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一年ぶりの更新です。
最初の一手は互いに拳を振り被り、相手の顔面目掛けての攻撃。今回、イベントで武器が使用不可状態にあるので、俺は徒手空拳のみで颯希と戦う。
俺は避けようとせず、颯希もまた真っ向から喰らいながら一撃をお見舞いする。【殴術】のスキルは所持していないのでダメージは微々たるものしか与えられないだろうが、今回は気にしない。一発、無性に殴りたくなったのだから。
颯希は【殴術】のスキルを持っているようで、こちらの生命力がごっそり減り、体勢が崩れるが、お構いなしに次へと繋げる。俺は颯希の腹目掛けて蹴りをかます。
「ふっ」
しかし俺の蹴りは容易くガードされ、逆に颯希から胸に掌底を受け、後方へと飛ばされてしまう。
「ぐっ」
痛みで胸を押さえ、息苦しさを覚えるも俺は体勢を立て直して横へと跳躍し、瞬時に近付いてきた颯希の正拳突きを回避する。
横へと跳んだ俺は着地して直ぐにまた颯希の方へと跳び、蹴りをお見舞いする。
だがこれも腕でガードされ、有効打には到らない。更に蹴りに使った足を両手で掴まれ、地面に叩き付けられてしまう。
「がっ」
背中を強打し、肺から空気が押し出される。目がちかちかするが、このままだと追撃を受けてしまうので掴まれている片足をそのままに無理矢理身体を起こし、颯希の両腕を左右の腕で掴んで動きを封じつつ、奴の額目掛けて頭突きをお見舞いする。
「っつ」
俺の足を掴む力が弱まったので、颯希の拘束を振り解いて距離を取る。
軽く息を整え、構える。対する颯希は軽く頭を振り、構えはせずに俺を見据える。
俺の生命力は既に半分近くにまで落ち込んでいる。颯希の方はそこまで減っていないだろう。
「しっ」
颯希が一気に距離を詰め、拳を振るってくる。俺は迎え撃つ事はせず、避けに専念する。
拳を振るうだけでなく、肘鉄やラリアット、握り潰し、蹴り、頭突き、果ては噛み付きまで行ってくる。何でもありの攻撃に俺は驚きはしない。既にそう言う奴だと知っているから。
俺と颯希は出会って三年は経つ。その間に俺は颯希と何度か喧嘩をした事がある。武術を習ってる訳でもなく、ただただ自身の膂力に物を言わせたゴリ押しな方法を使う颯希に俺は負け越している。見た目に似合わないパワフルな戦法は意外と馬鹿に出来ず、現実の颯希も見た目華奢なくせに馬鹿力で俺よりも力は強い。
イベントで変動しているとは言え、ゲーム内ステータスでも負けており、敏捷は俺が勝っているが、攻撃力、防御力では負けている。
颯希は俺の攻撃を回避よりも逸らし、相殺したりで防いでいる。そして隙あらば容赦の無い一撃を食らわそうとして来る。俺は致命的な攻撃を喰らわないように回避し続け、こちらも蹴りの連撃をお見舞いして行く。
最初は生命力的に劣勢であったが、現在は互いにスキルアーツは使わずに一進一退の攻防が繰り広げられている。
中学時代は喧嘩すれば互いに相手を叩きのめす為に色々やったもんだ。無論、互いに重篤な怪我を負わせないように、という事は頭に血が昇っていても念頭に置いていた。
「…………ふっ」
自然と、笑みが零れてくる。
別に戦う事に喜びを覚えるバトルジャンキーではない。
中学の頃は半ば日常と化していた颯希との喧嘩。それが酷く懐かしいから。
「ははっ」
対する颯希もまた、笑っていた。
だが……。
「は……ははっ」
颯希は、一筋の涙を流していた。
笑い過ぎて泣いた、訳ではない。
颯希の笑みには懐古の情があるようにも見えるが、それに加えて様々な感情が綯い交ぜになり、あいつ自身も戸惑っているようにも見える。それが涙となって表れているようだ。
「はは……ははっ」
攻撃が少し、気持ちほんの少し、緩んでくる。
そして、致命的な隙が生まれる。
颯希の体勢ががくんと崩れる。どうやら、先に体力が尽きたのは颯希だったようだ。
俺は颯希へと蹴りの連撃をお見舞いする。
颯希は避ける事が出来ず、全ての攻撃を喰らう。
最後に、俺は回し蹴りをお見舞いする。
吸い込まれるように、蹴りは颯希の左頬にクリーンヒット。
『You Win!』
颯希の生命力はゼロになり、PvPは俺の勝利で幕が閉じる。