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火は消える事無く、ファッピーの周りを細く長く漂う。まるで蛇だな。火の蛇。全長は一メートルくらい。ファッピーは火を吹くだけで、こんな攻撃は出来ない筈……。
「……いや、固有技があったな」
そう言えば、こいつの固有技は【炎の舞】で、自在に炎を操ると言うものだったか。今まで見た事無かったし、一瞬目を疑ってしまったな。
……で、ファッピーの眼には怒りが燃え上がっているのだが。これは恐らく、と言うよりも十中八九甲冑の下敷きにされてしまったサクラをそのような状況に陥れた蝙蝠に対して憤っているのだろう。ファッピーはサクラが危機的状況に陥ると豹変する。この四日で分かった事だ。
「ふぁーっ!」
ファッピーの号令の下、火の蛇がまた七匹に戻った蝙蝠へと向かって行く。
「キーッ」
しかし、今度はのらりくらりと躱されてしまい、火の蛇はそのまま展示品にぶつかって消えてしまう。
「ふぁーっ!」
すると、ファッピーはまた火を吹き続け、今度は七体の火の蛇を作り上げ、それ等で蝙蝠を迎え撃つ。蛇一体が蝙蝠一匹に対して追う形となり、速度も蝙蝠よりやや遅いと言った感じだが、それでもアケビより速かった。
こいつ、ここまで高性能な奴だったっけ? こんな事出来るんだったら、昨日アギャーとホッピーに囲まれた時とか独りでどうにかなったじゃないか。出し惜しみ? 出し惜しみでもしていたのか?
が、別に出し惜しみでも何でもなかったようで、火の蛇は追跡開始から僅か二秒で掻き消えた。避けられた、とかそんな事ではない。空気に溶けるように沈火してしまった。
「……ふぁー」
ファッピーが眼をバッテンにしてふらふらと浮力を失って墜落していく。もしかして体力を切らしたか? もしくは精神力? 如何せん俺は【炎の舞】がどの数値を消費して繰り出す固有技なのかは知らないのだが、兎にも角にも、ファッピーは行動不能になってしまった。サクラも、そして振り払われたリトシーも目を回していて動けない。
今現在行動可能なのは俺とアケビのみ。
…………つまり、詰みじゃないか。
「はっはっはっ、カーバンクルの宝珠は戴いていくよっ」
護り手のいなくなってしまったカーバンクルの宝珠へと蝙蝠が舞い降り、宝珠を咥えてしまった。それを見届けた怪盗が高笑い&煙玉を使用して逃走。
クエスト失敗。一度視界が暗転し、俺達は博物館の前へと転送される。昨日も味わったが、この転送では酔う事が無いのが救いだな。
俺の周りには溜息を吐くアケビ、目をバッテンにして地面に伏しているファッピーに目を回しているサクラにリトシー。あぁ、太陽の光が眩しいなぁ。
「……すまない、俺の所為だな」
俺の所為で蝙蝠を分身させてしまった事に対し、パーティーメンバー全員に頭を下げて謝罪する。
「いやいや、オウカ君だけが悪い訳じゃない」
が、アケビは首を横に振る。
「あれは、私にも非があるから。私がきちんと周りを見てれば大丈夫だった」
アケビはそう言うが、流石に一定距離を開けたまま追い掛けるのに気を遣っていたので周りを見る余裕はなかった筈だ。なので、これはいくら走っても一定距離が自動的に開く怪盗を追い掛けていた俺の方が余裕あっただろうに。
「いや、俺が悪い」
「いやいや、私が悪い」
「いやいやいや、俺が」
「いやいやいやいや、私が」
「いやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
互いに手を横に振って譲ろうとしない。何か、こんな状態に陥らないように互いが悪いって選択を取ったな、昨日。あれはサクラとだけど。今回もそうしないといけない気がする。そうしないと延々といやいや言っているだけだなこれは。
ここはお互いが悪い、そう口にしようとした時だった。急に影が差しかかって暗くなる。
「おやっ⁉ そこにいるのはオウカ君ではないか!」
頭上から大きな声で俺の名を呼ぶ奴がいた。
俺とアケビは視線を上に向けると、そこには空を飛ぶモンスターが一匹。一対の翼を羽ばたかせて、ゆっくりと高度を下げていく。そいつは思ったよりも小さく、大体百六十センチ。ただし全長は尻尾を合わせればそれ以上で、ティラノサウルスのように前脚が短くて小さい。翼は皮膜で覆われていて、毛は一切ない。薄緑色の鱗が太陽光で反射し、ちらちらする。
吊り上っているが少し丸みがあって愛嬌のある眼、それに頭には一本の角が後ろに向かって伸びている。口の中に仕舞い込まれている牙も鋭くとがっている訳ではなく、僅かにだが丸みを帯びていて凶暴性と言うものは見受けられない。
で、そんなモンスターの背中に乗っていたのは緑髪だった。
「やぁ! 風騎士リース、ここに見参っ!」
「ギャウッ!」
緑髪は地面に降り立つ寸前のドラゴンの背中を蹴って跳躍し、一回転半捻りを繰り出しながら着地。その後に軽くジャンプして前転しながら着地する際に右手を地面につけて左手を横に突き出し足も右膝を曲げて左足を横に伸ばす。前にも見たなこのポーズ。
そして、ドラゴンも後ろ足二本で着地すると短い右腕を天に目一杯伸ばし、左足を僅かに後退させる。
緑髪の登場により、口論……になっていたかどうかは定かではないが、それが強制的に中断され、俺とアケビは暑苦しい一人と一匹に視線を向ける事となる。
…………ん? そう言えば蜥蜴……トルドラが見当たらないな? あいつは何処に行ったんだ? 代わりにドラゴンがいるが、もしかしてトルドラに何かあったとかか?
