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「いやぁ! 君達の御蔭でカーバンクルの宝珠を無事に守り切る事が出来たよ! ありがとう!」

 館長が頭を何度も下げて礼を言ってくるのだが、如何せん俺としては達成感が感じられなくて素直にその礼を受け取れないでいる。

 サクラはNPCに対しても人見知りを発動していて俺の後ろに隠れ、アケビに至っては「…………今までの私の苦労って……」と呟いて縦の線が背後に見えるくらいに気分が落ち込んでしまっている。まぁ、その気持ちは分からないでもないが。リトシーやファッピーも釈然としないと言った顔をしてしまっている。

 なにせ、俺とサクラ、アケビ、ファッピーで四面を守り、リトシーがガラスケースの上に乗っかってそのまま五分何もせずにじっとしていただけ。怪盗は近付きこそすれ、間から手を伸ばしてガラスケースを壊す事無く俺達の様子をぐるっと回って確認するだけだった。蝙蝠に至っても同様で、近付いて七体に分裂しても俺達に体当たりして退かす事無く空中を旋回していただけだ。

 何で俺達に攻撃を仕掛けて来ないのだろう? と思いながらクリア。そりゃ、空しくもなるってもんだし、そもそも疑問が尽きないと言うものだ。

 疑問を抱えながら俺達パーティーが博物館の外に出ると、そこにはまだリースが残っていて真夏日炎天下の太陽のように眩しすぎる笑顔をこちらに向けて片手をビシッと敬礼のように掲げている。

「どうやらクエストはクリアしたようだね!」

「ギャウ!」

「したさ、したけどさ」

「した、したけども」

 俺とアケビが同時に似たような言葉をリースに投げ掛ける。なんか、リースを相手にした時のアケビとのシンクロ率が嫌に高くないか? それは向こうも思ったのか、互いに顔を見合わせる結果となったが、即座に視線をリースに戻す。

「「あれはないだろう……」」

 完全にハモった。一言一句全く同じで。

「はっはっはっ! 君達は相性がいいみたいだね!」

「ギャギャギャッ! ギャウ!」 

 そして変に茶化してくるリースとトルドラゴ。お前等もかなり相性がいいよな。もう運命共同体とでも言えばいいんじゃないか? そこまでやる事なす事が狂う事も無くきちっと歯車が噛み合ったように出来るんなら。

「………………相性」

 で、何故か俺の背後に陣取っているサクラがぎゅっと背中側の布を握り締めてくる。相性が何だって?

「しーっ」

 また、リトシーが俺の頭の上に乗って来て何回か軽くジャンプしてくる。何だよ? 軽いから痛くないけど、視界がぶれるからやめて欲しい。

「ふぁー……」

 で、ファッピーはと言うと、何故か胸鰭で俺の左肩をポンポンと叩いてくる。何なんだよお前等は? 俺に何をしたいんだよ? もしくは、俺に何をして欲しいんだよ?

「おっと訂正しよう! 君達は相性がすこぶるいいみたいだ!」

「ギャギャウギャウ!」

 で、更に笑い声を大きくしてリースとトルドラゴは何故か拍手をしている。と言うかトルドラゴや、残念ながら掌同士が叩けないでいるぞ。空中でスカッと外してしまっていて、音は胸の辺りに当たった際に出ているからまるでゴリラのドラミングをしているように見えてしまう。それが何処となく可愛く見えてしまうのは何故だろうか? 見た目のギャップが相まっているとかか?

「……いや、そんな事はどうでもいい」

 俺は頭を振って一歩前に出て笑顔のリースに疑問をぶつけていく事にする。

「あのさ、リース」

「何だい⁉」

「何でガラスケースを囲っているだけでクエストがクリア出来るんだ? 怪盗も蝙蝠も、俺達を退かそうとせずそのまま五分経って終わっちまって凄い不完全燃焼なんだが?」

「それは私も同意。私の十二回の失敗は何だったの?」

 アケビもあのやるせなさの真意を知りたく、俺と同様にリースに詰め寄っている。そんなリースは燦々太陽のように笑いながらこう答えてくる。

「それはだね! 怪盗ドッペンとパートナーのドリットは無抵抗の相手には何もしないと言うポリシーを持っているからだ!」

「「…………は?」」

 何だそれは?

