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06

「ぶごぉ……」


 この見た目球根に葉っぱの生えたモンスターに吹っ飛ばされた単眼岩がのろのろと起き上がってくる。


「しー!」


 しかし、それと同時に跳躍したそいつは単眼岩の眼球目掛けて頭突きを食らわす。


「ぶごぉ!」


 単眼岩は目を閉じ、その場で悶え苦しむ。そうか、目玉を攻撃すればこうして行動を封じる事が出来るのか。そこら辺も現実に忠実な作りをしているな。


「しー」


 見事に着地した球根は何かを俺に訴えるかのようにじぃーっと見つめてくる。


「何だよ?」

「しーしー」


 足をパタパタさせて飛び跳ねる球根。悪い、俺に何を伝えたいかさっぱり分からない。


「しーっ!」


 と、業を煮やしたのか球根は双葉を俺に向け、葉と葉の間から何かを飛ばしてくる。


「痛っ」


 それは俺の額に当たり、地面に落ちる……事は無かった。額に当たったそれは破裂し、光となって俺の体を包んでいく。風呂に使っているようなじんわりとした温もりが全身に広がっていく感覚と同時に、生命力のゲージが戻っていくのが見て取れた。


「生命力が、回復した」


 一割しか残っていなかった生命力が三割まで回復した。


「もしかして生命力を回復しろって訴えてたのか?」

「しーっ」


 また体を前に傾けて肯定してくる。


「ぶ、ぶごぉ」

「しー!」


 そして目を開けた単眼岩の目へと目掛けて頭突きを喰らわせていく。また目を閉じて悶え苦しむ。で、球根はまた俺に視線を向けてくる。また回復しろと訴えているのだろう。多分そうなんだろう。


「折角時間を稼いでくれてるんだからな、回復を」


 と、ここで俺はメニューを呼び出したが、桃色髪の方はどうなっているのだろう? と心配が過ぎった。俺はこの球根の御蔭で九死に一生を得ているが、桃色髪はこいつの支援を受けていない。


「おいっ」


 慌てて俺は桃色髪がいる方へと視線を向ける。

 が、俺の心配は無駄だったようだ。


「ふぁー!」


 ぺたんと力無く地面にへたり込んでいる桃色髪と単眼岩の間に、宙に浮いた魚がおり、そいつが単眼岩に向けて火を吹いていた。

 成長した鰹くらいの大きさのそいつの短い鰭は淡いピンク、腹がオレンジ、他が紅の色をしており、所々に水色の斑点が見受けられる。全体的に丸みを帯びており、瞼が斜めに閉じられている所為か、野球ボール程の目は怒っているように見える。と言うか、魚なのに瞼あるのか。

 どうやら、この魚は俺を助けた球根と同様に桃色髪を庇っているらしい。なので、単眼岩の攻撃を桃色髪は受けないでいられている。


 っと、なら今のうちに桃色髪の生命力を回復させておかないとな。いくら魚が攻撃をしているからと言っても安心は出来ない。回復は出来るうちにしておいた方がいいだろう。アイテムはパーティーを組んでいる他プレイヤーにも使用が可能なので、自分の回復アイテムが尽きてしまっても、仲間に回復して貰えるのがパーティーの利点だ。

 開きっ放しのメニューでアイテム欄をタップし、二個ある生命薬を選択する。


『誰に使用しますか?

 オウカ

 リトシー

 サクラ

 ファッピー    』


「ん?」


 見た事も無い名前が二つ表示されている。オウカは俺で、サクラはあの桃色髪。リトシーとファッピーは誰だ? 何時パーティー組んだ? と言うか無断だぞ。


「…………まさか」


 俺は周囲を見渡す。先程まで俺と桃色髪が持っていた卵が何処にも見当たらない。このリトシーとファッピーは、卵から孵ったモンスターなんじゃないか? で、孵化は俺と桃色髪が吹っ飛ばされてる時に行われた、と。そして、名前の羅列と自主的に助けたプレイヤーからあの球根がリトシー、魚がファッピーなんだろう。

 いやいや、そんな事よりも今は回復が先だ。

 俺は『サクラ』をタップする。

 すると、桃色髪の頭上に光が収束し、そこから液体が降り注ぐ。


「きゃっ…………え?」


 突然の事で驚いて体を強張らせた桃色髪だが、恐らく生命力のゲージが回復したのを見たのだろう。少しだけ力みが和らいでいる。


「もう一度」


 開いたままのメニュー画面で俺はもう一度生命薬を選択し、また桃色髪の頭上に液体を降り注がせる。これであいつの生命力は半分以上にまで回復しただろう。

 あの魚は火を吹くのに手一杯らしいし、回復技を持っていない事も考慮した上で全部の生命薬を桃色髪に使用した。俺は別にこれ以上回復する必要はないだろう。もしもの時は球根が何とかしてくれる。過度の期待はしてはいけないが。


