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午後一時になったのでログイン。昨日はデスペナルティが残っている間にログアウトをしてしまったが、既に一時間は余裕で経過しているので体の調子も戻っている事だろう。
と思ったのだが、ログインしても体のだるさは全然取れていなかった。
『00:34:24』
カウントは着々と減っているからバグではない。と言うか、まだカウントがあったのか。可笑しいな。一時間は過ぎただろう。
……もしかして、昨日ログアウトした時にカウントが凍結していたのか? デスペナルティは絶対一時間体感しろと言う製作側の仕様かこれ? 何と言うか、逃がさないぞとばかりの意気込みを何故か感じてしまう。デスペナルティを受けたからその間ログアウトして解除されるのを待とうと言う軟弱な考えをばっさり切り捨てる。これって人によっては賛否が分かれそうだな。俺は仕方がないとして諦めるが。
「さて、今日もよろしくな」
「しー♪」
リトシーの頭を撫でてからボイスチャットをサクラとアケビに向けて発信する。何時もの時間なので繋がるだろう。今回からはパーティーチャットを使用する。これはパーティーメンバー全員と一度に音声でやり取りを行えるボイスチャットだ。
これにより一人ずつ連絡を取ると言う手間が省ける。
二人とも直ぐに繋がり一度役場の前で落ち合おうと言う事になって早々に切れる。
「さて、行くか」
集合場所へと向かって走……ろうとしてメニューを開く。
「しー?」
リトシーがどうしたの? とばかりに体を大きく傾げる。
「今のうちに装備しておこうと思ってな」
今の俺は完全な初期装備しか身に着けていない。包丁とフライパンも昨日大破してアイテム欄からも消失してしまっている。まぁ、料理用にと買っておいたもう一セットがあるからそちらを武器にしようと思う。
武器はそれ等を改めて装備し、俺は昨日アケビから譲り受けた装備一式の説明を確認する。昨日は説明までは見ていなかったので。
『クォールジャケット:クォールの糸を材料にした上着。耐久+8 魔法耐久+6 運-1 耐木・小 耐久度132/132』
『シントガントレット:シント鉱石を材料にした籠手。筋力+2 耐久+2 魔法耐久+3 器用-2 運-3 耐麻痺・小 耐久度98/98』
『アングールブーツ:アングールの皮を材料にした長靴。筋力+1 器用+2 敏捷+7 耐毒・小 耐久度109/109』
耐久度がフライパンと包丁よりも遥かに上だな、と言うのが最初の印象だった。その次は一つの装備で色々なステータスが上昇するのか、と言ったもの。下降補正が掛かってしまうものがあるが、同時に装備すれば結果的にマイナスはあまり気にならない。正直、クリティカル補正は気にしてないので運の減少は関係ないな。
俺はそれらを装備していく。靴はチェンジし、それ以外は該当する箇所に装備していなかったのでそのまま装備。
装備をし終えて、改めて自分の姿をまじまじと見たり、触って確かめる。
まず、クォールジャケットは太腿の裏が隠れるくらいに長く、それでいて動きの邪魔にならないようにスリッドが施されている。襟は存在しボタンで前を留める形となっている。色はくすんだ淡い青緑色。袖は少し短く、二の腕が少し隠れるくらいだ。
ジャケットの仕様はシントガントレットを装着する為のものと思われる。ガントレットは指の先から二の腕まで隠し、薄い黄色の光沢を持つ金属のプレートで覆われている。関節の動きを阻害しないようにされており、全体的に鋭角さはなく滑らかな作りとなっている。プレートを繋ぎ止める布地は白だ。この籠手を見ているだけで目がチカチカする。
最後はアングールブーツだがこちらは爬虫類の鱗が前面に現れており、意外とざらついている。鱗一つ一つが少しだけ浮き上がっており、これで蹴られれば打撲の他に裂傷も刻まれる事だろう。焦げ茶色の斑紋が存在していて、他は毒々しい紫色をしている。
如何にもゲームの中の人と言う感じのする姿だ。ガントレットとかブーツを履けば大概そうなりもするが。
で、ここで微妙な疑問が浮かぶ。
「…………はたして、傍から見たらどのような印象を受けるんだ?」
