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07

「あ、この子魔力と敏捷の数値が高いです」


 俺と向かい合うように座っている桃色髪は、丸い木製のテーブルに肘を掛けてウィンドウを開いている。

 シンセの街へと戻り、ぶらりと歩いていたが、桃色髪が「ちょっとここで休んで行きませんか?」と喫茶店を指差した。オープンカフェ? とでも言えばいいのだろうか、席は店の中だけでなくテラスにまで配置されており、暖かな太陽の下でのんびりと紅茶を啜り、ケーキを頬張る事が出来るようになっていた。


 街に戻ってきたのは気晴らしが目的なので、桃色髪の言葉に従い、店に入り、テラスの席に座った。俺達以外にもプレイヤーが何人かおり、カブトムシみたいなモンスターに蜂蜜? を与えていたり、猿のモンスターとケーキをシェアして一緒に食べていたりしていた。

 NPCのウェイトレスの出してきた品書きを見て、俺はコーヒーと苺のショートケーキを、桃色髪はチーズケーキに紅茶を頼んだ。


 で、待っている間にパートナーのステータスを確認した方がいいのではないか? と言う流れになり現在に至る。

 パートナーのモンスターのステータスは、自分のステータスの下に表示されており、プレイヤーのステータスとほぼ同様の内容だが、属性と信頼度という項目が追加されており、SPとSLの残高はおろか、その項目自体が存在しない。

 リトシーの属性は木属性であった。属性の横に弱点と耐性が記載されており、弱点は炎属性と闇属性。土属性と光属性に耐性を持っている。


 この木属性と、そして見た目からリトシーは植物をモチーフに考案されたモンスターなのだろう。となると、やはりこいつは球根か? それとも子葉が出始めた種……か? まぁ、そこまで深く考えても仕方がないので、この話題は頭の引き出しに仕舞っておこう。また気になった時にでも考えればいい。


 因みに、魚はやはり炎属性であった。恐らく、熱帯魚辺りを連想し、魚と炎を組み合わせたんだろうな、と勝手な解釈をする。それ以外に魚に火を吹かせる理由が見当たらないので。

 信頼度はあの面倒臭い緑髪が言っていた数値であり、これが上がればパートナーはより一層助けてくれるらしい。因みに、リトシーの信頼度は23となっている。これが高いのか低いのかは分からないが。魚の方は桃色髪曰く25だそうだ。


「こいつは耐久と魔法耐久が高いな」


 俺はリトシーのステータスを見て桃色髪に簡略して伝える。こいつは耐久力、魔法耐久力は高いがその代わりに筋力と魔力、そして敏捷の値が低めに設定されている。

 モンスターはSPを割り振るのではなく、レベルアップで自動的に能力が上昇するらしいので、自分好みに設定する事は出来ない。まぁ、モンスターにもSPを与えてしまったら個性が無くなってしまうからな。俺としてはこれでいいと思う。SLもSPと同様の理由で、レベルが上がれば自動で覚えていくそうだ。


 スキルも確認すると【注視】と【初級木魔法・補助】を覚えていた。【注視】は相手のウィークポイントを見極めやすくなると言うもの。こいつが単眼岩の眼ばかりを攻撃していたのはこれの御蔭だろう。【初級木魔法・補助】はそのままの意味で木属性の補助魔法だ。どんなのかは知らない。説明書にも書いて無く、実際に見ていないので。


「で、スキルの他にちゃんと固有技ってのがあるな」


 パートナーに限らず、モンスターはプレイヤーが覚えられないスキルを主持している場合がある。それが固有技とされており、モンスター毎に異なるそうだ。


「リトシーの固有技は【生命の種】か」


 効果は種をぶつけた相手の生命力を回復させると言うもの。精神力の消費をしないで回復する事が出来るが、逆に種に生命力を吸われてしまう可能性がある、と注意書きが為されていた。これはパートナーとの信頼度が高ければ高い程生命力を吸われる種が排出される確率を低減させられるらしい。

 恐らく、俺の生命力を回復させたのはこの【生命の種】だろう。よかったよ、ハズレを引かなくて。運がいいな。別に運の数値はそこまで高く設定してないけどな。おっと、運のステータスはクリティカル補正にだけ働くから関係ないか。


「ファッピーは【炎の舞】と言うのらしいです」


 と、今度は桃色髪が魚の固有技を口にする。何だ、【炎の舞】って。格好いいなおい。効果も気になるな。


「で、どんな効果があるんだ?」

「えっと……自分の周りに炎を漂わせ、それを自在に操る……としか書いてありません」


 何だよ。【生命の種】の説明とは違って、具体的な効果が書かれてないな。いや、もしかしたら自在に操ると言うのが具体的な効果なのかもしれないが。まぁ、炎を自在に操るってのも使い方によっては戦況を変える一手になるしな。と言うか、炎魔法を使う魔法職にとっては喉から手が出る程に羨ましい特性なのかもな。