 さて、このまま逃げて体勢を立て直すとしよう。

 一見優勢に見えるが、そうでもない。

 まず、球根は体当たりで単眼岩を悶えさせて入るが、ダメージを与えているようには見えない。吹っ飛ばせる程の力を有しているが、それがダメージに直結するのか定かでない現状では期待してはいけない。あくまで時間稼ぎとして見るべきだろう。

 そして、魚は単眼岩に火を吹き続けているが、相性が悪い筈だ。


 このSTOには属性が存在する。属性はあくまでモンスターと魔法、それを含む一部の攻撃に付加されており、耐性や弱点が存在する。

 例えば、この火を吹いている魚なら恐らく炎属性。氷属性と木属性の攻撃に耐性を持っているが、水属性と土属性が弱点となっている。

 この単眼岩は見るからに土属性。土属性は炎と風に耐性がある。属性相性的に魚は単眼岩に不利だ。実際、攻撃を喰らい続けている単眼岩はじりじりと魚の方へと歩んで行っている。

 なので、ここは当初の通りに撤退を選択するのが吉だろう。

 俺はメニューを閉じて全力で走り出す。


「行くぞ」

「しー」

「ぶごぉ⁉」


 また起き上がってきた単眼岩の目玉に頭突きを食らわした球根は俺の言葉に反応し、俺の後について来る。こいつは走るんじゃなくて、飛び跳ねて移動するのか。


「ほらっ」

「えっ?」


 へたり込んでいる桃色髪の方へと向かい、手を掴んで立たせて無理にでも走りださせる。こいつがこのまま座ったままだと魚の方も逃げられないからな。こいつが動きさえすれば、魚も火を吹くのをやめて後について来るだろう。


「えっ、あの」

「取り敢えず、道まで戻るぞ」


 まだセーフティエリアと確定していないが、モンスターとエンカウントしなかった道まで戻る事にする。単眼岩に結構吹っ飛ばされたからな。最初は道から数メートル離れた場所に陣取っていた筈が、今では二十メートルくらい距離が開いてしまってる。


「お前、体力の方はどのくらいあるっ?」

「……ほ、ほぼ満タン、です」


 足を縺れさせながらも、必死で走っている桃色髪はそう答えてくる。

 なら、体力切れの心配はないな。俺の方は三割。桃色髪を捕まえるまで全力で走っていたのだが、そうしたら体力が著しく減少したのだ。

 なので、現在は全力ではなく、桃色髪が無理なく走れるくらいにまで速度は落としている。速いとは言えないが、それでも早歩きよりはマシだろう。


「ふぁー」


 と何時の間にか俺の横に魚が。尾鰭を動かし、すいすいと水の中を泳ぐように空を飛んでいる。こいつの瞼が持ち上がっていて、怒っているような印象が取り払われているのは今はどうでもいい事か。

 後ろを振り返れば、単眼岩が二体とも俺達を追い掛けてくる。が、逃げている俺達の速度にはついて来れないらしく、徐々に距離を開けていっている。と言うか、意外と速く不揃いの三本足をカサカサと動かして追ってくるのは、気持ち悪いな。人によってはホラーものだぞ。

 結局、体力を一割くらい残し、追い付かれる事も無く道に戻る事に成功した。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 体力が二割を切ったあたりから俺の呼吸が乱れ始めた。どうやら体力の低下で息切れを起こすように設定してあるようだ。まぁ、現実でも動き続ければ呼吸を乱すのでこの仕様はあってもいいだろう。

 道に入って走るのは止めたが立ち止まる事無く、体力が減少しない速度を保ちつつシンセの街方面へと向かう。あいつらが普通に道へと入ってきたら街まで逃げる算段だ。


 歩きながら後ろを振り返れば、単眼岩は二体とも道に入ってくるような事をしていない様子が窺えた。暫くは道に入るか入らないかの瀬戸際で俺達を見ていたが、諦めたらしく後ろを向いて去っていった。予想通り、この道はセーフティエリアのようだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 これで、漸く一息吐ける。

 立ち止まって、軽く休息を取る。歩く事をやめたので、体力が徐々に回復していく。体力回復アイテムが無いからな、今はこうして回復させるしかない。


「しー?」


 と、俺を覗き込むように球根が顔を近付けてくる。こいつはずっと飛び跳ねていたが、疲れていないようだ。モンスターの体力は凄いな。

 じゃなくて、だ。


「助かった。ありがとな」


 俺はこの球根の御蔭で死に戻りする事無く、こうして逃走する事に成功したんだ。感謝しなくてはいけない。なので、礼を述べながら、球根の頭――双葉周りを撫でる。


「しーっ♪」


 球根は目を閉じ、されるがままになっている。


「あ、あの」


 と、俺とは違って息切れを起こしていない桃色髪がどうしてだかそわそわと、そして視線を彷徨わせながら俺の肩をつっついてくる。


「何だ?」


 と自分で言った瞬間に気付く。ずっと桃色髪の手を掴んだままだった事に。パーティーを組んでいるとは言え、会って間もない輩にこう掴まれるのは男女関係なく嫌だろう。


「悪い」


 桃色髪に不快感をこれ以上与えない為に俺はぱっと手を放す。


「あ…………」


 対する桃色髪は俺の掴んでいた部分を隠すように手を当て、顔を逸らしてくる。もしかして力強く掴み過ぎて痛かったか? それは更に悪い事をしたな。不快感と痛みを与えてしまって。


