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「ありがとうございました」
共に歩くツバキとカエデにアケビは礼を言う。
「いやいや、こっちも子供達と楽しく料理出来たし。と言うか、そもそもリークを保護してくれた礼ってのを兼ねてるから」
「そうそう」
ツバキとカエデが手を横に振りながらそう答える。
「じゃあ、俺達はもう行くわ…………と言うと思ったら大間違いだぞ?」
一旦こちらに背を向けたツバキだったが、直ぐにまた向き直って指を俺達に突き付けてくる。何が大間違いなんだ? この流れからしてもう解散となる筈なのだが? と疑問に頭を悩ませているとツバキが頭を掻きながらこう言ってくる。
「折角だから、もう一つは手伝おうかなと思ってさ」
もう一つというのはクエストの事だろう。ツバキは俺達のクエスト達成をあと一つ手伝おうと言っているのか。
「何でだ?」
「いやだって、このクエストで俺達にも結構な高ポイント入っちまったし、得しかしてないんだよな」
確かに、このクエストは報酬として60ものポイントを貰う事が出来た。緊急クエストを除けばこれだけ貰えるクエストと言うのはそうそうない筈だ。その分の拘束時間はあったが、それでも結構楽しめていたので俺達は気にならない。ツバキ達もそうらしい。
「と言う訳で、オウカが言ってたボボナの実関連の奴でも手伝おうかな、と。カエデ、いいよな?」
「いいよ」
カエデは一つ返事で直ぐに頷いた。俺としては手伝ってくれるのは戦力的な意味で大変に有り難いのだが、その分ツバキ達の自由の時間を拘束してしまっているようで少し罪悪感が湧いてくる。しかし、相手の善意を無碍にするのも悪いし、俺達だけではきついかもしれないというのもあって甘える事にする。
サクラとアケビはどうかと思い問い掛けると二人共も遠慮がちに頷いた。アケビの場合は直接現場にいたので困難さが分かっているからだろう。
「何か、悪いな」
「いやいや、こっちだってきちんと礼したいんだからさ。気にすんなって」
軽く俺の背中を叩くツバキは気さくに笑っている。
「で、そのボボナの実は普通に採取すればいいってだけか?」
「そうなんだが、実はな――」
俺はボボナの実に群がっているイワザルの事をツバキとカエデに話す。
「うへぁ……そんなに群れてんのかよ。それじゃ結構きついだろうな」
「まぁ、ツバキが奮闘すればいいんじゃない?」
「そう簡単に言うなよ。カエデも召喚獣呼んで一掃しろよ?」
「そうする」
ツバキはカエデから俺達の方へと顔を向けるとこう尋ねてきた。
「あと、イワザルに関しては俺達も倒していいのか? 倒すと俺達の方にポイント入っちまうが。なんなら瀕死の状態にしてオウカ達の方に投げるって手もあるけど」
「気にしなくていい。あんな数いちいち相手にするんだったらもう倒す事だけ考えた方が楽だ」
そんな手間までかけさせたくないので俺はそう言った。サクラとアケビも頷いている。
「と言う訳で、その場所に行ってみようか。で、場所は?」
「場所は……ここだ」
俺はマップを開いて集落から森へと切り替えを行う。そしてマーカーの付いている場所を指差す。ツバキとカエデもマップを開いてマーカーの付いている場所と同じ所にマーカーを付ける。
「ここかぁ。そう言えばオウカ達は降りる場所を指定出来んの? 俺達は出来るけど」
「あぁ、出来るぞ」
「なら合流を待つなんてしなくていいな。早速行こうぜ」
ツバキの言葉で俺達は下層へと降りて発着地点で【鳥のオカリナ】を吹き、鳥に跨る。俺はその前に夜遅くに読んでしまった際の侘びとしてカリカリビーワスフレークを忘れずに与える。
鳥に乗って下に向かうが、俺だけ酔わないような滑空となる為、必然的に皆よりも遅くなる。クルルの森に降り立ち、皆に「待たせた」と詫びを入れる。
「気にすんなって。体質なら仕方ないだろ」
にかっと笑いながらツバキは武器を装備し直す。そう言えば俺も装備を解除したままだった事を思い出し、直ぐにフライパンと包丁を装備し直す。昨日の夕方に耐久度は回復させたが、夜の戦闘でまた減ってしまっているのでこれが終わったらまた回復させないといけないな。
俺以外はもう既に武器を装備し終えており、何時でも戦闘可能な態勢となっている。回復薬も充分だし、人員も充分。ツバキは昨日の緊急クエストの動きから特に心配はしない。と言うよりも頼りにしている。
「そう言や、前で戦うのは俺にオウカ、アケビときまいら、フレニアになるのか?」
「それが妥当だろうな。サクラは魔法主体の攻撃の方がいいだろうし、カエデは弓主体だろ? リトシー達は後方支援の方が向いている気がするし」
「だよな……っと、忘れる所だった」
と、ツバキはカエデの方に顔を向けると右の親指を上げてサムズアップを作る。
「カエデ。召喚よろしく」
「分かった」
カエデは一歩イワザルの群がっているボボナの実から遠ざかり俺達よりも下がる。どうして下がったのかと疑問に思っているとカエデがサクラの方へと顔を向ける。
「サクラは、わたしがいいって言うまで召喚獣を絶対見ないでね」
サクラはカエデの方を見る事も無く何度も頷く。どうやら、サクラはカエデの召喚獣を知っているようだ。恐らく、女子トークで訊いたのだろう。
「来い、シェイプシフター」
カエデの髪を二つに分けている髪紐が光り輝き、地面へと吸い込まれていく。今まで見てきた召喚では光は天に昇って行くのだが、カエデの召喚はそうではないようだ。
光が全て地面に吸い込まれると、そこから黒いドロドロとした何かが湧き上がり、カエデの隣りで球体となり、宙に浮かぶ。
これが……召喚獣? きまいらが闇魔法で生み出した黒球にしか見えないのだが? そして、こんな外見なら別に子供達の前に出していてもいいとは思うんだが?
