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「……包丁壊れたな」

 流石にこれ以上森の中でモンスターを狩るのは得策ではないな。今日はフライパンを使用していないから耐久度は減っていないものの、少し心許ない、か。

「一度街に戻るか」

 マップを開き、現在位置を確認する。

「行くぞ」

「しー」

 俺とリトシーはセーフティエリアへと向けて歩き出す。

 マップによると俺達は森の中心部にまで入り込んでいたようで、そのまま突っ切って森を出るよりも道へと戻って道なりに進んだ方が安全で確実だったのでそちらを選んだ。一番近い道でさえも結構離れているので、その間にモンスターに遭遇する可能性はある。

「グルルル……」

 進んでいると、右方向から獣の唸り声が聞こえてきた。つい足を止めてそちらの方に視線を向ける。

「……狼」

 ただし、先程のセレリルと同じくらい大きい。灰色の毛は逆立っており、その眼には獰猛な野生の光が収めこまれている。

 恐らく、こいつがダヴォルなのだろう。アケビ曰く厄介なモンスターその二だ。

 俺はフライパンを腰から抜いて臨戦態勢に入る。逃げようとは思わない。見た目からして俺より速い事が予想されるので背を向けて逃げ出すよりは戦った方が悪手にはならないだろうと思ったからだ。

「しー!」

 リトシーは即座に【初級木魔法・補助】を発動させ、ダヴォルの動きを封じようとする。

 しかし、ダヴォルは大きく跳躍した。それと同時にダヴォルが先程までいた場所にリトシーの生み出した木のドームが形成される。

 木のドームを壊して拘束を逃れるモンスターはいたが、拘束される前に避けるモンスターは初めてだ。

 それに、跳躍力も凄い。ダヴォルは鬱蒼と茂った上方の木の枝と葉の中へと消えてしまった。たったの一階跳躍しただけであそこまで跳ぶとは。

 がさがさと掻き分けて移動する音が聞こえる。俺とリトシーはその音に気を付けながらダヴォルの次の一手に向けて身構える。俺達の隙を窺っているのか、囲むようにぐるりと動くだけではなく、一直線に動いたりジグザグに動いたりしているのが聞き取れる。

 上方から葉を掻き分ける音が消える。

「グルラゥ!」

 爪を煌めかせながらダヴォルがリトシーに向けて跳び掛かってくる。俺はリトシーを庇うように前に出て直ぐにダヴォル目掛けて【シュートハンマー】を発動させる。

「グルァッ⁉」

 モーションの再現には成功し、そのまま投げ飛ばされたフライパンは空中では流石に身動きが取れないらしく、ダヴォルの眉間にぶち当たる。ただ、軌道を変える事は出来なかったのでそのままこちらへと向かってくる。

 戻ってきたフライパンを手にして即座にリトシーを抱えて跳び退る。ダヴォルは地面に激突し、土煙が上がる。視界が一気に悪くなり、ダヴォルがどうなっているのか分からない。

「グルラゥ!」

 が、その経過は直ぐに確認出来た。息吐く暇もなく、土煙の中からダヴォルが牙を剥いて突進してきた。

 俺はリトシーを抱えたまま上に思いっ切り跳び、ダヴォルの鼻先を蹴って後ろを取る。

 そのままリトシーを離しながらフライパンを両手に持って振り被る。

 急ブレーキを掛けたダヴォルが俺に顔を向けるのと同時にフライパンを脳天目掛けて振り下ろす。

「グァッ!」

 辺りはしたがあまりダメージは入っていないようで一瞬よろけたかと思うと瞳に怒りの炎を燃え上がらせて前脚を薙いでくる。

「っと」

 俺は屈んでそれをやり過ごし、フライパンで地についている方の前脚を叩く。

「グルラゥ!」

 ダヴォルは吠えながら俺を噛み砕こうと裂けんばかりに咢を開けてくる。後ろに跳んだのではそのまま食らいつかれると思い、横に跳ぶ。

 ダヴォルの牙がブーツを掠り、俺は無傷のまま地面を転がるが即座に体を起こして体勢を立て直す。

 攻撃は当てられるが、決定打がない。蹴りもあまり効かないのではないか? 包丁の耐久度がまだあったとしても、有効打に足りえたかどうか分からない。

 ダヴォル一匹でここまで苦戦するのだ。長時間戦い続ければもしかしたら勝てるのかもしれない。

 ただ、それも一体だけに限った話だ。

 アケビ曰く、ダヴォルは必ず二体で行動しているらしい。今俺とリトシーの目の前にいるのは一体だけだが、残りの一体は何処に?

 隙を窺っているのか? それとも俺程度では一体だけで充分と判断していたのか?

