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 西南のエリアまで近付くと、役場と同様の横幅の建物が視界に入ってきた。

 ただ、役場と違う点を上げるならば高さは優に二倍以上で、出入り口は二つで少し高い所にある。十段の階段を上った先にある両扉は装飾が施されており、扉の左右にはそれぞれ角と翼の生えた蛇と一つ足の鳥の石像の組、そして三本角の猿と羽の生えた魚の石像が台座の上に鎮座されている。石造よりも手前の空間には柱が一列に並んでいる。他の建物よりも奥の方に扉がある分、屋根の掛かる場所が多いので、雨宿りをしているプレイヤーやNPCが散見出来る。

 看板とかは無いので名称が分からないが、恐らくここがシンセ博物館だろう。こんなに大きくて石像なんて置かれている建物は他に該当するものといえば美術館とかくらいだ。

 取り敢えず、この建物に入る事にしよう。違ったらまた捜せばいい事だし。

 屋根の下まで行ってリトシーを頭の上から下ろす。

「……しー」

 リトシーは頭の葉っぱを元の状態に戻した。その際に物足りないと言った感じの鳴き声を発した。まだ雨に当たりたいのか。それはまたの機会にしてくれ。

 階段を上り、猿と魚の像が左右に鎮座している扉の前まで向かう。


『怪盗からの挑戦状を開始しますか?

 はい

 いいえ             』


 するとウィンドウが表示される。こう表示されると言う事は、ここがシンセ博物館で間違いないようだ。

 それにしても、怪盗からの挑戦状は中に入れば自動的に開始されるのではなく、やるかやらないかを事前に選択させるようだ。これはクエスト目的以外で博物館に訪れる場合を考慮しているのだろうか? そのクエスト以外で訪れるのがどう言った経緯になるのか想像もつかないが。

 一度試しにそれを無視して中に入ろうとするが、見えない壁に阻まれて扉の取っ手に触れる事が出来ず入る事が出来ない。クエストを開始するかしないかをきちんと選択しないと入れないようになっているようだ。

 俺はクエストをするつもりでここに来たので、躊躇いも無く『はい』へと指を伸ばす。

「……もし」

 が、俺が『はい』をタップする前に俺の肩を誰かが叩いてくる。振り返ると、そこには忍者がいた。多分、が最初につくが。

 口元を布で隠し、頭巾をかぶり、皮の手袋を装着。草履……ではなく短めの皮のブーツを履いて鎖帷子を忍者装飾(ただし上半身のみ。下半身は普通にジーンズ系統のズボンだ。それ故か帯ではなくベルトで留めている)の内側に着込んだ全身黒づくめのプレイヤーが一人。完全和風ではなく洋物も取り込んだ言っては何だが違和感のある姿だ。

 性別は分からない。サクラと違ってこっちは目以外が頭巾で隠されているので顔の形状が分からずに判断がつかない。ただ、体形は痩せ形と言う事が窺えるし、身長は俺と同程度。声は……少し低いけど男とも女とも取れる微妙な声質。

 あと、この忍者っぽい奴はパートナーモンスターを連れていない。と言う事は【サモナー】なのだろう。【サモナー】なのに忍者の恰好をするとはこれ如何に? と思わないでもないが、それは個人の自由なので突っ込みと言う野暮な事はしない。

 現実世界でこのような格好をしていれば即座に警察の厄介になるだろう忍者さんが俺に何の用か? そしてリトシーも少し怯えているのか、俺の足の裏に回り込んでちらりと忍者っぽい奴を窺っている。

「何だ?」

 一応聞いてみると、忍者は布越しの口をもごもごと動かす。

「……あなたはそのウィンドウに表示されているクエストをやるの?」

「やるが?」

 すると、忍者は四十五度と言う素晴らしい角度を作りながら頭を下げてくる。

「だったら、私も一緒にやらせて欲しい」

 一緒に、か。確かにパーティーを組んで且つ、互いに同じクエストを受けているのならば一緒にやる事が出来る。ただし、チェインクエストの場合は同じ進行度合いの相手と出なければ共にやる事が出来ない。つまり、この忍者も俺と同じようにこのチェインクエストの最初に位置していると言う事だ。

