかするしかないのは少し辛いな。そのどうにかするも攻撃あるのみなんだが。
「おらぁ!」
ゴダイが大剣を振りかざして何度も切り付けていく。昨夜の跡地にどうやらゴダイもいたらしく、パートナーのカギネズミと共に無の幻人を倒したそうだ。
「ったく、そろそろ壊れてくんねぇかな」
「ちゅー」
大剣で切り付けながら溜息を吐くゴダイの隣りに先端が鍵の形をしている大きな鼠が同じように深く息を吐く。リトシーより一回り小さいこの鼠がゴダイのパートナーのカギネズミだそうだ。どうやら鍵の部分は探知機になっているらしく、罠とかの発見に一役買ってくれるらしい。
今回はこのカギネズミの能力で【十晶石の幻柱】の脆い部分をいくつか発見し、そこを重点的に攻撃している次第だ。
脆い部分は近距離攻撃が届く範囲で二ヶ所。それ以外はカギネズミの範囲外なので分からないが、少しでも破壊する時間を減らす為に二手に分かれて攻め続けている。
俺はゴダイと二人で破壊している。これは別に知り合いだったからと言う訳ではなく、裏表で他の三人と俺で三対一に分かれてゴダイと一緒になっただけだ。
ゴダイだけ裏表をハブられていた理由は重量武器を持っているから。大きく振り回すので少しでも一緒に壊す人を減らした方が大振りをしやすく、スキルアーツも発動しやすくなるという配慮の下、裏表の参加は無かった。
「そうだな」
俺も軽く息を吐きながらまた蹴りを繰り出していく。脆いというのは本当のようで、蹴りを何発か当てるとひびが入る。そのひびは今では薄らとだが全体に行き渡るように広がっている。ただ、亀裂の浅さからまだ壊れる程ではないだろうな。幻柱の厚さが分からないがここまで簡単に壊れる訳はないか。
「ったく、あと時間は十五分しかないってのにな」
ゴダイの呟きに表示されている制限時間を確認する。残りは『00:14:47』で、刻一刻と減っていくな。かれこれ三十分は攻撃し続けてるな。
「焦らずにやってくしかないだろ」
「そうなんだけどな、もう残ってる幻柱はここと土属性の方だけらしいから焦りもするぞ」
ここにいるプレイヤーに何回かボイスチャットが届き、着々と【十晶石の幻柱】を破壊したという報告が来ている。俺にはサクラから水属性の魔力が流れていた幻柱を壊しました、と来た。マップでも八ヶ所のマーカーが消えているのが確認出来た。現在残っている無属性と土属性はダメージを与えられる人が少ないらしく、時間が掛かっている。
また、幻柱を壊して中からセイリー族を解放したが、眼を覚ます気配はないそうだ。幻柱が壊れても他に残っていれば【十晶石の幻塊】と何かしらリンクしているのかもしれない。だから神子は全部の【十晶石の幻塊】を破壊するように頼んだんだろうな。現在は一人一人地面に横たわっていて、フチはサクラが壊しに行った水属性の幻柱の方に閉じ込められていたそうだ。
「おらぁ!」
ゴダイが大剣のスキルアーツ【レイトラル】を発動させてダメージを与えていく。
「っ本当に、何時になったら壊れんだよ!」
スキルアーツを放ち終え、メニューを開いて料理アイテムを使い体力を回復させながらゴダイは声を荒げる。
「知るか」
と言いながら俺もまた【蹴舞】を発動して多めのダメージを与える。これでまたひびが走るが、まだ壊れない。いくらダメージを与えてもあとどれくらいで壊れるのか生命力のようなゲージも表示されず、生物でないから動きが遅くなったとかでの判断が出来ない。
焦らずにと言ったが、先が見えず制限時間が減っていくのを見ると逸る気持ちを抑えられなくもなるか。
「おーい! 土属性の方は今終わったらしいぞー!」
と、別の脆い部分に集中攻撃をしている三人の内の槍使いがそんな事を告げてきた。
「だとさ、同じくらい時間が掛かってる土属性の方も今終わったんだから、こっちもそろそろ終わる筈だ」
「……そう思ってやるしかねぇよな」
最後の最後まで残ってしまったが、やらなければ禁術が発動してしまう。それを阻止する為にも俺達はひたすら攻撃を仕掛けていく。