「これは怪盗ドッペンのチェインクエストを進めていくと分かっていく事なので詳しい説明は省くとするよ! そうしないとクエストを進めていく楽しみと言うのが薄れてしまうからね!」

「ギャウ!」

「実際、君達も目にしているだろう⁉ 怪盗ドッペンは眠らせた館長や警備員を踏まずに移動していた筈だ! それに、何かしらの攻撃を受けようとした時も眠っている人達を盾にしようとはしなかった! そうだろう⁉」

「ギャウギャウ!」

 リースの言葉に俺は確かに、とクエスト中の怪盗の行動を思い返してみる。あいつは縦横無尽に動き回っていたが、一度も警備の人や館長に触れる事は無かった。それどころか踏みつけないように細心の注意を払っていたかのようにも見えた。攻撃はしなかったからそこは分からないが、蝙蝠は実際に攻撃してきたリトシーやサクラを振り払っただけで、それも眠っている人達に当たらない方へと飛ばしていた。

「彼等が実際に手を下すのは自分達に手を出して来た者だけだ! かく言う私も怪盗ドッペンに攻撃を仕掛けたらものの見事にカウンターを貰ってしまってな! 一撃で生命力の九割を失ってしまったよ!」

 笑いながらリースは語るが、それって笑い話にはならないんじゃないか? 一撃で九割の生命力が消え去る一撃って……あいつはそんなに強い攻撃をしてきそうに見えないのだが、人は見かけで判断してはいけないと言ういい例なのか?

「そしてトルドラゴは――その時はまだトルドラだったがドリットに突撃して行ったら頭を咥えられれて天井に向けて放り投げられて目を回したな!」

「ギャギャギャッ!」

 トルドラゴの方も蝙蝠にやられた事があるそうだが、あぁ、そんな事もあったなと昔を懐かしむようにはにかみながら高らかに笑い声を上げている。

「……でも、私達はガラスケースを囲ってたから、実際は無抵抗じゃなかった」

 アケビは納得がいかないと言わんばかりに食って掛かる。それ程までにあのクリアの仕方が自分の中では許せないのだろう。

「それに関しては先程言った通り、実際に手を出なかったからだ! ただガラスケースを囲うようにしているだけならば何もしてこないさ!」

「……仮にそうだとしても、私達に手を上げずにガラスケースを壊して盗ればそれでいい筈。それ以前に退かすような事をすれば」

「それでは彼等のポリシーに反してしまうのだ!」

 尚も食らいつくアケビにリースは熱く返答していく。

「ガラスケースが最初から壊れていたら、怪盗ドッペンとドリットは君達の間を縫ってでも奪った事だろう! しかし、壊れていなかったらそれは有り得ない!」

「どうして?」

「ガラスケースを壊してしまったら、君達にガラス片が飛び散ってしまうからだ! その際に怪我をしてしまう可能性がある! また、ガラスケースの上にいる者を落としてしまう事にもなる! 彼等は自分達に手を出して来ない相手に怪我をさせるような真似だけは絶対にしない! 例え自分達が不利な状況でもね!」

「ギャギャウ!」

「そして、退かすと言う事は触れなけばいけない! そうなると無抵抗の相手に手を出した事になってしまい、ポリシーに反してしまうのだ! なので、退けるような事も怪盗ドッペンとドリットはしないのだっ!」

「ギャウッ!」

 リースの解説にアケビはおろか、俺までも眉根を寄せて口を開けてしまう。マスクをしているから分かり難いが、アケビも口を開けている。

 そこまで徹底してるのかよ。あれか? 盗人の美学って奴か? 盗む際にはスマートにってか? 

「因みに、この攻略方法は怪盗ドッペンのチェインクエストを進めていったプレイヤーがまだ始めていないプレイヤーに頼み込んでやらせてみたのが始まりでね! 結果は君達自身が体験したように被害を全く出さずにクエストクリアとなった!」

 マジか。プレイヤーの中には色々な実験をしようとするプレイヤーもいるのか。って、疑問に思ってわざわざ他のプレイヤーに頼み込む事までするとは……探究心ありまくりだな。一度疑問を覚えたら解決するまで眠れないタイプか?

「ただ、何回かは失敗してしまったようだがね! その中で、ガラスケースが壊れた状態で直接カーバンクルの宝珠を手に持って守り切ろうとしたプレイヤーがいたが、その者は皆怪盗ドッペンやドリットに奪取されたそうだ! これは自分達には手を上げていないが、無抵抗ではないから怪我をさせないように宝珠だけに触れて奪ったそうだ!」

 どうやら色々と試行を重ねたようだ。その結果がガラスケース方位と言う労力なんて何もない攻略法か。……それを知る以前に何度もカーバンクルの宝珠を奪われながら苦心の末にクリアしたプレイヤーは多分悲壮感で胸が一杯になった事だろう。

「…………でも」

 が、それでも納得出来ないようでアケビは頭を振る。

「それなら、私達も眠らせればいい筈。そうすれば無抵抗のまま無力化出来る」

「それはいい質問だね華麗な御嬢さん!」

「ギャウ!」

 リースはアケビの両肩をバシッと何度も叩く。トルドラゴも短い手を頑張って伸ばして二の腕らへんを叩く。……これってセクハラとかにはならないのか? まぁ、当の本人達が気にしていないようなので口にはしないが。