それを訊く為に俺は緑髪に声を掛ける。
「お前さ」
「気軽に呼び捨てで呼んでくれたまえよ! オウカ君とは友達なのだから!」
間髪入れずに自らの名前を呼べと言ってくる緑髪もといリース。
「で、リースさ」
「何だい⁉」
「蜥蜴……トルドラは何処にいるんだ? 見当たらないが」
「何を言っているんだい⁉ 今オウカ君の目の前にいるじゃないか!」
「は?」
そう言ってビシッと真横にいるドラゴンを指差してニカッと笑うリース。ドラゴンの方は一度大きく頷いた後、腰に手を当てて胸を張るリースの通常ポーズを取る。
「嘘だろ」
「嘘じゃないぞ! トルドラは成長してトルドラゴになったのだ!」
「ギャウ!」
そして一人と一匹は寸分の狂いも無く、一秒の遅れも無く、右手を眼前に突き出し肘の部分を左手で掴み、直ぐ様右の手の甲を俺に見せるように曲げて左手を右の脇付近へと移動させる。
このシンクロ率…………間違いなくこのドラゴンはトルドラだ。たったこれだけの動作で分かってしまう俺は、恐らくそれ程トルドラの動きが気になってしまっていたのだろう。
「……もしかして、第一成長?」
と、ここでアケビがドラゴン――もといトルドラゴの近くによってまじまじと観察する。第一成長?
「そうだよ華麗な御嬢さん! 先日レベルが一定値まで上がってね! 無事に成長したのだ!」
「ギャウギャウ!」
リースとトルドラゴは右の人差し指だけを上げると、同時にアケビを指差し、頷く。と言うか、リースはよく顔と頭を隠しているアケビが女だと看破したな。それは無理だったぞ。
「で、第一成長って何だ?」
説明書にはそんな事一切書かれていなかった。なので、俺は全く知らない。インターネットで情報を収集すればいいのだが、生憎とこの四日間は色々あって閲覧出来ていない。情報収集したいとは思っているのだが、家事もあるしSTOの世界から戻ってきたら色々と疲労は溜まってるしで見れないでいるのが現状だ。
「それはだねオウカ君! 私達のパートナーは信頼度、そしてレベルが一定の値を越えると成長して姿形が変化するのだっ! 変化は全部で二つあって、最初の変化を第一成長と呼ぶのだ! この成長システムはどういう訳か先日のアップデート時に追加されたもので、どうして最初からシステムに組み込まれていなかったのか分からないがね!」
先日のアップデート……つまりはログアウト状態でもフレンドにメッセージを送れるようになったのと同時にパートナーに成長が追加されたと言う事か。説明書に最初から書いてないなら俺が知る余地も無かったな。
「故にっ! そこでどうしてだか分からないが伸びているリトシーも! そして隣にいる恐らく可憐な御嬢さんのパートナーも成長するぞ!」
「ギャウ!」
大声を上げる一人と一匹。トルドラゴになった所為か声が低くなり、余計に響いてくるな。暑苦しさアップだな。
と言うか、リースはサクラ、そしてアケビの名前を知らないから呼称を付けて呼ぶのか。サクラは可憐な御嬢さん。アケビは華麗な御嬢さん。顔も見えないのにどうしてアケビが華麗だと分かるのか? 社交辞令とか?
