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「ありがとうな」
「しー」
俺とリトシーは地上まで運んでくれた鳥に礼を述べる。
「ピー」
鳥は一鳴きすると羽ばたいて森の中へと飛んで行った。
「…………さて」
俺は改めて森の中を見渡す。
大きく旋回しながらの滑空だったので思いのほか時間は掛かったがその御蔭で酔いはしなかった。直ぐに行動が出来るのは大きいが、恐らく途中で追い越しただろうサクラとアケビは近くにいない。着地地点がかなりずれてしまったようだ。
「……取り敢えず、合流するか」
俺はメニューを開いてパーティーチャットを選択する。こういう時パーティーメンバー全員に一度に連絡が出来るシステムは便利だと思うな。
『圏外』
「…………」
「しー?」
恐らく渋面を作っただろう俺の顔をしたからリトシーが疑問符を浮かべながら覗き込んでくる。
「……一度消すか」
俺はパーティーチャットを一度終え、もう一度選択する。
『圏外』
「…………おい、運営」
ふざけるなよ? こんな広大なエリアで仲間と連絡出来なかったら合流は無理だろうが。あいつらはこのイベントでレベル1やアイテム使用不可にする他にこんな事までするのかよ。
確かに森の中だと圏外になるだろうが、ここはゲームの中だぞ? そこまで忠実にしなくていいだろうが。いや、イベントが始まる前までは普通に使えていたからやはりイベントように変な調整が入ったと考えるべきだな。
……そう考えただけで運営は本当に楽しませようとしているのだろうか? と言う疑問しか浮かんでこない。こういう場合は連絡ツールが一つ使えなくなっただけで勝手が違ってくるんだぞ?
いや、もしかするとチャットが駄目なだけでメッセージなら届くのかもしれない。物は考えようだ。いちいちイラついて時間を無駄にするよりは直ぐに別の行動をとった方がいい。
アケビに向けてメッセージを飛ばす。内容は蜂の巣の近くで合流。
「行けよ?」
そう思いながら送信を選択する。
『メッセージを送信しました』
どうやらメッセージは普通に送れるみたいだ。チャットとメッセージの違いはそこまでない気がするのだが……まぁ、連絡ツール全てが使用不可にならなくてよかったよ。本当に。
『メッセージを受信しました』
「ん?」
アケビにメッセージを送って直ぐに受信箱に一通押し込まれる。もしかして向こうも合流場所とかについてほぼ同時に送ったとかか?
俺は受信箱を選択して今し方来たメッセージの宛名を確認するが、アケビではなかった。
『送信者:Summoner&Tamer Online運営
件名:途中経過ランキング(第一回)』
STOの運営からだった。それも、ランキングに関しての通達だ。俺は直ぐに開く。
『※このメッセージはイベントに参加しているプレイヤーの皆様に一斉送信しております。
ソロイベント、パーティーイベントの上位5位までの途中経過ランキングをお伝えします。
ソロイベント途中経過ランキング(第一回)
1位 カンナギ Point 524
2位 琥太郎 Point 519
3位 リース Point 513
4位 マーガレット Point 479
5位 ディアブロ=ブラッディマリー Point 465
パーティーイベント途中経過ランキング(第一回)
1位 機甲鎧魔法騎士団 Point 245
2位 ギーグ(PL) Point 233
3位 エール(PL) Point 199
4位 もふもふ愛好会 Point 178
5位 召喚戦隊サモレンジャー Point 176
※パーティーネームを設定していないパーティーにつきましてはPL様のプレイヤーネームのみを表示しています。
ご意見、ご質問等がございましたら、随時運営までご連絡下さい。 』
三位まではまだまだだな、と言うのが第一感想だった。三位との差が丁度100なので、もっと効率よくクエスト等をこなしていかなければいけないな。それにしても、パーティーネームと言うのが設定出来るのか。まぁ、別にしなくてもいいか。
で、だ。知り合いの名前が普通に載っている。リースに至っては載るだろうとは思っていたが、それでも一位ではなかった。上には上がいるらしい。それでもソロイベント上位三名にポイントの差はあまり見受けられないので、実力差は殆ど一緒なのかもしれない。向こうのイベント内容がどのような物か分からないから断言は出来ないが。
サモレンジャーもランキング五位として君臨している。サモ緑とだけは会ったが他のメンバーとは出会っていない。……まぁ、個人的に遭わなくてもいいと思っている訳だが、もしかしたらメンバー毎に分かれてポイントを稼いでいった方がいいのかもしれないと思わせるな。サモ緑がメンバーがそれぞれ人助けをしていると言っていた訳だし。
ただ、俺のパーティーだとサクラの事もあるので、やはり別れるとしてもさっきまでのように二チームまでだな。
あと、ソロとパーティーでは取得しているポイント数にかなりの差が見受けられるな。これはどういった理屈なのだろうか?