「しー!」

 リトシーが口を閉じ切ったダヴォルへと向けて【初級木魔法・補助】を発動させる。ダヴォルはまた宙へと躍り出て躱していく。

 また葉の陰に隠れるのかと思いきや、そうではなく近くにあった木の幹へと向かい、それを蹴りつけ、その反動を利用して躍りかかってくる。狙いはリトシーだ。

 俺はその場で【シュートハンマー】を発動させる。ディレイタイムは丁度終了していたので。空中で身動きは出来ないのは先程分かっていたので、この一撃は当たるだろう。

 フライパンを投げようとした時、俺の体が宙に浮いた。

「がっ」

 体が空宙で回転する。生命力が二割減っている。


『スキルアーツの再現に失敗しました』


 地面に叩き付けられるのと同時に再現失敗の旨を伝えるウィンドウが表示され、俺の体力が全て消費され、更に生命力も削られた。

「しーっ!」

 リトシーはダヴォルの爪で切り裂かれ、俺の隣へと吹き飛ばされてくる。

「大丈夫か?」

「し、しー……」

 リトシーは体を震わせ、立ち上がる。流石にパーティー内で一番耐久力があるだけに大丈夫だったようだ。だが生命力が削られた事に変わりない。

 倦怠感に苛まされながらも首を動かして先程まで俺が立っていた場所に視線を向ける。

「……グルル」

 何時の間に出現したのか、もう一体のダヴォルが唸り声を上げていた。先程から相手をしている個体との違いは毛が逆立っていない事だ。俺を睨みつけており、今にも跳び掛からんばかりの気迫を醸し出している。

 そんな狙いを定められている俺は体力切れで満足に動けないでいる。一応指先を動かしてメニューを呼び出そうとするが緩慢過ぎて上手くメニューを呼び出せない。

「「グルラゥ!」」

 毛の逆立ったダヴォルがリトシーに、毛の逆立ってないダヴォルが俺へと向かって跳び掛かってくる。

 リトシーが魔法を発動させようとするが、それよりも早くにダヴォルの攻撃を受けてしまうだろう。身動きの取れない俺はそのままいいように弄ばれる予感しかない。

 これは、また死に戻りだな。


「「「「「ファイヤーッ!」」」」」


 と諦めたが、そうならなかった。

 裂帛の掛け声が何処からともなく聞こえたかと思うと、右から左へ、五色の光が駆け抜けた。

 色は赤、緑、青、黄色、水色。それ等が螺旋を描きながら束を作り、一つの集合体となってダヴォル二体を貫いた。

「グ……ァ……」

「……ル……ラ」

 二体を力を失くしてその場に倒れ込み、息も絶え絶えに光となって消え去った。

 一体全体何が起こったのか? リトシーも目を点にしてぽかんとしている。

 ダヴォル二体が一撃でやられた。その威力には度肝を抜かされるがそれ以上に誰がこんな事をしたのだろうと疑問が浮かんでくる。

 ふと、リトシーが右の方を向く。そちらの方から誰かが走ってくる音が聞こえる。余り間隔が開いていない事から複数人いるのだろう事が予測される。もう顔を上げる事も億劫で地面に顔面を接している状態だ。

 足音は俺の直ぐ近くまで来て、そこで止まった。

「そこの君、大丈夫かい?」

 男性と思しき声の主が俺の安否を確認してくる。

「大丈夫だ。……所で、あんたらがダヴォルを倒したのか?」

 俺は立ち上がる事が出来ずに顔を地面に埋めたまま尋ねる。

「そうだよ。でさ、大丈夫って言った割に君は動けないように見えるけど?」

 別の、少し高めの声の男性と思われる人物が身じろぎ一つしない俺を訝しんでいる。

「体力が切れただけだ」

 素直に俺の現状を伝える。

 実際、このまま待ってれば体力は全快するので心配ない。が、セーフティエリアではないのでモンスターに襲われてしまう可能性が大でそのまま死に戻りする確率は高い。

「あら、そうでしたの? でしたら死に戻りの心配はありませんわね」

「いやいや、このままぶっ倒れていたらモンスターにやられちゃうでしょうが」

 口調が少し変わっている(所謂お嬢様口調?)女性の一言にアケビとサクラの中間の声質の女性が突っ込みを入れる。

「……取り敢えず、これを」

 と、物静かな声の主が地面と俺の顔の間に何か円形のものを無理矢理入れてくる。匂いからしてビスケットとかその類いである事が窺え、どうやら俺の体力を回復する手助けをしてくれるようだった。

