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PvPが終了すると、視界から姉貴の生命力ゲージが消え、俺の生命力が最大まで回復する。
負けた、か。姉貴に勝てると思ったのに、最後の最後に対処出来ずそのまま逆転負けのような結果となった。
ふと、俺は先程の姉貴の状態が気になり、上体を起こして姉貴に質問を投げ掛ける。
「最後の何だよ?」
「【解放】ってスキルだ」
体を包んでいた光が消え去っていた姉貴は俺に近付き、手を伸ばしてくる。俺はその手を取って助け起こされる形で立ち上がる。
「……【解放】?」
俺は眉根を寄せる。そんなの、設定時のスキル一覧には存在しなかったぞ。あとSLを消費して新たにスキルを習得する際にもなかった。
「これは隠れスキルだからな。設定時のスキル一覧には表示されない」
と疑問に顔を歪ませていると俺を助け起こした姉貴は腕を組んで何故か斜め上を見上げる。と言うか姉貴は今重要な情報をポロリと口にしたぞ。
「待て。何だ隠れスキルって」
「そのままの意味だ。普通にゲームをしてるだけじゃ習得出来ないスキルの事を便宜上隠れスキルって運営とかは言っている」
「説明書に書いて」
「ない。これは前回のアップデート時に何の告知もなく実装したからな」
普通、説明書にも公式ホームページにも載せるだろうに。一体告知をしない事に何のメリットがあるのだろうか?
と、姉貴に訊いてみるとややげんなりとした表情でこう言ってくる。
「プレイヤーの驚く顔が見たい、だと」
「何だそれ」
「まぁ、あの人達は結構意地悪くしてるからな。そのアップデートでパートナーモンスターには信頼値とは真逆の反抗値が設けられた事も通知していない」
そんな隠れステータスまであるのかよ。精々それだけは広めるとか、ステータスに表示させろよ。
「……抗議の電話とかが殺到しそうだな」
「そうでもない。来るのは今の所迷惑プレイヤーに関するGMコールばかりだ」
いや、今の話をしたのではなくて、未来の事を予想しただけなんだが。
「で、隠れスキルはスキル一覧の一番下……の長~~~~~~~~~~…………い空白の更に下にこっそりと表示されるからな。気付いた奴は即ネットで拡散させるだろ」
今の所そのような兆しは見えないが、と肩を竦めている。
「姉貴はこの事に何か言わないのか?」
「私はとやかく言えない立場だからな。意見は言うが反映されない可能性の方が高い」
「いや、製作側に物申……いや、それも駄目なのか。じゃなくて、姉貴自身がネットで拡散させるとか」
「しない」
だが姉貴は先程肩を竦めたと言うのに逡巡する事も無く手を横に振る。
「何故に?」
「製作側に関わっている私が広めるのはルール違反な気がするからな」
まぁ、確かに姉貴はSTOの製作会社でバイトをしているのだから、一般プレイヤーよりも詳しいだろう。そんな姉貴が情報をリークでもしたら他のプレイヤーの楽しみが減る……のだろう。そう姉貴は考えて自分で拡散しないように独自のルールを敷いている気がする。
「でも、俺にはあっさりと教えたな」
「弟だからいいだろ」
胸を張って答える姉貴。いや、それでいいのか姉貴よ。
……まぁ、いいや。取り敢えずは当初の疑問を晴らす事にしよう。
「で、その【解放】ってのは身体能力を向上させるのか?」
「そうだ。発動すると筋力と敏捷が70%上昇する。まぁ、使うには精神力の残存量がマックスで、それを全て消費しないといけないが」
「だから姉貴は精神力の数値を上げてたのか」
その分耐久は低くなっていたが、動きが速くなればその分避けやすくもなるから相対的に低くても構わないか。
「あぁ。で、効果時間は精神力の最大値に依存するからな。500で一秒だ」
「割に合わなくないか?」
思っていた以上に燃費の悪いスキルのようだその【解放】とやらは。一秒効果時間を増やすのにSPを50も消費してしまうとは。
「一応、スキルアップ前提の隠れスキルだからな。こう調整したんだろう」
スキルアップ前提かよ。すると【解放】を使用しまくると高性能なスキルへと変貌を遂げるのか。
なら、俺も【解放】と言う隠れスキルを習得したい。
そう姉貴に言ったら、何故か渋い顔をしてきた。
「桜花も【解放】は習得は出来ると思うが、恐らく今現在では不可能だ」
「何でだ?」
「隠れスキルは共通のスキル一覧と違い、運営の独断と偏見の下勝手に設定されるからだ」
「は?」
何だそれ?
