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「……うぷっ」

 跡地に着くなり鳥から転げ落ちて酔いを醒ます為に身体を横にしたまま身動きを全くしないように努める。もう鳥は眠さのあまり滑空さえも諦めて真っ逆様に落ちて行ったのだ。途中で持ち直して微妙に振動し、着地に成功した鳥は欠伸をしながら羽ばたいて行った。

 フリーフォールの感覚を味わった俺はもうこの酔いの所為で眠気が遥か彼方へと吹き飛んでしまったのはこれからクエストに参加するので運がいいと言うべきか?

「……オウカ、大丈夫?」

 俺の後頭部を指先で突くプレイヤーがいる。声からして……カエデだろう。悪いがやめて欲しい。酔いが収まるのが遅くなるから。と言うの願いが通じたようで、突くのは一回だけで終わった。

 酔いが醒め、体を起こしてカエデの方に目を向ける。

「よぅ」

「こんばんは」

「取り敢えず、頑張ろう」

「そうね。オウカ達のパーティーはオウカだけ参加なんだ」

「あぁ、【十晶石の幻片】一個かしか持ってないからな。カエデの方もだろ?」

「うん」

 軽く挨拶と会話を交わして辺りを見渡す。昨夜と違い、サモレンジャーの焚火やイフリートの火の球が存在しないので深い闇が広がっている……訳ではない。

 どうしてだか、この跡地だけが昼間と同じくらい明るくなっている。跡地から出た場所は夜に相応しい暗闇にまみれている。この明るさの御蔭で、カエデを視認する事が出来ている。

 流石に真っ暗闇の中で緊急クエストを進めていくのは骨が折れるので、この仕様は感謝する。

 他のプレイヤーもまばらにいる。中にはパートナーモンスター、もしくは召喚獣を連れ添っている者もいるが、俺と同じように連れていないプレイヤーも存在してる。これはやはり深夜帯と言う事でパートナーが熟睡していて起こすのは忍びないと思い、独りで来たのだろうな。

 数は……五十人近くいるな。その全員が【十晶石の幻片】を持っている、と。

 因みに、この【十晶石の幻片】。拾ったプレイヤーのみが使用可能で、譲渡不可能。そして使い切ってもアイテム欄に残って捨てる事が出来ないらしい(フチ談)。捨てられない仕様にしたのはこの緊急クエストに参加出来るような配慮だろう。拾ったプレイヤーだけ使用可能の理由に関しては分からないが。

 また、昨夜……いや、もう三日目に突入しただろうから二日前と言えばいいか? どちらにせよ、サモレンジャーがローブにぶっ放した【オーロラブレイク】の跡が綺麗に無くなっている。そこばかりはゲームなのであの後直ぐに修復されたのだと思う。


『緊急クエスト発生からゲーム内時間で30分が経過しました。

 これより緊急クエスト【十晶石の幻片】を開始します。   』


 と、どうやら酔いを醒ましている間に三十分が経過したようで、緊急クエスト【十晶石の幻片】が開始される。

「うわっ!」

「なんだこれっ⁉」

「ちょっ⁉」

 そこかしこから驚きの声が上がる。

 それもそうだろう。何せ、急に自分達の目の前に【十晶石の幻片】が出現し、そこから光が溢れだしていくのだから。かく言う俺の目の前にも勝手に出現した幻片にびっくりしている。

 その光はプレイヤーによって様々だ。赤い光だけ出ている幻片もあれば、三色、七色とそれぞれの属性に対応している光が内から解き放たれている。俺の【十晶石の幻片】からは十色の光が、カエデのものからは六色の光が漏れ出す。

 その光は跡地の中心へと向かって行き、そこからと色ごとに十本に分かれて跡地と森の境界まで光が走る。それが半球状になるように中心の上空で再び寄り集まる。

 全ての光が集まった中心から、形あるものが降ってくる。それは俺達の目の前にあり、そして神殿に鎮座している十晶石の形そのものだ。ただ、それは時折テレビの砂嵐のように輪郭をぶれさせている。

 これが【十晶石の幻塊】なのだろう。確かに、幻と言う文字がぴったりと合うな。また、【十晶石の幻塊】が出現すると俺達の【十晶石の幻片】が段々と透過していき、ゆっくりと静かに消えて行った。

 ……俺、まだ一回も使ってなかったんだけどな。まぁ、少し勿体ない気もするがいいか。

「……で、この後はどうなるんだ?」

 と、誰かがそんな言葉を口にする。そう、この【十晶石の幻塊】が出現したら、俺達クエストに参加したプレイヤーはどうすればいいのか?