 因みに、そんなプレイヤーが使えない固有技を持っている二匹はと言うと。


「しー?」

「ふぁー?」

「しーぃー」

「ふぁーぁー」


 俺と桃色髪が座っている椅子にそれぞれ隠れては顔をひょっこりと出し、また隠れると言う動作を互いに連続して行っている。ただそれだけだ。

 何が楽しいのだろうか? やっている二匹は互いに顔を見合わせる度に笑っている……ように見える。片方は口が無いから目が山なりに閉じられたので把握しないといけないし、魚の口の端が上がっているが、これが魚に取っての笑みなのかが分からない。なので笑いとは断定出来ないでいる。まぁ、見てて和むからどうでもいいが。


「可愛いですね」


 ウィンドウを閉じ、二匹を眺めていた桃色髪が微笑ながら俺に同意を求めてくる、いや、同意を求めて来てるのか? ただ感想を述べただけかもしれない。


「…………まぁ、見てて和むな」


 俺も素直な感想を述べる。こいつら二匹のやりとりはあれだ。幼稚園に上がるか上がらないかの年頃の子供がやってそうな行動だ。四歳とかそこらの子供はいないいないばぁとかでよく笑ったりするし。少なくとも近所の子供はそうだ。そう言う無垢な笑顔は毒気が抜かれて、和む。

 …………ん? そうなるとこいつらはやっぱり笑ってるって事になるのか。あぁ、だから和んだのか。納得した。


「お待たせしました」


 と、ここで漸く頼んだ菓子がと飲み物が来た。俺の前にショートケーキとコーヒーが、桃色髪の前にチーズケーキと紅茶が置かれる。


「じゃあ、食うか」

「そうですね」

「「頂きます」」


 互いに手を合わせ、食べる前の一言を口にする。さて、初ゲーム内食事の開始だ。

 フォークでショートケーキの先を取るように押し切る。断面を見てみると、スポンジ生地の間にホイップクリームと小さく切られた苺が挟まっているのがきちんと確認された。また、フォークで押して切る動作によって僅かに偏っている。ここまで再現するかVRよ。

 だが、味の方はどうなのだ? 見た目がリアルでも味が今一ではどうもぱっとしないし、わざわざゲーム内で食べる意味が無くなってしまう。


 と言う訳で、一口食べる。

 …………普通に店で売ってるような味がする。甘過ぎず、かと言ってくどくないホイップクリームに少しすっぱめの苺の風味がシンプルなスポンジ生地に合っていると個人的に思う。

 凄いな、痛覚触覚まで出なく味覚までも再現をする仮想現実。しかも、ここではいくら食べても太らないと言うおまけつきだ。食べて増えるのは体力。減った体力は料理を食べれば回復する。今はもう満タンだからその実感はないが。


「美味しいですね」


 桃色髪もどうようにチーズケーキの切れ端を口に運び、口元を手で隠しながら目を輝かせる。やはり女子はスイーツが好物なのだろう。

 いや、こいつが女子と決まった訳ではないが。今の所性別不詳だ。こう言ったゲームだと別の性別を演じて見たいと言う輩もいる筈だから、ゲーム内で女だからと言っても現実でも女とは限らない。

 当然、その逆もあり得るだろうが。DGの設定で性別を変えればそれが可能であり、顔写真も自分とは違う誰か、もしくはそれを元にしてメイキングすれば性転換の終了だ。


 まぁ、俺はそう言った奴に忌避感は全く抱かないがな。自分がやりたいようにやるのがゲームだ。他人に迷惑を掛けていない限り、そいつが何をやろうと自由だ。それを止めるの事は他人には決して出来ない。これはあくまで持論だが。

 なので、今も――と言うより今後とも桃色髪に性別を訊こうとは思わない。性別がどうこうで何かが変わる訳でも無いのでな。


「そうだな」


 俺も同意して、ショートケーキをもう一切れ口に運ぶ。

 と、桃色髪ももう一切れフォークに乗せたのだが、それを自分の口には持っていかない。代わりに、椅子の後ろに隠れている魚の方へと持っていく。


「はい、ファッピー。あーん」

「ふぁー?」


 魚は首……ではなく体を傾げて不思議そうにしたが、桃色髪とフォークの先に乗せられたチーズケーキを交互に見やり、それが食べ物であると理解して勢いよくパクっと口にする。

 もごもごと口を動かし、呑み込む。


「美味しい?」

「……ふぁー♪」


 桃色髪の問い掛けに魚は笑顔を浮かべながら桃色髪の顔付近まで上昇し、胸鰭と尾鰭をパタパタとせわしなく動かす。どうやらお気に召したらしい。


「よかった。はい、もう一口」

「ふぁー♪」


 桃色髪はもう一度チーズケーキを魚へと食べさせていく。


「………………しー……」


 と、リトシーが俺の足に擦り寄って来て上目遣いで見てくる。


「何だ? お前も食いたいのか?」


 一応、リトシーに訊いてみる。

 でも待てよ。こいつ口ないだろ。一体全体どうやって食べるんだよ? もしかして固形物は全く食べず、植物同様に水を吸収するとか? そうなると根っこは何処だ? 足か? こいつは足で食事? をするのか?