「はいはい。オウカもそれ以上見ないようにな」
ツバキが俺の側頭部をがっしり掴むと無理矢理前に向けさせてくる。何だよ一体?
「あれがカエデの召喚獣のシェイプシフター。【縮小化】の呪いを受けても幼体にはならない変な奴だよ」
と、ツバキが俺の頭を前に固定させたまま補足説明をしてくれる。
「幼体にならないのか」
つまり、きまいらと違って素のレベル1のステータスのまま戦闘が出来るという事か? なら、戦力として申し分ないな。
「まぁ、その分ステータスってのが存在してないんだけどな」
「ステータスが存在してない?」
何だそれは? そんな召喚獣が存在していいのか?
「正確には、ステータスの値が全部『???』で表されてる」
「何でまた……」
「それがこいつの特異性でな。見てれば分かる」
そうツバキが言うのと同時に、カエデが長弓に矢をつがえて、ボボナの実に群がっているイワザルの一匹を射る。射られた一匹は地面に落ちて順々に俺達を睨みつける。
と、イワザルの視線がある一点でピタリと止まる。何処を向いているのかと思えば、シェイプシフターの方を凝視している。首をかしげているところ見るとイワザルにとってもあいつの見た目がかなり特異である事が窺えるな。
「ん?」
イワザルに変化が訪れる。その顔が段々と恐怖に崩れ始め、体が震え始めているではないか。一体どうしたというのだろうか?
「サクラ、もう大丈夫」
カエデの声が聞こえたかと思うと、矢が空を切る音が耳を掠めて、それの直ぐ後にまた一匹イワザルが落ちてくる。
「オウカ、シェイプシフターの方見てみろ」
漸く俺の頭の拘束を解いたツバキの言葉に、俺はついとシェイプシフターの方に顔を向ける。
そこにシェイプシフターの姿はなく、代わりにチルアングールがそこにいた。
「は?」
意味が分からない。一体何が起きた? もしかしてシェイプシフターはこいつにやられたのか?
「これがシェイプシフターの唯一の能力、相手が最も恐怖している存在に変身する【フィアーズシフト】だ」
チルアングールの隣りでまだ矢を放っているカエデの代わりにツバキが説明を始める。
「【フィアーズシフト】?」
「あぁ。球体の状態のこいつを五秒以上見続けた相手のもっとも恐れている存在に変身する能力だ。シェイプシフターのステータスは、変身した存在のステータスと現在のレベルを素に毎回構成されんだ」
つまり、このチルアングールはイワザルがもっとも恐怖している存在と言う事になる。
「因みに、これはモンスターだけじゃなくてプレイヤーも含まれててな。どういう訳か恐怖対象がゲームに存在しない相手でも変身出来る。――例えば俺がシェイプシフターを見続けた場合だと現実世界に普通にいるマンボウに変身してくる」
そんな仕様が存在するのか。だからカエデはサクラに見ないようにと言ったのか。下手をすればサクラは恐怖のあまり動けなくなるどころかそれ以上に危険な状態になってしまうかもしれないからな。と言うか、ツバキはマンボウに恐怖してるのか。
「何でツバキはマンボウが怖いんだ?」
「…………子供の時のトラウマを今でも引き摺ってんの。子供の頃に家族で海に行ったんだよ。その時浅瀬で泳いでたんだが、何故か浅い場所にマンボウが横になっててな。当時マンボウなんて知らなかった俺は興味を持って近付いてったんだ」
「ほう。で?」
「そしたら、急に跳ね上がってな、海面に体をぶつけたんだよ。体についた寄生虫を落とす為の行動ってのはつい最近知ったんだが、それで命を落とすマンボウもいるんだと。で、そのマンボウもそれで死んだんだよ」
「何か、間抜けだな」
「そう思うよ。でもよ、そのマンボウ俺の目の前に落ちて来てさ、びっくりして目を閉じたんだ。海水顔に掛かったけどさ、マンボウがどうなったんだろうと目を開けたら目の前に死んだマンボウの顔があったんだよ。それもあと数センチで口が当たるって距離にさ。更に、口から何か飛び出させながらゆらゆら揺れてんだよ。……あれは冗談じゃなくホラーだった」
身震いし、げんなりしながらもそのトラウマとやらを語ってくれるツバキは律儀だと思う。
と、誰かが俺の肩を叩く。そちらに顔を向けるとアケビだった。
「そろそろ、行こう」
アケビがイワザルの方へと指差す。ツバキの過去話を訊いてて気づかなかったが、もう十五匹くらい落ちていてフレニアときまいら、そしてチルアングールに化けたシェイプシフターが既に戦い始めているのが見えた。
「そうだな、行くか」
「…………嫌な事思い出した腹癒せに薙ぎ払ってやる」
腹の底から怨嗟のように低い声を出したツバキは刀を抜くとそのままイワザルの群れへと駆け出していく。
……何か、本当に悪いことしたな。これ終わったら謝ろうと思いながら俺もフライパンと包丁を握り、イワザルの方へと走り出す。