 俺はそのビスケットらしきものを口に挟み、もごもごと咀嚼して呑み込む。体力は回復しなかったが、その代わりに自然回復の速度が跳ね上がった。

 三十秒くらいで全回復し、体から倦怠感が消え去った。

 俺は腕に力を籠め、上体を起こし礼を述べる。

「ありがとう。助かっ…………た……」

 窮地を救ってくれた五人の姿を視界に収めた瞬間、少し眉間に皺が寄ったと思う。

「いやいや、気にしないでくれ。偶々通りかかっただけだしな」

「そうそう」

「まぁ、ワタクシ達が偶然ここを通り掛からなかったら、貴方は無様にやられて死に戻っていた訳ですけども」

「こらっ、そう言う事は言わないの」

「……人は、助け合いで生きてる」

 最初の男性らしきプレイヤーは手を横に振り、それに同調する別の男性だろうプレイヤー。高飛車な印象を受ける女性プレイヤーは所謂お嬢様がほっほっほっと笑うように手を口の近くに持って来ていて、もう一人の女性プレイヤーが脳天に軽く拳を降ろしている。最後に男女どちらか分からないプレイヤーがサムズアップを俺に向けてくる。

 一言で言えば、特撮ヒーローのような格好をしている。

 最初に俺の安否を確認してくれたプレイヤーは口元だけが見える赤い流線型のヘルメットを被っており、目元はバイザーで隠されている。また鬼の角のような突起も見受けられる。首から下は甲冑とリースに似ているが全身赤でそこに白いラインが所々に走っている。腰には二振りの剣が鞘に納められており、紅に染め上げられたマントを羽織っている。

 その赤に同調したプレイヤーは全身青。フルフェイスのヘルメットで口元さえも完全に隠されている。こちらは全身甲冑ではなく上半身の丸みを帯びたプレートアーマーにガントレット、膝まで隠すブーツを着用しており手には弓を携えている。背中には矢筒があるな。

 お嬢様口調のは水色。先の二人とは違ってヘルメットをせずウェーブの掛かった水色の髪を遊ばせており、ギラギラ輝いて鋭利な髪飾りを装着している。青と同じように丸みを帯びたプレートアーマーで上半身を守っている。スカートは前部分に布が存在せず、もしかしたらスカートではないのかもしれないと言う変な疑問が浮かんでくる。その下はぴっちりとしたタイツ? スウェットスーツ? を着用していてハイヒールを履いている。腰にはフェイシングで使うような細い剣が佩かれている。

 水色に拳骨をかました女性は黄色。こちらもヘルメットをしていないが目元はバイザーのようなサングラスをかけて隠している。黄色い髪の毛はつんつんと撥ねており、見た感じでもかなり硬質そうだ。そんな前髪の一部を音符の形をした髪留めで留めている。服装は他三人と違って守る事よりも動きやすさを重視しているようで戦隊ヒーローもののような黄色いスーツを身に着けている。得物が見当たらない事を見ると、格闘主体の戦闘でもするのだろう。

 最後、唯一性別の判別が出来ないのは緑。首元に淡い緑色のマフラーを巻いており、それで口を隠して額に鉢がねを巻いている。暗い緑色の髪は後ろに流れるように整えられており、長さからしても微妙で男か女かの判断材料にはならない。また髪と同色のマントで身体全体を隠しているのでどのような格好をしているのかも、どのような武器を所持しているのかも分からない。

 で、この五人を見て絶対に言える事は全員が【サモナー】であると言う事だ。パートナーが全然見当たらないからな。パートナーだけが死に戻っている場合はその限りではないが。

「……あんたら、何者だ?」

 ついそう聞いてしまう。すると、赤が笑みを浮かべる。赤の浮かべた笑みが周りにも伝播したようで、水色も黄色も笑みを浮かべる。青と緑は口が隠されているので分からないが、他三人と同じく笑みを浮かべている事だろう。

 その笑みは醜悪でも無く嘲っているのでもなく、純粋に待ち侘びたと言う意思がひしひしとこちらに伝わってくる笑みだった。

「俺達は!」

「僕達は!」

「ワタクシ達は!」

「私達は!」

「……我々は」

 赤を中心に右に青、黄色の順に、左に水色、緑の順に並ぶと端二人が腕と片足を外側にピンと伸ばし、中二人が頭の上でバッテンを作るように腕をクロスさせ、最後に中央の赤が右手を前に付き出し、左腕を曲げて腰に据えるように置く。


「「「「「召喚戦隊! サモレンジャー!」」」」」


 五人が声を揃えて、高らかにそう宣言する。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 森の中に、嫌と言う程に沈黙が流れ出す。

 助けて貰っておいて何だが、物凄い面倒臭い奴等に関わってしまったなぁ、と心の中で嘆息した。



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