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穴の中は植物が存在せず、地面も土から石や岩に変わっていき結構入り組んでいた。また、奥に進んで行くにつれて暗くなっていく。ゲームだからと言っても不自然に中が明るいと言う事はなく、灯体が無ければ進むのがキツイ。
幸いにも、と言うか当然用意していたと言えばいいのか、姉貴はアイテムとしてランタンを取り出して視界を確保している。
幅は人が四人並んでも充分余裕があるくらいに広く、暫く歩くと分かれ道に出くわし、本来ならどちらに向かうか迷うのだが今回に限り姉貴が目的地を知っているのですんなりと進んで行く。
マップを開けば、同じところに戻る事無く奥へと進んでいるのが見て取れる。
そして、移動していればモンスターとも遭遇する。
ロッカードのようだが、二回り大きく目が二つある代わり腕が二本に減ったガンカード。岩の鎧に覆われた芋虫キャタピイワ。こう言ったゲームでのお馴染みの敵ゴーレムのミニサイズのミニゴー。更には岩で出来た手だけが浮遊し、手の平に目が埋め込まれたハントーンというモンスターが俺達に襲い掛かってきた。
ガンカードはロッカードと同じような攻撃をしてくるが、動きを封じるには目を二つ突かなければならない。また、腕が一本少ない分転がって攻撃が出来るようになっており、速度もあって狭い中では結構避け辛かった。
キャタピイワはのそのそと体を伸縮させて移動し、攻撃よりは補助に徹していた。口から吐いた糸で俺達の動きを封じに来るだけでなく、後ろに吹きかけて退路を無くしてくる。一応の攻撃は頭突きだったが、大きくも無く遅いので避けるのは楽だった。
ミニゴーは地面にまで付く程長くて太い腕を駄々っ子のように振り回して攻撃をしてくるとても単調的な行動しかしなかったので苦戦せずに倒す事が出来た。
ある意味一番厄介だったのはハントーンだ。攻撃方法は握り潰すか叩き潰すかで見極めは楽だったのだが、動きが前の三体よりも素早く、更には指パッチンでバッドットを呼び寄せてくる。狭い場所での戦闘出たので幾ら素早くても移動に制限があるから倒せたが、広範囲の場所……特に上に遮蔽物の無い場所だと倒すのに苦労するだろうな。飛ぶ方法や魔法がないと。
こいつらを倒す際に俺は主にフライパンを使用した。流石に現実とは違うと言っても包丁ではあまり有効打にはならないと思ったし、刃こぼれとかで耐久度が一気に減るかもしれないかったからな。その御蔭か【初級小槌術】から【中級小槌術】にスキルアップした。
リトシーは動きを取る為に【初級木魔法・補助】を出したが、何時もよりも小さな木のドームしか出ず。動きを止められたのはキャタピイワとミニゴーだけで、ガンカードは囲い切れず、ハントーンは範囲外に簡単に移動してしまって封じる事は出来なかった。
どうやら、ここでは木魔法は十全に発揮出来ない仕様になっているようだ。太陽の光は届かないし、そもそも他の植物も生えていないからその可能性はあるだろう。
その代わりにモンスターの動きを封じたのはギーファだった。どうやら土属性のようで【初級土魔法・補助】で作り出したらしい土壁をモンスターの下から迫り出して宙に浮かせたり、糸や突進を防ぐ為の防壁にしたりと色々応用していた。
で、姉貴はと言えば……何もしなかった。いや、何もしなかったと言うのは適切ではなく、バッドットが群れを成して飛んできた際には率先して一掃していたが、他では全く手を上げなかった。あと、リトシーを片手で抱えたままだったからランタンを持っている方の手でだが。
その理由を訊くと。
「折角だから、桜花のレベルでも上げとけ」
との事。パーティーを組んでいない分経験値が倒したプレイヤー側にだけ手に入れるようになっている。ギーファは行動封じはしてくれるが直接モンスターを倒していないので姉貴に経験値が入らない。姉貴も確かレベル上げをしていたので倒さなくていいのか? と尋ねると「もう40は超えたから暫くいい」と返ってきた。
……もう、40越えたのか。通りでロッカードを一撃で倒した訳だ。俺はこのクルルの横穴でもレベルが上がって20なのだが。どれだけモンスターを狩ったんだよ?