 まさか、これでクエスト達成……って訳じゃないだろうな? わざわざこの場所だけ明るくしてるんだから、何かしら起きるんじゃないか? と言うか起きろよ。折角寝ずに深夜に起きたままここにいるんだからさ。

 そんな俺の心の声が届いた様で、辺り一帯に変化が訪れる。

「なっ⁉」

「きゃっ⁉」

「げっ!」

 ただし、それは俺達プレイヤーにとっては喜ばしくない変化だが。

 簡単に言ってしまえば、俺達は檻に入れられた。【十晶石の幻塊】からこの場にいるプレイヤー全員に向かってそれぞれ色の違う光が飛び交い、それが鳥籠のような檻の形となり、閉じ込められる。俺は灰色の光、カエデは黄緑色の光の檻の中に収められた。

「いやはや、わざわざ集まってくれてありがとう」

 と、【十晶石の幻塊】の真下から声が聞こえたかと思うとそこから土が盛り上がり、人の形へと置き換わる。そしてローブを羽織ったような形になり、黒と白のマーブル模様へと変貌する。

 ローブが完全にその姿を作り終えると、俺達プレイヤー全員を見回すようにその場で首をぐるりと回す。

「こうして、【十晶石の幻片】を持つ者にだけ、夜中に怪しく見えるようにここだけ明るくした甲斐があったという訳か」

 どうやら、クエストの設定としてはクエストに参加したプレイヤーはここの光を不自然に思って集まったとなっているらしい。

「もう一度言おう。集まってくれてありがとう」

 ローブは俺達に深々と頭を下げる。

「……これで、私の願いにまた一歩、近付いた」

 バッと顔を上げると、指を鳴らす。

「「「うわぁぁああああっ‼」」」

「「「きゃぁぁああああっ‼」」」

 瞬間、囚われたプレイヤーから悲鳴が漏れ出す。ローブの合図によって光の檻の輝きが増し、俺達の体を焼き焦がすかのように包み込んでいく。

「君達には、礎になって貰おう」

 ローブの声が段々と遠くなっていく。

「精々、無様に足掻いて、もがいて、力を出し尽くしてくれるとありがたい」

 それを最後に、俺の視界は暗転する。

 が、直ぐに辺りが灰色一色の世界へと移り変わる。正確には、【十晶石の幻塊】が出現した跡地の空間が灰色に置き換わり、俺以外に誰もいなくなったと言えばいいか。

 他のプレイヤーは何処に行ったのか? と辺りを見渡すと、その際に光の檻も消え去ったのを確認出来た。なので、歩いて取り敢えず【十晶石の幻塊】の近くへと向かってみる。

 この【十晶石の幻塊】だけがこの灰色の世界で俺以外に唯一他の色を内包している。相変わらず輪郭がぶれていくその下に来ると、灰色の光が俺に向かって解き放たれる。

「うっ」

 その光にダメージ判定は無く、生温かな光が俺の全身を包み込むと球体となり、俺の眼前へと移動していく。

 光は徐々に形を変えていき、先程の土のように人の姿となる。

 だが、違うのはローブになるのではなく俺の姿へと変貌していく事か。

 色は灰色のままだが、髪の毛、顔、身長、体形、衣服、装備している武器。全てが俺と同じものへと置き換わる。そいつは目を閉じてただ棒立ちとなっている。

「…………サァ」

 突如、口を開くと同時に瞼を開く。その奥に眠る眼球さえも灰色に塗り潰されてしまっている。俺と同じ形をしたそいつはニタァっと気味悪く笑うと腰に佩かれたフライパンと包丁をすらりと抜き放つ。

「……戦オウジャナイカ」

 僅かに腰を落として、俺へと突進してくる。俺は咄嗟にフライパンだけを手に取り、横に跳んで避けながらそいつが横に振り抜いてきた包丁の一撃を受ける。

 着地し、即座に包丁も抜き放って灰色のそいつを睨みつける。

「何ダイ? ソンナ怖イ顔ヲシテ? モット楽シモウジャナイカ」

 そう言いながら、今度はゆっくりと一歩ずつ踏みしめながらこちらに近付いてくる。

 俺はそいつから距離を取るように一気に後退する。

「ツレナイナァ。モウ少シ構ッテクレテモイイジャナイカ」

 そいつは更に口角を引き上げて笑みを歪ませると、静かに、それでいて一気に俺との距離を縮めてくる。俺は咄嗟に包丁で突きを入れる。すると、そいつはフライパンでそれをガードし、俺と同じように包丁を突き刺してくる。それをフライパンで防ぎ、右足でどてっぱらを狙うも同じように腹を狙ってきた右足の蹴りで相殺される。

「ソウソウ、ソウデナクチャネェ」

 そいつはニタッと笑いながら、右足に力を入れて俺を遠くへと飛ばす。俺もほぼ同時に右足に力を入れたので、同じような体勢でで後ろへと飛ばした形となる。

 今の僅かな攻防で、恐らくこいつは俺と同じステータスを有している事が窺えた。包丁をガードされた時、フライパンで防いだ時、押しも引かれず拮抗していた。右足に力を入れた際も壁を蹴っているようにあちらからの衝撃が足を伝ってこなかった。

 ……まさか、自分と相対する日が来るとは思わなかった。流石はVRゲーム。何でもあり、か。

「サァ、ドンドン行クヨ」

 そいつは包丁とフライパンを構えたまま、俺の方へと跳び掛かってくる。



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