「だが、それは有り得ないのだ! 眠らせる事が出来るのは一日に一度だけだ! その理由はチェインクエストの最中に分かるので乞うご期待だ!」

「ギャウ!」

 両の人差し指と中指だけを伸ばし、右手の甲を額付近に持っていき指先をやや斜め下に、左手の甲を右のあばら付近に持っていき指先をやや斜め上にして足を肩幅に開いてポーズを取るリース。例によってトルドラゴも真似をするが、手が短く以下略。

 まぁ、あれだけの人数を一度に眠らせるのだから、それ相応の制限や代償が必要になって来るのだろう。

「さぁ、これで納得してくれたかい⁉」

「………………………………一応」

 一応とは言ったが、結構長い間があったぞアケビ。本当は全然納得してないだろ? あれだけ失敗して頑張って怪盗の傾向を分析したんだからな。

 取り敢えず、アケビの肩をぽんと叩く。あ、リースの事言えないな。

「……何?」

「いや、何でも?」

 怪訝そうに尋ねてくるアケビに俺は適当にはぐらかす。ドンマイとか言ったらそれはそれでアケビの神経を逆撫でして不機嫌にしてしまう可能性があったからな。

「所で、華麗な御嬢さんにオウカ君の後ろに隠れてしまっている可憐な御嬢さん!」

「何?」

「な、何です、か?」

 と、リースがアケビと、そして蚊帳の外状態であったサクラに声を掛ける。サクラは突然の事で体をビクッと震わせ顔を少しだけ出す。

「何度も何度も名前で呼ばず御嬢さんと呼んでは失礼だろう! よければ君達の名前、そしてパートナーの名前を教えてはくれまいか⁉」

 そう言えば、リースとサクラ、アケビは自己紹介なんてしてなかったな。今更だけど。

「私はアケビ。パートナー……と言うより召喚獣はキマイラ」

「さ、サクラ……です。パートナー、は、ファッピー、です……」

「アケビさんにサクラさんか! いい名前だ! そしてアケビさんの召喚獣がキマイラで、サクラさんのパートナーがファッピー! 今後ともよろしく!」

 ニカっと熱く笑うリース。そして握手を求めるように手を出す。

「よろしくお願いします」

 アケビはリースの手を握ってしっかりと握手を交わす。

「よ、よろしく、お願い、しま、す」

 たどたどしくもサクラもリースと握手を交わす。

「よろしく! おっと、私とした事がまだアケビさんに自己紹介がまだだったね!」

 リースは大袈裟に額に手を当ててしまったと言うアクションをする。トルドラゴも同様の事をしようとするが以下略だ。

「私の名はリース! 人は私の事を風騎士と呼ぶ!」

 右手を開いて天高く掲げ、左手は握り拳を作って肘を曲げ腰辺りに添えるポーズを作るリース。

「そして、こっちが相棒のトルドラゴだ!」

「ギャウ!」

 トルドラゴも同じポーズをして一鳴きする。

「で、アケビさんにサクラさん! よければ私とフレンド登録をしてくれまいか⁉」

 で、フレンド登録を迫るリース。

「別にいいけど」

 アケビは渋る事も無く頷いてメニューを開いていく。

「ありがとう! アケビさんは二人目のフレンドだ!」

「……フレンド一人しかいなかったの?」

「あぁ! そこにいるオウカ君が唯一のフレンドだ!」

 リースはズビシッと俺を指差してくる。まだフレンド俺だけだったんだ。あれから全然増えなかったんだな。まぁ、俺もリース以外はサクラとアケビだけだけど。

「……ぼ、僕も、フレンド、に、なり、ます」

 と、人見知りサクラが小さく手を上げながらそう宣言する。そういや、サクラも実際は俺だけだなフレンド。親近感が湧いたとかか?

「ありがとう! あぁ!今日は何といい日なんだ! 今日だけで二人もフレンドが出来たっ!」

「ギャウッ!」

 リースとトルドラゴはバッと両手を上げて天を仰ぎ見る。そこまで嬉しいのかよ。

 リースはサクラとアケビと無事にフレンド登録を終え、ついでとサクラとアケビ同士でフレンド登録を終えた。

「それでは親愛なるフレンド諸君! 私はこれにて失礼するよ! この後はクルルの横穴で臨時パーティーを組んで攻略を進めていく予定があるのでね!」

 高らかに俺達にそう告げると、リースは華麗にトルドラゴの背中に乗る。

「では、さらばだ! 行くぞリースっ! 風の限りっ!」

「ギャウギャウッ! ギャウッ!」

 トルドラゴは一瞬で上空へと舞い上がり、そして北の方へと飛んで行った。

「……………ふぅ」

 俺は人知れず息を吐く。

 …………クエストよりも、やっぱりリースといる方が疲れるな。あれには慣れない。



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