あと、ずっとリトシーを抱えている理由は言ってないのだが?
「着いたぞ」
と疑問に思っていると、姉貴は足を止める。
ランタンの光に照らされて、壁が光っている。色も様々で目がチカチカする。
「ここが採掘ポイントの内の一つだ。……幸い、今日は私達以外いないな」
姉貴は壁の際まで向かいながらそう呟く。確かに、他に灯体もなく、掘っている音も聞こえてこない。恐ろしいくらいに静かだ。
「さて、掘るか」
姉貴はリトシーを解放し、ランタンを地面に置くと、メニューを呼び出して両腕に括りつけられた大盾を消す。それの代わりに一本のツルハシを出現させて肩に担ぐ。
「桜花、任せるぞ」
「任された」
姉貴は壁に向かってツルハシを打ちつけていく。カーン、カーンと壁に音が反響している。そして姉貴の隣でギーファも己の鋏を利用して壁を削っていっている。
「ギーファも掘れるのか?」
「あぁ。ギーファは最初から【採掘】スキルを所持してる」
成程ね。だから俺を呼んだ訳か。一人で採掘するのであればギーファに後ろを任せればいい。だが、ギーファも採掘スキルを所持しているので一人と一匹で掘っていった方が効率はいいな。だが、そうすると守り手がいなくなってしまうので俺に白羽の矢が立った、と。
俺は姉貴とギーファが掘る音を訊きながらリトシーと共に辺りに気を配りながら待機する。
ここで出てきたのは見た目メタリックな蟻。大きさはリトシー以上ギーファ未満。そいつはかさかさとこちらまで近付いて来るとそのまま姉貴に向かって跳び掛かっていった。
俺は即座に間に入ってフライパンで叩き落とし、ひっくり返っている間に蹴ってフライパンで叩いてを繰り返す。何度かダメージを与えると金属蟻は起き上がって標的を俺に変更して駆け出し、ニッパーのような顎で噛み付いてくる。
動きはそこそこに速いが対処出来なくも無かったので普通にフライパンを脳天にぶちかます。が、金属蟻はひるむことなく俺の足に噛み付いてくる。
「っつぅ」
痛みが走り、無事な方の足で蹴って引き剥そうとするが一向に離れない。フライパンでぶってもリトシーが上で飛び跳ねても顎を離そうとせず、俺の生命力がじわりじわりと減少していく。
「スチアリは一度噛み付くと死ぬまでそのままだから注意しろ」
俺に目を向けずひたすら壁を掘っている姉貴は説明してくる。この蟻の名前はスチアリと言う……いや、そう言う特徴は先に説明しておいてくれよ。
引き剥せないのならこのまま叩いたり蹴ったり切り付けたりしてダメージを与え続けるしかないな。包丁はこいつの関節部分に向けて切り付けたり付けばいいか。よくよく見れば関節部分に金属光沢が見られないから、ある意味でここが弱点だろう。
主に包丁の切っ先で関節部分を狙い撃ちをし、時折蹴ったりフライパンで叩きのめしたりしてダメージを与え、計二十くらい攻撃を与えて漸く光となって消え去った。
『スチアリを倒した。
経験値を78手に入れた。
スチアリの甲殻×1を手に入れた。」
ロッカードよりも経験値を手にいれたが、その分生命力が二割近く減少させられてしまった。
「しー」
生命力の減った俺に向かってリトシーが【生命の種】を使用し、回復してくれる。
「ありがとな」
「しー」
リトシーに礼を述べ、また周りに気を配る。
その後も、出て来るモンスターはスチアリばかりで、単体か三匹の群れを成すかのどちらかのパターンしかなかった。最初の標的は常に姉貴かギーファで、どうやら採掘をしているプレイヤーに向かって攻撃をするようにインプットされているようだ。
