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 大木の間を縫うように落下していき、何処にも当たらずに深淵へと吸い込まれる。

 集落と違って灯光はなく、自分の姿だけではなく周りの風景も闇に彩られて判別出来ない。

 このまま地面に落下するのか、それとも枝や鳥にぶち当たって中断されるのか? それは俺には分からない。結局の所、天運に任せるしかないな。

「…………」

 ただ落下するだけなので、酔う事はないと思ったら大間違いだった。所謂ジェットコースターと同じような絶叫系アトラクションに乗っているような感覚が襲い掛かって来て、それと同時に段々と加速的に酔いが襲い掛かってくる。

「……………………」

 今や、落下の恐怖よりも酔いの方が勝っており、いち早くスキルアーツが終了して欲しいと切に願いながら気分を悪くしていく……。

 と、伸ばしていた足に何か接触する。それと同時に触れた所を中心に小さな星形の光が複数生じて散らばる。攻撃が当たった事により、スキルアーツの自動性は失われた事だろう。

 何て事はなく、攻撃が当たった瞬間に足を曲げ、反動をつけて後転する。恐らく、見栄えをよくする為の行動なのだろうが、この動きの所為で俺の体はまだ自由にならない。

 先程とは違い、斜めに落ちていくのではなく、そのまま真っ直ぐ下へと落下してく。ジェットコースターから真っ逆様に落ちていく奴――フリーフォールへと移り代わり、俺の三半規管にダメージを負わせながら真下に向かって行く。

 もう、死に戻りを覚悟した方がいいだろうな。

 酔いと諦めで、もう考えるのをやめて楽になる。

「とぅ!」

 が、その瞬間に俺の体は垂直落下から解放される。正確に言えば、何かが俺の体を抱えて垂直から水平に移動させている。

 その何かは人型。と言うかプレイヤーかセイリー族だろう。所謂お姫様抱っこの形にされており、このまま俺はどうなるのだろうと考え始めたが酔いが酷くてすぐに放棄する。

「クッション頼む!」

「分かりました!」

 そんな掛け声と共に俺は液体の中に突っ込む。突然の事でびっくりしてしまい、息を吐いてしまい、そのまま普通に呼吸をするように水を飲んでしまう。

「がごぼっ」

 むせて水中で咳込み、また水を飲んでしまう。悪循環だ……。VRでも水の中では呼吸が出来なくなるのかと言う現状どうでもいい事を考えてしまっている自分が腹立たしい。このままだと溺れて死に戻りとかするんじゃないか? だってよく見れば体力バーの横に『00:00:32』って表示が出ている。これが命の灯火。死までのカウントダウンだろうな。

 もう酔いなんて醒めて、もがいてこの液体から顔を出さないとと思い、必死に手足をばたつかせる。しかし、俺をお姫様抱っこしている奴は一向に俺を離そうとしない。その所為で俺は身動きが取れないでいる。

 ただ、俺の代わりにそいつが泳いでいるので時機に液体から脱する事が出来るかもしれないが、自分で動かない分、そして呼吸が出来ないが故に焦燥感が募ってくる。

 早く早くと切に願い、残りが『00:00:09』となった所で漸く顔が外気に触れる。

「がはっ、がはっ、げほっ」

 何度も咳込み、気管に入った水を外に出し、肺に空気を送り込む。時間表示が無くなり、取り敢えずこれで溺れる心配が無くなった。

「げほっ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫かい?」

「あ、あぁ。助かった。ありがとう」

 ある程度息を整えた俺は俺を抱えている誰かに顔を向けて礼を述べる。

 ここら一帯だけが明るく、下から照らされた顔には見覚えが……と言うかヘルメットに見覚えがある。イベント中に顔を合わせる事の無かったサモレッド。

「何、礼などいらんさオウカくん」

 にっと笑うサモレッドは俺を地面に立たせる。

「俺達は手が届かなくても、駆け出し、手を掴み取り、助け出す! それが」

 一息吐き、ポージングをすると決め台詞を口にする。

「「「「「召喚戦隊! サモレンジャー!」」」」」

 後ろの方から四人分の声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、残りのサモレンジャーの面々もポーズを決めて立っていた。それぞれの近くにアケビのきまいら同様に幼くなっている召喚獣が鎮座している。イフリートは胡坐をかいており、ウンディーネは体育座りをし、ジャック・フロストはぼーっと立っており、サンダーバードはイフリートの頭に泊まっており、鎌鼬は丸まって耳だけをピコピコ動かしている。

 彼等の近くで焚火が行われていて、光源が確保されていた。また、その周りに串に刺さった肉や野菜が置かれており、どうやら夜食時だったらしい。そして椅子代わりに丁度いい大きさの岩が五人分置かれている。その他にも周りに様々な大きさの岩が散乱している。