「悪い、逃げるので、頭が一杯だったからな。痛かったろ?」

「い、いえ。痛くなかった、です……」


 桃色髪は頭が取れんばかりに勢いよく首を横に振る。いや、そこまでして否定しなくてもいいのだが。そっちの方が痛いだろうに。


「ふぁー?」


 そんな桃色髪が心配なようで、魚が眼を少し伏せながら擦り寄っていった。


「あ、この子」


 魚が擦り寄って来た事により、頭を振るのをやめてそちらの方へと顔を向ける桃色髪。


「卵から孵ったパートナーだろうな」

「そう、なんですか」

「因みに、俺の卵からこの球根が生まれたみたいだ」

「しー!」


 と、球根は目を少し吊り上げて飛び跳ね始める。何だ? こいつ怒ってないか?


「呼び方が、嫌なんじゃ、ないですか?」

「あぁ、そう言う事か」


 納得した。こいつは球根とは呼ばれたくないらしい。


「それはすまんな、リトシー」

「しー」


 呼び名を訂正すると、吊り上げていた目を戻し、球根は満足そうに跳ねる。跳ねるのはやめないのか。


「あの、どうやって、名前を知ったん、ですか?」

「生命薬使う時に表示された。あと、その魚の名前はファッピーだ」

「ファッピー……」


 桃色髪は今も擦り寄っている魚に視線を向ける。


「礼言っとけよ。助けて貰ったんだからな」

「ありがとう、ファッピー」

「ふぁー♪」


 桃色髪が魚の頭を優しく撫でると、魚は気持ちよさそうに目を細めて声を出す。


「しー……」


 飛び跳ねるのをやめた球根――もといリトシーが桃色髪と魚を見て羨ましそうな声を上げる。そして俺を上目遣いで見てくる。また撫でて欲しいのか?


「ほら」

「しー♪」


 撫でるとリトシーは嬉しそうに声を上げる。

 俺と桃色髪は互いのパートナーが離れるまで撫で続ける。まぁ、時間にして一分かそこらで満足し、自分から離れていった。まぁ、表情が和やかだったので、これ以上は鬱陶しくて嫌だったから離れた訳ではないのが見て取れる。


「さて、街に戻るか」


 一頻り落ち着いた所で俺は桃色髪に向けて今後の方針を口にする。


「生命力は回復させたが、あんな目に遭って直ぐに戦うのは嫌だろ?」

「……はい」


 そう言った瞬間に桃色髪がびくっと震えたのが見て取れた。前世代のゲームと違って、DGでは現実のようにモンスターが襲い掛かってくるのだ。恐怖しない筈はない。

 俺はそうでもないが、普通の婦女子、肝の小さな男なら萎縮して当然だろう。なので、ここは無理にレベルを上げようと急ぐよりも、街に戻って気晴らしをするのが一番だろう。


「行くぞ」

「は、はい」


 俺と桃色髪は街へ向けて歩を進める。リトシーも魚も後について来る。


「あの、オウカさん」


 横を歩く桃色髪が声を掛けて来たので、つい足を止めてそちらに首を向ける。


「何だ?」

「ありがとう、ございました。岩のお化けから、僕を庇ってくれて。そして、生命力を回復してくれて」


 頭を下げ、俺に感謝を告げてくる。

 俺は、桃色髪の感謝に対して苦い顔を作る。

 あれは俺の失態から桃色髪を危険に晒してしまったようなものだしな。あの時きちんと俺が卵にばっかり気を向けず、単眼岩の動向を視界に捉えていれば、桃色髪は吹っ飛ばされず、恐怖に怯えなくて済んだだろう。生命力を回復させたのだって、罪滅ぼしの意味もあっての行動だ。

 だから、礼を言われるのは筋違いだ。礼は言わなくていい。

 そうストレートに口にした。


「それでも」


 桃色髪は首を横に振る。

 そして、真っ直ぐと俺の目を見てくる。


「オウカさんが、僕を助けてくれたのに、変わりありません。僕だって、注意を疎かにしたのも、原因の一つですし」

「そう言うもんか?」

「そう言うもんです」


 少しだけ頬を赤くし、柔らかく笑みを浮かべながら口を開く。


「なので、もう一度言います。ありがとうございました」


 初めて、どもりもせずに言葉を口にする桃色髪。


「さ、さぁっ。早く、街に、戻りま、しょうっ」


 が、直ぐにどもり始めてしまい、急にシンセの街へと向けて走り出す桃色髪。その後を魚がついて行く。

 俺もリトシーもあいつらの後を追って走り始める。



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