「プレイヤーごとの活動記録を取っていてな、それを参照に運営……まぁ、バイトをしている私を含めてだが全員で全プレイヤーに隠れスキルを設定している」
「……やりたい放題じゃねぇか」
しかも結構アナログな事をしてるぞ製作陣。もしかして姉貴が自分のDGでSTOをあまりやれてないってのはその隠れスキル設定をしていたからじゃないか?
「こればかりは裏事情だから絶対に表に出る事はない。あと、桜花はくれぐれも隠れスキルの設定に関する事は他言無用でな。一応機密事項だから」
「だったら最初から言うなよ」
機密事項を普通に暴露する姉貴に俺は不安を覚えるしかなかった。大丈夫だろうか? その内冗談抜きでヤバい情報を俺に吐露するかもしれないと思うと背筋が冷たくなる。
「で、だ。私は桜花の隠れスキル設定をしていないので、どのような隠れスキルを設定されているか分からない。また隠れスキルを習得するにもその条件をクリアしない限り表示さえもしない」
「もう運営はプレイヤーを楽しませる気ねぇだろ」
「私もそう思う」
そう思うんなら独自のルールを捨ててでもネットで拡散しろよ姉貴。俺にだけ言うんじゃなくてさ。
「と言う訳で、だ」
姉貴は何度も頷きながら俺の肩に手を乗っけてくる。
「桜花、一応スキル一覧を確認して見ろ。もしかしたら隠れスキルの収得条件をクリアしているかもしれない」
「……分かった」
隠れスキルの収得条件が全く分からないが、姉貴の言う通り何かの拍子に偶然クリアしているかもしれないので、俺はスキル一覧を表示させる。
そこには俺の知っているスキルがずらりと並んでいる。スクロールさせて一番下まで持っていくと、最後のスキルが一番上に表示され死体は空白が広がり一度そこで止まる。スクロールバーもそれ以上行けないように画面の端に接している。
……一応、スライドさせてみる。
すると、スクロールバーが徐々に小さくなり、一番上に見えていたスキルが消えてしまった。
このまま下までスクロールさせていく。……何と、一番下にスキルが表示されているではないか。それも、二つも。
「…………あった」
「あったな」
スキルの名前を確認すると【包丁ビギナー】と【フライパンビギナー】だった。…………って、何だよ、これ。
「…………まぁ、妥当なんじゃないか?」
「何が妥当だよ? 意味が分からんぞこのスキル」
「桜花が昔のようにフライパンと包丁で頑張っていたから、その二つがチョイスされたんだと」
そう言う事かよ。と言うか、こんなスキルをわざわざ用意するのか製作陣は?
選択して効果を見ると、【包丁ビギナー】は包丁を使った攻撃に5%の威力上昇と専用スキルアーツ【捌きの一太刀】の強制収得。【フライパンビギナー】はフライパンを使った防御でダメージ5%軽減、更には専用スキルアーツ【圧殺パン】の強制収得だった。
スキルアーツの効果は分からないが、それぞれに常時補正が付くのは有り難いな。
「……で、これらを習得した方がいいのか?」
「それは桜花が決める事だ。いらないならそのまま放置しておけ」
姉貴はあっけらかんと俺の意思を尊重してくる。確かに決めるのは俺自身だよな。
消費するSLはそれぞれ15。今あるSLは丁度30。一応二つとも習得出来る。
……まぁ、折角だから習得しておくか。このSTOで俺専用とも言えるスキルだし。記念と言う事で。使えないと言う訳でも無いしな。
俺はSLを30消費して【包丁ビギナー】と【フライパンビギナー】を習得した。これで俺の所持スキルは8となる。
「……で、一応聞くが」
メニューを閉じながら事の成り行きを見守っていた姉貴に尋ねる。
「何だ?」
「この隠れスキルがあるって事を俺が広めてもいいんだよな?」
流石にこの隠れスキルは他のプレイヤーも知っていないといけないだろう。今後の攻略の手助けになる事も当然だが、今まで以上に個性が出るだろう。
で、姉貴の返答はと言うと。
