46
クルルの森、南西部にて。
目の前には身構えているクォールが二体、そして奥の方から一斉に飛んでくるバッドットがいる。
フライパンを握り締め、専用スキルアーツ【圧殺パン】を発動させる。
「おらっ」
巨大化したフライパンは目の前のバッドット五十匹とクォール二体を押し潰していく。
フライパンは元の大きさに戻り、俺の体力が0になる。バッドットは光となって消えたが、クォール二体は目を回して潰れているだけで、倒されてはいない。
「水よ。我が言葉により形を成し、彼の敵を撃ち抜け。【ウォーターシュート】」
動けなくなっている所をサクラが水魔法をぶち込む。水はクォール一体だけを打ち抜き、光へと還元させる。
「ふぁー!」
もう一体をファッピーが火を吹いて殲滅させる。
これで俺とサクラが相手していたモンスター達は全部倒した。後ろはどうなっているか確認する為に肩越しに振り返る。
「とぉ」
アケビがとても力が抜ける掛け声と共に手にした短剣でセレリルに切りかかっていっている。アケビはイベントの為に【初級短剣術】のスキルを習得し、現在スキルのレベル上げの為にそれを多く使用している。
「グルラゥ!」
アケビに攻撃がいかないようにと召喚獣のキマイラが牽制を行ったり、セレリルの即死技である呑み込みが発動した瞬間に舌を切り付けていたりする。
「しー!」
リトシーは【初級木魔法・補助】によってセレリルの足だけを木の根で拘束している。先日までは木のドームを作り出すだけだったが、どうやらスキル経験値が溜まったらしく応用が利くようになっていた。
「てりゃ」
何度も何度も何度も何度も短剣でチクチクチクチク突き刺さしたりスパスパスパスパ切り付けたりする。如何せん筋力の数値が低い為にダメージらしいダメージが一向に入らない。まぁ、今回のはスキルの経験値上げの為の戦闘と言う側面が強いからいいか。
「危ない」
また、その短剣攻撃もセレリルの吐き出してくる溶解液を避けながらだ。アケビは敏捷と器用ならパーティー随一の数値を誇っているからな。これぐらい出来て当然か。
一体のセレリルの相手だけでも結構な時間をかけている。その間にも他のモンスターとのエンカウントはある。今回の俺、サクラ、ファッピーはそれらのモンスターを排除する役目を担っている。
また、それと並行してサクラのスキル経験値上げもしている。
サクラが経験値を上げているスキルは【初級水魔法・攻撃】に【初級杖術】だ。杖はそれ単体で叩いての攻撃も出来るが、武器の中で唯一魔法の威力を上げる事が出来るので生産職だが魔法を扱うサクラにとっては有り難いものだろう。
因みに、サクラとアケビの装備は本人達が作ったものだが、それは四不象の角を使用したものではない。どうやらスキルの経験値が足りなさ過ぎでそもそも四不象の角の加工自体が出来なかったそうだ。なので、四不象の角は現在アケビと、そしてアケビ経由でサクラが一つずつ所持している。
今後、スキルアップした際に恐らく一番言使われる素材だろうな。
で、そんな事を思っていると今度はホッピーが二体現れた。俺は体力が0なので身動き取れないが、クルル平原の個体よりも強いがホッピー相手ならばサクラとファッピーだけでも充分だ。
「ふぁー!」
ファッピーが一体に火を吹きかけて身動きを取れなくさせている間に、サクラが杖を両手で握り締めてホッピーに攻撃していく。
「えいっ、えいっ」
こちらも力が削がれる掛け声と共にポコポコと叩いて行く。筋力の数値を上げていないので有効打にならないのはアケビと同様で、その分スキル経験値を上げやすくなっている。
が、ここでアケビと違う点が一つ。
「ぶぎゅー!」
「きゃっ⁉」
サクラは敏捷が高くなく、それに加えて素の身体能力が決して高くないので相手の攻撃を簡単に食らってしまう。実際、その為に【初級杖術】よりも【初級水魔法・攻撃】の方がスキル経験値を稼げている。
「あ、やめ」
ホッピーは押し倒したサクラの上で何度も飛び跳ねて攻撃していく。
「ふぁー!」
「ぶぎゅ!」
そんなサクラを助ける為にファッピーがホッピーに体当たりを食らわして退けさせる。
「ありがとう、ファッピー」
「ふぁー」
「えい」
ファッピーに礼を言いながらサクラはめげずに杖で叩いて行く。
……今回は杖だけで倒そうとしているようだ。まぁ、スキルアーツを手に入れる為には必要だしな。運動が苦手そうなサクラでもスキルアーツだと動きが強制的に行われるからな。ある意味で重要だろう。
「とりゃあ」
「えいっ」
二人同時に気の抜ける掛け声と共に大きく振り被った一撃を繰り出す。
「ゲゴォ……」
「ぶぎゅ~」
セレリルとホッピーは二体同時に光となって消え去った。
そして漸く目の前にレザルトのウィンドウが表示される。この戦闘で倒した敵はイワザル二体、クォール三体、バッドット五十体、ホッピー二体、セレリル一体となっており、素材アイテムも結構手に入れた。
「「あ、スキルアーツ」」
そしてサクラとアケビはどうやらこの戦闘でスキルアーツが発現したようだ。取り敢えず、今日の目的は果たしたか。
「…………ん?」
二人はレザルトウィンドウにだけ視線を固定させているが、俺はふとファッピーの方を見る。ファッピーは何故かふるふると震えており、目も閉じられている。
どうしたのだろうか? 体力を消費し過ぎて息でも切れているのか?
