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 空はもう赤く染まり、陽が沈みかけている。メニューを開いて時刻を確認すればゲーム内時間で午後五時四十分となっている。もうこんなに時間が経っていたのか。だが、イベントはまだ初日。VRアクセラレーターで一時間が一日と引き伸ばされているイベントは三日間行われる事になっている。

 そう言えば、VRの中では普通に眠る事が出来るのだろうか? と言う疑問を頭に浮かべながら神殿へと足を踏み入れる。

「お疲れ様でぇぇぇぇえええええぶるっぐ⁉」

 神殿でフチと最初に遭遇がデフォルトになっているな。で、毎回俺の方へと向かって突進してくるのは止めてくれないかな。考え事をしていて反応が遅れてしまい、回避行動がとれなかった。

 俺の周りにいた奴等は全員横に跳んで避けて行った。アケビはきまいらを抱いて、ツバキとフレニアは独りで、サクラはカエデに手を繋がれて、リトシーはリークによって。俺だけ完全に仲間外れにされたようだ。

 翅を羽ばたかせて一気に下降し、俺の腹にダイレクトアタックをしたフチはそのまま目を回している。俺の生命力は減っていないが腹が痛いし重い。そろそろ俺も怒っていいよな? 誰も咎める事はしないだろうし。

 そうと決まれば普通に拳骨を握り締めて、フチの脳天に一発入れる。

「あいてっ」

 これでフチを無理矢理起こして俺の腹から退けさせる。

「あっとすみません!」

「…………」

 もう絶対にやるなよ、と睨みを利かせておく。

「……はい、もうしません。………………………………多分」

 猫背のフチは目を逸らしながらそんな事を呟いた。

 多分かよ。もう神殿来るのはやめようか?

「……改めまして。皆さんの御蔭で無事秘術を発動する事が出来、アンデッド達を還す事が出来ました。ありがとうございました」

 フチは猫背の状態から背筋をぴんと伸ばし、綺麗な角度で礼をする。

「その、秘術ってのは何なの?」

 と、頬を掻きながらツバキが質問をする。確かに発動の準備に時間が掛かるとしか知らないしな。もしかしたら浄化魔法とかなのだろうか? と考えていると顔を上げたフチが説明をしようとした。

「えっとですね。……ってそちらの御二方は初めてですね。どうも私はフチと申します。もしかしてオウっちが連れてた迷子のパートナーさんですか?」

 が、ツバキとカエデとは初対面……になるらしく、フチは首を傾げながらツバキに尋ねる。

「そう。俺はツバキ。こっちがリーク」

「カエデ」

「ツバっちにリーっちにカエっちですか」

 やはり変な呼称を付けるのか。もう誰にでもそうやっているのだろうな。

「で、秘術と言うのは私達神殿に遣える者総出で神殿全域に巨大な魔法陣を描き、セイリー族全員の体内全ての魔力を消費する無属性の全体攻撃魔法です」

 そして、自己紹介も終わり、フチは秘術についての説明を開始する。と言うか、あれ無属性の魔法だったのか? だったら俺達にもダメージがあっても可笑しくなかったのだが、全然生命力は減っていなかったのだが?

「魔法陣は緻密で少しでも角度、太さが違えば機能出来ず、描き終わってから十分しか効力はありません。詠唱も九分と長く、詠唱中はセイリー族は身動きが取れなくなるので、今回のように皆様が時間を稼いで貰わないと発動すらままならないものなんです」

 そんなに面倒臭い秘術なのか。神殿全域って……辺りを見渡してもそんなのはないが、もしかすると十分が経つと自動で消えてしまうのかも知れない。それなら十分しか効力がないというのは頷ける。どうして十分で消えるのかと言う疑問は残されているが。そこはゲームだからと片付けておこう。

「ただ、その分強力で一回の発動でクルルの森全域を攻撃出来ます。また、攻撃の対象はセイリー族に敵意を向けているものだけに限られるので、皆さんには無害の一撃ですし、森の景観を壊すような事にもなりません」

 成程。だから俺達にダメージは無かったのか。納得。時間が掛かる分の労力に見合う効果、だろうな。クルルの森全域と言うのだから当然集落も範囲内だろうし、森の生態系を壊さない為、そして自殺行為にならない為にもこのような仕様は大事だろうな。

「まぁ、代償としてセイリー族は芯から魔力が無くなり、全快するまでのおよそ一ヶ月は魔法を使う事が出来なくなりますが」

 フチはははは、と弱々しく笑みを浮かべる。あんな広範囲を――特に人間の十分の一サイズくらいのセイリー族が総出で攻撃するとなれば、それ相応のデメリットが付随するというものか。