「私から訊いたって言わなければな」
条件付きだが、どうやら広めてもいいらしいとの事だ。一応、俺も一般のプレイヤーだからな。親類が関係者ってだけだし。その事実もついさっきまで知らなかった訳だが。
「……だが、どうやって広めるか」
俺はゲームの攻略サイトに情報を載せるとか、そう言う事を全くした事が無いのでどうやれば記載出来るか分からない。こうなったらフレンドにメッセージ送って地道に拡散させていくか? でもそこから他のプレイヤーに広まるのはリースだけだろうな。
と画策していると姉貴が一言こう口にした。
「掲示板に書き込めばいいだろう」
「掲示板って……あぁ、STOのアイコンをタップすると表示される『みんなの掲示板』って奴か?」
「そうだ。あれならサモテをやっているプレイヤーなら面倒な手続きやトラブルに巻き込まれる事も無く情報を拡散出来る。また、個人を特定出来ないような配慮があるから気軽に書き込める」
「成程、ありがとう」
俺は姉貴に頭を下げて礼を言う。
「ギー」
と、俺の後ろから姉貴のパートナーのギーファの鳴き声がしたので振り返る。羽を羽ばたかせて飛びながらこちらに来るクワガタが見えた。その背には寝ているリトシーが。
俺は近くまで来たギーファの背中からリトシーを受け取り、ギーファに礼を言う。ギーファは一鳴きすると姉貴の隣へと移動する。
「で、桜花は早速情報を拡散させるのか?」
「そう、するか」
少しでも早く行った方がいいのだろう。こういうのは。
「じゃあ、俺はログアウトするか」
「その前に、一応フレンド登録するぞ」
と、姉貴からフレンド申請が届く。
「あとな、忠告をすると」
俺が『はい』の項目をタップするのと同時に、姉貴は眉根を寄せる。
「PvPを申し込まずに他のプレイヤーに攻撃するとPK判定が出るから、注意しろ」
「……了解」
どうやら、姉貴は俺が変態コート女に手を上げた事を知っているようだった。まぁ、GMをやっているのだから当然か。
「以上だ。じゃあ、私はレベル上げをしてくる」
姉貴はそれを最後に俺の横を通って北門へと向かって行く。
「またな」
「また」
振り返らずに片手を上げてくる姉貴と互いに別れの挨拶を交わし、俺はメニューを開いてログアウトする。
「……さて、掲示板とやらに書き込むか」
俺はDGを眼前に持って来て液晶を触り、STOのアイコンを選択する。
羅列する項目の内、みんなの掲示板を選んでタップ。
すると、更に項目が分けられていた。
攻略情報、雑談、要注意プレイヤー、パートナー、召喚獣、スキル上げその他諸々、見ただけでも三十以上は軽く存在する。
で、どうやって隠しスキルの情報を載せればいいのか? と悩んでいると一番上に『新しいスレッドを立てる』と言うのがあった。スレッド、と言うのが何か分からないが、もしかしたら新しい項目を作り出す事かも知れない。
俺はそれを選択する。予想通り、新たな項目を作り出せるようだ。一応大まかなカテゴリを選択式で選べるようなので、『スキル』を選択した。
取り敢えず『隠れスキルについて』と題名を書いてから、本文を打ち込んで載せた。で、プレイヤーネームの表示もしくは非表示と選択があったので俺は非表示を選んだ。その際打ち込んだプレイヤーの名前が表示される所に『通りすがりのテイマー』と、横にユーザーIDとは違うアルファベットと数字の羅列が表示された。あと1と番号も振られる。
これが何を意味しているか分からないが、取り敢えずこれで隠れスキルについての情報を載せる事が出来た。
「……ふぁぁ」
不意に欠伸が出たので反射的に軽く伸びをする。時間を見ると既に午後十一時を回ってしまっていた。流石にもう眠いのでもう寝る事にしよう。……今日も情報収集が出来なかったな。まぁ、明日こそやればいいか。この『みんなの掲示板』で調べれば粗方は収集出来る事だろうし。
俺はDGの電源を切り、部屋の明かりを消して布団に入る。