「うおっ?」
と思っていたら、ファッピーはいきなり光り出した。
「え?」
「何?」
この突然の光で流石にサクラとアケビの二人もファッピーの異変に気付き、サクラは慌て出し、アケビは納得したように頷いている。
光は更に輝きを増し、眩し過ぎて目を閉じるしかなかった。
…………そろそろいいだろうか?
目を開けて、ファッピーがどうなったかを確かめる。
そこにはファッピーはいなかった。
「れにー」
いや、いるにはいる。しかしファッピーと言うモンスターはいないだけだ。
「成長したね」
同様に視界を解放したアケビがぽつりと呟く。
どうやら、ファッピーは成長したようだ。
体の配色は同じだが色の濃かった部分はより濃くなり、紋様も付加されている。体も横長だったのが更に縦にも幅が出ている。全体の大きさも一回り大きくなっており、口の間から犬歯が見える。目は少しだけ鋭くなっているが、それでも柔らかさも兼ね備えている。
で、サクラの目の前に新たなウィンドウが表示されている。丁度俺からの位置でも確認出来たのでつい目をそちらに向けてしまう。
『ファッピーはフレニアに成長した』
ファッピーの成長を知らせるものだった。
「れにー」
ファッピー……もといフレニアは一鳴きすると自分の姿を見る為に体を軽く丸めて宙を回転する。
「おめでとう」
アケビは拍手して祝福している。
「しー♪」
リトシーも仲間の成長が嬉しいのかフレニアの周りを飛び跳ねている。
「グル」
キマイラは……一鳴きしたら光となって消えた。召喚時間が過ぎたから強制的に戻されたのだろう。
そんな中、サクラはゆっくりとフレニアの近くへと歩み、頬を優しく撫でる。
「ファッピー、じゃなくてフレニア。これからもよろしくね」
「れにー」
フレニアの方もサクラに頭を擦り付けている。
「さて、今日はもう終わり?」
拍手を終えたアケビがメニューで時刻を確認する。体力が全快した俺もメニューを見てみると午後六時四十分となっていて、五時間はこの森でモンスターを狩っていた事になる。
まぁ、その御蔭でレベルも全員が20を超える事が出来たし、二人はスキルアーツの習得も出来た。今日はもうやる事はないだろう。ファッピーの成長は嬉しい誤算と言うべきか。
あとは、明日の為に休むべきだろうな。スキルアーツを一度は試した方がいいのだろうが、それは別に明日でも出来るだろうし。このまま何もしなくても強制ログアウトになってしまうというのもあるが。
「そうだな。今日はもう終わりだな」
俺の一言に全員が頷いた。やはり五時間もモンスターと戦っていると疲労も溜まっていく。サクラのアケビの顔には見るからに疲れが表に現れている。
「明日はいよいよイベントだな」
「明日のイベント、頑張ろう」
アケビは軽く握り拳を作ってそれを顔の近くまで持っていく。意気込みはこの中の誰よりも強いだろう。
「だな」
俺は力強く頷く。
「ですね。アケビさんの為に頑張りましょうっ」
サクラも気合が入っているようだ。声に少し張りがある。
「……私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」
「何言ってんだよ。約束だろ?」
そんな事言ってくるアケビに肩を竦める。
「そうですよ。それに僕、アケビさんには色々とお世話になりっぱなしですから、これを機に恩を返させて下さい」
サクラは生産でアケビに手取り足取り教えて貰っていたようだ。
「……まぁ、からかわれた事もありましたけど」
と小声でそんな事を言ったいたが。生産中に何があったんだ? 現場に居合わせていなかったので皆目見当つかないが、まぁ、そこまで深刻な問題ではないので追求しなくてもいいか。
「しー」
「れにー」
リトシーは体を横に震わせ、フレニアは胸鰭をパタパタと振る。二匹とも気にするなと意思表示しているな。
「……じゃあ、明日はよろしく」
