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朝から色々とあったが、気分は晴れやかな状態で朝食を終え、あとは会場に向かうだけ……だったのだが。
「おい、颯希」
「何、桜花?」
つい先刻別れたばかりの颯希と鉢合わせ、俺だけ連れられてサクラ達から距離を離される。
何故離されたかと言えば……まぁ予想はつく。
「お前、早速俺に……俺達に迷惑かけるつもりか」
「あ、いや、ねぇ……ははは」
「ははは、じゃねぇよ」
笑って流そうとする颯希。俺は颯希を睨みつけると、彼女は少したじろぐ。
「あーうん。確かに桜花達……と言うか桜花個人に迷惑をかける……事になる、と思うけどさ。一応、相談聞いてくれる?」
「聞かなくても予想出来るから拒否する」
「そこを何とかさぁ」
俺の肩に腕を回してくる颯希。
こいつ、わだかまりが無くなった瞬間に遠慮が無くなったな。まぁ、それに関しては構わないが。昔のノリが戻って懐かしいし。
……と言うのは置いておいて、だ。
「どうせ相談はあの野郎のことだろ」
俺は眉間に皺が寄るのを実感しながらも後ろに目をやる。少し離れた所で変態コート女が顔を伏したままとぼとぼと歩いている。俺からは奴を視認出来るが、サクラ達からは見えない位置にいる。
また、颯希とはヒソヒソ話程度の声量で言葉を交わしているので、あの野郎にこちらの会話は聞こえないだろう。
「あはは、正解」
颯希はサムズアップしてくる。いやするな、サムズアップを乾いた笑いを零しながら。
で、颯希が言わんとしてる事は十中八九これだろ。
「サクラへの謝罪の機会をくれ、とか言うつもりだろ? なら無理だ諦めろ」
「あ、それじゃないから」
「……は?」
てっきりそうだと思ったのだが、違ったらしい。予想が外れ、少し呆けていると颯希は変態コート女の方に目をやりながらぽつりと呟く。
「そういうのはほら、無理矢理やってもいい結果に繋がらないし。ただただ謝るだけじゃ全然解決しないし」
「やけに実感のこもった言葉だな」
「そりゃ、実体験をしてるからね」
こほん、と一度咳払いをして、颯希は言葉を続ける。
「今回のイベントでさ、全員出る種目とか、全員じゃないけど大人数が参加する種目あるじゃない?」
「あるな」
「そこでさ、その種目の時だけでいいから、桜花にはあの子の事を気に掛けてて欲しいなぁって」
「…………は?」
思わず颯希を睨みつける。
俺が、あれを、気に掛けろ?
こいつは、何を、言ってやがるんだ?
「そう怖い顔しないでよ……ってのは無理な話かな」
「正気か?」
「そこでそんな単語が出て来る辺り、相当嫌ってるね……」
颯希から乾いた笑いが零れる。そりゃそうだ。俺はあの野郎が嫌いだ。
「私はその場面を直接見た訳じゃないし、あの子からも断片的にしか聞いてないけど、桜花のその反応からやらかし具合は想像つくなぁ」
「なら分かるだろ」
「……うん、そうだね。ごめん。この話はなかった事にして」
「あぁ」
理解してくれて何よりだ。だがここで少しだけ疑問が生じたので、一応聞いてみる事にする。
「というか、お前はその時に近くにいないのか? あの野郎の」
「いや、極力一緒にいるよ。でもさ、競技の中にはどうしても敵味方入り乱れて混戦するのが2つ程あるじゃない」
「……あるな」
「その競技でもしもの事があったら、一緒にいられないからさ。そうなった時に頼れるのは桜花しかいないかなぁ、と思ったんだ」
「……お前はどうしてそこまで気に掛けるんだ?」
「そりゃパーティーメンバーであると同時に、ここで出来た友達だからね」
「友達……」
そうか、颯希とあの野郎は友達だったか。
人の交友関係に口出しする権利はないので、俺は口を紡ぐ。
友達なら、颯希は特に心を砕くだろう。昔からそんな奴だ。
だからと言って、俺も心を砕くとは限らないが。颯希の友達だからと言って、態度を変える訳じゃない。
「それに……ごめんね、時間取らせちゃって。じゃあ、私は戻るから」
俺の肩に回していた腕を解き、手を合わせ謝罪をした。颯希は変態コート女の方へと向かう。
解放された俺もサクラ達の方へと戻る為、歩を進める。
ふと、視界の端で颯希と変態コート女を見やる。
『それに……理不尽な目に晒されるのを黙って見てられないし』
別れる間際に呟かれた、独り言。空気に溶けるくらいに微かな呟きだったが、俺の耳に届いてしまったそれを、何度か心の中で反芻する。
「……あぁ、くそっ」
俺は乱雑に頭を掻き、サクラ達にはこの件は漏らさまいと決め、軽く息を吐く。
願わくば、色々な意味でこのイベントが無事に終われますように。