 一緒にやる事で、クエストの難易度は低下するので、俺にとっても悪い話ではないが、一応理由を訊いてみる。

「理由は?」

 頭を上げた忍者は視線を下げながらぽつりと呟く。

「……昨日一人でやってもクリア出来なかったから」

 一人でやって出来なかったのか。だったら、もしかしたら俺も一人でやったらクエスト達成出来ないかもしれないな。

「……一昨日も一人で」

 またぽつりと呟く。

「……三日前も一人で」

 ぽつりと呟く。

「……四日前も一人で」

 ぽつりと呟……いや、待て。

「そんな前からやってれば何かしらのコツとか見付かってクリア出来ても可笑しくないと思うんだが?」

 宝を守り切ると言う達成条件から、恐らくこちらも体を張って怪盗と対峙するのだろう。それなら身体能力が物を言うので、一回駄目だったらレベルを上げてステータスを上げたり新たなスキルを習得したりすればクリア出来そうな気もするのだが。あと、怪盗の癖を覚えるとか。それでも無理なら今忍者がやってるように一緒にクエストをやって貰うしかないが。

「と言うか、お前はフレンドとかパーティーいないのか?」

 素朴な疑問が浮かんだので尋ねてみる。四日も前からクエストに挑んでいるのに、今まで一人でやっているのが不思議だった。

「いない」

 即答だった。

「……いないのか」

 まぁ、かく言う俺も未だにサクラと緑髪の二人しかフレンド登録していないが。

「それでも、今お前がやってるように昨日とか一昨日にも誰かに頼んで一緒にやって貰うってのが出来たと思うんだが?」

「……実は、昨日で心が折れた」

 何で心が折れたのか? と言うか俺の質問に答えていないが? と言う疑問を口にする前に忍者が淡々と語り出す。

「私はSTOをソロプレイで始めて、料理や調合、鍛冶に裁縫等色々な事を一人で沢山楽しみながらやってた。けど、あの怪盗相手に一人だと絶対にクリア出来ない。一人でも最初は大丈夫だけど、途中からパターンが変わって何度やっても一人では無理だった。あれは一人でやって楽しむなんて出来ない。だから、ソロでのクエストクリアは諦めた」

 一人を強調するな、この忍者。

 ソロプレイ、か。俺もサクラが声を掛けなければソロで遊んでいただろうな。でもソロだとどうしてもヤバい相手と言うのもあるので、今思うとサクラとパーティーを組んでいてよかったと思う。まぁ、ソロプレイの利点は自分の好きな時間帯に好きな事を優先して出来る事なのでどちらがいいかは人それぞれだな。この忍者の場合はまさにそれだ。

 だが、一人ではどうしようもない事態に対面してしまった、と。

「……そう言う訳で、お願いします」

 また四十五度の角度を作り出しながら頭を下げる忍者。

「まぁ、いいけど」

 忍者の話を訊く限り、一人だと無謀らしいので。こちらが拒否する理由は見当たらない。なのでOKする。

「じゃあ、パーティー申請するから」

 メニューを開いてパーティーの項目で申請を選択。対象は目の前のプレイヤー……っと、この忍者の名前はアケビと言うのか。


『アケビからフレンド申請が届きました。

 プレイヤー:アケビとフレンド登録しますか?

 はい

 いいえ                  』


 と、パーティー申請を送るのと同時に忍者からフレンド申請が届いた。

「……折角なので」

 まぁ、確かにパーティー組むならフレンド登録も一度に済ませた方がいいだろう。

 俺は『はい』をタップする。


『プレイヤー:アケビとフレンド登録しました』


『プレイヤー:アケビとパーティーを組みました』


 これでOKっと。

「あの、あなた……オウカ君は他にサクラって人とパーティー組んでるの?」

 忍者の眼前にフレンド登録とパーティーに関するウィンドウが個別に表示される。パーティーのウィンドウをよく見ると『プレイヤー:オウカ、サクラとパーティーを組みました』と出ている。

 まぁ、それはそうか。俺は今サクラともパーティーを組んでいるんだから、その情報を忍者側にも伝わらないと厄介な事になるだろうし。

「あぁ」

 俺は頷くと、忍者が首を傾げながら更に質問してくる。

「その子は今いないの?」

「所用があっていないな」

「そう……」

 暫し顎に手を当てて何かを考えるような仕草をする忍者。

「…………………………………………まぁ、いいか」

 何がまぁ、いいかなのか分からないが、忍者は何かに納得したようだ。

「そう言う訳で、よろしくお願いします」

 忍者が手袋を外して右手を差し出してくる。恐らく握手を求めているのだろう。俺も右手を出す。

「よろしく」

 しっかりと握手を交わす。結構握力強いなと思ったのは今はどうでもいい事か。

「……で、オウカ君のパートナーは?」

 忍者は俺の足から顔だけ出して隠れているリトシーに視線を注ぐ。先程から静かにしているリトシーは自分に注意が向くとさっと顔を隠す。

「あぁ。こいつはリトシーだ」

「……よろしく」

 しゃがんでリトシーにも同様に右手を差し出す忍者。リトシーは少しだけ顔を出すと、頭の葉っぱを右手に触れさせる。これがリトシーにとっての握手なのだろうか? 忍者はリトシーの葉っぱを握り潰さないように軽く握る。この一人と一匹が打ち解ける日は来るのだろうか? まぁ、俺が悩んでも仕方がないが。