「いやぁ、ここで休憩してたらオウカくんが結構な勢いで落ちて来るんですもん。びっくりしましたよ」

 と、サモブルーがこちらに近付いてくる。

「まさか、集落から落ちて来たとかですか? まぁ、そんな訳ないですよね」

 と軽く笑うが、そのまさかなんだよ。

 俺は顔を少し背ける。すると、サモブルーは笑い声をピタリと止める。

「……あ~、そうだったんですか」

 俺のその行動だけで把握したサモブルーは、そっと俺の肩に手を置く。

「大変な目に遭いましたね。暗くて足を踏み外しました?」

「いや、発着地点で【蹴流星】を発動させたら、そのまま止まる事無く落下していった」

 俺は正直に答える。

「何で発着地点で【蹴流星】何て発動するの⁉ 自殺行為だよ!」

 するとサモイエローが驚きを隠せないとばかりに大声を上げながらこちらに詰め寄ってくる。

「もしかして、誰かに襲われたりしたのですか?」

 と、顎に手を当ててサモマリンが推測を口にする。

「いや、単に今日習得したからどんな動きをするんだろうと思って試しただけだ」

 俺は手を横に振ってサモマリンの言葉を否定しながら事実を話す。すると、四人のサモレンジャーの方から力が抜けて行った。唯一、サモ緑だけは一貫して姿勢を崩していない。

「こんな暗い中で、そして下手をしたら下へ真っ逆様に落ちる場所で試すなんて自殺行為だぞ?」

「まさかあんなに跳び上がって跳び蹴りをするとは思わなかったんだ」

 呆れ口調のサモレッドに俺は頭を掻きながら弁明する。

「まぁ、確かに【蹴流星】は尋常じゃないくらいジャンプするよね」

 と、腕を組んで頷くサモイエロー。この口振りから徒手空拳をメインにしているサモイエローも【蹴流星】を習得しているらしい。

「兎も角、誰かに襲われたのではないのですね?」

「あぁ」

「なら、よかったですわ」

 とサモマリンはほっと一息吐く。サモマリンだけでなく、サモレンジャー全員から安堵の息が漏れ出している。

 サモレンジャーからすれば襲われるというのは平和が乱れる非常事態と言う風に捉えているのだろう。だから他人である俺が襲われていないだけでもこうして安心してくれるのだろう。

 リースのように面倒な相手だとは思っているが、それでも心底人の為に行動しているという気持ちは充分に伝わってくる。苦手なのに変わりはないが。

 と、ここで一つ疑問が生じる。俺はサモレンジャーにその疑問を投げかける。

「そう言えば、どうしてこんな所にいるんだ?」

 俺の疑問にサモレッドが口を開いて答えた。

「それは、ここで野宿しようと思っているからさ」

「……え?」

 俺はつい他のサモレンジャーの顔を見てしまうが、表情からしてどうも冗談で言っているようではないみたいだ。つまり、本当にモンスターの跋扈する森の中で野宿をしようとしているらしい。

 セイリー族の秘術ではセイリー族に敵意を向けたもののみ効力を発揮するが、普通のモンスターは常にセイリー族に敵意を向けている訳ではないのであの光を受けても大部分がピンピンしている。と、夕食時にふと気になってフチに訊いてみたらそのような回答が返ってきた。

「集落の方が安全なのは分かっているがな、もしかしたら夜中にしか発生しないクエストが森の方でもあるのではないかと思ってな」

「交代で見張りして、何か異変があれば瞬時に全員起こすって手筈になってますよ」

 サモレッドの言葉に、サモブルーは人差し指を立てて補足を入れてくる。

「因みに、ワタクシ達が現在いる場所はあのスケアリーアングールのアンデッドが出現した場所ですわ」

 サモマリンはマップを開いて俺に見せてくる。それは少しだけ拡大されており、周りの地形から確かにスケアリーアングールのいた場所だという事が分かった。成程、だから岩がかなり転がっているのか。納得した。

「何かあるとしたら、ここが可能性高いと思ったからね」

 サモイエローは周りに目を向けながらそう口にする。確かに何かしらのクエスト――それも【秘宝の異変】に関係する何かが起こるとしたら高確率でこの場所で発生するだろうな。

「………………」

 と、今の今まで無言を貫き通しているサモ緑が左の方を急に向いてそのままそちらを凝視している。

「どうした?」

「……何かいる」

「他のプレイヤーか?」

「……恐らく違う」

 サモレッドの言葉にサモ緑はぽつりとそう呟き、鎌鼬を連れてそちらの方へと駆け出していく。サモ緑の後を追うようにサモレンジャーと召喚獣の面々も走り出す。

 俺はどうしたものかと思い、俺としても気になる所なので後を追い掛ける事にした。その際に【AMチェンジ】を装備し直しておく。

 焚火から遠ざかり、視界が闇に覆われていくが、突然前方に火の球が浮かび上がる。恐らくサモレッドの召喚獣であるイフリートが生み出したのだろう。辺り一帯が一気に明るくなる。

 俺はサモレンジャーに追い付き、彼等の後ろに立って前を向く。

 その光に照らされるように、立ち止まっているサモレンジャーよりも奥の方で黒と白のマーブル模様のローブを着て、顔を隠すように目深にフードを被った誰かが地面に片膝を付いている。

 怪我をしている訳ではないようだ。そいつの手には【妖精の十晶石】を小型化したようなものが収められていて、もう片方には水晶玉が握られている。

「こんな所で何してるんだ?」

 サモレッドが一歩前へと出てローブに問い掛ける。

「…………お前達に話す必要はない」

 乞われたスピーカーから発せられてるかのようなノイズ交じりの声でサモレッドに目も向けずにそう言い放つローブは、ゆっくりと立ち上がる。

「しかし……見られたからには消えて貰うよ」

 ローブはゆっくりと十晶石擬きをこちらに向ける。


『あるパーティーの行動により【秘宝の異変】の進行度が一定値に達しました。

 これにより、この場にいるプレイヤーに緊急クエスト【夜の森での攻防】が発生します。』


 ウィンドウが現れたのと同時に、小さな十晶石が赤く光ったと思うと、そこから火炎が生み出され、サモレンジャーと俺に向かって放たれる。



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