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 イベントはクルルの森を舞台とするので、今日は森の中のモンスターとの戦闘を経験する手はずとなった。アケビの召喚獣であるキマイラも本日から召喚可能となったので恐らく何が出て来ても対処は可能の筈だ。

 俺は武器が大破しているのを思い出し、繰り出す直前に雑貨屋で包丁とフライパンを購入。そろそろ別の武器でも扱ってみようかとも思ったが、隠れスキルの存在もある事なので、もう暫く包丁とフライパンで進めて行こうと思う。

 生命薬の数も充分である事を確かめ、俺達のパーティーはクルルの森へと入っていく。

 早々に道から外れて落ち葉が分解され腐葉土になりかけの土の上を歩く。色が道に比べて暗いのは腐葉土の色が反映されたからだと、今更気付かされる。

「出るのはセレリル、ダヴォル、ホッピー、クォール、バッドット、イワザル、トレンキ」

 隣を歩くアケビがズボンのポケットに手を突っ込みながら俺とサクラに向けてクルルの森に出て来るモンスターの名前を羅列していく。

「そのうち、厄介なのがセレリルとダヴォル、クォール」

 片手をポケットから出して三本指を立てる。

「セレリルは即死技の呑み込むを使用して来るし、炎、水、闇に耐性を持ってる蛙」

「あいつか」

「有効打は斬撃と木属性魔法。その他、口から吐いてくる溶解液にも注意。あれはダメージ以外にも直撃すれば耐久度をごっそり持ってかれる」

 単眼蛙ことセレリルは嫌な思い出しかないからな。包丁の一撃が効いたのは斬撃に弱いからか。前回は耐久度が無かったから一撃死かお見舞いできなかったが、今度会ったら滅多切りにしてしまおう。

「ダヴォルはセレリルと同じくらい大きい狼。木の幹を使って三次元的に動き回る。動きも速くて攻撃が当たり難い。光属性の魔法があれば対処が楽になる。あと絶対に二匹同時に出て来るから注意」

 二匹同時か。今の所複数体同時に出現したモンスターは数多くいたが、それらとは何が違うのだろうか? 実際に会ってみないと分からないか。

「クォールは六本脚の蜘蛛。外見は木肌を体に貼り付けたかのよう。糸で罠を張ってて、そればかりに警戒していると上から糸を吹きつけられて身動きが封じられる。けど、その糸は炎属性の攻撃をすれば簡単に解けるからそこに関しては大丈夫だと思う」

 クォールは名前だけ知っている。俺の装備の素材を落としたモンスターだからな。糸と表示されていたので蜘蛛か蓑虫のどっちかかと思っていたが、どうやら蜘蛛の方だ。その対策もファッピーがいればどうにかなるな。

 周りを警戒しながら進んでいると、俺の視界に背丈が二・五メートルくらいのこの森に生えているにしては低い部類の木が入ってきた。その枝には緑色の葉に混じって赤くて丸い林檎のような果実が生っているではないか。

 ……もしかして、食材アイテムになるのではないか? と思い、近付いて赤い実に触れる。【採取】のスキルを持っているので薬草の他に木の実も取れるので問題ない筈だ。食材アイテムでなくとも薬の調合に使えるかもしれないので取って損する事はないだろう。

「ォォォオオ」

 赤い実に触れると、幹に割れ目が出来たかと思うと震え出し、そこから音が漏れ出す。

 で、突如地面から盛り上がってきた木の根が俺の腹を撃ちつけてきて吹っ飛ばされる。

「あ、あとウザいのがトレンキ」

 地面に背中を叩きつけられた俺の顔を覗き込むように横でしゃがみ込んだアケビは急に動き出した木を指差しながら説明する。

「食材アイテムになる木の実が生ってる木がこのクルルの森にはあるけど、トレンキはそれに擬態してる。木の実を取ろうとすると木が揺れて地面から現れるトレンキの足で蹴り上げられる事になる」