もうがむしゃらに、少しでも多く当てようと連撃を繰り出していく。
「おらぁ!」
ゴダイが【レイトラル】を発動し、重い一撃を幻柱に喰らわせる。そこから出来た亀裂は灰色に光る珠に届き、珠もひびで二分割にされ、左右にずれる。
珠の光が失われ、更に亀裂が入って蜘蛛の巣状になり砕け散った。それと合図に【十晶石の幻柱】も瓦解し始めた。制限時間の表示も消えたので、これで禁術の発動は阻止出来た筈だ。
「やったな」
「あぁ! でも、これって俺達巻き込まれねぇか⁉」
瓦解し、大きな破片が俺達に降り注いできたので、急いで遠くに退避した。が、別に下敷きになる心配はいらなかったかもしれない。地面に接触する前に幻柱の欠片は空気に溶けるように消えていったからな。ただ、灰色に光っていた珠の欠片だけは地面に激突していた。
無属性の魔力が流れ込んでいた【十晶石の幻柱】が完全に壊れると、中に閉じ込められていたセイリー族が重力を無視してゆっくりと降りてくる。俺達は慌てて駆け寄って、先に降りてきたセイリー族が遅く降りてきたセイリー族の下敷きにならないように運んで行く。
全員が地面に横たわり、きちんと呼吸をしているのを確認してほっと息を吐く。
「これでクエストクリアか?」
槍使いがそんな事を言うが、生憎とクエスト達成の旨を伝えるウィンドウが表示されないし、セイリー族が眼を覚ます気配も全く無い。
つまり、まだクエストは続くのだろう。
「……よくも」
と、灰色の珠の欠片の近くの土が盛り上がり、白と黒のマーブルをしたローブ――鬼神が姿を現した。
「よくも、邪魔してくれたな。礎如きが」
もうノイズ交じりの声ではなく、昨夜の去り際に放った低めの男の声は苛立っており、ローブの奥に隠された眼光が煌めく。
「これで、私が長い年月をかけて準備を整えた禁術が発動出来なくなってしまったぞ」
俺達に順々、顔を向けてくる。肩が震えている事から、相当堪えているようだ。
「お前等の所為で……お前等の所為で……っ!」
まるで呪詛でも吐いてるかのようにおどろおどろしい。訊いているだけで身の毛がよだってくる。あまりの憤慨具合にこの場にいる誰もが口を開く事が出来ないでいる。
このまま怒りで我を忘れそうになっている鬼神との戦闘に入るのか?
「…………ふっ」
と思ったのだが、どう言う訳か鬼神は鼻で笑い、先程までの怒りが嘘であるかのように綺麗に消え去っている。
「まぁ、予想内の事ではあったな」
鬼神は軽く肩を竦めながらそんな事を口にした。
予想内。つまり、俺達プレイヤーが禁術の発動を阻止する為に【十晶石の幻柱】を壊す事を予想していたという事か。ローブは大袈裟に腕を広げながら俺達に語りかける。
「私の姿は既に多くの人間の眼に触れられてしまったのだ。そして、私の邪魔をしてきた者も当然いた。なら、邪魔をされても大丈夫なようにするのが普通ではないか?」
くつくつと笑い、俺達を嘲る鬼神。
「つまり、何が言いたいかと言うとだな。別に【十晶石の幻柱】を用意せずとも、そして贄に魔力が枯渇したセイリー族を選ばずともよいと言う事だ。莫大な魔力が十属性分あり、魔力を持たぬ贄さえいれば、充分だ」
それは、つまり魔法職ではないプレイヤーを指しているのだろうか? 今ここにいる五人は全員魔法を使わない為魔力の数値も精神力の数値も全く伸ばしていない。鬼神の言う贄としてはお誂え向きだろう。
「あぁ、安心しろ。無論お前達の中に魔力を持たぬ者もいるが、今更無力化して贄にするのは手間なのでしない。そうせずとも既に他の贄は用意されている」
だが、どうやらプレイヤーが贄にされるのではないらしい。しかも、既に贄が用意されているそうだ。
「ではな。私は禁術の発動に戻る。こちらも少々時間が掛かるのでな。早急に取り掛からなければ」
ローブは広げていた手を降ろす。それと同時に白と黒のマーブルのローブが土色になっていく。
「禁術を発動し終えた後は……セイリー族全員を血祭りに上げるがな」
物騒な言葉を残して、鬼神の姿はもとの土に戻って崩れて行った。
最終クエストはまだ終わらないようだ。




