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改めて、現在のフチの恰好を確認する。
踝くらいまである丈の長い法衣と呼ばれるファンタジー系のゲームで神職者が着るような格好。緑、白、緑とラインが入っており、胸の辺りには五角形が重なるように二つ描かれている。比較ゆったりとしており、袖の方も余裕がある。また、やはりそこら辺の配慮があるみたいで背中からは普通に蝶の翅が飛び出している。切り込みとかあるんだろうな。
室内だが普通に靴を履いているが、それはセイリー族は家の中でも普通に靴を履く習慣でもあるのだろうと無理矢理に納得させる。外国でもそう言う家はある訳だし。現に俺達も靴のまま上がっている訳だし。
「あらら? そんなにじろじろ舐めまわすように私ばっかり見てますねオウっち。もしかしてこの恰好の私はオウっち的にどストライクなんですかねー?」
「それはない」
変な勘違いをしているフチの言葉を即行で切り捨てる。
「あっはっはっ、冗談ですよー…………お二方」
フチは笑いながら近くにいるサクラとアケビに視線をやる。……何で二人に? 今の冗談って俺に対していったんじゃないのか?
「さてさて、オウっちも無事回復して場も和んだ事ですし。オモテナシをさせて貰いますね」
そう言うとフチは俺の額にあてがっていた布を手にすると身を翻して奥の方へと去っていった。まぁ、まだ完全回復と言う訳ではないのだが、いいか。
改めて、俺はこの部屋を見渡す。俺が横になっているソファを含めれば二つあり、足の短いテーブルが一つ。フローリングの床にはカーペットが敷かれている。
また、この家は壁があまりないようだ。所謂1LDKとかそこら辺を連想させる。フチが去っていった方はどうやらキッチンらしく、流しが存在する。半多方面には窓付近にベッドが置かれていて、その上に先程までフチが着ていたようなワンピースが投げられている。扉は玄関のものの他には二つ。恐らく物置とか風呂、トイレあたりに繋がっているのだろうな。
部屋の数が少ないからと言って、狭いと言う訳でもない。どちらかと言えば広々としている。物があまり多くないと言うのもあるのかもしれないが、それを加味しなくてもここまで広い一室はあまりお目に掛けないな。テレビとかで見た高級ホテルとかならあるかもしれないが。
「はいはーい。お待たせしました」
ものの数十秒で戻ってきたフチはお盆を両手で持っている。その上にはティーカップが五つ乗せられている。
「あ、アケっちもサクっちもそんな所にいないで座って下さいな」
と、未だに俺の近くにいるサクラとアケビにフチは空席のソファを指す。
「「あ、はい」」
異口同音でサクラとアケビは頷いた後、そちらの方に腰を掛ける。
っと、俺も流石にそろそろ横になってないで普通に座るとするか。
「しーっ」
「れにーっ」
ソファの中央部分に座り直すと背もたれを乗り越えてリトシーとフレニアが両脇に陣取ってきた。見ないと思ったら後ろにいたのか。気付かない訳だ。と言うか、フレニアはサクラの近くでなくてもいいのか……ってよく見ればサクラとアケビの座っているソファは二人掛けか。ならこちらに来るのは納得だな。
因みに、サクラはアケビの服の裾を掴んでいる。まだフチとは打ち解けてないみたいだな。
「まずは、こちらをどーぞー」
フチはにんまりと笑いながらそれぞれの前になるようにティーカップをテーブルの上に置く。その際にサクラにだけは優しくアイコンタクトのようなものを送っていたが、サクラはびくっと震えるだけだった。
で、俺達の前に出されたのはお茶のようだ。湯気が立っていない所を見ると、淹れ立てと言う訳でもないようだ。色は…………何か濃い紫色で毒々しいんだが。ちらりとサクラたちの方を見れば、これって飲めるの? と言わんばかりの眼差しをお茶に向けている。
ただし、リトシーとフレニアの前には黄金色の液体が注がれている。何、この違いは? 因みにストローも付いている。まぁ、二匹はカップを持つ事が出来ないからな。
「これはトレンキの葉っぱを乾燥させて煎った物から摂ったお茶でーす」
俺達の不安を察してか察してないのか、自分用の椅子を近くに寄せてきながらそう言ってくる。
トレンキの葉……かぁ。確かにドロップアイテムで俺も入手した事があるが、確か説明文には毒を含んでいるって書いてあったような……。
「遠慮せずどーぞー」
そう言いながら害意の感じられない笑みを浮かべながら勧めてくるフチ。
「あ、私とした事が。お茶菓子を持ってくるの忘れてました」
手を一度叩くとそのまままたキッチンの方へと戻っていく。
その隙にメニューを呼び出してトレンキの葉の説明文を確認する。
『トレンキの葉×24:トレンキの葉っぱ。毒を含んでいて、薬の材料にもなる』
やっぱり毒を含んでいた。薬の材料になるって書いてあるが、これは絶対に毒薬だろうな。STOでも相手に使用する消費アイテムはあるらしいからな。ウィキにそう書いてあった。
「すみません、私とした事がうっかりしてましたよー」
と、フチが戻ってきたので直ぐ様メニューウィンドウを閉じる。
「こちらお茶菓子でーす」
そう言ってテーブルの中央に置いたのは……花弁。正確に言えば、俺の顔くらいはあろうかと言うくらいの大きさの花弁。色は薄い赤。これが、茶菓子? で、またリトシーとフレニアの前にだけクッキーが出される。正直、そっちの方が食いたいのだが。
「さぁ、どーぞー。貴重なトレンキの花弁ですよー」
いや、どうぞと言われてもだ。フチはオモテナシを俺達にしたいんだよな? だのに毒物を飲ませようとしているし、花弁を茶菓子に出すし……いや、確か現実でも花弁は料理の装飾に使ったり食べたりするけどさぁ。
けど、トレンキの葉に毒があるのだから、花にも毒性があると見ていいだろう。……もしかして、オモテナシと言うのは息の根を止める的な事を指しているのだろうか?