まぁ、当然と言えば当然かもしれないが姉貴の名前は表示されていない。今回のイベントでは姉貴はアルバイターとして運営側の仕事でもしているのかもな。もしやっていたら絶対ランキングに載るだろうし。
「っと、今は悠長に見てる暇はないか」
俺はメッセージを閉じてマップを開く。イワザルの群れがいる場所以外に最後に体力回復をした蜂の巣付近場所にマーカーをしておいたので迷う事無く行けるだろう。
ここから……南に向かえばいいのか。
鳥を呼べば直ぐに行く事が出来……ないだろうな。鳥はあくまで地上と集落の間を往復する為の存在だろうし、そんな楽を運営が許すとは思えない。試してもいいかもしれないが、下手をすればまた集落に戻って時間を食ってしまう可能性があるので今はやらないでおこう。
「行くぞ」
「しー」
俺とリトシーは森の中を駆けて行く。
途中で薬草を摘んだり、出遭ったモンスターを倒したりする。やはり武器があるのとないのとでは違いが見受けられる。スキルアーツを多く発動出来ると言うのもあるが、蹴り一辺倒よりも攻撃にバラエティが出て来る。その御蔭でほぼ攻撃の手を緩める事は無くなった。
体力が半分を切れば、自然回復に努める為に木の幹に背を預け休息を取り、マップを開いて現在位置を逐一確認する。
途中アケビから『了解』と返事が来たので、そのまま目的地を変えずに向かう。
「ん?」
三度目の休憩をしている最中に誰かに見られているような感覚に襲われる。ゲームの中でもこのような事があるのだな、という感慨の他に自分は【直感】のスキルを所持していないのでこういう事は起こり得ないのではないか? と疑問に思う。まぁ、恐らく気の所為だろう。
「さぁ、行くか」
「しー」
暫く歩いて、モンスターと戦い、休憩してまた歩く。その繰り返し。
「…………」
その間、ずっと視線を感じている。気の所為ではなかったようだ。
休息を取ってから今に至るまで、俺の背中が微妙にぞわぞわする。何なんだよ? 後ろを振り返っても誰もそこにはいないし、そしてまた前を向けば視線を感じる。危害を加えて来ないのは幸いだが、正直言ってウザいったらありゃしない。
「……リトシー」
「しー?」
「さっきから後ろつけてる奴の動きを魔法で封じてくれ」
「しーっ」
後ろを振り返らずにリトシーに頼んで【初級木魔法・補助】の木の根で拘束し、俺達の前に引き摺り出す事にした。と言うか、リトシーも視線に気付いていたようだが、害が無かったから放置していたらしい。…………気付いてたんなら何とかしておいて欲しいとは思うが、俺がどうこう言う資格はないか。
「しーっ⁉」
…………ん?
今の声、リトシーか?
いや、俺の隣にいるリトシーの方から声は聞こえなかったな。後ろの方から聞こえたぞ?
と言う事は?