アケビは表情を引き締めて俺とサクラ、そしてリトシーとフレニアにそう言ってくる。
「あぁ」
「はい」
「しー」
「れにー」
四者それぞれ頷く。
「……とは言っても、あんまり張り詰めなくていいからね? 確かにアイテムは欲しいけど、皆には……折角のイベントなんだから、それを楽しんで欲しいから」
と申し訳なさそうにアケビが頬を掻く。
「じゃあ、また明日」
アケビが先にログアウトしていく。
「オウカさん、明日頑張りましょう」
次いでサクラがログアウトし、フレニアも光となって天へと昇って行く。
「……さて、俺もログアウトするか」
ログアウトをタッチする前に、リトシーに視線を向ける。
「明日も、よろしくな」
「しー!」
リトシーは力強く頷いてくれた。
微笑ましくも頼りがいのある答えに、俺はリトシーの頭を撫で、ログアウトをする。
現実世界に戻って直ぐに夕飯を作り、その後は家事をこなしてシャワーを浴び、早めに就寝した。
次の日。つまりはイベント当日の四月四日。
何時も通りの時間に起きて、何時も通りに家事をこなし、ログイン開始時間を過ぎるまでゆっくりとした。今回に限りSTOに入れるのは午後一時半以降と先日メッセージで通達されたので素直に従う。
「さて、行くか」
タブフォで時刻を確認し、午後一時五十分を回ったのでDGを被ってSTOの世界へと向かう。
見慣れたシンセの街の中央広場には今までにない程に人で溢れ返っている。今回のイベントに参加するプレイヤー達か。つまり、ここにいる者は全員がライバルと言う事になる。
いや、全員ではないか。俺とは違う場所にいるサクラとアケビはパーティーメンバーだ。ライバルではない。
取り敢えず、合流でもしようかと最初に思ったが、人垣を分けて行くにしても人が多過ぎて途中でつっかえてしまうだろう。なので、合流するのはイベントが開始されてからだな。確かイベント開始時には強制的に舞台となるエリアにパーティー毎に纏めて転送されるらしいし。問題ないな。
俺は下で息苦しそうにしているリトシーを頭の上に乗せて時間が来るまで気長に待つ事にする。
「オウカ君ではないか!」
と、頭上から俺を呼ぶ声が響く。誰だ? と思う事も無く、うるさいと思いながら該当人物の名前を見上げながら呼ぶ。その際にリトシーを頭の上から腕の中へと移動させたが。
「リース……」
想像通り、リースがトルドラゴに跨って宙にいるではないか。リースの他にも何人かがパートナーに乗って空を飛んでいる。正直羨ましいと思った。人混みの熱気に当てられる事無く実に優雅な場所を陣取っているではないか。
「オウカ君もやはりイベントには参加するのかい⁉」
「あぁ」
「ソロとパーティーのどちらか……は訊かずともいいか! オウカ君はパーティーイベントに参加するのだろう⁉」
「あぁ」
リースは俺がパーティーを組んでいる事を知っているので、そう予測したようだ。まぁ、大当たりだ。
「私はソロイベントの方に参加表明をだしているぞ!」
「そうか」
リースはソロイベントか。なら、ランキング争いのライバルが実質一人減った事になる。リースは言動とかが個人的にウザいが、俺よりも強い事が確実に言えるのでいないだけでもランキング争いが楽になる。
「お互い、ベストを尽くして頑張ろうではないか! オウカ君の事を応援しているぞ!」
「あぁ、リーズも頑張れ」
「だが、このイベントでオウカ君と競い合う事が出来ないのが心残りだな!」
上にいて表情がよく見えないが、声からして心底残念そうにしているのが伝わってくる。俺としては競い合う事が無いのでほっとしているが。
『午後二時になりました。これより運営主催大規模イベントを開始いたします』
リースと話している間に時間になったようで、全体に聞こえるようにアナウンスが響き渡る。
そして、広場にいる全プレイヤーが光に包まれる。転送が始まったな。
さぁ、三位目指して頑張るとするか。