「あれ? どうしました?」
一向に口にしようとしない俺達を見て首を傾げるフチ。
「いや、俺等多分食えないし飲めないから、それ」
俺は渋る事も無くストレートに毒々しい液体と恐らく毒のある花弁を指差して答える。
「え…………? あれ?」
何故かきょとんとした顔をするフチ。俺なんか可笑しい事言ったか?
「……あの、皆さんって成人前ですよね? セイリー族の」
「いや、成人前ってのは当たってるがセイリー族じゃない。人間だ」
「えっ⁉」
フチは目を見開いて驚嘆を上げる。そして視線をサクラとアケビに向けて確認を取るが、二人もこくりと頷いている。
「す、直ぐにリトっちとフレっちに出したのと同じの持ってきますねー!」
そう言うと直ぐに毒々しいお茶の入ったカップと花弁を片付けてキッチンへと舞い戻り、ものの五秒程で別のカップとクッキーを山積みにした皿をどかっと置く。
「すみません……てっきり別の集落からの未成年の同族かと思ってました」
以前のアケビのようにきっちり四十五度の素晴らしい角度で頭を下げて謝ってくるフチ。
「トレンキの葉っぱのお茶と花弁は私達セイリー族にとっては好物なんですけど、人間にとっては確かに毒ですね。ほんとーにすみませんでした……」
どうやら先程の毒物はわざとでも、まして俺達を死に戻りさせる為の開発陣営の罠と言う訳でもなく、単純にフチが俺達を同族と誤解したかららしい。
「今お出ししたのはハニートレンキの樹液を煮詰めて冷やし、それを水で割った物です。あと、樹液を混ぜ込んだクッキーです。ハニートレンキの樹液は人間でも安心して食べられますので」
どうぞどうぞ、と低姿勢で勧めてくるフチ。危うく円盤を探すのを手伝ってくれた俺達に毒物を食べさせてしまうところだったからか、表情が暗くなっている。
「いや、そこまで気に病まなくても。まだ私達食べてなかったんだし」
「そう、ですよ」
意図して出した訳ではない事が充分に伝わったので、アケビとサクラも気にしていないようだ。心が広い事で。
「……ほんとーに、すみません」
「もういいから。で、どうしてフチは俺達をセイリー族と誤解したんだ?」
「未成年のセイリー族は翅が生えてないんです。それに、人間って私達よりもずっとずっと大きいじゃないですか。だから皆さんセイリー族と思ったんです」
「成程な」
セイリー族の翅は成人した者の証、と言う訳か。まぁ、それなら誤解しても仕方がないか。
「ん……待って。と言う事は私にあれを運ばせた理由って……」
と、顎に手を当てて何やらぶつぶつと独り言を唱え始めるフチ。繭も眉間に寄っている。
「どうした?」
「え、あ、いいえ。何でも……無いと言えば嘘になりますが、皆さんはまずお口になさって下さいな」
と、フチは手を横に振る。まぁ、気にしても俺にとっては仕方がない事かもしれないので、ここは素直に従ってまずは飲み物を口にする。
トレンキの樹液の水割りは飲めば鼻孔に芳醇な香りが突き抜けていき、舌には仄かな甘みが残る。全く重くなくすっくりとしてるな。夏バテの時とかに現実世界でも飲みたいな。似たようなの作れないだろうか? と思いながら今度はクッキーの方に手を伸ばす。
クッキーの方は打って変わって結構甘い。水で割ってないからか? だが、くどくは無いな。さくっとしていてかつしっとりともしている。あとあまり脂っぽくないな。その御蔭で胃もたれし難いだろう。VRで胃もたれなんて売るか分からないけど。
「しー♪」
「れにー♪」
リトシーもフレニアも気に入ったようだ。満足そうに頬張っている。
「……うん」
「…………」
アケビは一度頷き、サクラはそのまま無言で食べ進めていく。無理して食べている訳でないのは顔で分かる。ぱぁっと花が咲いたように明るい顔で食べ進めているので気に入ったのだろう。
「……やっぱり、そうなんだろうなぁ」
とフチがそう零す。
「何がだ?」
俺の問い掛けにフチははっと顔上げる。
「いやですね。……こうなったら皆さんもついて来て下さった方が話が速いかもしれませんね」
「何処にだ?」
「神殿です」