 ……いやいや、流石に色々と再現しているSTOだが、植物モンスターがそこまで植物の生体を真似させるような設定にはしていない筈だ。間違いない。多分。


「しーっ」


 で、こいつは飛び跳ねてる。恐らく肯定なんだろう。自分もケーキを食べたいかと言う問い掛けの。え? マジか?

 まぁ、俺は別にこいつがケーキを食うのに反対している訳でも無いので、普通にケーキを分けてリトシーの方へとフォークを使い運ぶ。

 いや、本当にどうやって食べるんだ? 俺の予想してしまった足から吸収? もしくはそこの二葉の間が勢いよく開いて、クリーチャーもといクリオネと同じように捕食を開始してしまうのだろうか? 可愛い外見でショッキングな食事風景をお楽しみ下さいじゃないんだからさ、VRなんだからそんな殺生な真似はしないだろうと少し願う。


 俺は大丈夫だが……目の前の桃色髪がなぁ……。魚にチーズケーキを分け与え、その様子を微笑ましく眺めていたが、俺も同様にリトシーにケーキを上げる流れになるとこちらに視線を向けて来たのだ。

 単眼岩で恐怖した桃色髪だ。クリオネの食事方法と同じようにケーキを食べ出したら泣くんじゃないか? 気晴らしが気晴らしが無くなってしまう。

 自分のパートナーにそこはかとなく念を送りながらもケーキを向ける俺。多分、人間で言う所の口があるんじゃないかと思われる目と目の間の下へとゆっくり持っていく。頼むよ、そこで食べてくれ。


「しー」


 リトシーは目を喜ばせ、ケーキの丁度真ん前の部分を開けてパクっと一口で行った。

 よかった。普通に食べてくれた。と言うかお前に口あったのか。今まで口開かなかったからないものとばかり思っていた。しかし、あってよかったと心底思う。こいつの口は結構小さい。ピンポン玉よりも小さいな。

 もごもご口を動かしケーキを呑み込むリトシー。


「……しー♪」


 どうやらこいつもケーキをお気に召したようだ。目が幸せそうにとろんと垂れている。


「本当、可愛いですね」


 桃色髪も微笑み、また魚にケーキを食べさせていく。

 三十分くらいかけて、俺達はケーキを食べ終えた。結構ゆっくりと出来たな。因みにコーヒーはリトシーに呑ませなかった。何せブラックコーヒーだったので、ショートケーキで喜んでいたこいつにはちょっときついのではないかと思ったからだ。因みにケーキの上に乗っていた苺はリトシーに上げた。かなり喜んでいた。


「そう言えば、オウカさんは【初級料理】を持っているんですよね?」


 紅茶を口に運んでいた桃色髪が唐突に話題を振ってくる。


「あぁ」

「なら、ケーキも作れるって事ですよね?」

「そうなるな」


 だが、材料も道具も無いので出来ないのが現状だがな。オーブンは無いし、型も無い。卵に小麦粉だって所持していないので作るとしてもずっと先だろう。

 って、もしかして桃色髪が訊いてきたのはあれか? ケーキを好きな時に食べたいから俺に作らせようとしてるのか?

 プレイヤーが作った料理はアイテムとして扱われるので持ち運びが可能だ。しかしNPCの店で食べるものはアイテム扱いにはならず、その場で食べねばならない。なのでここのケーキはテイクアウト不可能だ。


 よく見れば、桃色髪の瞳に期待の色が浮かんでいる。これは、俺の予想は当たっているだろうな。まぁ、パーティー組んでいる間はある程度の頼みは訊くけどさ。


「まぁ、気が向いたらな」

「分かりました。期待してます」


 いや、期待されても困るんだが。俺、そこまで料理上手ではないので。別に下手ではないので食べられるものは作れるだろうが、それでも人様に食べさせられるレベルになるのかが謎だ。

 …………少し、リアルでもゲームでも料理を練習した方がいいのかもしれない。そう思った。

 って、もうどもらなくなったな桃色髪。街に入ってから全然どもらなくなってる。少しは俺に慣れたからだろうか? 多分そうなんだろう。


 さて、飲み物も飲み終わったので、早々に店から出る事にする。商品を頼まないで居座るのは店側に迷惑になるだろうと思ったからだ。桃色髪も了承し、席を立って会計に向かう。


「チーズケーキ一つ、紅茶一つで500ネルになります」


 まず桃色髪が会計を済ませる。とは言っても、財布はこの世界に存在しないので現れたウィンドウで『はい』をタップし、所持金から自動で引かせるだけなのだが。


「苺のショートケーキ一つ、コーヒー一つで500ネルになります」


 次に俺の会計。目の前に現れたウィンドウで『はい』をタップ…………しようとして出来なかった。

 理由は簡単。


『所持金が不足しています。 ※所持金:10ネル』


 払えるだけの金を持っていなかったからだ。



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