「じゃあ、挨拶も済んだから早速始めるぞ」

 俺は先程からずっと表示されているウィンドウの『はい』のコマンドを漸くタップしてクエストを開始させる。

 ウィンドウが消え、取っ手に手を伸ばす。今度はきちんと触れる事が出来たので、回して扉を開く。

 入って直ぐには、展示物が見当たらない。左手に受付のカウンターがある以外には目の前に扉がもう一つあるだけ。空間にして六畳間と同じくらいか。受付には女性のNPCが座って待機している。

 取り敢えず、受付にクエストを受けてここに来た旨を伝えようとそちらに向かう。

 それと同時に、奥にある扉が内側に開いた。そこにはびっしりとスーツに身を包んだ白髪頭のジェントルマンがいた。皺がいい感じに渋さを醸し出しているが、如何せん難しい顔をしているので魅力が下がってしまっている。因みにネクタイの柄は紺と金の縞々だ。ストライプと言うんだっけか?

「おや? もしかして君達は役場で依頼を受けて来たのかい?」

 唐突にジェントルマンが矢継ぎ早に訊いてくる。素直に頷く。忍者も頷く。リトシーも頷く。

「そうかそうか! 来てくれてありがとう!」

 すると難しい顔をしていたジェントルマンは花が咲いたように笑みを浮かべ、俺と忍者、そしてリトシーの順に握手を交わしていく。

「では、早速だがついて来てくれないか? 今は時間が惜しい。話は歩きながらでも構わないかい?」

 ジェントルマンはそう言うと開けた扉を固定し、俺達を中へと誘導する。俺は受付に軽く礼をして扉を潜る。扉の奥は広い空間となっていて、点々と展示物が置かれている。床には矢印が表示されており、この通りに進みながら展示物を見るのがルールなのだろう。

 ここはどうやら化石が展示されているようで一番手前には手のひらサイズの葉っぱの化石が展示されている。そこから順にいけば貝や魚の化石、その後に爬虫類に恐竜、骨格的に言えばドラゴンに相当するだろう骨の化石に始祖鳥と思われる羽の化石。それから更に進化を遂げているのか哺乳類の化石が増え、三本角の猿の化石、そして類人猿の化石へと遂げ、最終的に人間の骨格そのものの化石を最後に階段へと続いている。

 あと、奥の方に売店が見えるな。何が売っているのか気になるが、今は寄れないので後で見てみよう。

 俺達は矢印を無視してその階段へと歩いて行く。

「自己紹介がまだだったね。私はこのシンセ博物館の館長を務めているセリーンだ。今日君達に来て貰ったのは役場でも訊いた通り、挑戦状が届いたからだ。……怪盗ドッペンからの」

 階段を上りながらジェントルマンもとい館長は物々しげに言う。と言うか、怪盗の名前はドッペンと言うのか。変な名前だな。

「怪盗ドッペンは盗みに入る家、施設に必ず挑戦状を送り届け、そしてそこに書かれた通りの時間に目当ての宝を盗んでいくと言う。いくら警備の目が厳しくとも、いくらセキュリティを施しても奴は物ともしないらしい」

 二階に上がると、そこは一階とは違って化石ではなく、年代物の出土品が展示されている。土偶やら埴輪やら、黒曜石の鏃の槍やら青銅の剣やら、そして大きな鐘等々がずらりと年代順に並べられている。

 そして、二階に出た場所は一階部分の半分程度の面積で仕切りの壁が無く開けた空間なのだが、奥の方に四つ扉が見える。また中央部分に多く人が集まっている。数は三十人前後。正確に言えば、剣や槍を携えた厳つい男達、だ。二階部分には中央だけではなく、距離を開けて点々と同様の男性NPCが巡回している。正直、こんなに人がいるなら俺達必要ないと思わないでもないが、そこはゲームなのであまり突っ込まないでおく。

「その怪盗ドッペンが、シンセ博物館に挑戦状を送り届けて来たのだ」

 館長が俺達を連れて中央へと向かう。

「『三月二十七日午後三時十五分。カーバンクルの宝珠を戴きに参上する。阻止出来るものならば阻止してみせろ』と」

 館長が片手を上げると中央にいた男達は横に退けて俺達を通してくれる。

 そこには、ガラスケースによって厳重に保管された一点の曇りも淀みも無い透き通る綺麗な紅い珠が鎮座していた。

「君達には、このカーバンクルの宝珠の警護を手伝って貰いたい」

 館長は真摯な表情で俺達に頼んでくる。



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