俺は後ろを振り返って確認する。
「しー! しー!」
そこには地面から飛び出して空に伸びた木の根が胴体に絡まって身動きを封じられたリトシーが足をバタバタと動かして足掻いている姿があった。つい俺の隣を見てしまうが、そこには今も魔法陣を下に描いているリトシーが立っている。
「何で、二匹いるんだ?」
と言う疑問が頭を掠めるが、別にリトシーは一匹だけではないのだろうと言う結論に辿り着く。シンセの街でも同じ種類のパートナーモンスターを連れているプレイヤーを何人か目にした事があるので、このリトシーも他のプレイヤーのパートナーなのだろう。
だが、そうすると他のプレイヤーは何処にいるのだろうか? 普通パートナーに攻撃(別に攻撃ではないが)が及んでいるのに見て見ぬ振りをする意味があるか?
パートナーを囮にしてPKに及ぼうとしているとかか? いや、このイベントではPKした側のポイントが減らされる仕様になっているのでその線は無いか。だったら何だ?
ここまで考えて、一つの可能性に辿り着く。
「……逸れた、とか?」
有り得ない、と言う事はない。実際、プレイヤーとパートナーが別行動をとれるのは俺とリトシーで実証済みでもある。なので、パートナーが何かの拍子に逸れてしまう事もあるだろう。
確認をする為、木の根に拘束されているリトシーへと近付く。
「おい、お前パートナーと逸れたのか?」
「…………しー」
ばたばた暴れるのをやめたリトシーは頭の葉っぱを少しへなっとさせながら弱々しく鳴いた。どうやら俺の予想は当たってしまったらしい。だったら何でプレイヤーを探さずに俺達の後をつけてきたのだろうか?
「取り敢えず、もう魔法は解いていいぞ」
「しー」
俺の言葉を合図にリトシーはリトシー……なんかややこしいな。どっちもリトシーだしな。拘束されている方はギザ葉とでも言うか。俺のリトシーと違って葉っぱがギザギザしているし。で、リトシーはギザ葉を拘束している木の根を解除する。
「さて、どうするか……」
正直に言えば、このまま放置した方がこっちとしては楽だ。しかし、迷子を放っておく程冷たくも無い。まぁ、迷子の相手は慣れているし困る事はないが……いや、相手はモンスターだから勝手が違うかもしれないが。
「しー……」
拘束を解かれたギザ葉は俺から逃げようとも姿を隠す事もせず、その場でうなだれている。あと、目を潤ませて涙を流し始める。それを見かねたリトシーが近付いて慰めるように葉っぱで優しく触れる。
……運営に連絡するか。
俺は先程受け取ったランキングメッセージに返信と言う形で質問を送った。『プレイヤーとはぐれたパートナーモンスターと遭遇した場合はどうすればいいか?』と。ただ、直ぐに返事が来る事も無く、この後はどうすればいいのだろうか? と再度悩む羽目になる。
「…………仕方ない」
暫く預かっておくか。このまま森の中で独りにするのも可哀想だし。自業自得だと切り捨ててしまえばそれまでだが、俺には見過ごす事が出来ないな。このまま一緒にここで待つと言う選択肢は最初からない。俺にだって予定があるから。それも俺一人じゃなくてパーティー全員の。
なので、ここはギザ葉と暫く一緒に行動をすると言う事にしよう。ただ、念の為にこいつにはモンスターに攻撃をさせないようにしないとな。下手をするとポイントがこっちに入らなくなる可能性がある。そのリスクを背負う必要はないのかもしれないが、仕方ないだろう。
――――独りは辛いものがあるし。
「おい、取り敢えず一緒に来るか? 強制はしないし、好きな時に離れてっても構わないが」
「………………しー……」
涙で濡れた両目を俺に向けると、弱々しく頷くギザ葉。
「しー」
リトシーは葉で涙を拭ってあげ、ギザ葉の葉を丸い葉で掴むとそのまま優しくエスコートして俺の横に付く。
「じゃあ、行くか」
「しー」
「……しー」
俺とリトシーは迷子を連れて一先ず合流地点に向けて歩みを進める。