「所でオウカ君⁉」
「何だよ?」
いきなりずずいと近付かないでくれ。そして至近距離で大声を上げないでくれ本当。
「君はこの博物館の前にいると言う事は、カーバンクルを召喚獣として迎え入れようとしているのかなっ⁉」
「ギャギャウっ⁉」
この口振りからして、リースは怪盗関連のクエストを知っているようだ。いや、知ってて当然か。俺よりも古参のプレイヤーであるし、俺の知らない事をすらすらとつっかえる事も無く説明する程このSTOの情報は頭に入ってる訳だしな。
「まぁ、結果としてはそうなるな。けど、もう二度も失敗したけどな」
俺は今の所カーバンクルを召喚獣に使用とは思っておらず、やれるクエストがそれだと言う事と、どうにかしてあいつの出鼻を挫かせたいと思う闘争心の下受けているだけだが。
「私は、十二回」
アケビがリースから視線を逸らしながら答えた。って十二回も失敗しているのか。その内の一回は俺とパーティーを組み、一回は先程のだな。結構な数失敗してるのな。だが、それ故に怪盗の動きは熟知出来ているのか。生半可な覚悟ではやり遂げられないだろうな。そこまでソロでクリアしたかったのか。
「ふむっ! 見た所オウカ君と華麗な御嬢さん、そして可憐な御嬢さんはパーティーを組んでいるように見えるが、間違いないかい⁉」
「あぁ」
「そうか!」
リースは左手を腰に添え、一度額に右の人差し指を当てると、目だけをこちらに向けてくる。トルドラゴも同様の事しようとするが、如何せん手が短くて届かず指がピロピロと動いている。その様子が何処となく可愛く見えてしまう。
「因みにだがオウカ君、それに華麗な御嬢さん⁉」
「何だよ?」
「何?」
「君達は怪盗からの挑戦状をどうやって受けていたんだい⁉」
「どうやってって……?」
「説明の仕方が悪かったね! カーバンクルの宝珠を狙う怪盗ドッペンとパートナーのドリットをどのように対処していたか、と言う事だ!」
「そりゃ、普通に追い掛けてだけど」
それ以外に何があると言うんだ?
「同じ。でも、ドリットは無理……」
アケビは一人で怪盗一人と分身した蝙蝠計七匹と相対した時の事を思い出したのか、遠い目をしている。
「成程成程……!」
何やら勝手に納得したリースは何度も頷く。そしてビシッと指を突き付けてくる。トルドラゴも一緒に。
「実はだね! 怪盗からの挑戦状は五人以上のパーティーなら何の苦労もせずに簡単にクリア出来るのだよ!」
「ギャウ!」
「は?」
「え?」
俺とアケビは目を点にして豪語してくるリースに視線を向ける。
「その五人と言うのにパートナーモンスターも含まれているからね! 華麗な御嬢さんがクエスト中は召喚不可能の理不尽を負う【サモナー】だとしても、オウカ君と可憐な御嬢さんのパートナーを合わせれば合計で五人となる! 君達が挑めば、体力を消費する事も無くクリア出来るぞ!」
「ギャウギャギャウ!」
「いや、そんな訳ないだろ。五人だけだと蝙蝠に分身されたら太刀打ち出来ないだろ」
「右に同じく」
俺とアケビはリースとトルドラゴのシンクロのように同時に首て右手を横に振って否定する。
「いやいや! 確かに追い掛けてしまっては五人のパーティーでのクリアは難しい!」
「なら」
「だが! 今から私が言う必勝法を実行すれば呆れる程に簡単にクリア出来るぞ! 嘘だと思ってやってみるといい!」
「ギャギャギャウ!」
と、リースは俺とアケビを近くに呼び寄せ、耳元でゴニョゴニョと、しかしそれでも声が大きいので鼓膜が痛く、顔を顰める結果となったが必勝を無事に訊き終える事が出来た。
「「………………」」
俺とアケビは絶句した。まさか、そんな方法が……。
「さぁ! 百聞は一見に如かず! 伸びてしまっている可憐な御嬢さんとパートナーを起こして再度チャレンジしてみるといい!」
「ギャウギャウギャウ!」
「「…………えぇー」」
俺とアケビは半信半疑、そして乗り気にはならなかったが、言われた通りに再度トライする事にした。リースは今まで一度も嘘は言っていないし、だからこれも本当なのだろう。
なのに……これはなぁ。
俺はサクラとリトシー、アケビがファッピーを起こして直ぐ様クエストに再チャレンジ。目的地に向かう際にサクラとリトシーとファッピーに必勝法を伝え、怪盗が現れたら即座に実行。
蝙蝠と分離する時間帯となっても、俺達は息一つ切れる事なくカーバンクルの宝珠を守り抜いている。
そして……。
「……残念だが、そろそろ皆さんが起きてしまうな。このままだと多勢に無勢となるからね。僕は退散するとしよう。……今日は君達の勝ちだ」
表示されている時間が『00:00:00』となり、蝙蝠が怪盗の元へと戻ってマント状態になる。
「初めてだよ。この僕が獲物を盗めなかったのは。では、さらばだっ!」
身を翻して階段を下りて行く怪盗。
『クエストをクリアしました』
俺達三人の目の前にそれぞれウィンドウが表示され、クエストクリアを伝えてくる。
が、俺達は誰も喜ぶ事はしなかった。あれだけ苦労してたアケビは特に。多分、マスクの下は苦い表情でも作っている事だろう。
だって、ただガラスケースを囲んで怪盗を近付けさせないようにするだけでクリアだなんて、な。これ程燃えず、空しいクリアの仕方なんてないだろう。
これが、必勝と言うものか。
何か心にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われながら、消えていくウィンドウを見つめるしかなかった。