「あ、あとこちら神殿から皆さんへの報酬です」


『8000ネルを手に入れた。

 生命上薬×1を手に入れた。

 マナタブレット×5を手に入れた。』


 クエスト達成ポイントとは別の報酬をフチから貰い受ける。

 ……生命薬じゃなくて生命上薬か。回復量が上がっているのかな? 気になったので説明を見てみる。


『生命上薬:飲むと生命力が50%回復する』


 半分も回復するようになっている。この20%の差は結構大きいだろうな。

「あと、もう一つ訊きたい事があるんだけど」

「何でしょう?」

「百年前の襲撃について、教えてくれないか?」

 と、ツバキが手を上げて質問する。

 百年前の襲撃。それが先程のクエスト【腐骨蛇の復活】が発生した原因。そしてそれは【秘宝の異変】のクエストが一定まで進んだから発生したものだ。つまり、この百年前の襲撃がパーティーイベントの要であると推測出来る。そうツバキは考えたのだろう。

「いいですけど、私は当時生まれてもいないので詳しくは知りませんよ? ただ、あのスケアリーアングールが何故か力が無くなった【妖精の十晶石】を奪いにやってきて、かなりの被害が出ても難とか打ち倒す事が出来た、としか」

「奪いに来た?」

「はい。私はそう聞いてますよ?」

 フチの言葉に、どうやらツバキは違和感を覚えたらしい。

「あれってセイリー族を外敵から身を守る為の秘宝なんだよな? 結局その効果で【縮小化】するんだからモンスターが持っていても意味がないような気がするんだが」

「それは……そうですよね。何で奪おうとしたんでしょう? そもそも、【妖精の十晶石】はクルルの森でしか機能しないですし」

 フチの方もどうやら分からず仕舞いで、顎に手を当ててしまう。

「……もしかしたら、大司祭様なら知ってるかもしれませんね」

「大司祭様?」

「セイリー族の族長だ」

 首を傾げるツバキに俺が答えておく。

「そうです。でも……オウっち達は訊いたと思いますが大司祭様と会うには特別な紹介が必要となるので、直接話を訊く事は出来ません」

「そっか……」

「……何でしたら、私が訊いておきましょうか? 私もどうしてだか気になるので。けど、今日は無理ですよ? 大司祭様は魔力枯渇で寝込んでしまっていますので。明日には大丈夫かと思いますが、それでもいいですか?」

「頼んます」

 ツバキはバッと頭を下げて頼む。

「で、後は何かありますか?」

「俺は……もうないかな。カエデは?」

「私も無い」

「オウカ達は?」

 俺達に振られたので何かないかと考えるが……特に訊きたい事が浮かんでこなかったので首を横に振る。訊いてみたいなと思っていた事が既にツバキに言われてしまった後なので。サクラとアケビも首を横に振った。

「そうですか」

 フチは頷くと、歩いて十晶石に向かって行く。

「じゃあ、訊く事も訊いたし、俺達が手伝うクエストって奴をやる?」

 ツバキが肩を回しながら俺達に訊いてくる。早めに終わらせた方がツバキ達をあまり拘束もする事はないのでその方がいいのだが。時間的に厳しいな。

「いや、今日は無理だから、明日連絡入れる」

 と、俺の代わりにアケビが答える。まぁ、もう直ぐ陽も陰る事だし、闇夜の森の中での戦闘は【暗視】のスキルが無いと無謀でしかないからな。それも、相手はイワザルの大群だ。囲まれたらひとたまりもない。なので、今進めるのは得策ではない。

「分かった。じゃあ、俺達は俺達でクエスト進めるわ」

 ツバキは目でカエデを促し、カエデの方も了承して足を出口へと向ける。リークは名残惜しそうにリトシーを見ていたが、直ぐにツバキの隣に向かう。

「また明日な」

「明日もよろしく」

「しー」

 手を振って別れる俺達パーティーとツバキのパーティー。ツバキたちは俺達に背を向けて神殿を後にする。

「さて、俺達はどうする?」

 ツバキ達を見送り、

「私達も、集落で出来るクエストを進めよ? 森に降りるのは危険だし」

 確かに、集落ならば夜になっても灯体があるかもしれないからな。それに夜にしかないクエストってのもあるかもしれない。なら、その方向で進めていいか。

「あの、皆さん」

 と、先程【妖精の十晶石】の方へと歩いて行ったフチが何時の間にか俺達の後ろに立っていた。

「何?」

 アケビは首を傾げてフチに尋ねる。何だろうか? 新たなクエストの発生とかか? と思ったがそうではなかった。

「皆さんは今日何処で寝るんですか?」

「それは……」

 と、アケビの言葉が詰まる。何処で寝るかを訊いてくるという事は、やはり睡眠が可能なのだろう。そして現実世界と同様に寝ないと翌日に響くのかもしれない。だからフチはこのように訊いてきたのだろうな。

 で、何処で寝るとか俺達は全然決めていない。集落の道端で眠るとか不審者丸出しで下手をすれば翌日のクエスト進行に支障が出てしまいそうだ。変質者とか不審者とかのレッテルを張られてセイリー族からの心象が悪くなって、とかな。

 集落に宿とかはあるのだろうか? と考えていると、フチがこう提案してきた。

「よければ、私の家に泊まりませんか?」

 今の俺達にとって、願ってもない事だった。



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