単体の場合の対処は一度攻撃をしてから対象を自分に変更し、攻撃を避けながら攻撃をすれば時間は掛かるが被害も無く倒す事が出来る。反面三体だと一気に対象を自分に変更しないと姉貴達に矛先が向いてしまうのでそうせざるを得ず、避けきれずに噛み付かれる。そうなると生命力の減少に目をつむってひたすら攻撃していくしかない。生命力が三割を切ったら生命薬を使用するか、リトシーの【生命の種】で回復する。そのサイクルを続けている。
通算で十七匹目のスチアリを倒し、メニューを開いて時刻を確認する。
だいたい一時間くらい経ったか。
「まだか?」
「まだだ」
俺の問い掛けに姉貴は即答える。どうやら今回はお目当ての鉱石を一定数採掘するまではずっと壁を掘り続けるそうだ。しかも、その鉱石とやらは出現率がかなり低いらしい。はてさて、あと何十分、もしくは何時間かかるのやら。
と、明かりの範囲外の暗闇で動く気配があった。
俺はフライパンと包丁を構え、またスチアリの出現かと気を引き締める。
が、出てきたのはスチアリではなかった。
強いて言うならば、二足歩行の土竜、とでも表現すればいいか。頭に黄色のヘルメットを被ってゴーグルをかけており、長い爪が生えている手にはツルハシを持っている。更に、何故か長靴も履いている。あと、首に風呂敷を下げている。その風呂敷には何か包まれているらしく、膨らんでいる。
……何だこいつ? モンスターなのか? にしてはやけに人間臭い恰好をしているな。
「……あ、人間だ」
とか思っていたら喋り出したではないか。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「しー」
礼儀正しく頭を下げて挨拶をしてきたので俺とリトシーはつられて同じように頭を下げる。
「君達も鉱石を掘りに来たの?」
「まぁ、そうなるな」
「そっか。上の世界からわざわざこんな所に来るなんてね。大変だったでしょう?」
「……確かに大変だったが、少しは、か?」
道中は暗くてモンスターとも戦ったが、死に戻りしなかったし、サポートはあったから思った程大変ではなかったな。
「実は、僕も鉱石を掘りに来たんだけど、隣で掘っていいかな?」
「いいんじゃないか? と言うか、別に訊く必要はないと思うが」
ここは別に占拠したとかプライべートゾーンとかではないので、誰が掘っても大丈夫だろうに。今はただ偶然俺と姉貴達しかいないだけだし。
「分かった。ありがとう」
と、何故か礼を述べた土竜は壁の方へと歩き出すが、はたと立ち止まってくるりと俺の方に目を向けてくる。
「あ、そうだ。お名前訊いていい? 僕はモル。モリュグ族のモル」
土竜もといモリュグと言う種族のモルは背筋をぴんと伸ばしながら自己紹介をした。
「オウカだ。こっちがリトシー。あっちで一心不乱に壁を掘ってるのはあ……リオカとギーファだ」
俺もそれぞれ紹介し、つい姉貴と言いそうになって口を噤み、姉貴のプレイヤーネームの方を無理矢理口にする。別に姉と答えてもいいが、ここはきちんと名前を言わないとな。
「オウカさんにリトシーちゃん、リオカさんにギーファ君」
それぞれの名前を呼びながら視線を順に向けていく。モルはツルハシを持っていない右手を俺に差し出してくる。
「よろしく」
「よろしく」
それが握手を求めていると分かり、俺も右手を出して握る。
ついでモルはリトシーにも同様に手を差し出して、葉っぱと握手をする。そして俺達に一礼すると今度は姉貴達の方へととてとてと歩いて行く。