如何せん自分の全体像を見る事が出来ないので自分に合っているのかと言うのが分からない。……そして、服装に対して頓着していなかったと言うのと、中学生時代は常に指定のブレザー制服にジャージを着用していたと言うのも影響しているだろう。どのくらい頓着していなかったかと言えば、世間体を保つくらいであればいい、と軽く思ってたぐらいだ。
まぁ、ゲームの中なので世間体とかは気にしなくていいか。それこそコスプレって言う人や自称騎士までいるのだから些細な事だろう。気にするだけ損か。
「さて、行くか」
「……しー」
疑問を瞬時に宇宙の彼方へと送り飛ばし、リトシーと共に役場まで向かう。何故リトシーの反応が遅れたのか新たな疑問が浮上したが、ちゃんとついて来ているので気にしない事にする。
役場を集合場所にしたのは昨日のクエストクリアの報酬をまだ受け取っていないからだ。本日の活動はまず報酬を受け取ってからとなる。
「あ、来た」
役場に行けば、既にサクラとファッピー、そしてアケビがいた。
「悪い、装備してたら遅れた」
「いえ、僕達もさっき来た所ですし」
「気にしてない」
と言いながら、サクラとアケビは俺を頭の先から足の先までまじまじと見てくる。
「何だ?」
「………………」
サクラは無言のまま目を逸らしたが、アケビは眉根を寄せ、顎に手をやったまま、まだ俺を見てくる。
「何か言いたい事があるなら言え」
俺がそう言うとアケビはきっぱりと言ってのけた。
「……似合ってない」
との事だった。
「似合ってないか」
そう言われても気にはしないが。
「スキルの経験値上げに作ったものをそのまま渡したから、統一性が無くてバラバラだった。上昇値と耐性だけ見て選んだからそうなったかな」
まぁ、見た目だけのよりかは上昇値が上の方がいいと思うが。少なくとも俺はだけど。
「……もう少し凝ればよかった」
「いや、俺はこれでいいんだが?」
耐性だって三つもあるのだから、装備を外せと言われても外す気はないが。
「……私的には、それはない」
「ないと言われてもな」
「僕も、それはちょっと」
「サクラもか」
どうやら女性陣からはこの恰好は不評のようだった。もしかして、さっきリトシーの反応が遅れたのはこれが原因か?
「ふぁー?」
そんな中、ファッピーだけが首を傾げるだけで特に何も言ってこない。ファッピーも俺と同様に気にならないようだ。
って、そんな事してるよりも報酬を貰わないとな。
「取り敢えず、報酬を受け取りに行くぞ」
俺は皆を促して役場の中へと入っていく。
中で二分くらい列に並んでクエスト達成の報酬である2000ネルを受け取る。それと同時に『怪盗からの挑戦状』が『怪盗からの再挑戦状』と言うクエストへと変化した。カーバンクルを召喚獣にするには次にこれをクリアしていく必要があるようだ。
だが、今はする気はない。このチェインクエストが何処まで続くのか分からないし、今はイベントとやらに向けて色々と整えなければならない。
……結局、現実世界に戻って色々あったから昨日も情報収集出来ずに一日を終えてしまったからな。今日こそはゲームを終えたらタブフォで調べて行こうと思う。特に、イベントの参加方法なんかは絶対に調べないといけない。そうしないと参加出来ないまま当日を迎えてしまうしな。
報酬を受け取った後はアケビの一言によりセレリルの討伐を受けてから、役場のカウンターを後にする。
さて、そうすると今日はどうするか? 早速受けたセレリルの討伐でもするか? いや、情報が無いから安易にやるのは危険か。
「オウカ君」
と、役場を出た所でアケビが立ち止まり、手を上げながら俺に声を掛けてくる。
「何だ?」
何か重大な問題でも発生したのだろうか? 顔が真顔で気になる所だ。冗談っ気のない表情のままアケビは手を上げたまま発言する。
「今日は私とサクラちゃん生産系スキルの経験値上げをしたい」
俺が思った程重要でもなかっ……いや、アケビにとっては重要な事なのだろう。あと、サクラにとってもか。
「……え?」
とアケビは言ったのだがどうやらサクラと打ち合わせをした訳ではないようだ。サクラは軽く目を開いて発言者の方へと顔を向ける。
「一応、理由を訊こうか」