「そう言う事は最初に言っておこうな?」

 御蔭で吹っ飛ばされてしまった。まぁ、ダメージ量は一割削られたくらいか。結構威力あるな。

「行ってファッピー!」

「ふぁー!」

「で、炎属性の攻撃で大概やられる」

 アケビが俺を助け起こしながらそう説明する傍らで、サクラの命を受けたファッピーが火を吹いてトレンキを仕留めていた。


『トレンキが一体倒された。

 経験値を31手に入れた。

 サクラが魔素の実×1を手に入れた。』


 で、例のウィンドウが表示され、新たなアイテムを入手した。

「何だ? 魔素の実ってのは?」

「これを材料に【調合】で薬を作ると精神力の回復するマナタブレットが出来る」

 魔法職が重宝する回復アイテムが出来る素材アイテムって訳か。

 でも生憎と俺の所のパーティーに魔法職はいない。脳筋(俺)、生産職(サクラ、アケビ)だからな。マナタブレットは必要ないな。

 ……いや、リトシーは補助魔法使うから必要か。あとサクラも水魔法を習得していたな。忘れてしまっていた。いかんいかん。ならマナタブレットは必要じゃないか。

 サクラは確か【初級調合】のスキルも持っていた筈だから、これで薬作りも出来るようになったな。

「オウカさん! 大丈夫ですか⁉」

 トレンキが消えたのを確認したサクラが急に身を翻してして俺の方へと駆け寄ってきた。

「あぁ」

 生命力が少し削られたくらいだから、まだ生命薬を使用しなくても平気だ。

「よかった……」

 ほっと胸を撫で下ろすサクラ。いや、そこまで心配せんでもいいのだが。

「しー」

「ふぁー」

 リトシーとファッピーが右斜め後方に視線を向ける。

 何事かとそちらに目を向けると、そこには蝙蝠がいた。

 怪盗のパートナーの巨大蝙蝠ではなく、普通のサイズと思われる蝙蝠。目が三つあって、皮膜の翼を忙しなくはばたかせてこちらに向かってくる。

「きー」

「きー」

「きー」

「きー」

「きー」

「きー」

「「「「「きー」」」」」

 大体百匹くらいの群れで。

 おい、何でこんなに群れてんだよ?

「……バッドットは基本二十匹の群れで行動してる」

 遅い補足説明をありがとうアケビよ。これはダヴォルよりも厄介じゃないか?

「攻撃は一斉に突撃するだけで、別に血を吸ったり超音波も出さないからダメージ覚悟で適当に攻撃したら倒せる。バッドットは耐久が紙過ぎるから私の攻撃でも倒せる」

「そうか」

 単純な攻撃しかしない、と。そして攻撃スキルを何も持たないプレイヤーの攻撃でも倒される程の紙耐久、と。

 それでも百匹。基本二十匹の群れを成すとなると五つの団体が一度にこちらへと向かってくる事になる。

 流石にこれだけの数の突撃を喰らえばダメージは決して無視出来ないくらい減るんじゃないか?

 ここで生命力を減らして悪戯に生命薬を消費するのはあまりよろしくないな。

 だったら、一度に殲滅をしてみよう。

「……オウカ君?」

 俺が一番先頭へと躍り出て、腰に引っ提げたフライパンを構える。

「それで一匹ずつ打ち落とすんですか? それだったら僕の魔法やファッピーの火で」

 サクラが後方で何やら言っているが、俺は耳を傾けずにコマンドウィンドウを表示させる。

「いや、私のキマイラで一掃した方が早い」

 アケビも何か言っているが、気にも留めずに新しく習得した【圧殺パン】を発動させる。

 俺の体から自由が奪われ、フライパンの柄を両手で持つとそれを背中に当たるくらい思いっ切り振り被る。そのまま膝を曲げて反動をつけて跳び上がり、重力の力を借りながら前方へと振り下ろす。