「こんにちは」
「こんにちは」
「ぎー」
姉貴は一度ツルハシで掘るのを中断してモルへと顔を向け、額を拭う動作をする。ギーファは首を回して休憩をしている。
「初めましてリオカさん。ギーファ君。僕はモリュグ族のモルです。よろしく」
「あぁ、こちらこそよろしく」
「ぎー」
モルと姉貴達は握手を交わす。
「僕も鉱石掘りたいんだけど、隣いい?」
「構わないぞ」
「ありがとう」
と、姉貴の了承も得てモルはツルハシで壁を掘っていく。姉貴も再開させるが、ギーファの方は余程疲れが溜まっているのか、ゆっくりと俺の傍まで来て軽く息を吐いて足を投げ出した。そんなギーファにリトシーは葉っぱで首に当たる部分と足をマッサージしてあげている。優しいな、リトシーは。
「所で、リオカさんはシント鉱石を掘ってるの?」
「いや、カコル鉱石だ。だが、あまり出逢わなくてな。シント鉱石ばかりだ。時々コンネル鉱石も出て来るが」
「えっ⁉ リオカさんコンネル鉱石掘り起こしたの⁉」
姉貴の一言にモルが驚きの声を上げて手を止める。
「実は僕、両親に頼まれてコンネル鉱石を掘りに来たんだ。何でも村の柵が壊れたからそれを直す為に必要なんだって。だから、リオカさん。いきなり頼むのは失礼だけどコンネル鉱石を」
「やるぞ。私は別にコンネル鉱石は必要ではないからな。全部やる」
「本当っ⁉ ありがとう!」
モルは両手を上げて喜んでいる。と言うか、村あるのか。姉貴はメニューを呼び出してコンネル鉱石を実体化させる。俺の包丁とフライパンと同じ光沢の無い黒銀色のそれは野球ボールサイズで高く積まれている。多分、数にして五十個以上はあるんじゃないか?
モルはそれを風呂敷の中に突っ込んで行く。風呂敷の容量よりも遥かに多いのだが、全部仕舞い込んでしまった。ゲームだから何でもありか?
「あ、じゃあ貰う代わりにこれあげる! ここに来る前に別の場所で掘ってたら出て来たんだ!」
と、今度はモルは風呂敷の中に手を突っ込み、中から青白い鉱石を十個程取り出す。
「カコル鉱石か」
姉貴は一つ手に取ってまじまじと見る。姉貴が捜している鉱石をこれだけ掘り出すとは。確か低確率じゃなかったか?
「うん。でも……貰った分より少ないけど」
「いや、これをそのまま貰うと君の方が損をする」
「そうなんだ。でも、僕はこれ必要ないし。出来ればリオカさんに全部あげたいんだけど」
「半分でいい……と言いたいが、私もこれは全部欲しい。なので、提案があるんだが」
姉貴はしゃがみ込んでモルと目線を合わせ、顔の前で人差し指だけ立てる。
「対価として私が君の手伝いをすると言うのはどうだろう?」
「僕の手伝い?」
「そうだ。君はまだコンネル鉱石が必要だろう?」
「うん」
「だから、私も一緒になって掘ってコンネル鉱石を掘り起こすのを手伝う。これなら一人で掘るよりも早く目標数に達する。あと、掘り起こした鉱石を村に届けるのも手伝おう。一人では大変だろうからね」
「いいのっ⁉」
「あぁ」
どうやら双方納得する交渉が出来たようで、モルが姉貴の手を両手で包んで何度も上下する。
「さぁ、そうと決まれば早速掘るぞ」
「うん!」
姉貴とモルは再びツルハシを壁に向かって振り下ろしていく。
完全に蚊帳の外の俺だが、二人に被害が及ばないように密かにスチアリと戦っていたりする。三匹現れたので全部に噛み付かれた状態となっており、一匹一匹仕留めていく。
さて、二人が目標数掘り終えるまで頑張るとするか。




