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この頃年一投稿になってますが、祝10周年です。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………落ち着いたか?」

「…………うん」


 PvPの後、俺の蹴りで地面に伏していた颯希は起き上がる事も無く、小さな嗚咽を漏らしていた。

 流石に昔馴染みが泣いているのにコテージに戻る訳にもいかず、近くに腰を下ろして颯希が泣き止むまで待った。

 何分か経ち、嗚咽も止み、颯希は目元を拭うとゆっくりと体を起こす。


「……桜花は、強いな」

「いや、お前のが強いだろ」

「それ勝った桜花が言う台詞? 嫌味に聞こえる」

「いやいや、俺はさっきの勝利を換算してもお前に負け越してるんだからな?」


 俺が颯希に勝ち越すとしたら、両の手では数えられないくらい勝ち続けなければならないだろう。……そんなに勝てるか? 正直今日勝てたのは颯希の情緒が不安定になって体力管理が出来てなったからだし、現実で通常時の颯希が相手だったら……七割くらいで負けそうだ。

 STOでならまだ分からないな。今日は徒手空拳のみだったし、得物を持った状態でやりえばまた結果もかわってくるだろう。

 ……いや、今はそんな事考えなくていいだろう。


「で、気持ちの整理とやらはついたのか?」


 先程のPvPは颯希の気持ちを整理する為のものだ。そう問いかけると、颯希は眼を露骨に逸らす。


「整理出来た……ような、気がする」

「気がする、か」


 その態度からして、まだ出来かねているのだろうが、俺がとやかく言う事じゃない。

 煮え切らない返答をした颯希は胸に手を当て、何度か深呼吸をする。そして最後に気合を入れるように軽く自身の頬を叩く。


「……うん、した。整理した。出来た」

「そうか」


 颯希はゆっくりと立ち上がると見上げ、木々の合間から見える空に目をやる。


「私はさ」


 こちらを向けず、ずっと遠くの空へと目を向けたまま颯希はぽつりと言葉を漏らす。


「桜花と、さっきみたいに殴り合ったり蹴り合ったりど突き合ったりするの、嫌いじゃなかった」

「そうか」

「だからさ、中学の時に桜花と喧嘩したりやんちゃしたり、そんな事してた毎日が楽しかった」


 意見が食い違ったり、ちょっとした事で殴り合いの喧嘩が勃発した事は何度もある。それが俺にとって嫌じゃなかったかと言えば……まぁ、好き好んでやっていた訳ではないが、嫌って事はなかった、な。

 確かに退屈はしなかったし、颯希と一緒だったあの頃は暇なんてなく、毎日忙しなかった。俺自身も、楽しさを感じていた。

 

「久しぶりに、こうやって桜花とやんちゃ出来て、私は楽しかった。……桜花はどうだった?」

「そうだな……」


 俺は颯希からの問いに、今感じているものを嘘偽りなく伝える。


「楽しかった、な」

「……そっか」


 口角が僅かに上がり、颯希は微笑んだ。


「桜花もそう感じてくれてて、よかった…………うん」


 颯希は浮かべていた笑みを消し、こちらに向き直り真っ直ぐと俺を見る。


「それでさ」

「ん?」

「桜花さは……後悔、してない?」


 あの時の事、と颯希は小さく、風に流れて消えるくらい小さな声でそう呟く。表情には現れていないが、颯希の眼の奥には不安の色が見え隠れしている。

 颯希の言っている『あの時』は、去年の夏、俺が怪我をして入院した事だ。その事について、颯希からそう問われるのは初めてだ。俺を気遣ったり、謝罪するばっかりだったから。

 俺は軽く息を吐くと、颯希を真っ直ぐ見据え、告げる。


「する訳ない」


 あれは俺自身の選択だ。後悔なんてする訳がない。

 後悔するとしたら、あの時あの選択をしなかった場合だろう。そうしなければ、恐らく……いや、絶対に危ない怪我をしていた颯希とあの子だったのだから。

 だから、後悔なんてない。


「……そっか、そうだよね」


 颯希は俺の返事に目を見開くと、口を閉じ顔を伏せる。


「………………そうだった……桜花は、そういう奴だったよ……だから……」


 僅かに肩を震わせ、颯希は何かを呟く。その呟きは俺に届く前に風に掻き消される。


「桜花」


 颯希はしゃがみ、俺と目線を合わせる。


「気分悪くするかもだけど、あの時は本当にごめん」

「お前」

「謝るのはこれで最後」


 まだ謝るのか、と辟易しかけたが、続いた颯希の言葉に目を瞬かせる。


「それとね……ありがとう。あの時、助けてくれて」


 笑みを浮かべながら、颯希は言葉にする。謝罪ではない、別の言葉を。

 あの時は別に礼を言われる為にやった訳ではないが、それでも、謝罪では感じなかった何かが胸に沁みて行き、颯希への煩わしさが消え去っていく。


「おぅ」


 自然と口角が上がり、俺は颯希に拳を向ける。颯希は笑みを深め、互いの拳を軽くぶつけあう。


「そう言えば、颯希」

「何?」

「口調、戻ってるぞ」


 椿曰く、俺っぽいと言う口調から、中学の時と同じものに。


「……あ」


 颯希も今気が付いたようで、はっとするが、直ぐ様笑みを浮かべる。


「そうだね、戻ってた」

「いいのか?」

「何が?」

「口調が戻って」

「いいよ、別に」


 何で口調が変わっていたのか、変えていたのかは聞かない。もうそうする必要も無くなったようだし、俺もそこまで知したいとも思っていないし。


「そろそろ、戻ろっか?」

「そうだな」


 立ち上がった俺達は並んで歩きコテージへと向かう。

 その間、俺と颯希は会話せず。しかし気まずくはない。

 コテージ付近はもう時間も時間なので起きたプレイヤーやパートナーモンスター、召喚獣で賑わっている。


「じゃあ、俺はこっちだから」

「うん」


 俺と颯希の宿泊しているコテージは別方向にある。

 一旦ここで別れ、あとはイベント本番の時に改めて、だな。


「桜花っ」


 コテージへと向かっていた俺を、少し離れた所から颯希が呼び止める。


「これからも迷惑かけるかもだけど、よろしくね!」

「おぅ」


 声を張り上げる颯希にそう応え、俺は軽く手を振る。颯希も手を振り返し、俺達はそれぞれ泊まっているコテージへと帰っていく。



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