 その際、俺の頭を通過しながらフライパンは巨大化した。

 正確には、フライパンの面の部分だけが何十倍にも大きくなり、バッドット全部を巻き込む形で地面に叩き付けられる。

 落石でもあったかのような轟音が鳴り響き、地面が揺れる。

 俺が着地するのと同時にフライパンは元の大きさへと戻る。


『バッドットを百体倒した。

 経験値を100手に入れた。

 バッドットの皮膜×19を手に入れた。

 バッドットの肉×34を手に入れた。

 レベルが上がった。         』


 どうやら一撃で全部を倒し切れたようで、地面から無数の光が天へと昇って行く。この光が元が何だったのか分からない者が見たら幻想的で綺麗だ、とか言うのだろうな。きっと。

 一撃で百の敵を文字通り圧殺したスキルアーツ【圧殺パン】。どういうのか実際に見て確かめる為、あとおあつらえ向きのモンスターが出現したから発動したが、圧巻の一言だな。

 広範囲攻撃。精神力を消費しない物理攻撃系では珍しいものかもしれないが、それ相応に代償が存在する。


『【圧殺パン】:巨大化させたフライパンで一気に押し潰す。消費体力によって威力、範囲が変動する。消費体力残存量100%』


 一度使うと、体力を全て消費してしまう。珍しい割合消費で、どんなに少なくても発動自体は出来るがその分威力と範囲が減少してしまう仕様となっている。

「……」

 で、【圧殺パン】の代償として体力を根こそぎ持って行かれた俺はそのまま前のめりになるようにして倒れる。普通に鼻を打って地味に痛い。

 体力が完全に無くなると力入らないな。行動の制限が課せられるとか言っていたが、制限どころか行動そのものが出来ない。

 体力のゲージは赤く点滅し、体力バーが徐々に回復して行ってるが、倦怠感は一向になくなる気配がない。体力を一度0にしてしまうと、全快するまで体力を消費する行動が一切取れなくなるらしいから、その仕様上倦怠感がまだ持続しているのだろう。

「オウカさん!」

「オウカ君、どうしたの? 体力切れ?」

 慌てて駆け寄ってきたサクラと焦る事も無く普通に近付いてきたアケビが俺を助け起こす。

「ありがとう。あぁ、体力切れだ」

 助け起こされ、女性二人に肩に腕を回されるのは何か男として情けなくなってくる。

 と、アケビが怪訝な顔をしながら俺に尋ねてくる。

「今のスキルアーツ?」

「そうだ」

「……そんなスキルアーツ、wikiに載ってないけど」

 ウィキってのは、確か色々な情報が乗ってるサイトの事だったけか? そのウィキに【圧殺パン】の情報が載っていない理由は、一つしかないな。

「そりゃ、隠れスキルのスキルアーツだからじゃないか?」

「オウカさん、隠れスキル収得したんですか?」

「あぁ、【包丁ビギナー】と【フライパンビギナー】のスキルだった」

 一瞬、沈黙が辺りを支配する。

「変なスキル」

「アケビもそう思うか」

 やっぱり変だよな、このスキル。どうやらそう思うのは俺だけではなくアケビもで、声に出してないがサクラの微妙そうな表情を作っている事から、あいつも同じ事思ってるだろう。

「で、今のが【フライパンビギナー】で強制収得した【圧殺パン】ってスキルアーツだ」

「補正もあって専用スキルアーツもある、か。風騎士の【疾風剣】みたい」

 アケビ曰く、リースの隠れスキル【疾風剣】は剣を使う攻撃に風属性が付加され、専用のスキルアーツ【凪の一撃】を強制収得されるらしい。このスキルアーツは使用後一定範囲にいるもの全ての風魔法、風属性攻撃、風に関する耐性が無効となるらしい。ただし、発動者は対象外となるそうだ。強力だな。