サクラの代わりに俺がアケビに尋ねる。
「だって、サクラちゃん生産職希望なんでしょ?」
「あぁ。な?」
俺は再確認の意味を込めて視線をサクラへと向ける。
「は、はい」
サクラはこくんと頷く。
「なのに、今の今まで全くやってないんでしょ? それはあんまりだと思う」
「それは確かに」
ここ数日……と言うかサクラと出逢ってから今日まで全くサクラは生産系のスキルを使用していない。使ったのは新たに習得した『初級水魔法・攻撃』だけだな。本人の希望は全く反映されていない現状は傍から見ればあんまりなものだろう。
「だから、イベントに向けてってのも含めてサクラちゃんに色々と教えたいんだけど、いい?」
「別に構わない」
それは別に俺に許可を得る必要はないだろうに、と付け加えるとアケビはあっけらかんと一言口にする。
「だって、オウカ君がパーティーリーダーでしょ? リーダーには許可取らなきゃ」
何んだと? と思ってメニューを開いてパーティーの項目をよくよく確認して見れば、俺の名前の横に楕円形で囲まれてPLと表示されていた。……今まで気が付かなかったな。恐らくパーティーリーダーの略なのだろうが、ここで俺は疑問を覚える。
アケビに対してパーティー申請をしたのは俺だが、俺にしてきたのはサクラだ。普通は初めにパーティー申請してきたプレイヤーがリーダーになるんじゃないか? この場合はサクラだが。
「じ、実は……最初にパーティーを組んだ時『誰をパーティーリーダーにしますか?』って表示されて、咄嗟にオウカさんを、選んで、しまいました……」
と、実に言い難そうにサクラは真実を告げる。マジか。
「一応訊くが、何でだ?」
「それは……」
一度口を紡ぎ、視線を下に落とすが直ぐに上げて俺の目を見……てはないな、やや下の俺の顎とか首を見ている。
「……僕なんかがリーダーなんて有り得ないと思ったからです」
「何だそれ」
別にサクラがやっても同じだと思うが? 別に誰がパーティーを取り仕切るって事をしてないんだし。
「サクラちゃんには悪いけど、同意」
と、アケビは何度も頷いている。
「と言う訳で、リーダー。私とサクラちゃんは生産系のスキル経験値を上げる」
「だから、別に構わないと言ったが?」
リーダーと呼ばれるとむず痒くなるな。俺だってリーダーって柄じゃないと思うのだが?
「じゃあ、私とサクラちゃんは工房に向かう」
工房なんてあるのか。まぁ、無かったら鍛冶とか出来ないしな。裁縫とか木工は場所を問わないだろうが。いや、木工も専用道具があった方がいいか。そうすると裁縫も同じか。……錬金こそ場所は問わないな。
「あぁ、行って来い。その間に俺はレベルでも上げてる」
と変に考えを思い浮かべながら俺は北門の方を指差す。
「オウカさんは一緒に来ないんですか?」
「俺は【初級料理】しか生産系習得してないからな。いても邪魔なだけだろう」
「…………そうですか」
と、何故かしゅんと体を僅かに縮こませるサクラ。
「まぁ、私としては丁度いいけど」
とアケビはからからと言いながらサクラの腕を掴む。
「あ……」
「じゃあオウカ君、私とサクラちゃんは一旦離脱します」
もう俺をリーダー呼ばわりしないアケビはサクラの手を取って南の方へと向かって行く。
「はいよ」
俺は手を振りながら二人を見送り、北門へと向かう。俺の右にはリトシーが飛び跳ねながら前進し、左にはファッピーが尾鰭を動かしながらふよふよと進んでいる。
「……で、ファッピーはサクラについて行かなくていいのか?」
何気にパートナーモンスター二匹に挟まれながら歩いていた事に気付き、サクラのパートナーであるファッピーに尋ねる。
「ふぁー」
ファッピーは逡巡する事も無く頷いてくる。普通はパートナーとしてサクラの方に行く筈なのだが……どういう事だろうか? 信頼度がそんなに高くないから別行動をとっている訳はないな。信頼度が高くなければサクラの危機にあんな憤らないしな。謎が深まるばかりだ。
まぁ、別に気にしなくていいか。戦力は一人でも多いに越した事はないし。
「じゃあ、行くぞ」
「しーっ」
「ふぁーっ」
俺の言葉に二匹は気合の籠った一鳴きを上げ、北門へと歩を進めていく。
……実際に歩いてるのは俺だけだが。