「一応、【包丁ビギナー】の方にも専用スキルアーツがあって、【捌きの一太刀】ってのだ」

「そう」

 素っ気なく返すアケビだが、ここで俺が隠れスキルを習得したのだからこの二人も習得しているのではないか? と疑問が浮かんでくる。あの掲示板でも見たのだろうか分からないが二人共隠れスキルの存在は知っているみたいだし。

「サクラとアケビは?」

「僕は……ありませんでした」

「右に同じ」

 どうやら二人は隠れスキルの収得条件をまだ満たしていないようだ。なので隠れスキルが表示されなかったのだろう。

「まぁ、普通にゲームでもやってればその内出るんじゃないか?」

「そう、ですよね」

「多分」

 サクラは気にしているのか少し顔を伏せながら、アケビは楽観視しているようで気にする素振りを見せずに頷く。

「あ、そうだ」

 とアケビはメニューを呼び出してアイテム欄を開く。そしてアギャー肉(骨付き)を選んで対象を俺に合わせてタップする。どうやら体力を回復してくれるようだ。有り難い。

 戦闘時以外は普通にアイテムとして具現化するので、俺の目の前に出現したが、両腕を肩に回されているので取る事も出来ずにそのまま落下するアギャー肉を見守るしかなかった。

「ほい」

 が、それを見越していたらしいアケビが普通にキャッチ。地面に落ちる事は防がれた。

「はい」

 で、手にしたアギャー肉を俺の口の方へと運んでくれる。まぁ、両手が使えない状態だし、有り難いな。

 俺はアギャー肉に齧り付き、呑み込んでいく。

「…………何だよ?」

「……いえ、別に何でもありません」

 肉を食べていると何故かサクラが睨んできたのでその理由を訊いてみるも、何故かそっぽを向きながら何でもないと答える。何なんだよ?

 俺がまた肉を食い始めると今度は横目で睨んでくる。何でもないなんて嘘だろ絶対。だがそう尋ねても否定しかしなさそうなので、俺は何も言わずにアギャー肉を全部食べ終える。

 自然回復の分も合わさって、俺の体力は全快し、倦怠感は無くなった。

「ありがとう。もう大丈夫だ」

 肩に回された腕を放し、俺はサクラとアケビに礼を言う。

「気にしない」

 とアケビは手を横に振ってくる。

「……いえ、当然の事をしたまでです」

 サクラは睨みながらそう言ってくる。ただ、睨む対象が俺からアケビに変更されていたが。

「……何?」

 それに気付いたアケビが至って何時もの表情のまま首を傾げ、サクラに尋ねる。

「…………アケビさん?」

「何?」

「…………」

「…………」

 二人は視線を逸らす事無く互いの目を見ている。で、何故か声を掛けるのが憚れるような空気が二人を中心に展開されている。あと、視線と視線がぶつかって火花が散っているように見えるのはここがVRの世界だからか?

「……なぁ、あの二人って仲がいいのか悪いのかどっちなんだ?」

 リトシーとファッピーの方へと移動し、二匹に訊いてみる。正直、今のサクラとアケビには近付きたくないと言うのが一番の理由でもあるから体のいい理由をつけて距離を取った訳なのだが、それを二人に言ってしまっては失礼だろうから口にはしない。

「……しー」

「……ふぁー」

 何故か二匹は答えてくれるどころか盛大に溜息を吐いたではないか。言葉を交わす事は出来ないが、意思表示は体を使って行ってくれるのでそれを期待したのに、どうして溜息を?

「で、結局どうなんだよ? 実は仲悪いのか?」

 もう一度訊くと、リトシーとファッピーは同時に否定を示す。どうやら仲は悪くないようだ。

 だったら、あの火花空間は何なんだよ?

 そんな疑問に答えが出る事も無く、大体五分くらいして同時に目を逸らしてまたモンスターを狩る為に森の中を徘徊する事となった。

 ……サクラとアケビの様子が嘘のように元に戻ったのが少し怖いが、気にしないでおこう。



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